学位論文要旨



No 125284
著者(漢字) 周,志光
著者(英字)
著者(カナ) シュウ,シコウ
標題(和) 鉄骨柱―梁溶接接合部の破壊に関する研究
標題(洋)
報告番号 125284
報告番号 甲25284
学位授与日 2009.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7128号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桑村,仁
 東京大学 教授 久保,哲夫
 東京大学 教授 川口,健一
 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 准教授 伊山,潤
内容要旨 要旨を表示する

1995年兵庫県南部地震で多発した鉄骨柱―梁溶接接合部の脆性破壊は、脆性破壊を考慮した耐震設計の必要性を喚起した。破断変形能力を支配する要因とその因果律については、兵庫県南部地震で被災した鋼構造物に脆性破壊が発生して以来多くの研究が行われ、ある程度のことがわかってきているが、一つの重要な法則がまだ考究されていない。それは、地震応答で生じるランダムな塑性変形振幅での破断変形能力の評価方法が未解決であるということである。すなわち、一定振幅下での破断変形能力からランダム振幅下での破断変形能力を予測する技術が緊急の課題となる。地震時の破断変形能力は、繰返し塑性変形履歴のパターンが大きく関与するものと考えられるが、今のところ、単調載荷と一定振幅載荷との関係が明らかにされているのみである。ランダム載荷時の破断変形能力を究明するには溶接に起因するばらつきが大きな障害となる。そこで、溶接を施さない母材に人工ノッチを与えて実験を行う必要性がでてくる。しかし、その人工ノッチは実際の柱―梁溶接接合部の応力-ひずみ状態を再現したものでなければ実用上の意味が薄れる。

本論文は、柱―梁溶接接合部における幾何学的な不連続性(形状ノッチ)および溶接入熱による材質変化がもたらす不連続性(材質ノッチ)の実態調査に基づく詳細なモデルを作成し、有限要素解析を行い、実際の応力-ひずみ状態を再現しうるノッチ付き母材(以下、相似試験体)が、軸力材および曲げ材において、いかなる形状・寸法のものであるかを明らかにする。その相似試験体を製作し、ランダム振幅下での破断変形能力を解明するために実験的研究を行う。

本論文は、以下の10の章および5つの付録より構成されている。

第1章 「序論」では、本論文の背景と目的、本論文の構成を述べている。

第2章 「ノッチを有する鋼材の弾塑性状態に対するミクロボイドの影響」では、ボイドの発生・成長を考慮したGurson-Tvergaard-Needleman(GTN)による数理塑性モデルを用いて円周切欠き付き丸鋼の応力―ひずみ状態を解析し、ボイドを考慮しない従来のモデルと比較することによってボイドの影響を調査するとともに、実験結果との整合性も併せて検討した。その結果、最大耐力に至るまでの応力-ひずみ状態、特に応力三軸度と等価塑性ひずみに対してボイドの影響が小さいことがわかった。延性き裂発生真ひずみの予測について、GTNモデル、桑村山本式、W.-M.ChiのSMCS(Stress Modified Critical Strain Criterion)クライテリアを用いて延性き裂発生真ひずみの予測値を比較し、ボイドを考慮する場合としない場合の予測結果がほぼ同じであることがわかった。

第3章 「鉄骨柱―梁溶接接合部の形状ノッチおよび材質ノッチのモデル化」では、実際の柱―梁溶接接合部のミクロ形状および硬さ分布の調査結果に基づき、接合部について幾何学的な不連続性(形状ノッチ)および溶接入熱による材質変化がもたらす不連続性(材質ノッチ)を考慮する代表的な七つのモデルを作成した。モデルを作成する時、兵庫県南部地震で、梁端における通しダイアフラムの接合部破断、スカラップ底を起点とする破断および角形鋼管の通しダイアフラム溶接における角部破断などの破断を考慮した。

第4章 「鉄骨柱―梁溶接接合部ノッチモデルの解析」では、前章で採択した柱―梁溶接接合部における7つのモデルについて有限要素解析を行い、形状ノッチおよび材質ノッチの応力―ひずみ状態について調べた。脆性破断の引き金となる延性亀裂の発生は主に応力三軸度と塑性ひずみが支配するので、特徴的な応力三軸度―等価塑性ひずみカーブを考察した。止端部における最も大きな等価塑性ひずみが発生する点をHe、最も大きな応力三軸度が発生する点をHsとする。なお、止端部における厚さの最も小さい断面の表面点をR点とする。上記3点の応力三軸度―等価塑性ひずみ状態に関するデータを整理し、応力三軸度―等価塑性ひずみ状態を三つのレベルに分けることができた。

