No | 125320 | |
著者(漢字) | 西澤,一樹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ニシザワ,カズキ | |
標題(和) | 高感度マイクロバイオ分析のためのバイオ界面のナノ構造構築 | |
標題(洋) | Preparation of Nanostructured Biointerface for High Sensitive Micro Bioanalysis | |
報告番号 | 125320 | |
報告番号 | 甲25320 | |
学位授与日 | 2009.09.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7164号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | マテリアル工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1. 緒言 特定の生体分子を検出する目的で使用されるバイオセンサーは、より高度な医療社会を実現するためには必要不可欠なデバイスである。マイクロチップでのバイオ分析が普及することにより、在宅診断が可能となり、疾患の早期発見、早期治療が可能となる。また生活習慣病の予防やQOLの向上、医療費の削減等にも有効な手段として期待される。 マイクロバイオ分析デバイスにおいては、微少検体量でより高速かつ高感度な検出能を有し、各種タンパク質を簡便に測定することが求められる。そのためには標的分子を効率よく検出する表面を構築する必要がある。そこで本研究ではバイオ分子固定化ナノ構造体からなる表面作製技術を確立し、高感度な生体分子の分析を行うマイクロ流路デバイスを創製することを目的とする。 マイクロチップ内での反応は、大幅に反応時間を短縮することが可能となり、使用する検体量も少なくなる。しかし、検体量の減少に伴う目的物質の特異シグナルの低下から測定装置の検出限界を下回るという問題が生じる。またマイクロ流路内では反応体積に占める表面積の割合が大きくなるために、目的物質以外の固相への非特異的吸着がノイズの増加を引き起こす。このことから高感度バイオセンサーの実現には、高いシグナルとノイズの比(S/N比)を実現する表面の構築が必要であると言える。特異シグナルを増加させるためには特定の分子を認識する生体分子を、より活性の高い状態で高密度に固相に固定化することが重要となる。そこでマイクロ流路内の限られた空間により多くのバイオ分子を固定化し、さらにその反応性を高めるようなナノ構造体を構築する。ナノ構造体がバイオ分子との反応に与える影響を解析することにより、高感度なバイオセンサーのためのナノバイオインターフェイスを実現させる。またノイズを低下させるためには固相へのタンパク質の非特異吸着を抑制する必要があるが、そのためにタンパク質の非特異的吸着抑制に優れた2-methacryloyloxyethyl phosphorylcholine (MPC)ポリマーををベースとしてナノ構造体の界面設計を行うこととした。 2. バイオ分子固定化リン脂質ポリマーの分子設計と基本物性 非特異的吸着を抑制するMPC、基材との接着性に優れるn-butyl methacrylate(BMA)、オキシエチレン鎖を介して抗体結合のための活性エステル基を持つp-nitrophenyloxycarbonyl poly(ethylene glycol) methacrylate (MEONP)を共重合したpoly[MPC-co-BMA-co-MEONP]: PMBNを合成した。PMBNを基板にコーティングした後抗体を固定化し、その後enzyme-linked immunosorbent assay: ELISAにて評価を行った。組成比の異なるPMBNでELISAを行った結果、MPCユニット組成比が増加するにつれてバックグラウンドレベルが低下していることがわかった。また一次抗体を結合させるための活性エステルを持つMEONPユニットの組成比が大きくなると、特異シグナルが増加する傾向がみられた。このことからPMBN中のそれぞれのユニットが目的とした機能を発現し、高感度化に向けた高機能なバイオインターフェイスが構築されたと言える。 さらに、PMBNに固定化された抗体は、基板に直接固定化した抗体に比べて長期間に渡って活性を維持することが分かった。固定化抗体活性の低下は測定の信頼性に関わる問題であり、PMBN表面はこの点において優れたバイオインターフェイスであると言える。またPMBNを用いたELISAにおいては、ポリマーコーティング時にMPCユニットが界面に導入されるため、ブロッキング処理の工程を省いたより簡便な測定が可能となる。 3. ESD法によるナノ構造体の作製と高感度検出 平面的にポリマーをコーティングした表面では最密に一次抗体が固定化されたとしても特異シグナルの大きさには限界がある。そこで3次元的なポリマー表面を構築することにより表面積を増やし、一次抗体固定化量を増加させ、特異シグナルを増加させることを試みた。そこでポリマーの表面積を増加させるため、近年ポリマーのナノ構造体を作製する手法として使用されるようになったエレクトロスプレーディポジション(ESD)法を用いることにした。この方法を用いてスプレーするポリマー組成や濃度、電圧を変化させたところ、ナノスケールの構造を制御することが可能であった。 PMBNのエタノール溶液をESD装置を用いて金表面にスプレーした。その結果、数100 nmのポリマー粒子により、3次元的な構造が構築されたが、基板を水に浸漬させると、膨潤した表面となっていた。これはPMBN中の親水性基であるMPCが水和し、膨潤することによりナノ構造体が崩壊したと考えられる。そこでナノ構造体を安定化させるため、PMBNの活性エステル基と架橋させる目的でジアミンを添加してESDを行い、さらに熱処理をすることで構造の安定化を試みた。 1,4-butylenediamineとPMBNの混合溶液をESD法でスプレーした後、基板を60℃、10時間で熱処理を行った。ジアミンがなく、熱処理していない表面では構造体が崩れているのに対し、熱処理のみをしたESD表面は水浸漬前の構造が変化しているものの、水への安定性が向上していた。これは熱により分子運動性が上がり、構造が変化し、水に対して安定な構造になったと考えられる。一方、ジアミンを添加してESDを行った表面は、スプレー後の構造体が変化しているものの、水への安定性が向上していた。これはジアミンとPMBNの活性エステルとの架橋反応により、膨潤が抑制されたためであると考えられる。ジアミンを添加し、さらに熱処理した基板については、水浸漬後もまったく構造が変化することがなく、多孔性の高い表面を維持していた。 さらにそれぞれの基板にマイクロウェルを取り付け、ELISAを行った。ナノ構造体の水安定性が最も低かった、ジアミンを添加せず、熱処理していない基板については、バックグラウンドに比べてシグナルがほとんど測定されなかった。ナノ構造体の崩壊により、固定化された抗体が膨潤したポリマー中に埋もれてしまい、その後の抗原との反応がほとんど起こらなかったことが原因と考えられる。ジアミンを添加しさらに熱処理した基板については、最も水安定性が高く、多孔性を維持した表面であったために、最も高いシグナルを示した。このことより、水安定性が高く、多孔性を維持したナノ構造体において高感度な免疫分析が実現されることが分かった。 4. マイクロ流路での微少量検体検出 微少量検体で実験を行うために、マイクロチップを作製し、アッセイを行った。ESD法によるポリマーコーティングは、導電性部位をマスクなどによってパターニングして作成することにより、スプレー領域を制御することができるためにマイクロチップでの表面処理方法として有効である。そこでガラス基板にスパッタリングによって金をパターニングし、その金表面との間に電圧を印加することでPMBNをESDコーティングした。PMBNのESD表面を用いてマイクロチップでのイムノアッセイを行った結果、通常法(Au-BSA blocking)に比べてPMBNのESD表面では、低いシグナルを示していた。PMBNのESD表面は、ナノ構造体の効果により、高撥水性を示し、表面力が支配的となるマイクロ流路内において、その高撥水性により構造体内部にまで溶液が浸透せず、表面反応が起こらなかったと考えられる。しかし、抗体固定化溶液に界面活性剤(Tween20)を混合して反応させた場合、特異シグナルが増加した。これは界面活性剤により溶液の極性が低下し、表面濡れ性が改善されたことにより、ESD表面のナノ構造体内部にまで抗体を3次元的に高密度固定することが可能となり、シグナルが増加したと考えられる。またMPCユニットの存在によって、通常法(Au-BSA blocking)に比べてバックグランウドは低い値を維持し、高感度測定が可能となった。 また分析タンパクの濃度に対して直線性のよい検量線が得られた。また、測定時間はウェルでの実験に比べて約4時間から20分に短縮され、検体量は200 microLから5 microLとなり、迅速かつ微小検体量での測定が可能となった。 5. 結論 バイオ分子固定化可能なリン脂質ポリマーであるPMBNは、ブロッキング処理なしでタンパク質の非特異的吸着を抑制し、さらに固定化された生体分子の活性を長期間に渡って維持する表面であることが分かった。さらにPMBNをESD法を用いてコーティングすることにより、表面積の増加によって高密度に生体分子を固定化でき、高感度な測定が可能であることが分かった。またナノ構造体を用いてマイクロチップで分析を行う場合、ナノ構造体内部にまで溶液を浸透させるためには溶媒の極性をコントロールする必要があり、溶媒の極性を低下させて高撥水性ナノ構造表面のぬれ性を改善することにより高感度化な分析が可能になることが分かった。またPMBNのナノ構造表面は水環境化で形状が崩壊してしまうが、ジアミンでの架橋、熱処理により構造体を安定化させることにより高感度な分析が可能となることが明らかとなった。 バイオ分子を安定に固定化するためのポリマー分子設計、感度を向上させるためのナノ構造体の創製、マイクロチップでの分析における流体制御等のこれら基盤技術を組み合わせることにより、高感度なバイオセンシングデバイスを実現することが可能であると結論できる。 | |
審査要旨 | 高齢社会に対応した予防医学や低侵襲医療の発展のために、血液に含まれる微量なホルモンや病原物質などの生体分子を効率よく検出できる技術が求められている。標的分子を高感度に検出するために、抗体などのバイオ分子の安定性を維持し、かつ高密度に固定化することが重要となる。また、高感度化のためには非特異的なタンパク質の吸着反応によって誘起されるノイズを低減させ、さらに特異的シグナルを増加させることが求められる。このためには、マテリアル工学を基盤とした高機能なバイオ界面の構築が必要不可欠である。本研究は、機能性ポリマーのナノ構造体からナノバイオインターフェイスを創製し、マイクロ分析のための高感度免疫検出デバイスを実現することを目的とし、機能性ポリマーの分子設計、ナノ構造体の形状制御と免疫分析、マイクロチップでの検出に分け、系統的な研究を行っている。 本学位請求論文は全体で6章から構成されている。 第1章では、本研究の背景と意義、バイオセンサーの基本概念と理論、バイオセンサー表面に求められる要素について述べている。その中で、バイオ分析基板のナノ構造表面形状、バイオ分子固定化方法、表面特性に焦点をあて、これまでの研究手法をまとめた上で、新規な高感度バイオインターフェイスの設計戦略を提案している。 第2章では、基軸となる機能性ポリマーの分子設計と基本物性について報告している。非特異的なタンパク質吸着を抑制する目的で、2-methacryloyloxyethyl phosphorylcholine (MPC)を一成分とし、さらにバイオ分子固定化可能なリン脂質ポリマー、poly[MPC-co-n-butyl methacrylate (BMA)-co-p-nitrophenyloxycarbonyl poly(ethylene glycol) methacrylate (MEONP)](PMBN)を合成し、系統的な評価を行っている。PMBN表面で、Enzyme-linked immunosorbent assay (ELISA)を行うことにより、通常は不可欠なブロッキング処理をすることなくノイズレベルが低下することを確認し、これがMPCユニットの効果であることを見いだしている。またPMBNの活性エステル基に、穏和な条件下で抗体を化学的に固定化でき、この活性を長期間維持されることを明らかにしている。このことからPMBNがバイオ分子分析基板にとって優れたバイオインターフェイスとして機能することを示している。 第3章では、PMBNのナノ構造体をElectrospray deposition (ESD)法を用いて作製し、構造体の形状、水媒体中でのナノ構造体の安定性に関して系統的な検討を行っている。ESD法で作製したPMBNのナノ構造体は、水媒体中で親水性基であるMPCユニットが水和し、膨潤するためナノ構造体が崩壊することを見いだしている。そこで、PMBNの活性エステル基と反応し、ポリマー鎖を架橋できるジアミン化合物を添加してESDを行い、さらに熱処理をすると、架橋構造によって水への安定性が向上することを明らかにしている。このことにより、ESDで作製したポリマーナノ構造体が親水性基を持つ場合でも、架橋、熱処理により水媒体中でナノ構造体を維持できると結論している。 第4章では、ナノ構造体を用いた免疫分析と、その形状が感度に与える影響について検討している。ESDで作製したPMBNのナノ構造体上では、表面積の増加により抗体固定化量が増加し、その固定化量から抗体が三次元的に固定化されていることを明らかにしている。形状、水安定性の異なるナノ構造体を用いてELISAを行った結果、大きな表面積をもつ多孔性ナノ構造体であり、かつ水に対して安定にナノ構造体を維持する表面が、高感度化のために必要であると結論している。また、構造体維持のための架橋剤であるジアミン化合物の量を変化させて検討を行った結果、ナノ構造体の水安定性、残存活性エステル基の量、分子運動性の影響により、アミノ基と活性エステル基の比が1対2の場合に最も高いシグナルが得られることを明らかにしている。 第5章では、ナノ構造体表面を用いて、マイクロ流路チップでの微小量検体の検出を行った結果を報告している。導電性部位をマイクロ流路内にパターニング形成することにより、ESD法によるナノ構造形成の領域を制御でき、この手法がマイクロチップの表面処理法として有効であることを示している。さらに、マイクロ流路に溶液を流しながら化学発光量を検出するシステムを新たに考案し、ELISAを行ってその有効性を検討している。PMBNのESD表面は、ナノ構造体の効果により高撥水性を示し、それにより抗原抗体間の反応が阻害されるが、一次抗体を固定化する際の溶液に界面活性剤を混合することにより溶液の表面張力を低下させ、ぬれ性を改善できることを見いだしている。これにより、ナノ構造体内部にまで抗体を三次元的に高密度固定することが可能となり、シグナルが増加することを明らかにしている。またMPCユニットの存在によって、バックグランウドは低い値を示し、高感度測定が可能となることを示している。また測定時間は通常のELISA法で求められる約4時間から20分間に短縮され、また検体量は200 μLから5 μLへと極めて少なくでき、迅速かつ微小検体量での測定を実現している。 第6章は本研究の総括である。高感度免疫検出デバイスのためのナノバイオインターフェイスのための要素に関して、機能性ポリマーのナノ構造体を用いて系統的な検討を行うことにより、これらを明らかにするとともに、マイクロ流路チップを利用した高速・高感度・微量分析を実現している。これらのことから、固液界面を精密に制御することにより、バイオ分子の反応のコントロールを行っており、高感度化の求められる多くのバイオ分析デバイスの界面設計へ応用できると結論している。本研究成果は高感度マイクロバイオ分析基板のためのマテリアル創製の新しい方法を提案し、これを実装した高度医療デバイスの実現により、高齢社会の医療に大きく貢献すると評価できる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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