学位論文要旨



No 125319
著者(漢字) 小澤,純夫
著者(英字)
著者(カナ) コザワ,スミオ
標題(和) ストック効用仮説による世界の鉄源需要の解析
標題(洋)
報告番号 125319
報告番号 甲25319
学位授与日 2009.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7163号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 特任教授 足立,芳寛
 東京大学 教授 小関,敏彦
 東京大学 教授 森田,一樹
 東京大学 准教授 安達,毅
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、世界の鉄源需給に影響を与える可能性が高い重要な要因を特定し数量化すなわち数学モデルを策定することを第一の目的とした。具体的には、消費者が財を所有することによって得られる満足の度合いである「効用」が鉄源等の構造材では「ストック」によるとの新たな仮説「ストック効用仮説」を立て、その仮説に基づいた世界1地域モデルの妥当性を確認した。本研究の第二の目的は、ストック効用仮仮説に基づく世界1地域モデルの予測力を過去の実績データを用いて確認することである。予測力の確認後、その数学モデルを用いて2050年までの鉄源需要見通しを行った。

第1章では、まず、本研究の動機として、マスエフェクト(質量効果)の視点に立ち産学官の総力を結集して鉄鋼技術開発を加速していくために、世界の鉄源需要について、実績データを用いてモデル計算の検証や有効性の確認を行い、その数学モデルに基づく展望を提示し産学官で共有可能とすべく努力する必要があることを述べた。次に、本研究を行う目的及び構成について述べた。

第2章では、安定供給確保、環境問題への対応といった産業・社会の課題を解決し研究開発成果を社会・国民へ還元するとの観点からマスエフェクトの視点が重要であることを確認した。マスエフェクトの式を提案し、鉄鋼製品の高強度化等の鉄鋼技術開発は、年間粗鋼生産量10億t台というマスエフェクトを有する世界鉄鋼需給が今後長期的にどう見通されるかによって、研究開発の重要度が異なってくることを示した。次に、マスエフェクトを有する世界鉄鋼需給の長期展望について、エネルギー需給展望に比べ、数学モデルの検討、継続的改善に向けての工学的研究が十分とは言えない状況について述べ、鉄源の世界需要に影響を与えている重要な要因の特定と、その因果関係についての単純かつ合理的な新たな仮説の設定が課題であることを示した。

第3章では、既往の研究を分析検討し、その課題を示した。需要予測を行う際に最も一般的に用いられているのは「使用強度仮説」であり、資源経済学における実証的研究により、ある国あるいは地域の使用強度曲線すなわち一人当たりあるいはGDP当たりの材料消費量を一人当たりの収入すなわちGDPの関数としてグラフに描いた場合、多くの材料において逆U字型あるいは釣鐘状の形状となることが実証されていることを述べた。しかし、エネルギー需要や紙需要は世界1地域モデルで経済成長との相関関係を説明できるが、ベースメタル等の鉱物資源に対しては使用強度仮説を世界合計値には適用できないとの課題があることを示した。一方で、鉄源を含む主要な金属については、金属によって先進国と発展途上国の消費量構成比が異なっていても、世界合計消費量は、1973年までは急成長しそれ以降は頭打ちとなる類似の年次曲線を示している。

第4章では、鉄源需要の世界合計値すなわち世界1地域モデルに適用可能な新たな合理的仮説を検討し、構造材においては、使用過程のストック量がGDPの関数となるとのストック効用仮説を立てた。次に、ストック効用仮説を検証するために必要なデータを得るために、使用過程の鋼ストック量を算出するためのマテリアル・フローを求め、各工程のマテリアル・フローのデータ及び算出方法を決定した。本研究における使用過程の鋼ストック量の算出方法は、粗鋼生産量を基に推計し、鉄鋼製品歩留率、スクラップ率等を用いて鉄含有最終製品の鉄分量を推計し、また、これらの鉄含有最終製品の耐用年数を仮定し寿命後に排出される老廃物鉄分発生量を推計することとした。製鋼工程における投入鉄量は、既往の研究データより、製鋼プロセス、鋳造プロセス別の歩留を用いて求めた。圧延工程における最終鋼材生産量については、主要国についての長期のデータが入手可能な熱間圧延鋼材生産量を用いて求めた。鋳物生産量については、1970~2005年についてはModern Castingのデータを用い、それ以前については、既往の研究データより、粗鋼生産量に対する鋳物生産量比を用いて算出した。鉄含有最終製品中の鉄分量は、既往の研究データより、最終鋼材生産量及び鋳物生産量に対する最終製品製造加工スクラップの発生率を用いて求めた。老廃物鉄分発生量の推定には、既往の研究データより、各鉄含有最終製品の鉄量比率、製品の平均寿命とその分布を仮定し、正規寿命分布として推計した。

第5章では、使用過程の鋼ストック量を算出した。入手可能な情報で可能な限り実態に近づけた初期推定では、2005年の使用過程の鋼ストック量の世界合計値は109億メトリックトン(鉄量換算)となった。世界合計の使用過程の鋼ストック量とGDPとの相関関係はGDPに関するt検定により統計学的に有意であるとの結果となった。ダービン=ワトソン統計量が0に近く誤差項に系列相関があると判定された。この理由は、使用過程の鋼ストックとGDPの関係が厳密には1つの直線でなく緩やかな曲線あるいは1982年で屈曲する2直線となっていることに起因している。GDPに対してストックがどれだけ増えるかを意味する使用過程の鋼ストックの所得弾力性が年次推移とともに緩やかな低下傾向あるいは1980年近辺で屈曲する理由については、世界のエネルギー需要の所得弾力性と類似しており、IEA(国際エネルギー機関)は、その理由として、使用効率の向上、気候温暖化を挙げている。本研究では、鋼ストック量(S(t))を、1870年からt年までの使用過程の鋼サイクル内への投入鉄量、すなわち使用された鉄鉱石の鉄含有量の累積として求めた。鋼ストックに対する使用過程の鋼ストックの割合は2005年時点で39.2%となった。この数値からは使用過程の鋼ストック算出におけるデータの不確実性が小さいと判定することはできず、使用過程の鋼ストック量の世界合計値を正確に断定することはできなかったが、データの不確実性がある各項目について感度分析を3種類、製品の寿命についての追加感度分析を7種類行った結果、使用過程の鋼ストックとGDPの間に相関係数R=0.979~0.998と明確な相関関係が得られた。また、使用過程の鋼ストックと鋼ストックの間にも相関係数R=0.990~1.000と明確な相関関係が得られた。この結果、使用過程の鋼ストックがGDPの関数となるとのストック効用仮説は成立すると推定された。また、世界の鋼ストック量とGDPの間に明確な相関関係があることから、一次鉄源需要は、GDPの大きさには依存せずGDPの変化量に依存することが推定された。

第6章では、世界スクラップ消費量を推定するとともに、一次・二次鉄源と粗鋼生産量の関係を分析した。2005年の世界スクラップ消費量は、5億メトリックトン(鉄量換算)となった。国際鉄鋼協会(IISI)データよりも高い値ではあるが、年次推移の傾向は一致した。使用過程の鋼サイクル内のスクラップのフロー及びその重回帰分析から、1931年以降の約70%で安定化している高い銑鋼比率の状況下においては、粗鋼生産は、一次鉄源及び一次鉄源から発生し観測期間内に繰り返しリサイクルされるスクラップのフローに支配的な影響力を受けていることが明らかになった。これにより、世界粗鋼生産量に影響を与える重要な要因を一次鉄源生産量と特定し数量化することができた。

第7章では、第4章から第6章で得られた数学モデルの予測力の確認を行うとともに、2050年までの鉄源需要見通しのための数学モデルを決定し予測を行った。一次鉄源生産量見通しのための数学モデルの推計方法としては、鋼ストック量(S(t))とGDP(X(t))の線形近似が最適であるとの結果を得た。予測力の確認として、推計期間を1950~1973年(第一次オイルショックの変調前)、予測値と実績値を比較する期間を1974~2005年(第一次オイルショックの変調後)とした場合、世界粗鋼生産の予測誤差率(=(予測値-実績値)÷実績値) の絶対値は最大で33.0%(2001年)、最小で3.3%(1982年)、32年間累計で4.9%、RMSE(Root Mean Squared Error:予測誤差(予測値と実績値の差)を二乗した合計の平均値の平方根で予測力を数値の形で示すもの)は151.5百万tとなった。一次鉄源生産量及び粗鋼生産量の予測値が、経済低成長時には実績値を上回り、経済高成長時には実績値を下回る傾向を示した。

上記の予測力の確認により、2050年までの鉄源需要見通しのための数学モデルとしては、1982-2005年の推計期間で、鋼ストック量(S(t) million metric ton)とGDP(X(t) constant 2000 international billion $)の線形近似、粗鋼生産量(F2(t) million metric ton)と一次鉄源生産量(F1(t) million metric ton)の線形近似が最適であることが分かり、以下の推計式を得た。

S(t)=0.439X(t)+4500

F1(t)=0.439(X(t)-X(t-1))

F2(t)=1.34F1(t)+58.9

IPCC(気候変動に関する政府パネル)の排出シナリオの4ケースを用いてGDP見通しを外生変数として与えた結果、2050年の粗鋼生産見通しは、19億t(低経済成長のシナリオ)~41億t(高経済成長のシナリオ)となった。

第8章では本研究を総括して述べた。

以上をまとめると、本研究では、新たな仮説の導入により世界の鉄源需給に影響を与える要因を特定し数量化し、その結果に基づく世界1地域モデルの予測力を過去の実績データを用いて確認するとともに2050年までの鉄源需要見通しを得た。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、世界の鉄源需給に影響を与える重要な要因を特定し数学モデルを作成することを目的とし、ストック効用仮説に基づいた世界1地域モデル作成し、モデルの妥当性を過去の実績データを用いて確認し、さらに数学モデルを用いて2050年までの鉄源需要見通しを明らかにした研究であり、8章からなる。

第1章は序論であり、まず、本研究の動機として、マスエフェクトの視点に立ち鉄鋼技術開発を加速していくために、世界の鉄源需要について、実績データを用いてこれまでのモデル計算の検証や有効性の確認を行い、その数学モデルに基づく展望を提示している。さらに、本研究の目的及び論文の構成について述べている。

第2章では、鉄源需給の予測のために鉄鋼生産のマスエフェクトの視点が重要であることを述べている。マスエフェクトを有する世界鉄鋼需給の長期展望をエネルギー需給展望と比較し、数学モデルの検討についての既往の工学的研究について説明している。長期的な世界の鉄源需要予測の課題を指摘し、予測に影響を与えている重要な要因についての単純で合理的な新たなモデルが必要であることを指摘している。

第3章では、鉄源需要の長期的展望ついての既往の研究を分析検討し、その課題を示している。使用強度仮説による資源経済学の研究より、ある国のGDP当たりの材料消費量をGDPの関数とすると、多くの材料において逆U字型あるいは釣鐘状の形状となることが実証されていることを述べている。エネルギー需要や紙需要が世界1地域モデルで経済成長との相関関係を説明できるが、ベースメタル等の鉱物資源に対しては使用強度仮説を世界合計値には適用できないことを指摘している。

第4章では、ストック効用仮説モデルについて説明している。世界の鉄源需要合計すなわち世界1地域モデルに適用可能な新たな仮説を検討し、構造材においては、使用過程のストック量がGDPの関数となるというストック効用仮説を提案している。さらに、ストック効用仮説を検証するために必要なデータを得るために、使用過程の鉄鋼ストック量を算出するためマテリアルフローを検討している。使用過程の鉄鋼ストック量は、粗鋼生産量を基に推計し、鉄鋼製品歩留率、スクラップ率等を用いて鉄含有最終製品の鉄分量を推計し、また、これらの鉄含有最終製品の耐用年数を仮定し寿命後に排出される老廃物鉄分発生量を推計するという方法でマテリアルフローを計算している。

第5章では、使用過程の鋼ストック量を算出し、ストック効用仮説の検証を行っている。2005年の使用過程の鋼ストック量の世界合計値は109億トンで、全鋼ストックに対する使用過程の鋼ストックの割合を39.2%と得ている。感度分析により使用過程の鋼ストックとGDPの間に明確な相関関係を得ている。また、使用過程の鋼ストックと全鋼ストックの間にも明確な相関関係があることから、使用過程の鋼ストックがGDPの関数となるというストック効用仮説が成立すると結論している。また、世界の鋼ストック量とGDPの相関関係から、一次鉄源需要は、GDPの大きさには依存せずGDPの変化量に依存するとしている。

第6章では、世界スクラップ消費量を推定し、一次、二次鉄源と粗鋼生産量の関係を分析している。2005年の世界スクラップ消費量は5億トンと計算され、使用過程の鋼サイクル内のスクラップのフロー解析から、1931年以降の約70%で安定化している高い銑鋼比率では、粗鋼生産は、一次鉄源及び一次鉄源から発生し観測期間内に繰り返しリサイクルされるスクラップフローの影響が支配的であることを明らかにした。これより、世界粗鋼生産量に影響を与える要因を一次鉄源生産量と結論している。

第7章では、第4章から第6章で確立した数学モデルの妥当性の確認を行い、2050年までの鉄源需要見通しを数学モデルにより予測した結果を述べている。モデルの妥当性を過去のデータを用いて確認を行い、推計期間を第一次オイルショックの前の1950~1973年、予測値と実績値を比較する期間を第一次オイルショック後の1974~2005年とした場合、世界粗鋼生産の予測誤差率は3.3~33.0%、推計期間を世界の粗鋼生産量が約7億トンであった1950~1999年、予測値と実績値を比較する期間を世界の粗鋼生産量が著しく増加した2000~2005年とした場合、世界粗鋼生産の予測誤差率は最大で25.5%であった。

モデルの妥当性の確認から、2050年までの鉄源需要見通しのための数学モデルとして鋼ストック量とGDPの線形近似、および粗鋼生産量と一次鉄源生産量の線形近似が最適であることを明らかとした。

第8章は本研究の総括である。

以上のように、本研究では、ストック効用仮説により世界の鉄源需給に影響を与える要因を明らかにし世界1地域モデルを確立し、2050年までの鉄源需要見通しを明らかにするなど鉄源需要に関する新たな知見を得ており、鉄鋼生産工学への寄与が大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク