学位論文要旨



No 125325
著者(漢字) 川上,隆史
著者(英字)
著者(カナ) カワカミ,タカシ
標題(和) Nアルキルペプチド及び主鎖環状ペプチドの翻訳合成戦略と薬剤探索法の開発
標題(洋) Ribosomal synthesis of N-alkyl-peptides and backbone-cyclic peptides and its application to drug discovery
報告番号 125325
報告番号 甲25325
学位授与日 2009.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7169号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 後藤,由季子
 東京大学 教授 鈴木,勉
 東京大学 准教授 上田,宏
内容要旨 要旨を表示する

翻訳ペプチドライブラリー合成系は、その他の酵素的合成法や化学合成法と比較して、ライブラリーサイズの大きさや配列単離の容易さと言った点でリガンド探索における利点を有する一方で、通常の翻訳ペプチドの骨格は生体内で機能する構造には必ずしも適していないという問題点があった。その一方で、Nアルキルペプチド骨格や環状骨格に代表される非天然骨格は、ペプチド分解酵素耐性や細胞膜透過性、構造剛直性の向上などに寄与することで、ペプチド化合物の生体内での機能を向上させることが知られている。そこで私は、リボソーム翻訳系の基質を拡張するというアプローチにより、生体内で機能するための非天然骨格を翻訳ペプチドに導入する技術の開発を目指した。

第1章では、翻訳ペプチドライブラリー合成系の特徴、ペプチドに分解酵素耐性や細胞膜透過性、構造剛直性を付与する構造、及び翻訳ペプチドに非天然型の構造を導入するための方法について概説している。

第2章では、遺伝暗号リプログラミングという技術を利用した翻訳ペプチドへのNメチル化ペプチド骨格の導入について述べている。申請者は、この研究を通して、翻訳ペプチドに多くのNメチル化ペプチド骨格を導入することに成功した。

第3章では、遺伝暗号リプログラミング技術を利用した翻訳合成産物へのペプトイド骨格の導入について報告している。この研究を通して、実際に、翻訳合成産物にペプトイド骨格を導入することにも成功した。

第4章では、リボソーム翻訳系内で鋳型DNAから主鎖環状ペプチドをワンポットで翻訳合成する方法について言及している。この研究において申請者は、主鎖環状ペプチドにNメチル化ペプチド骨格を導入することにも成功した。

第5章では、ホスフォノペプチドの翻訳合成を目指し、その基盤技術であるアミノホスフォン酸をtRNAに連結する新規RNA酵素の開発について述べている。

第6章では、研究全体のまとめと、関連分野における当研究の将来展望に関して述べている。

以上本研究により、in vivoでの機能を可能とする非天然骨格をもつペプチドの翻訳合成技術が開発され、薬剤探索を迅速に行うことができる基盤技術の一つが示された。

審査要旨 要旨を表示する

リボソームは、鋳型mRNA(DNA)をポリペプチドに、遺伝暗号表にしたがって配列変換(翻訳)する巨大な生体触媒である。このリボソームを中心とした翻訳系により合成されるペプチド化合物のコンビナトリアルライブラリーは、その鋳型DNAが増幅可能である点から、非常に多様な(~1013)ライブラリーからのリガンドスクリーニングに適用でき、また、特定配列(群)の単離(デコンボリューション・クローニング)が容易に行えるといった特徴を持つため、薬剤候補化合物などの小分子リガンド探索法として、有用な研究手法の一つである。特に、このリボソーム翻訳系を人工的に改変することによって非天然型の構成要素を持つ翻訳ペプチド(ライブラリー)を構築する手法は、極めて有用な小分子リガンド探索手法となり得、特に、生体内(in vivo)で機能すべき薬剤などの探索につなげることを指向した場合には、ペプチド分解酵素耐性や細胞膜透過性、構造剛直性を付与する非天然骨格を取り入れることが極めて重要である。

本論文では、遺伝暗号リプログラミングという技術を用いてリボソーム翻訳ペプチド合成系を人工的に改変することでこれらの目的の達成を目指し、翻訳ペプチドにペプチド分解酵素耐性や細胞膜透過性、構造剛直性を付与する非天然主鎖骨格を導入する新技術を報告している。

第1章は序論であり、リボソーム翻訳ペプチドライブラリー合成系の特徴、ペプチドに分解酵素耐性や細胞膜透過性、構造剛直性を付与する構造、翻訳ペプチドに非天然型の構造を導入するための既存の方法、そして、遺伝暗号リプログラミング技術を用いる重要性について論じ、本研究の目的と意義を述べている。

第2章では、遺伝暗号リプログラミング技術を利用した翻訳ペプチドへのNメチル化ペプチド骨格の導入について述べている。その第1節では、様々な側鎖構造を持つNメチルアミノアシルtRNAを用いて、リボソーム翻訳系に対するNメチル化アミノ酸の基質特異性について調べ、 翻訳ペプチドに導入可能なNメチル化アミノ酸に要求される側鎖構造に関する知見について明らかにしている。また、第2節では、第1節で得られた知見を基に、様々な側鎖構造を持つNメチル化ペプチドの翻訳合成を行い、遺伝暗号リプログラミング技術を用いることによって、翻訳ペプチドに多くのNメチル化ペプチド骨格を導入可能であることを示している。

第3章では、遺伝暗号リプログラミング技術を利用した翻訳合成産物へのペプトイド骨格の導入について述べている。第1節では、様々な置換基を有するN置換グリシルtRNAを用いて、リボソーム翻訳系に対するN置換グリシンの基質特異性について調べ、 翻訳ペプチドに導入可能なN置換グリシンに要求される置換基の構造に関する知見について明らかにしている。また、第2節では、第1節で得られた知見を基に、様々な置換基を持つN置換グリシンからなるペプトイドの翻訳合成を行い、遺伝暗号リプログラミング技術を用いることによって、翻訳合成産物にペプトイド骨格を導入可能であることを示している。

第4章では、リボソーム翻訳系内で鋳型DNAから主鎖環状ペプチドをワンポットで翻訳合成する方法を報告している。第1節では、翻訳ペプチド内のシステイン-プロリン-エステル骨格がチオエステル骨格へと自発的に変換可能であることを示している。第2節では、ペプチド脱ホルミル化酵素およびメチオニンアミノペプチダーゼを用いてN末端ホルミルメチオニンを除去し、翻訳ペプチドに遊離のアミノ基を持つN末端システインを構築できることを示している。そして、第3節では、上記のチオエステル骨格とN末端システインとの選択的連結反応を用いて、鋳型DNAから主鎖環状ペプチドをワンポットで翻訳合成することに成功している。また、本環状化技術は遺伝暗号リプログラミング技術と組み合わせることにより、翻訳合成された主鎖環状ペプチドにNメチル化ペプチド骨格を導入することも可能であることを示している。

第5章では、ホスフォノペプチドの翻訳合成を目指し、その基盤技術であるアミノホスフォン酸をtRNAに連結する新規リボザイムの開発について述べている。

第6章では、本研究を総括すると共に、生体内(in vivo)で機能すべき非天然骨格を供えた翻訳ペプチド化合物ライブラリーから薬剤候補化合物などの小分子リガンドを取得するという今後の展望について述べている。

以上のように、本論文はin vivoでの機能を可能とする非天然骨格をもつペプチドの翻訳合成技術について述べられたものであり、今後、薬剤のみならず、生体分子の機能制御や標識に利用可能な研究ツールなどの開発にも大きく貢献をするものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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