学位論文要旨



No 125282
著者(漢字) 南,有鎭
著者(英字)
著者(カナ) ナム,ユジン
標題(和) 地中熱・地下水利用空調システムにおける最適利用手法およびポテンシャル把握法に関する研究
標題(洋)
報告番号 125282
報告番号 甲25282
学位授与日 2009.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7126号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大岡,龍三
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 特任教授 柳原,隆司
 東京大学 教授 滝沢,智
内容要旨 要旨を表示する

近年、京都議定書の発効と伴いCO2排出量の削減が急務とされる中、省エネ技術や自然エネルギー利用に対する社会的ニーズが高まっている。中でも、莫大な蓄熱能力を持ち年間一定した温度を維持する土壌や地下水を利用して建物の冷暖房を行う地中熱・地下水利用空調システムは、高効率な性能や屋外温熱環境改善効果から注目を浴びている。しかし、日本では欧米に比べ複雑な地層が不連続している地盤条件が多く、さらに、性能特性の未解明や空調システムとしての認識不足、最適利用手法の未確立などで普及が進んでいない状況にある。一方、都心部の地下水利用は地盤沈下問題を契機に厳重に規制された結果、近年は地下水水位の上昇による都市基盤施設への影響が懸念されている。社会の時代変化と共に都心部における地中熱・地下水の有効利用が要求される中、建物空調における最適利用手法の必要性が取上げられている。

地中熱・地下水利用空調システムの性能は地中との熱交換性能に大きく左右され、熱源になる地盤・地下水条件に適したシステム設計(熱交換器形状、管径、長さ等)が必要である。本システムの実用化および普及のためには、日本の地盤・地下水条件に適した利用手法の開発および設計手法の整備が重要である。

本研究では、地中熱・地下水利用空調システムの最適設計のため、地中採熱量予測手法の開発および実物件への適用検討を行った。地中熱利用において最適利用手法を提案し、地中採熱量・土壌温度予測のための数値シミュレーションおよび実物件への適用検討を行った。また、莫大なポテンシャルを持っているものの普及が進んでいない地下水利用空調システムにおける実証実験および数値シミュレーション、フィージビリティ検討を行った。さらに、地中熱最適利用のため、従来の空気熱源方式と併用する空水冷ヒートポンプシステムの開発を行い、実大実験装置を用いた冷暖房性能実験、並びに、最適運転手法の検討を実施した。最後に、本システムの更なる普及のため、基本計画段階で導入検討の判断資料となる地中熱・地下水利用ポテンシャルの把握手法を提案し、そのケーススタディとして東京都23区におけるポテンシャルの巨視的評価を行った。

本論文は以下に示す序章を含む10章により構成されている。

章と第1章では、地中熱・地下水利用空調システムの現状および研究背景、そして本論文の研究目的について述べた。また、本研究に関る既往研究について詳細に述べた。

第2章では、地中熱・地下水利用空調システムの最適設計に必要な地中採熱量を精度良く予測するための解析手法について説明した。複雑な地質条件や地下水流れを有する条件におけるより正確な予測のため、地中熱・地下水移動解析コードに地中熱交換器モデルと地表面熱収支モデルを組み込んだ連成シミュレーション手法を構築した。また、地中採熱量予測数値シミュレーションのパラメータになる土壌の熱物性値を把握するため、建物基礎設計のため行われる通常の地盤調査データから数値解析に必要な土壌の熱物性値を推定する手法を提案した。さらに、土壌物性値の推定手法の比較検証のため、国内外で一般に使われる土壌の熱応答試験を行い、実験サイトにおける土壌の有効熱伝導率を算出した。

開発した数値解析手法および土壌熱物性値推定手法はフィールド実験結果との比較検討により、その妥当性が確認できた。

第3章では、地中採・放熱量予測モデルを用い、土壌・地下水条件が地中温度、採・放熱量および熱交換器内循環水温度に与える影響について検討を行った。地中採熱・放熱による地中温度の変化を検討した結果では、運転中の地中温度が、土壌の熱伝導率が大きいほど、地下水流が速いほど、早く回復することが確認できた。

また、シングルUチューブ方式の地中熱交換器モデルを用いた採・放熱量予測では地質や地下水条件が熱源水温度および採・放熱量の変化に与える影響について検討を行った。その結果、熱伝導率が高いほどより有利な熱源水(冷房時低温、暖房時高温)が得られることが分かった。また地下水流れを有する条件では地下水流無しの条件に比べ、約50%以上の採・放熱量増加が得られることが確認できた。

第4章では、東京都内で地中熱利用を検討する実建物を対象にして地中熱・地下水移動シミュレーションツールを用いた解析を行った。その結果、各ケースにおける地中採・放熱量および地中温度変化の予測ができた。ボアホール方式の検討では、ダブルU字管よりシングルU字管2本を用いたほうが年間採・放熱量で約20%程度有利となる結果が得られた。また、ダブルU字管およびボアホールの直径を変えた検討では、U字管の直径が大きいほうが採・放熱量で有利となり、本検討では、表面積約50%増で採・放熱量約32%増となった。

また、場所打ち杭方式の検討では、杭1本当りU字管の本数の変化により採・放熱量の変化を計算した。その結果、杭1本当りU字管を12本設置し循環水量を多くしたケースで最も高い採・放熱量が得られた。しかし、最適な設計のためには、パイプの設置コストおよび循環水ポンプ動力、土壌温度変化のバランスなどを同時に考慮する必要がある。

第5章では地下水利用空調システムの性能検討のため、実大実験装置を用いた冷暖房実験を行った。実験結果により、少揚水量・大温度差の運転がシステムCOP向上に直結することが分かった。特に、揚水規制の厳しい都心部においては、限られた揚水量を有効利用するため、少揚水量・大温度差の運転が必要であると考えられる。

また、導入による周辺地下環境への影響予測のため、地下水・地中熱移動シミュレーション手法を用いた数値解析を行い、実験結果との比較検証による妥当性の確認をした。

第6章では地下水利用空調システムの導入可能性の検討のため、建物負荷モデルを用いた冷暖房負荷計算と共に導入・運転コストによる単純回収年数の算出を行った。その結果により、冷暖房負荷のバランスのある地域での導入が有効であることが分かった。地下水利用空調システムは井戸掘削工事や揚水設備の初期導入コストが追加で要求されるものの冷暖房負荷条件によっては十分経済的効果が得られる。また単孔式井戸(井戸1本で揚水・還元両方行う)の利用や既設井戸の利用により掘削工事費削減の余地はある。

第7章では、地中熱最適利用およびヒートポンプシステムの更なる高効率化のため、空気と地下水を熱源とし温度条件によって有利な熱源を利用する地下水循環型空水冷ヒートポンプシステムについて述べた。開発システムの概要について詳細に記述し、年間システム性能を検討するためケーススタディを行った。その結果、各条件において水冷に対する空水冷のAPFは2~7%向上し、空冷に対する空水冷のAPFは2~20%向上することがわかった。

また、異なる地下水条件の千葉と名古屋サイトにおいて実大実験装置を構築し、それぞれ冷暖房性能実験を行った。井戸2本方式を採用した千葉サイトでは平均S.COPが、夏季冷房実験で5.1、中間期冷房-地下水熱源で5.0、中間期冷房-空気熱源で3.3、冬季暖房で4.9であった。一方、井戸1本方式を採用した名古屋サイトでは、平均S.COPが冷房運転で6.5、暖房運転で3.6であった。また千葉サイトで行った周辺地中温度への影響検討では、夏季放熱および冬季採熱による温度変化はあるものの、徐々に自然温度に回復することが確認された。

さらに、本システムの最適運転のための運転手法の検討を行い、空冷/水冷の最適切り替え温度制御および目詰まり防止のための自動逆洗運転制御について記述した。

第8章では、地中熱・地下水利用空調システムのためのポテンシャル把握手法について概要およびその手法を利用した東京23区のポテンシャル検討について述べた。ポテンシャル把握手法の概要では、利用データおよび収集方法、評価ツールについて詳細に記述した。

また東京23区を対象にした地中熱利用ポテンシャルでは、地中熱空調システムと地下水利用空調システムの2種類のシステムに対しそれぞれの導入可能性を検討した。その結果、東京23都における地中熱利用空調システムのためのポテンシャルは、熱源利用において土壌の熱伝導率が高く地下水流れが比較的速い東北部が、より高い結果となった。一方、地下水の水位が高い西部は蓄熱媒体としての利用の場合、有利であると考えられる。また地下水利用空調システムのためのポテンシャルは、地下水の水質が良く、水位が高い北西部が最も高い結果となった。しかし、今回の検討では、井戸の水質データの収集において不明なデータや調査年度のバラツキなどがあり、今後の正確なデータ整備およびより詳細な収集が必要と考えられる。

第9章において本論文の総括を示し、併せて今後の研究課題を示して結論とした。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「地中熱・地下水利用空調システムにおける最適利用手法およびポテンシャル把握法に関する研究」と題して、地中熱総合利用(地中熱・地下水)空調システムの最適設計・運転手法の確立を目指し、実用レベルの最適利用手法と導入可能性に関する検討を行った。地中熱利用において最適利用手法を提案し、地中採熱量・土壌温度予測のための数値シミュレーションおよび実物件への適用検討を行い、地下水利用空調システムにおいて実証実験および数値シミュレーション、フィージビリティの検討を行った。さらに、地中熱最適利用のため、従来の空気熱源方式と併用する空水冷ヒートポンプシステムの開発を行い、実大実験装置を用いた冷暖房性能実験、並びに、最適運転手法の検討を実施した。最後に、本システムの更なる普及のため、基本計画段階で導入検討の判断資料となる地中熱・地下水利用ポテンシャルの把握手法を提案し、そのケーススタディとして東京都23区におけるポテンシャルの巨視的評価を行った。

本論文の構成は以下の通りである。

序章と第1章では、地中熱・地下水利用空調システムの現状および研究背景、そして本論文の研究目的について述べた。

第2章では、地中熱・地下水利用空調システムの最適設計に必要な地中採熱量を精度良く予測するための解析手法について説明した。また、地中採熱量予測数値シミュレーションのパラメータになる土壌の熱物性値を把握するため、建物基礎設計のため行われる通常の地盤調査データから数値解析に必要な土壌の熱物性値を推定する手法を提案した。さらに、開発した数値解析手法および土壌熱物性値推定手法はフィールド実験結果との比較検討により、その妥当性が確認できた。

第3章では、地中採・放熱量予測モデルを用い、土壌・地下水条件が地中温度、採・放熱量および熱交換器内循環水温度に与える影響について定量的な評価を行った。その結果、土壌の熱伝導率が高いほどより有利な熱源水(冷房時低温、暖房時高温)が得られる(最大13%の差)ことが分かった。また地下水流れを有する条件では地下水流無しの条件に比べ、約50%以上の採・放熱量増加が得られることが確認できた。

第4章では、東京都内で地中熱利用を検討する実建物を対象にして地中熱・地下水移動シミュレーションツールを用いた解析を行った。その結果、各ケースにおける地中採・放熱量および地中温度変化の予測ができた。

第5章では地下水利用空調システムの性能検討のため、実大実験装置を用いた冷暖房実験を行った。実験結果により、少揚水量・大温度差の運転がシステムCOP向上に直結することが分かった。また、導入による周辺地下環境への影響予測のため、地下水・地中熱移動シミュレーション手法を用いた数値解析を行い、実験結果との比較検証により妥当性を確認した。

第6章では地下水利用空調システムの導入可能性の検討のため、建物負荷モデルを用いた冷暖房負荷計算と共に導入・運転コストによる単純回収年数の算出を行った。その結果により、冷暖房負荷のバランスのある地域での導入が有効であることが分かった。

7章では、地中熱最適利用およびヒートポンプシステムの更なる高効率化のため、空気と地下水を熱源とし温度条件によって有利な熱源を利用する地下水循環型空水冷ヒートポンプシステムについて述べた。

第8章では、地中熱・地下水利用空調システムのためのポテンシャル把握手法について概要およびその手法を利用した東京23区のポテンシャル検討について述べた。また東京23区を対象にした地中熱利用ポテンシャルでは、地中熱空調システムと地下水利用空調システムの2種類のシステムに対しそれぞれの導入可能性を検討した。

第9章において本論文の総括を示し、併せて今後の研究課題を示して結論とした。

以上を総括するに、本論文では地中熱・地下水利用空調システムの実用化および普及のため、第一に地中採熱量予測モデルを開発し、第二に予測モデルを用いたケーススタディおよび実証実験により、最適利用手法を確立した。また更なる普及のためのポテンシャル把握法の提案を示している。現状のシステムの課題に対し工学の見地から実用レベルの対策を提示し、シミュレーションモデルおよび実大実験により検証した点が評価に値する。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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