第5章 「相似試験体」では、実際の柱―梁溶接接合部の応力-ひずみ状態を再現しうるノッチ付き母材が、曲げ材および丸棒軸力材において、いかなる形状・寸法のものであるかを検討した。二つの矩形断面ノッチ付き曲げ材試験体と一つの円周切欠き付き丸棒軸力材試験体を設計した。これら相似試験体がそれぞれ三つのレベルの応力三軸度値(1.6~1.7,1.3~1.4,1.0)を再現していることを解析により確認した。

第6章 「曲げ材の破壊実験」では、相似試験体の曲げ材の破壊実験を行い、破断までの修正サイクル数、累積変形、累積塑性歪エネルギー、塑性率、塑性歪エネルギー率及び荷重などの実験結果をまとめた。本実験のパラメーターはノッチ形状と変形履歴である。ノッチ形状はV型ノッチとU型ノッチがある。変形履歴について、単調載荷、一定振幅載荷、混合振幅載荷、漸増振幅載荷、漸減振幅載荷、片振幅載荷とランダム振幅載荷を用いて実験を行った。

第7章 「丸棒軸力材の破壊実験」では、相似試験体の丸棒軸力材の破壊実験を行い、破断までの修正サイクル数、累積変形、累積塑性歪エネルギー、塑性率、塑性歪エネルギー率及び荷重などの実験結果をまとめた。本実験のパラメーターは温度と変形履歴である。試験体温度は、室温での実験は約20℃、冷却した場合は平均で約-10℃である。変形履歴について、室温での場合は単調載荷と一定振幅載荷を用いて、冷却した場合は単調載荷、一定振幅載荷、混合振幅載荷、漸増振幅載荷、平均変形増加振幅載荷と片振幅載荷を用いて実験を行った。

第8章 「破断変形能力の考察」では、相似試験体の実験結果を用いて、破断変形能力と載荷履歴および温度の関係に関する考察を行った。その結果、以下の知見を得た。

◇一定振幅の実験結果に対して、破断までの累積塑性変形能力は桑村らが提唱した「破断履歴の相似則」のManson-Coffin式を用いて定式化することができた。また、塑性率振幅を塑性歪エネルギー率振幅に拡張し、エネルギーの場合にも定式化することができた。

◇曲げ材試験体では、累積変形能力に対するV型ノッチとU型ノッチの形状の違いによる差は僅かである。

◇混合振幅における大振幅と小振幅の順番の影響は小さい。

◇平均変位の影響は比較的小さい。

◇Max側塑性率による損傷度Dmは塑性率による損傷度Dより大きくなり、Max側塑性歪エネルギー率による損傷度Demは塑性歪エネルギー率による損傷度Deより大きくなり、安全側の評価となる。

◇塑性歪エネルギー率による損傷度Deの標準偏差は四種類の損傷度の中で一番小さく、データの分散性が一番小さい。

◇四種類の損傷度の中で安全側の評価となる点で信頼性が一番高いのはMax側塑性歪エネルギー率による損傷度Demである。

第9章 「破断面の考察」では、相似試験体の破断面の考察を行った。また、一定振幅の場合、Krawinkler H.が提唱したき裂進展則の塑性ひずみレンジを塑性率振幅、塑性歪エネルギー率振幅に拡張し、き裂進展に関する考察を行った。その結果、以下の知見を得た。

◇き裂進展則による考察について、曲げ材のV型ノッチ試験体の延性き裂進展速度はU型ノッチのほうより少し大きいことと、丸棒軸力材の冷却したほうの延性き裂進展速度は室温より大きいことがわかった。

◇き裂深さの予測について、塑性歪エネルギー率振幅による予測が塑性率振幅による予測より精度が高く、平均延性き裂深さの予測が最大延性き裂深さの予測より精度が高いことがわかった。

第10章 「結」では、各章で得られた知見を要約することで本研究の結論とし、今後の研究課題を展望している。

付録A 「ミクロボイドの影響に関する有限要素解析結果」では、ミクロボイドの影響に関する有限要素解析結果について、第2章で割愛した解析結果およびAbaqusで数値計算を行う際の応力三軸度とSMCS計算用Subroutineはここに収録している。

付録B 「鉄骨柱―梁溶接接合部ノッチモデルの解析結果」では、鉄骨柱―梁溶接接合部ノッチモデルの解析について、第4章で割愛した等価塑性ひずみ及び応力三軸度の分布状況を検討する。

付録C 「相似試験体の製作図」では、第5章で論じた相似試験体と素材特性用試験片の製作図を示す。

付録D 「曲げ材の実験結果」では、曲げ材試験体について、試験機荷重-ストローク変位図、荷重-変形図、荷重-累積変形図、破断した試験体の写真と破面写真をまとめている。V型ノッチ試験体数は21体であり、U型ノッチ試験体は17体である。

付録E 「丸棒軸力材の実験結果」では、丸棒軸力材試験体について、試験機荷重-ストローク変位図、荷重-変形図、荷重-累積変形図、破断した試験体の写真と破面写真をまとめている。室温での試験体数は5体であり、冷却した試験体数は10体である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、鉄骨柱―梁溶接接合部の破壊性能を主として破壊までの塑性変形能力の観点から考究したもので、地震時のランダムな変形履歴での破断変形能力を定量化した点に耐震工学上の重要な成果がある。本論文は、本文10章と付録から構成されている。

第1章では、本研究の目的と既往の研究が整理されている。1995年兵庫県南部地震で鉄骨の脆性破壊が我が国の工学史上初めて報告されて以来、この問題について多くの実験的研究が行われてきたが、地震時のランダム振幅過程を含め、変形履歴が破断に及ぼす影響については未知のままであることが指摘されている。その大きな理由は、溶接を伴う接合部の破壊現象の実験的再現において非常に大きなばらつきが内在するためであると分析している。

第2章では、ノッチを有する鋼材の弾塑性状態、特に、破壊に大きな影響を与える応力三軸度と塑性ひずみの関係曲線に対して、ミクロボイドの影響を数値的に検討している。ミクロボイドを考慮する解析ではGurson - Tvergaard - Needlemanモデル(GTNモデル)が使用されている。その結果、破壊が起動する最大耐力点までは、ミクロボイドの成長は応力三軸度―塑性ひずみ曲線にほとんど影響を与えないことが明らかとなった。このことは、従来から行われてきたボイドを考慮しない解析が十分有用であることを示したと同時に、本論文で行う鉄骨柱―梁溶接接合部においてもボイドを考慮しない解析が通用することを予め明らかにした。

第3章では、鉄骨柱―梁溶接接合部の実態調査の方法と結果が述べられている。実機の溶接接合部からサンプルを採取し、そこに存在する幾何学的不連続性(形状ノッチ)および材質的不連続性(材質ノッチ)をそれぞれ光学顕微鏡およびビッカース硬さ計で計測した。

第4章では、第3章で得た実機接合部の形状ノッチと材質ノッチの測定データを用いてノッチ部の応力解析を行い、ノッチ周辺の応力三軸度と塑性ひずみの関係が類型化されている。

第5章では、第4章で明らかとなった実機の鉄骨溶接接合部の応力ひずみ状態を再現しうる相似試験体の設計について記述されている。相似試験体は母材から製作するもので、溶接を伴わないため、溶接に起因する不確定要因を排除することができる。ただし、相似試験体に設ける人工ノッチの先端周辺の応力ひずみ状態は、実機溶接接合部のそれと同等にする必要がある。数値的な試行錯誤により、3種類の相似試験体を設計することができた。

第6章では、相似試験体のうちV型ノッチ曲げ試験体およびU型ノッチ曲げ試験体の破壊実験の結果がまとめられている。与えた変形履歴は、単調載荷、一定振幅載荷、振幅を規則的に変化させた載荷、および地震時の建物応答から模擬したランダム載荷である。

第7章では、相似試験体のうちU型ノッチ丸棒軸力材の破壊実験の結果がまとめられている。ここでは試験温度を変化させた実験も行っている。

第8章では、第6章および第7章の相似試験体の実験結果に基づいて破断変形能力の考察が行われている。先ず、一定振幅の場合には従来から知られている破断履歴の相似則が成立することを確認している。次に、振幅が一定の傾向で変化する場合、および地震時の応答変位を模擬したランダム振幅の場合について種々の評価方法の適用性を検討し、もっとも精度の高い評価方法として、正側と負側の塑性ひずみエネルギー率の大きいほうをもって累積損傷とすることを提案している。

第9章では、相似試験体の実験結果のうち、破断面の考察が行われている。破断面は延性破面と脆性破面に区分され、また延性亀裂の深さを調査している。これにより、延性破面率と破断変形能力には正の相関があることを確認している。

第10章では、本研究の結論と今後の課題が述べられている。

本論文には5つの付録が付されている。付録Aでは本文第2章で行ったミクロボイドの影響に関する詳細な数値解析結果、付録Bでは本文第3および第4章で行った実機溶接接合部の実態調査結果とその数値解析モデル、付録Cでは相似試験体の設計図、付録Dでは曲げ相似試験体の実験データ、付録Eでは丸棒相似試験体の実験データが整理されている。

以上のように、本論文では鉄骨構造物の耐震設計において今まで明らかにされていなかった破断変形能力に対する変形履歴の影響を定量的に評価する手法を確立した点が高く評価される。また、鉄骨柱―梁溶接接合部の実態に基づく相似試験体の破壊実験と数値解析による現象分析など今まで試みられなかった研究手法で成果を生み出したことも特筆に値する。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク