No | 125309 | |
著者(漢字) | 山,裕一 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマサキ,ユウイチ | |
標題(和) | マルチフェロイック酸化物における電気磁気特性 | |
標題(洋) | Magnetoelectricity in Multiferroic Oxides | |
報告番号 | 125309 | |
報告番号 | 甲25309 | |
学位授与日 | 2009.09.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7153号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 物理工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年、強磁性や強誘電性などの複数の強的な秩序を有する物質群「マルチフェロイクス」を舞台に、磁場によって電気分極が、もしくは電場によって磁化が変化する電気磁気効果が盛んに研究されている。特に磁気秩序が誘起する強誘電秩序を有するマルチフェロイクスでは、磁場印加によって電気分極が回転・反転することが発見され、巨大な電気磁気応答が実現することから注目を浴びている。 本博士論文は、らせん磁気構造が誘起する強誘電秩序に着目し、その電場や磁場に対する応答や微視的な起源に関して研究を行った結果をまとめたものである。第1,2章ではマルチフェロイクスの序論と実験手法について記している。第3章では、ペロブスカイト型RMnO3において観測された磁場によって電気分極が90度回転する現象(電気分極のフロップ現象)に関して、磁場中放射光X線回折実験や磁気構造解析実験を通じて解明した発現機構について記述している。第4章では、サイクロイド磁気構造のスピンカイラリティと強誘電性電気分極の相関関係を偏極中性子散乱実験により解明し、電場によってスピンカイラリティが制御可能であることを述べている。第5章では、スピネル型CoCr2O4のコニカル磁気構造では強誘電性分極と磁化が同時に発現することを実証し、磁場によって強誘電性分極が反転することを記述している。第6章では、イットリウム鉄ガーネットY3Fe5O12において誘電緩和が量子常誘電性を示し、磁場の方位によって制御可能であることを言及する。以下で、各章について概説する。 第3章 ペロブスカイト型RMnO3の電気磁気相図と磁場による電気分極のフロップ現象 ペロブスカイト型マンガン酸化物TbMnO3は、b軸方向にコリニアな磁気構造からbc面内でスピンが回転するサイクロイド磁気構造への相転移に伴って、c軸方向に電気分極が発現する。さらに、強誘電相においては磁場をb軸方向に印加すると電気分極の方向がc軸方向からa軸方向へと90度回転する電気分極のフロップ現象が発現する。本研究では磁場中放射光X線散乱実験や磁気構造解析により、電気分極のフロップ現象に伴う磁気構造の変化を明らかにし、その発現機構を解明することを目的に研究を行った。 TbMnO3の変調磁気構造では交換歪効果によって磁気変調波数に対して2倍の格子変調波数が観測される。電気分極のフロップに伴う磁気変調波数の変化を明らかにするために、磁場中放射光X線回折実験を行った。電気分極がc軸方向に向いている時は、非整合な磁気変調波数q=0.27であったが、磁場を印加して電気分極がa軸方向にフロップすると磁気変調波数は整合なq=0.25になることを発見した。このような、整合な磁気変調波数を有する強誘電相では、ab面内のサイクロイド磁気構造かコリニア磁気構造の二つ可能性が考えられる。 磁気構造を決定するためには磁気構造解析が必要となるが磁場中では実験が困難であるため、同じ電気磁気相がゼロ磁場でも発現するGd0.7Tb0.3MnO3という物質において、偏極中性子散乱実験、および磁気構造解析実験を行った。磁場中の電気磁気相図(図1)からもわかるように、TbMnO3における磁場中強誘電相(P||a)とGd0.7Tb0.3MnO3のゼロ磁場強誘電相は断熱的に接続しており、同じ磁気変調波数を有していることからも同じ磁気構造が実現していると考えられる。中性子散乱実験には中性子の吸収が少ない同位体160Gdを用いた単結晶サンプルを用いた。 磁気構造解析の結果、図1に示す磁気構造のようにGd0.7Tb0.3MnO3のa軸方向に電気分極を有する強誘電相ではMnスピンがほぼab面内で回転しているサイクロイド磁気構造であることがわかった。TbMnO3のc軸方向に電気分極を有する強誘電相ではMnスピンがbc面内を回転する構造なので、磁場による電気分極の回転現象はMnスピンのらせん面がbc面からab面へと回転することによって発現することが本研究によって明らかになった。 第4章 電場によるスピンヘリシティの制御 ペロブスカイト型マンガン酸化物TbMnO3は、らせん磁気構造への相転移に伴って電気分極が発現する。