No | 125303 | |
著者(漢字) | 永井,萌土 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナガイ,モエト | |
標題(和) | ツリガネムシを駆動源とするマイクロシステム | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 125303 | |
報告番号 | 甲25303 | |
学位授与日 | 2009.09.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7147号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 電気工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 小型なシステムを実現するために、半導体マイクロマシーニング法を用いて、機械要素部品、センサ、アクチュエータ、電子回路を一つの基板上に集積化したMEMS((Micro Electro Mechanical Systems)デバイスが幅広く利用される。人工物で作製されたMEMSは、大量生産に向き、センサや電子回路が集積化された賢いマイクロシステムの作製が可能なことなどから、多くの市販品として活用されている。しかしMEMSは主に真空中や大気中で動作させることが想定されており、現在用いられているメカニズムをそのまま利用し、水中で駆動させるのは難しい。またMEMSの駆動部、センサ、電子回路の部分だけでは小型であるが、それらに対する配線や駆動回路など、全体のサイズでは大型になってしまう課題がある。 一方で生物は、水中動作し、生体適合性がよく、エネルギー変換効率が高い利点がある。加えて細胞体内部のわずかな空間に、エネルギー変換回路、アクチュエータ、センサが内蔵される高集積性の利点もある。これらの利点を備えた生物を制御し、マイクロシステム内で活用できれば、人工物のみではなしえない仕事ができると期待される。 ここで人工物MEMSに加え、生物を活用することで、システムのさらなる小型化、高機能化が可能である。本論文では、人工物MEMSにツリガネムシのアクチュエータの機能を付加し、その例として、その繊毛をマイクロミキサの駆動源、柄をマイクロバルブの駆動源として活用する。それにより人工物と生物が融合したマイクロシステムを開発することを研究課題とする。生物にはツリガネムシを利用する。ツリガネムシは、繊毛虫類・縁毛目に属する有柄型の単細胞動物である。その釣鐘状の虫体の口部には、摂食のための「繊毛」が分布し、また虫体からは「柄」が細長く伸び、基板に接着している。この柄は、Ca2+で収縮するフィラメントで、除膜処理を行うと、Ca2+を外部溶液に加えると収縮し、Ca2+を除くと伸長するようになる。柄の長さをCa2+濃度で制御し、制御可能なマイクロシステム内のリニアアクチュエータとして活用できる。繊毛は毛状の細胞小器官で、定期的に波打ち、力強い渦を発生させる。溶液中に浮遊した粒子を近傍に発生した渦中に巻き込み、口部に吸い込んで、粒子を運ぶ機能を持っている。この繊毛の動きをマイクロシステム内の撹拌素子として活用する。 2章では、ツリガネムシを駆動源として用いるために、それぞれ「柄」と「繊毛」について駆動特性の評価を行った。「柄」の力学的特性を評価するために、「流体抵抗力によりツリガネムシに負荷を与えるシステム」を開発し、ツリガネムシに負荷を与え、柄の収縮力、引張強度、基板への接着力について評価を行った。また繊毛の駆動特性を評価するために、共焦点マイクロPIV法を用いて、「ツリガネムシが作り出す流れ場を3次元的に評価するシステム」を開発し、その流れ場の速度を3次元的に計測・評価した。これら繊毛と柄の特性評価を行った結果を、それぞれマイクロミキサ、マイクロバルブの設計に活用した。 3章では、「人工物」と「ツリガネムシ」を融合する手法を開発した。人工物とツリガネムシを接着するための2つの手法 (1)StreptavidinとBiotin、(2)Poly-L-Lysineを確認し、サイズが20umまでの人工物とツリガネムシの接着を行った。ツリガネムシの柄を保持したまま基板から脱離するための手法として、アルギン酸膜を犠牲層として利用し、脱離させる手法を開発した。また遠心濃縮した浮遊ツリガネムシをマイクロシステム内に導入することで、システム内にパターニングする手法の開発も行った。これらの知見をツリガネムシの「繊毛」と「柄」を利用したマイクロシステムの開発に活用した。 4章では、集積化マイクロ流体デバイスの技術を適用し、ツリガネムシのアクチュエータを制御するためのマイクロ流体システムの開発を行った。マイクロ流体デバイス内で、ツリガネムシの固定、それに対する除膜処理、柄の長さの制御が可能になった。ここで異なる濃度のCa2+溶液をマイクロ流体システムを用いて切り替え、ツリガネムシの柄の長さを制御した。 5章では、繊毛を用いたマイクロミキサの実証を行った。以下の2種類の方法で、ツリガネムシを流体デバイス内に入れ、ツリガネムシの撹拌をマイクロ流路内で確認した。(1)カバーガラスとPDMS(Polydimethylsiloxane)マイクロチップを重ね合わせる方法、(2)マイクロチップの流路内にツリガネムシを導入し、固定する方法である。ツリガネムシのマイクロチップ内に固定後、その撹拌を蛍光粒子を用いて確認した。 6章では、柄を用いたマイクロシステムの例として、Ca2+で動作する能動型のマイクロバルブの提案とその原理確認を行った。2-4章で得た知見を活かし、柄を駆動源として用いる2種類のカンチレバー型とボール型のマイクロバルブを設計した。そして設計したマイクロバルブの原理確認として、ガラス片およびシリコンのカンチレバーを、ツリガネムシの柄で駆動させた。これらのカンチレバーとガラス片は、それぞれのマイクロバルブの重要な基礎となる。 7章では、本論文の結論を述べ、その意義と波及効果、今後の展開について述べた。本論文では、ツリガネムシと人工物が融合したマイクロシステムの例として、繊毛を用いたマイクロミキサの実証と柄を用いたマイクロバルブの設計と原理確認を行った。ツリガネムシと人工物と組み合わせる過程において、生物工学的に新規な手法を生み出した。ツリガネムシのアクチュエータとしての基本特性を理解することで、生物学的な知見を得た。本研究のデバイスは、マイクロシステムの新たな領域を切り開き、制御可能な生物・人工物の融合マイクロシステムへと発展される。さらに他種の生物を組み合わせ、今後は「生物を利用した自働化マイクロシステムの創成」への展開が期待できる。 | |
審査要旨 | 本論文は「ツリガネムシを駆動源とするマイクロシステム」と題し、7章からなる。微生物であるツリガネムシの繊毛と伸縮する柄とに着目し、その動作特性、制御方式、マイクロシステム内に組み込む技術などを研究することで、ツリガネムシを駆動源とするミキサーやバルブの実現可能性を示した。 第1章は序論である。人工物だけで作るマイクロマシンの限界を超えるため、微生物を駆動に利用するという新しい考え方に基づき、ツリガネムシを利用した生物・人工物融合マイクロシステムを提案し、本論文の目的と研究の意義を提示している。 第2章では、ツリガネムシを利用したマイクロシステムの設計を可能にするため、繊毛と伸縮する柄についてそれぞれの駆動特性を測った。測定法と、測定結果に関して詳細に述べている。 第3章は、ツリガネムシとマイクロシステムの融合技術の開発である。培養したツリガネムシを培養容器から分離した後、微生物および人工物表面を適切に改変することで、マイクロシステム内の望みの位置に付加する方法を新たに考案し、実験で有効性を確かめた。 第4章では、マイクロ流体デバイスを用いたツリガネムシの駆動制御について論じている。柔らかい材料であるポリジメチルシロキサンを材料にしたマイクロ流路の2層構造を作り、一方の流路中の液体の流れを、他方の流路に加える圧力でオンオフ制御するデバイスについて述べている。このデバイスを用いて、ツリガネムシが入った微小容器のカルシウム濃度を増減した。濃度増大で柄が縮み、濃度減少で伸びることを確かめた。 第5章では、ツリガネムシの繊毛が起こす渦流を利用して、液体を混合するデバイスを製作し、液中に混ぜた粒子の動きから攪拌動作を実証した結果について述べている。 第6章では、微小流路中のマイクロ構造に付加したツリガネムシの柄の伸縮を利用し、構造を動かすことで弁の開閉をするマイクロバルブを提案している。柄の収縮力に基づきバルブの構造を設計した。デバイスの要素となる構造を、ツリガネムシで駆動できることを確かめた。 第7章は結論であり、本論文で得た成果をまとめ、その意義を論ずるとともに、今後の研究の進むべき方向を述べている。 以上これを要するに、本論文は、生物・人工物融合マイクロシステムの概念を提案し、ツリガネムシで駆動する流体システムに関して、設計基礎データとしてのツリガネムシの駆動特性の評価、ツリガネムシを人工物に付加するプロセスの考案、マイクロ流体システムによる駆動制御実験、ツリガネムシで駆動するミキサーやバルブの設計と基本機能の実証を行い、提案した概念の実現可能性を示したもので、電気工学に貢献するところが少なくない。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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