学位論文要旨



No 125314
著者(漢字) 王,立邦
著者(英字)
著者(カナ) オウ,タテクニ
標題(和) コバルト・リッチ・クラストからの白金の選択的回収に関する研究
標題(洋)
報告番号 125314
報告番号 甲25314
学位授与日 2009.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7158号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,豊久
 東京大学 教授 玉木,賢策
 東京大学 准教授 加藤,泰浩
 東京大学 准教授 定木,淳
 東京大学 講師 村上,進亮
内容要旨 要旨を表示する

白金は各分野でその際立った耐熱性・耐蝕性、あらゆる反応に対する活性などの特徴を最大限生かすように利用されており、容易に他の物質に代替することは難しいと思われる。しかし、白金の供給は9割以上が南アフリカおよびロシアに集中しているため、偏在性による価格の急変動・高騰などが避けられない。その対策として、白金使用量の低減、代替材料の開発、白金リサイクルの促進などが挙げられるが、積極的に新しく安定に供給できる白金供給源の探査および開発を推進することが必要である。本研究では、深海底鉱物資源であるコバルト・リッチ・クラストを対象として、その中に存在する微量な白金の選択的回収を試みる。具体的には、雷インパルスを用いたコバルト・リッチ・クラストの電気破砕、塩酸および過酸化水素の添加によるコバルト・リッチ・クラストからの白金の浸出、その白金浸出液に対する海藻または活性炭を利用した白金の吸着など、コバルト・リッチ・クラストからの白金の選択的回収に関わる方法を提案し、各方法の適用性や最適条件などについて検討した。

コバルト・リッチ・クラストの破砕および白金の単体分離を遂行するために、従来の機械的破砕方法と異なる新しい破砕方法として雷インパルスによる電気破砕を応用した。また白金の単体分離効果の評価について機械的破砕方法との比較を行い、ついで新しい採鉱方法として深海底でのコバルト・リッチ・クラストの電気破砕を適用する可能性に関する基礎実験を実施した。コバルト・リッチ・クラストの厚さが増加すると電気破砕を生ずるのに必要な印加電圧が増加し、破砕に必要な電圧を増大させると破砕片がより細かくなった。水溶液の導電率と印加電圧は比例関係にあり、溶液の導電率が増えると、破砕により高い印加電圧が必要で消費エネルギーも増大した。樹脂を被覆した電極を使用すると、電流が導電性のある溶液を経由して接地電極へ流れることを防ぎ、破砕に必要な電圧を低減することができた。本方法で、従来溶液の導電性が低い環境を要求される電気破砕が、海水中の海底に存在するクラストで実施できると考えられる。電気破砕片および機械破砕片を分級後の白金品位は、4mm以下の細破砕片では電気破砕と機械破砕の差異はほとんどないが、4-5.7mmの粗破砕片では電気破砕の方が若干高い白金品位が得られた。

つぎに、塩酸および過酸化水素の添加によるコバルト・リッチ・クラストからの微量な白金の化学浸出を行い、浸出剤濃度、温度、時間、パルフ濃度など各浸出条件について検討した。塩酸のみで浸出する場合、塩酸濃度2mol/L以上、浸出温度50℃以上、浸出時間30min以上、固液濃度509/L以下では、コバルト・リッチ・クラスト中の白金を95%以上浸出することができた。一方、塩酸および過酸化水素の添加で浸出する場合、塩酸濃度0.5mol/L以上、過酸化水素添加1vol.%、浸出温度30℃で、浸出時間15min以上、固液濃度10g/L以下では、コバルト・リッチ・クラスト中の白金を95%以上浸出することができた。また、異なる産地、組成の試料に対して白金はほぼ同様な浸出結果を示し、試料の差異による白金の浸出率の差異は認められなかった。上記から、コバルト・リッチ・クラスト中の白金は低濃度塩酸水溶液もしくは少量の過酸化水素の添加により、通常の金属白金よりも容易に浸出できることから、おそらくコバルト・リッチ・クラスト中の白金は少なくとも一部が金属白金と異なる浸出されやすい形態で存在する可能性があると考えられる。

つぎに、塩酸および過酸化水素の添加による白金浸出後のコバルト・リッチ・クラスト白金浸出液から、希薄な白金を選択的に回収する方法として、海藻または活性炭による白金の選択的吸着の可能性を検討した。人工的に白金イオンおよび重金属イオンを含む水溶液中で海藻および活性炭の白金に対する選択的吸着の可能性を検討した後、実際のコバルト・リッチ・クラストの白金浸出液に対して実験を行った。海藻はpH2で最も高い白金イオンの吸着能力を示し、活性炭はpH0~pH6と広範囲のpHにわたり優れた白金イオンの吸着能力を示した。いずれの吸着材とも、15min間で90%以上の白金を回収することができ、3時間後ほぼ全部の白金を回収することができた。異なる塩酸濃度の水溶液中において、海藻の白金イオンの吸着能力は海藻の溶解とともにpH2以下では大幅に低下した。一方、活性炭は3mol/L以下の塩酸中でもpHO~pH6の場合と同様な白金イオンの吸着能力を持ち、3mol/L以上の塩酸中では白金イオンの吸着能力は減少するが、なお各海藻の吸着量よりも大であった。、選択的吸着について、pH2において海藻では、白金イオン以外に鉄(III)イオンに対しても優れた吸着能力を示し、それ以外の金属イオンをあまり吸着しなかった。3mol/L塩酸中の活性炭吸着では、白金イオンのみに対する優れた吸着能力を示し、白金イオン以外の金属イオンをほとんど吸着しなかった。実際に0.5mol/L塩酸および1vol.%過酸化水素水(過酸化水素30wt.%含有)添加の水溶液でコバルト・リッチ・クラスト試料をほぼ全量浸出して得られた浸出液からの吸着実験では、白金イオンはEnteromorpha linza(あおのり)に46.9%、活性炭に100%吸着された。同時に吸着された白金イオン以外の各金属イオンは浸出前のコバルト・リッチ・クラスト鉱石中の含有量よりも大幅に低くなった。海藻または活性炭を利用したコバルト・リッチ・クラスト浸出液からの白金イオンの選択的吸着回収が可能であった。

最後に、コバルトなど比較的に経済価値の高い金属を回収すると、同時に白金を回収する場合、以上の検討した白金の浸出、吸着方法を、現存するコバルト・リッチ・クラスト中の他金属の回収方法へ組み込む方法について考察した。現時点ではコバルト・リッチ・クラストはまだ経済的価値の低い深海底鉱物資源であり、その最大要因は深海底という壁であり、採鉱には高度な技術および高いコストが必要である。従来の機械式採鉱方式の発展を期待するほか、実証した深海底での電気破砕方法も将来のコバルト・リッチ・クラスト採鉱方式のひとつの選択肢と考えられ、新しいコバルト・リッチ・クラスト採掘システムについて提案した。

本研究では、コバルト・リッチ・クラスト中の微量な白金の選択的回収方法を検討し、明らかとした。将来、コバルト・リッチ・クラストの商業的開発が可能となるときに、各種有価金属の回収方法の一環として、本研究で示した方法は白金の選択的回収に役立つものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、深海底鉱物資源であるコバルト・リッチ・クラスト(以下単にクラストと呼ぶ)を対象として、その中に存在する微量な白金の選択的回収を目的とした。具体的には、雷インパルスを用いたクラストの電気破砕、塩酸および過酸化水素の添加によるクラストからの白金の浸出、その白金浸出液に対する海藻または活性炭を利用した白金イオンの吸着など、クラストからの白金の選択的回収に関わる方法を提案し、各方法の適用性や最適条件などについて検討した。

第1章では、白金の需給およびその製錬技術の現状、クラストの探査開発の発展およびその有価金属の回収に関する研究の現状などをまとめた。

第2章では、本研究の実験材料である太平洋深海底の海山部から採取された異なる産地のクラスト試料に対する鉱物学的性質を調査した。

第3章では、クラストの破砕および白金の単体分離を遂行するために、従来の機械的破砕方法と異なり新しい破砕方法としての雷インパルスによる電気破砕を応用する可能性を検討した。また新しい採鉱方法として深海底でのクラストの電気破砕を適用する可能性に関する基礎実験を実施した。クラストの厚さが増加すると電気破砕を生ずるのに必要な印加電圧が増加し、破砕に必要な電圧を増大すると破砕片がより細かくなった。溶液の導電率と印加電圧は比例関係にあり、溶液の導電率が増えると、より高い印加電圧が必要で消費エネルギーも増大した。樹脂を被覆した電極を使用すると、電流が導電性のある溶液を経由して接地電極へ流れることを防ぎ、破砕に必要な電圧を低減することができた。本方法で、従来導電性の低い環境が要求される電気破砕が、海水中の海底に存在するクラストで実施できると考えられる。

第4章では、塩酸および過酸化水素の添加によるクラストからの微量な白金の化学浸出を行い、浸出剤濃度、温度、時間、パルフ濃度など各浸出条件について検討した。塩酸濃度 0.5mol/L 以上、過酸化水素添加 1vol.%、浸出温度 30℃ で、浸出時間 15min 以上、固液濃度 10g/L 以下では、クラスト中の白金を 95% 以上浸出することができた。また、異なる産地、組成の試料に対して白金はほぼ同じような浸出結果を示し、試料の差異による白金の浸出率の差は認められなかった。上記から、クラスト中の白金は低濃度塩酸水溶液もしくは少量の過酸化水素の添加により、通常の金属白金より容易に浸出できることから、おそらくクラスト中の白金は少なくとも一部が金属白金と異なり浸出されやすい形態で存在する可能性がある。

第5章では、塩酸および過酸化水素の添加による白金浸出後のクラスト白金浸出液から、希薄な白金イオンを選択的回収するための方法として、海藻または活性炭による白金イオンの選択吸着の可能性を検討した。白金試薬を使用した基礎試験で海藻および活性炭の白金イオンに対する吸着および選択吸着の性質を検討した後、実際のクラストの白金浸出液に対する応用実験を行った。海藻は pH2 で最も優れる白金イオン吸着能力を示し、活性炭は pH0~pH6 広いpH範囲にわたって優れた白金イオン吸着能力を示した。選択吸着について、pH2 において海藻吸着では、白金イオン以外に鉄(III)イオンに対しても優れた吸着能力を示し、それ以外の金属イオンはあまり吸着しなかった。3mol/L 塩酸中の活性炭吸着では、白金イオンのみに対する優れた吸着能力を示し、白金イオン以外の金属イオンはほとんど吸着しなかった。実際に 0.5mol/L 塩酸および 1vol.% 過酸化水素水(過酸化水素 30wt.% 含有)添加の水溶液でクラスト試料を浸出して得られた浸出液の吸着実験では、白金イオンは Enteromorpha linza(あおのり)に 46.9%、活性炭に 100% 吸着された。同時に吸着された白金イオン以外の各金属イオンは浸出前のクラスト鉱石中の含有量よりも大幅に低くなった。海藻または活性炭を利用したクラスト浸出液からの白金イオンの選択的吸着回収が可能であった。

第6章では、コバルトなど比較的に経済価値の高い金属を回収する際、同時に白金を回収するという方式を考える上で、第 4, 5 章で検討した白金の浸出、吸着などの回収方法を、現存するクラストの他金属の回収方法への組み込みについて考案した。また現時点ではクラストはまだ経済的価値の低い深海底鉱物資源である。その最大要因は深海底という壁であり、採鉱には高度な技術および高いコストが必要となる。従来の機械式採鉱方式の発展を期待するほか、第 3 章で実証した深海底での電気破砕方法も将来のクラスト採鉱方式のひとつ選択肢と考えられ、新しいクラスト採掘システムについて提案した。

本論文では、クラスト中の微量な白金の選択的回収方法を検討し明らかとした。将来、クラストの商業的開発が可能となる場合に、各種有価金属の回収方法の一環として、本研究で取り扱った方法は白金の選択的回収に役立つものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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