このとき電気分極の方向はスピンの巻き方(スピンヘリシティ)、つまり時計回りか反時計回りかのどちらに巻いているかによって決まると考えられる。 本研究では、偏極中性子散乱実験によりスピンヘリシティを観測し、電気分極との相関関係を明らかすることを目的に研究を行った。 図2には電場を印加しながら冷却して、電気分極が単一ドメインの時に測定した偏極中性子散乱実験で観測した衛星磁気反射の結果を示している。入射スピンがアップ(↑)とダウン(↓)とで衛星磁気反射の強度が異なり、電気分極の方向が反転するとその強度関係も反転している。この振る舞いは、電気分極の方向とらせん磁気構造におけるスピンの巻き方が一対一に対応していることを示しており、電場だけでスピンの巻き方が制御できるということを実証している。 第5章 磁場による強誘電性分極の反転 コニカル磁気構造と呼ばれるスピンが円錐状に回転する磁気構造では、磁化と電気分極が同時に発現することが期待される。本研究では実際にそのような磁気構造となるスピネル型クロム酸化物CoCr2O4において電気分極の温度・磁場変化を調べ、コニカル磁気構造の電気磁気特性を明らかにすることを目的に研究を行った。 CoCr2O4は、95Kで常磁性相からフェリ磁性体となり、25K以下においてコニカル磁気構造となる。このコニカル磁気構造への相転移に伴って電気分極が発現することを確認し、コニカル磁気構造では磁化と電気分極が同時に発現することを実証した。また、コニカル磁気構造では磁場によって磁化を反転させるのと同時に、電気分極も反転することを発見した(図3)。これは磁化と電気分極のドメイン壁が強く結合しているためと考えられ、磁壁ではコニカル磁気構造のスピンヘリシティも反転していることを明らかした。 第6章 磁場制御可能な量子常誘電性 YIGは磁気秩序温度が560 Kであり、室温において自発磁化を有するフェリ磁性体である。本研究では磁場により誘電率が変化する現象(マグネトキャパシタンス効果)を測定し、13%を超える巨大な効果が発現すること、測定周波数に大きく依存する特徴を持っていることを発見した。これは誘電緩和の存在を示唆しており、マグネトキャパシタンス効果の起源を明らかにするために誘電緩和とその外部磁場応答を測定した。その結果、YIGの誘電緩和は最低温度でも凍結することなく発現しており、最低温度では緩和時間が温度に依存しない振舞いを示した。このことは誘電緩和の起源となる双極子モーメントが量子トンネリングによって緩和することを示している。誘電率の温度変化はSrTiO3などで観測されるような量子常誘電性を示し、その振る舞いが磁場によって制御できることを明らかにした。 誘電率の温度変化に対して横磁場イジングモデルを用いて解析を行った結果、双極子に作用する有効電場が外磁場の方向に強く依存していることがわかった(図4)。これらの現象を理解するために、我々は酸素欠損などが誘起する過剰電子が鉄イオン間を量子トンネルすることにより誘電緩和が発現しているとするモデルを考えた。その場合、鉄イオンのエネルギー準位はスピン軌道相互作用により変化を受け、外部磁場の方向に強く依存する。つまり、電子が量子トンネルしている鉄イオン間には、スピン軌道相互作用によりエネルギー差が生じることになる。このエネルギー差が量子トンネルにおける有効電場に対応していると考えると、観測された現象が説明できることを明らかにした。 第7章 結論 本博士論文ではマルチフェロイック酸化物における電気磁気特性を調べ、以下のような知見を得た。 (1)ペロブスカイト型Mn酸化物RMnO3において、Aサイトの混晶系によって平均イオン半径を制御することでスピンフラストレーションを制御し、新たな強誘電相が発現することを発見した。 (2)RMnO3で観測される電気分極のフロップ現象は、強誘電性相におけるらせん磁気構造のらせん面が磁場によって回転することによって発現することを明らかにした。 (3)RMnO3の強誘電性分極の方向とらせん磁気構造におけるヘリシティが対応していることを明らかにした。これにより電場によってスピンヘリシティが制御できることを実証した。 (4)スピネル型クロム酸化物CoCr2O4におけるコニカル磁気構造では自発磁化と強誘電性分極が同時に発現し、磁場によって電気分極が反転することを発見した。 (5)イットリウム鉄ガーネットY3Fe5O12において磁場によって制御可能な量子常誘電性を示すことを発見し、これが巨大なマグネトキャパシタンス効果の起源であること明らかにした。 図1 Gd1_xTbxMnO3系の電気磁気相図(左)とTbMnO3とGd0.7Tb0.3MnO3の磁気構造 図2 サイクロイド型らせん磁性体であるTbMnO3における偏極中性子散乱強度。 図3.(左)コニカル磁気構造CoCr2O4の磁化と電気分極の磁場依存性,磁化の反転に伴って強誘電性分極も反転している。(右)振動磁場(0.01Hz)に対する電気分極の応答. 図4.誘電緩和強度の温度依存性,磁化が「111」から「001」に変化すると緩和強度が4倍になる. | |
審査要旨 | 近年、強磁性や強誘電性などの複数の強的な秩序を有する物質群「マルチフェロイクス」を舞台に、磁場によって電気分極が、もしくは電場によって磁化が変化する電気磁気効果が、状態制御のエネルギー散逸を最小化するエレクトロニクスの観点からも、盛んに研究されている。特に磁気秩序が誘起する強誘電秩序を有するマルチフェロイクスでは、磁場印加によって電気分極が回転・反転することが発見され、巨大な電気磁気応答が実現することから注目を浴びている。本博士論文は、らせん磁気構造が誘起する強誘電秩序に着目し、その電場や磁場に対する応答や微視的な起源に関して研究を行った結果をまとめたものである。本論文は全7章からなり、以下で各章について概説する。 第1,2章ではマルチフェロイクスの序論と実験手法について述べている。 第3章ではペロブスカイト型RMnO3に着目し、磁場による電気分極のフロップ現象の発現機構を解明した研究結果が記述している。ペロブスカイト型マンガン酸化物TbMnO3は、bc面内でスピンが回転するサイクロイド磁気構造への相転移に伴って電気分極Pcが発現し、磁場をb軸方向に印加すると電気分極がPcからPaへと90度回転する電気分極のフロップ現象が発現することが知られている。本論文では、TbMnO3の磁場中強誘電Pa相と同じ磁気構造を有すると考えられるGd0.7Tb0.3MnO3において、偏極中性子散乱実験と磁気構造解析実験を行い、強誘電Pa相ではab面でスピンが回転するサイクロイド磁気構造をとることを明らかにしている。これにより、マルチフェロイックス巨大電気磁気効果の代表例としての電気分極のフロップ現象は、bc面サイクロイド磁気構造から、磁場印加によってab面サイクロイド磁気構造へと変化することによって発現することが明らかになった。 第4章ではサイクロイド磁性体であるTbMnO3において、電場によってスピンカイラリティが制御できることを偏極中性子散乱実験によって実証している。本論文では、電気分極を単一ドメインするために電場を印加しながら冷却し、サイクロイド磁性体となる強誘電相において入射中性子スピンがアップとダウンの時の磁気散乱強度を測定している。その磁気散乱強度の解析から、冷却電場の符号を反転させるとサイクロイド磁気構造におけるスピンカイラリティが反転することを明らかにした。また磁気散乱強度の温度・電場依存性の解析から、電気分極の温度依存性が理論的に予測される振る舞いと一致していることを明らかにした。 第5章ではスピンが円錐状に変調するコニカル磁性体であるスピネル型クロム酸化物CoCr2O4において、強誘電性とその磁場応答について研究した結果が述べられている。コニカル磁気構造への磁気相転移に伴って強誘電性の電気分極が発現することを初めて確認し、コニカル磁気構造では磁化と電気分極が同時に発現することを実証している。また、コニカル磁気構造では磁場によって磁化を反転させるのと同時に、電気分極も反転することを発見している。この結果から、コニカル磁気構造の磁壁ではスピンヘリシティも反転しており、磁化と電気分極のドメイン壁が結合するという、電気磁気相互制御を達成する上でのきわめて重要な基礎的知見を得た。 第6章ではイットリウム鉄ガーネット(YIG)において磁場制御可能な量子常誘電性について記述している。YIGにおいて13%を超える巨大なマグネトキャパシタンス効果が発現すること発見し、この効果が磁場によって誘電緩和の強度が変化することに由来することを明らかにしている。この誘電緩和強度の温度・磁場依存性を測定し、二準位モデルを用いて解析を行うことにより、双極子モーメントが量子トンネル効果によって緩和し、二準位間のエネルギー差が外部磁場の方位に依存していることを明らかにした。これらの現象を理解するために、酸素欠損などが誘起する過剰電子が鉄イオン間を量子トンネルすることにより誘電緩和が発現しているとするモデルを提唱しており、鉄イオンのスピン軌道相互作用によって生じるエネルギー差が磁場方位依存性を生じさせることを解明している。 第7章では、本論文の成果をまとめている。 以上をまとめると、本博士論文は磁気秩序が誘起する強誘電分極をもつマルチフェロイクスにおいて、磁場や電場に対する応答を明らかにした。特に電場によるスピンカイラリティの制御や磁場による電気分極の反転、磁化方位による量子常誘電性の制御といった現象は、本研究において初めて発見・実証した現象であり、固体の電気磁気制御の今後の研究展開を図る上でも、基礎的に重要な知見である。 よって本論文は物性科学・物理工学の発展に寄与するところ大であり、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |