学位論文要旨



No 125324
著者(漢字) 福岡,歩
著者(英字)
著者(カナ) フクオカ,アユム
標題(和) メソポーラスシリカの構造・配向制御に関する研究
標題(洋) Control of structure and orientation of mesoporous silica materials
報告番号 125324
報告番号 甲25324
学位授与日 2009.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7168号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大久保,達也
 東京大学 教授 堂免,一成
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 准教授 小倉,賢
 東京大学 准教授 下嶋,敦
 東京大学 准教授 菊地,隆司
内容要旨 要旨を表示する

メソ領域(2~50 nm)の規則細孔をもつ多孔質材料であるメソポーラスシリカは、触媒担体や吸着剤、ホスト材料など幅広い応用が期待されている。メソポーラスシリカの合成は、一般に界面活性剤ミセルを鋳型としたシリケート種の重合と、焼成による有機成分の除去により達成される。界面活性剤の形状やシリケート種との相互作用をはじめとした様々な条件を変化させることで、シリンダー状細孔からなる二次元ヘキサゴナル構造やケージ状細孔からなるキュービック構造、三次元ヘキサゴナル構造といった多様な構造のメソポーラスシリカの合成が報告されている。メソポーラスシリカを実用材料として展開するためには、メソ構造やメソ細孔の配向を精密かつ自在に制御することが重要な課題である。メソ構造制御の一つのアプローチとして、合成の際に有機分子を添加する方法が注目されており、これまでに種々の有機分子を添加した細孔径や細孔構造の制御が報告されているが、構造の体系的な制御は十分に検討されていない。一方、メソ細孔の配向制御に関しては、異方性が発現する可能性から薄膜試料において多く試みられているが、実験系の複雑化や高コスト化を伴うことが多く、完全な配向制御も達成されていない。そこで本博士論文では、メソポーラスシリカの構造・配向制御法を新たに確立することを目的とした。メソ構造制御に関しては、有機分子1,3,5-トリアルキルベンゼンを添加剤として用いることで、メソポーラスシリカおよび有機含有メソポーラスシリカの構造の精密な制御を達成した。メソ細孔の配向制御に関しては、異方性ポリマー基板を用いて、ケージ状細孔の配列がマクロスケールで制御された、単結晶のような構造を有するメソポーラスシリカ薄膜を合成することに成功した。また、シリンダー状細孔が一軸方向に配列した薄膜を用いて、細孔内に導入したゲスト分子の配向を制御することに成功した。

メソ構造制御

アルキルトリメチルアンモニウム界面活性剤を鋳型とするSBA-3型メソポーラスシリカの合成の際に1,3,5-トリアルキルベンゼン(1,3,5-トリメチルベンゼン(TMB)、1,3,5-トリエチルベンゼン(TEB)、1,3,5-トリイソプロピルベンゼン(TIPB))を添加し、構造の精密な制御を行った。1,3,5-トリアルキルベンゼンは、従来から二次元ヘキサゴナル構造(hexagonal p6mm)を有するメソポーラスシリカの細孔径拡大に広く用いられてきた。溶媒揮発法を用いたメソポーラスシリカ合成の際にTIPBを添加することで二次元ヘキサゴナル構造から三次元キュービック構造に変化させた報告があるが、乾燥段階での構造の異方収縮が大きく、高規則性の三次元構造は得られていない。本研究では、シリカ―界面活性剤―1,3,5-トリアルキルベンゼンの塩酸酸性溶液中で合成することで、歪みを抑えた高規則性のメソポーラスシリカを合成することを目指した。また、溶媒揮発にともなう有機添加物濃度の上昇も防ぐことができるため、有機添加物の添加量と得られるメソ構造の相関について詳細な検討が可能であると考えられる。TIPBの添加量を変化させて合成した場合、添加量の増加にともない構造がhexagonal p6mm→cubic Pm3n→cubic Fm3mと変化することがX線回折(XRD)分析および電子顕微鏡観察により明らかになった。この構造変化において試料の高い規則性は失われず、また、細孔径は3.2 nmから4.8 nmまで拡大していた。一方、TMBおよびTEBの添加量を変化させて合成した場合は、添加量の増加にともなう細孔径の増大は見られたものの二次元ヘキサゴナル構造を維持しており、TIPBの場合のようなメソ構造変化は起こらなかった。すなわち、TIPBの添加は二次元ヘキサゴナル構造から三次元キュービック構造へのメソ構造変化に効果的に働くが、TMBやTEBの添加は細孔径の拡大のみに寄与していた。この違いを、1,3,5-トリアルキルベンゼンの界面活性剤ミセル中での存在位置による界面活性剤分子の充填パラメータ変化に着目して考察した。TMBを添加した場合、既報にあるようにTMBが界面活性剤分子のアルキル鎖間に存在することで充填パラメータの値は大きくなり、曲率の低いミセルが形成すると考えられる。ロッド状ミセルが膨潤することで曲率が低下するため、二次元ヘキサゴナル構造を維持したまま細孔径が拡大するという実験結果に矛盾しない。TIPBのようにTMBよりも大きくかさ高い分子を添加した場合は、界面活性剤分子のアルキル鎖間に存在することができず、ミセルの中心付近に集合すると推察され、この場合は充填パラメータの値は大きく変化しない。TIPBの添加によってミセルが膨潤することを考慮すると球状ミセルを形成することが適当であり、球状ミセルが配列したcubic Pm3nやcubic Fm3m構造を形成したと考えられる。アルキルトリメチルアンモニウム界面活性剤を用いたメソポーラスシリカ合成において、有機分子を添加するという非常に簡便な方法でメソ構造を体系的に制御した例はこれが初めてである。塩基性条件下で合成されるM41Sメソポーラスシリカにおいては、TIPBの添加によってもメソ構造の変化は認められず、二次元ヘキサゴナル構造を維持したまま細孔径が拡大するだけにとどまり、溶液の液性によって異なる挙動を示すことがわかった。

さらに、1,3,5-トリアルキルベンゼンの添加による構造制御を有機―無機ハイブリッド型メソポーラスシリカ(PMO)へ展開した。PMOは骨格内に有機基を持つため、添加する有機分子との相互作用により、新たな構造変化が期待できる。まず、一般的なPMOの合成条件である塩基性条件下において、1,3,5-トリアルキルベンゼンを添加して合成を行った。オルガノシランは1,2-ビス(トリエトキシシリル)エタン(BTEE)および1,4-ビス(トリエトキシシリル)ベンゼン(BTEB)を用いた。BTEEを用いてTIPBの添加量を変化させて合成した場合、添加量の増加にともなって高規則性の二次元ヘキサゴナル構造を保持したまま細孔径が拡大していることが明らかになった。一方、BTEBを用いてTIPBの添加量を変化させて合成した場合は、添加量の増加にともなう細孔径の拡大は見られたが、二次元ヘキサゴナル構造からワームホール構造へ構造規則性が低下した。しかしながら、BTEBを用いて合成したPMOに特有な骨格中のベンゼンの規則配列はTIPBの添加後も保持していた。この試料を電子顕微鏡で観察したところ、形態が柱状から球状へ変化していた。また、酸性条件下においても用いるオルガノシランや添加する1,3,5-トリアルキルベンゼンがメソ構造に与える影響について検討を行っている。

メソ細孔の配向制御

塗布したポリマー膜にラビング処理を施して異方性を持たせた基板上において、シリンダー状細孔の配向が面内で完全に揃った薄膜の合成が報告されている。この異方性ポリマー基板上で、充填パラメータの値が小さい界面活性剤を鋳型に用いた薄膜合成を行うことで、シリンダー状細孔とは形状の異なるケージ状細孔の配向制御を目指した。ケージ状細孔のマクロスケールでの配向制御が達成されれば、その薄膜は単結晶のような構造を有するため、光学デバイスやナノ結晶の三次元配列への展開が期待できる非常に優れた材料であると言える。TEM観察および二次元XRD分析より、ラビング処理基板上に高規則性の三次元ヘキサゴナル構造を有する薄膜の形成を確認した。in-plane XRD分析によって薄膜の構造異方性を調査したところ、ロッキングカーブパターンに6本の鋭い回折ピークが60°周期で観察されたことから、三次元ヘキサゴナル構造の配向が広範囲にわたって制御されており、規則正しくケージ状の細孔が配列した単結晶のような薄膜であることがわかった。また、合成初期段階の薄膜の構造評価から、基板上1層目にチューブ状のミセルが一軸方向に配列し、それを足場とした球状ミセルの配列、充填を経て、配向性三次元構造が形成するというメカニズムを提案した。数 cmという広範囲にわたったケージ状メソ細孔の配向制御は他に例がない。

細孔の配向制御が達成されたメソポーラスシリカ薄膜は、細孔内に導入したゲスト種の配向を制御できる可能性がある。特に光機能性分子の配向制御が達成されれば、薄膜材料の高い透明性を活かした光学材料への展開が期待される。そこで、前述した異方性ポリマー基板を用いて合成した一軸配向性の細孔構造をもつメソポーラスシリカ薄膜の細孔内におけるゲスト種の配向制御を行った。ゲスト種にはシアニン色素を用いた。色素の導入は薄膜を色素水溶液に浸漬するという簡便な方法で行い、導入後の薄膜は透明性を保持しながら均一に着色していた。また、in-plane XRD分析より色素導入後も一軸配向性の細孔構造が保持されていることを確認した。可視吸収偏光スペクトル測定を用いて色素分子の配向を調査したところ、入射光の振動面の変化にともなう吸光度の変化が観測され、色素がメソ細孔の方向に配向していることが示された。この吸収スペクトルの異方性は、細孔構造の異方性に起因するということも確認した。メソ細孔内における低分子量のゲスト種の配向制御は本研究が初めての報告である。

以上、本論文ではメソポーラスシリカの新規構造・配向制御法を確立した。従来にない精密な構造・配向制御を実現した点で、吸着材料や分離膜、機能性分子のホスト材料としてのメソポーラス材料の新たな可能性を示した。

審査要旨 要旨を表示する

メソ領域(2~50 nm)の規則細孔をもつ多孔質材料であるメソポーラスシリカは、触媒担体や吸着剤、ホスト材料など幅広い応用が期待されている。メソポーラスシリカは、適切な合成条件を選択することで、シリンダー状細孔からなる二次元ヘキサゴナル構造やケージ状細孔からなるキュービック構造、三次元ヘキサゴナル構造といった多様な構造が得られることが報告されている。メソポーラスシリカを実用材料として展開するために、メソ構造やメソ細孔の配向を精密かつ自在に制御することが重要な課題である。合成条件の最適化や添加物の使用などによる数多くのメソ構造制御の報告があるが、体系的な制御を達成した例は少ない。メソ細孔の配向制御に関しては、異方性が発現する可能性から薄膜試料において多く試みられているが、薄膜内での部分的な配向制御にとどまっており、マクロスケールでの完全な制御は達成されていない。

本博士論文では、メソ構造の鋳型となる界面活性剤と有機成分の相互作用に着目し、メソポーラスシリカの精密な構造・配向制御法を新たに確立することを目的としている。

Chapter 1では、メソポーラスシリカの特徴や形成メカニズム、形態制御等、本研究の背景を述べている。その中で、メソ構造およびメソ細孔の配向を精密に制御するための問題点を示し、本研究の意義について述べている。

Chapter 2 では、有機添加物1,3,5-トリアルキルベンゼンがSBA-3型メソポーラスシリカの構造に与える影響について詳細に検討している。1,3,5-トリイソプロピルベンゼンを用いた場合に、添加量の変化によって二次元ヘキサゴナル構造、三次元キュービック(Pm3n、Fm3m)構造の精密な制御を達成している。また、添加する1,3,5-トリアルキルベンゼンと得られるメソ構造の相関について、充填パラメータ値の変化に着目して考察している。

Chapter 3 では、Chapter 2で得られた結果を骨格内にフェニレン基を有するメソポーラス有機シリカの系に展開している。1,3,5-トリイソプロピルベンゼンを添加した塩基性条件下での合成において、構造規則性の低下は見られたものの、骨格の結晶構造を保持したまま細孔径および細孔容積の大幅な拡大に成功している。また、ベンジルアルコールを添加した酸性条件下での合成において、三次元キュービック(Pm3n)構造から二次元ヘキサゴナル構造へ変化させることに成功している。さらに有機添加物がメソ構造に与える影響について、Chapter 2の系と比較を交えながら検討を行っている。

Chapter 4 では、異方性ポリマー基板上におけるケージ状細孔の配向制御について検討している。従来、この異方性ポリマー基板を用いてチューブ状細孔の配向を一方向に揃えることが可能であったが、界面活性剤の充填パラメータを変化させることで、ケージ状細孔のマクロスケールでの配向制御を達成している。TEM観察、二次元XRD分析および面内XRD分析により、三次元ヘキサゴナル構造の配向が広範囲にわたって制御され、規則正しくケージ状の細孔が配列した単結晶のような薄膜であることを明らかにしている。また、合成初期段階の薄膜の構造評価をもとに、配向性三次元構造の形成メカニズムが提案されている。

Chapter 5 では、異方性ポリマー基板上で細孔の配向制御が達成されたメソポーラスシリカ薄膜の応用として、シリンダー状細孔が一軸配向した薄膜の細孔内におけるゲスト種の配向制御について検討している。ゲスト種としてはシアニン色素を用いている。可視吸収偏光スペクトル測定により、色素分子が細孔方向に平行に配向していることを明らかにし、この吸収スペクトルの異方性が細孔構造の異方性に起因することも確認している。

Chapter 6 では、本研究で得られた結果を総括している。

以上、本論文ではメソポーラスシリカの新規構造・配向制御法を提案している。従来にない精密な構造・配向制御を実現し、吸着材料や分離膜、機能性分子のホスト材料としてのメソポーラス材料の新たな可能性を示している。これらの成果は、化学システム工学ならびに材料化学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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