学位論文要旨



No 125316
著者(漢字) 雷,鳴
著者(英字)
著者(カナ) レイ,ミン
標題(和) 岩石の強度破壊点以降における時間依存性
標題(洋)
報告番号 125316
報告番号 甲25316
学位授与日 2009.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7160号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大久保,誠介
 東京大学 教授 山冨,二郎
 東京大学 教授 登坂,博行
 東京大学 准教授 茂木,源人
 東京大学 准教授 福井,勝則
内容要旨 要旨を表示する

ほとんどの物質は,弾性のみでなく粘性をあわせもっていることが知られているが,両者を同時に取り扱うことは困難なことが多い.そこで,粘性が無視できるような場合には弾性論で近似し,逆に弾性が無視できるような場合には流体力学で近似することが有効といえる.岩石の場合にも弾性と粘性をあわせもっていることは確かであるが,比較的強固な岩石の短時間における挙動を論ずるには,弾性論でかなりよく近似できることがある.しかしながら,岩盤内構造物は通常の工業生産物よりも長期間にわたって使用されることが多いのでどうしても粘性的な変形を無視できないことが多い.殊に,岩盤内構造物の周辺には緩み領域と呼ばれる強度の低下した部分が存在することが多く,この部分の粘弾性的な性質は,岩盤内構造物の長期挙動に対して決定的な役割を果たすといえる.

これまでにも多くの研究者が岩石の粘弾性的挙動について研究してきた.岩石といっても非常に広い範囲にわたるもので一般論はきわめて難しいが,できるだけ広い範囲の岩石に対していえるようなことをまとめてみることにする.まず,水分の影響を受け易く,多くの場合には水があると粘性的な変形が大きくなりやすく強度や剛性が低下する.この例としてよく知られているのが,例えば凝灰岩である.一方,花崗岩においても水があると粘性的な変形が増すがその程度は比較的小さい.水があるとなぜ,粘性的な変形が大きくなるかについては,岩石内部で水が関与する物理化学的な反応が生じるためとされており,これを応力腐食と呼ぶことがある.この応力腐食に関しては,長年にわたって熱心な研究が続けられてきたが,岩石の物性が複雑なこともあってその全貌が解明されたとはとてもいえない現状である.物理化学的な反応はどこで生じているのか,それは岩石内のごく一部の領域なのかあるいは全域にわたるものなのかという,もっとも基本的な問いかけに対しても十分な答えは用意されていない現状である.また,物理化学的な反応が継続して起こるとするならば,物質の移動が必要であるが,何がどのような手段で移動していくかにについても不明な点がおおい.

このように不明な点はおおいものの,現象論的には相当な知見が蓄えられてきたといえる.重要なのは,クリープ試験結果と強度試験における載荷速度依存性との間に密接な関係が認められることが実験的に確かめられたことであろう.したがって,強度試験における載荷速度依存性を把握しておけば,長期にわたるクリープ変形をある程度の精度をもって見積もることができるといえる.また,クリープ試験結果と強度試験における載荷速度依存性の両者を説明できる構成方程式も最近では開発されている.以上では簡単のために単に載荷速度依存性と称してきたが,これを詳しくいえば,これまでの研究でわかっているのは,ピーク強度の載荷速度依存性であり,それ以外の部分での載荷速度依存性については知られているところが少ない.例えば,ピーク強度を越えた,強度破壊点以降の領域における挙動については信頼すべきデータが決定的に不足している.一方,岩盤内構造物周辺の緩み領域は,多くの場合に,強度破壊点以降の領域に達していると考えられるので,まさに重要な部分の物性に関する情報が不足しているといえる.

本研究では,第2章で圧縮応力下での載荷速度依存性を実験的に検討した.その際には,これまでの試験方法を改良して,強度破壊点以降における載荷速度依存性に関するデータの蓄積を心がけた.まず,従来から破壊過程の解明などに用いられてきた除荷と載荷を交互に繰り返す試験(除荷載荷試験)と,最近開発された載荷速度を交互に切り換える試験(載荷速度切換試験)を行った.除荷載荷試験により応力-歪曲線上の任意の点での除荷曲線を求め,載荷速度切換試験により2種類の載荷速度での応力-歪曲線を取得して,両者の結果を用いて載荷速度依存性を定量的に検討した.この2種類の試験結果を用いて検討する問題点として,ある程度特性の揃った試験片が多数必要となり実務的でないこと,試験片ごとの特性のばらつきが大きい岩石では,このような方法では精密な検討が難しいことがある.この問題点を解決するため,両者を組み合わせた新しい試験(組合せ試験)を提案した.これらの試験から得られた結果を整理したところ,2つの異なる載荷速度での応力-歪曲線は,除荷曲線の傾きにそって一方を移動させると重なり,そのときの応力の変化率は,ピーク強度のそれとほぼ等しくなることがわかった.

第3章では,圧裂引張応力下での載荷速度依存性について論じた.圧縮応力下では多くの研究があるが,圧裂引張応力下での載荷速度依存性を調べた研究は少なく,そのピーク強度の載荷速度依存性についてすら十分にわかっていない.本研究では,ピーク強度の載荷速度依存性に加えて,強度破壊点以降の載荷速度依存性についても論じた.従来豊富な実験データの存在する田下凝灰岩では,一定変位速度から求めた圧裂引張強度の載荷速度依存性と,切換試験から求めた載荷速度依存性はほぼ一致した.河津凝灰岩と来待砂岩では圧裂引張強度と強度破壊点以降の載荷速度依存性はほぼ一致したが,ぜい性度の小さい田下凝灰岩と大谷石では,圧裂引張強度に比べ強度破壊点以降の載荷速度依存性はやや大きい結果となった.一軸圧縮試験や一軸引張試験での応力―歪曲線に比べ,圧裂引張試験でのピーク荷重付近の荷重―変位曲線は尖っているため,圧裂引張強度の載荷速度依存性を求めにくいこと,逆に圧裂引張試験の残留強度は大きく,歪の増加による応力の変化も小さいため,強度破壊点以降での切換試験による載荷速度依存性の検討は容易であることがわかった.

最近になって,一度緩んだ(破壊した)岩石が,適当な条件下におかれると強度が回復することがわかった.例えば,岩盤内構造物周辺にできた緩み領域が,適当な支保条件の下では,次第に強度が増していくといえる.危険物の貯蔵庫・処分場では1万年程度の安定性の評価が必要であるが,このような場合には,強度の回復を勘案することによって安定性の担保が飛躍的に簡単になると考えている.第4章では,強度回復特性について論ずるとともに,強度回復した岩石の載荷速度依存性について実験的に調べた.破砕した後に押し固めた岩石の粘弾性的性質を調べる第一歩として,強度の載荷速度依存性について検討した.押し込み試験後の試験片は強度がかなり小さい場合もあったが,いずれの岩石でも載荷速度切換試験は問題なく実施できた.試験結果によると,強度破壊点以前の比較的低い応力レベルから載荷速度の切換による応力の増減が観察され始め,それが強度破壊点以降の低い応力レベルまで続いた.押し込み試験後の強度の載荷速度依存性を調べたところ,押し込み最大荷重が大きくなると,元の岩石試料と同程度になることが確認された.また,押し込み最大荷重が小さい場合は,載荷速度依存性の程度の上限と下限を調べ,元の岩石試料の結果が両者の間にあることを示した.本研究の最大の成果は,強度回復した試験片の載荷速度依存性の程度(nの値)が元の岩石試料と大差がないことを示した点であろう.強度回復した岩石片のnが極端に小さいと,長期間にわたる粘性的な変形が進みやすいので,長期間にわたって使用される岩盤内構造物では強度回復の意義がほとんどなくなるが,今回の結果を見る限りではその可能性は少ないといえる.今回得られた結果は,今後,緩み領域の強度回復特性および時間依存性を考慮した数値シミュレーションを実施する際に,重要な知見になると考えている.

第5章では,強度回復に伴う浸透係数の変化を実験的に調べた.岩盤内空洞の長期挙動の評価に際しては,強度の回復とともに浸透係数の回復(減少)も重要である.もとの岩石,強度回復途中の岩石,強度回復後の岩石について浸透係数を実験的に求めた.もとの岩石の圧縮試験を行い,破片の集合体となった岩石の浸透係数は予想通りに大きく,これは周辺岩盤が激しく痛んだ場合に大量の湧水が岩盤構造物内に流れ込んでくる場合に相当している.その後に,破片を鋼製のリングに入れたままで上方から押し棒でわずかに荷重を加えた後に浸透係数を測定したが,荷重はわずかであり強度回復もほとんどしていないにもかかわらず,浸透係数は大幅に減少することがわかった.その後も押し棒に加える荷重を増していくと浸透係数は緩やかにではあるが順次減少していくことがわかった.今回の試験結果から判断する限りでは,強度回復に先立って浸透係数の回復(減少)は生じると考えられ,これは貯蔵庫として岩盤内構造物を使用するときには,望ましい傾向といえる.

第6章では,強度回復特性を構成方程式で表すための基礎的な検討を試みた.コンプライアンス可変型構成方程式を採用して,反定量的な議論をおこない,強度回復過程の定式化の基礎を気づいたつもりである.コンプライアンス可変型構成方程式は,ある意味で実用性の高さを重視して提案されたものであり,パラメータは3つしかない.一つは現象の進行速度を決めるa,次は現象の応力依存性を決めるn,最後のmは現象が緩やかに生じるかそれとも加速的に生じるかを決めるmである.この構成方程式は,これまでに実証されたように,破壊を表現できる特徴を持っている.さらに,今回の検討の結果,コンプライアンスが減少(剛性が増大)していくことも表現できることがわかった.本論文では,この構成方程式を用いて,強度回復試験を説明することを試みた.その結果によれば,少なくとも定性的には,強度の回復を表現できることが判明した.さらに,試験中の主応力の経時変化についてはある程度定量的な説明も可能であることがわかった.今後の検討が必要なことはいうまでもないが,構成方程式による強度回復の表現に対して第一歩を踏み出すことができたと考えている.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,岩石の強度破壊点以降(ピーク強度を越えた後)の特性解明を目指すものである.ここで,確認しておきたいことは,クリープ試験結果と強度試験における載荷速度依存性との間に密接な関係が認められることが実験的に確かめられていることである.よって,強度試験における載荷速度依存性を把握しておけば,長期にわたるクリープ変形をある程度の精度をもって見積もることができる.しかしながら,以上では簡単のために単に載荷速度依存性と称してきたが,これを詳しくいえば,これまでの研究でわかっているのは,ピーク強度の載荷速度依存性であり,それ以外の部分での載荷速度依存性については知られているところが少ない.例えば,ピーク強度を越えた,強度破壊点以降の領域における挙動については信頼すべきデータが決定的に不足している.一方,岩盤内構造物周辺の緩み領域は,多くの場合に,強度破壊点以降の領域に達していると考えられるので,まさに重要な部分の物性に関する情報が不足しているといえる.

第2章では,圧縮応力下での載荷速度依存性を実験的に検討した.その際には,これまでの試験方法を改良した新しい試験(組合せ試験)を提案し,強度破壊点以降における載荷速度依存性に関するデータの蓄積を心がけた.試験から得られた結果を整理したところ,2つの異なる載荷速度での応力-歪曲線は,除荷曲線の傾きにそって一方を移動させると重なり,そのときの応力の変化率は,ピーク強度のそれとほぼ等しくなることがわかった.

第3章では,圧裂引張応力下での載荷速度依存性について論じた.圧縮応力下では多くの研究があるが,圧裂引張応力下での載荷速度依存性を調べた研究は少なく,そのピーク強度の載荷速度依存性についてすら十分にわかっていない.本研究では,ピーク強度の載荷速度依存性に加えて,強度破壊点以降の載荷速度依存性についても論じた.一軸圧縮試験や一軸引張試験での応力―歪曲線に比べ,圧裂引張試験でのピーク荷重付近の荷重―変位曲線は尖っているため,圧裂引張強度の載荷速度依存性を求めにくいこと,逆に圧裂引張試験の残留強度は大きく,歪の増加による応力の変化も小さいため,強度破壊点以降での切換試験による載荷速度依存性の検討は容易であることがわかった.

第4章では,強度回復特性について論ずるとともに,強度回復した岩石の載荷速度依存性について実験的に調べた.本研究の最大の成果は,強度回復した試験片の載荷速度依存性の程度(nの値)が元の岩石試料と大差がないことを示した点であろう.強度回復した岩石片のnが極端に小さいと,長期間にわたる粘性的な変形が進みやすいので,長期間にわたって使用される岩盤内構造物では強度回復の意義がほとんどなくなるが,今回の結果を見る限りではその可能性は少ないといえる.今回得られた結果は,今後,緩み領域の強度回復特性および時間依存性を考慮した数値シミュレーションを実施する際に,重要な知見になるといえる.

第5章では,強度回復に伴う浸透係数の変化を実験的に調べた.岩盤内空洞の長期挙動の評価に際しては,強度の回復とともに浸透係数の回復(減少)も重要である.もとの岩石,強度回復途中の岩石,強度回復後の岩石について浸透係数を実験的に求めた.もとの岩石の圧縮試験を行い,破片の集合体となった岩石の浸透係数は予想通りに大きく,これは周辺岩盤が激しく痛んだ場合に大量の湧水が岩盤構造物内に流れ込んでくる場合に相当している.その後に,破片を鋼製のリングに入れたままで上方から押し棒でわずかに荷重を加えた後に浸透係数を測定したが,荷重はわずかであり強度回復もほとんどしていないにもかかわらず,浸透係数は大幅に減少することがわかった.その後も押し棒に加える荷重を増していくと浸透係数は緩やかにではあるが順次減少していくことがわかった.

第6章では,強度回復特性を構成方程式で表すための基礎的な検討を試みた.コンプライアンス可変型構成方程式を採用して,半定量的な議論をおこない,強度回復過程の定式化の基礎を築いた.コンプライアンス可変型構成方程式は,ある意味で実用性の高さを重視して提案されたものであり,パラメータは3つしかない.一つは現象の進行速度を決めるa,次は現象の応力依存性を決めるn,最後のmは現象が緩やかに生じるかそれとも加速的に生じるかを決めるmである.この構成方程式は,これまでに実証されたように,破壊を表現できる特徴を持っている.さらに,今回の検討の結果,コンプライアンスが減少(剛性が増大)していくことも表現できることがわかった.本論文では,この構成方程式を用いて,強度回復試験を説明することを試みた.その結果によれば,少なくとも定性的には,強度の回復を表現できることが判明した.今後の検討が必要なことはいうまでもないが,構成方程式による強度回復の表現に対して第一歩を踏み出すことができたといえる.

第7章では,本研究の結論を述べている.各章で得られた知見を総合し,本研究の成果,将来への展望,今後の課題についてまとめている.

本研究において得られた結果は,岩盤内構造物の長期安定性評価には欠かせないものといえる.特に,掘削の際に破壊した坑壁付近の岩石が,適当な支保を施された場合には次第に強度が回復し,それにともなって浸透係数が低下していくことを示したことは高く評価してよいであろう.さらに,強度回復中の岩石の載荷速度依存性(時間依存性)に関する一定の知見を得たことは特筆に値する.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク