学位論文要旨



No 125329
著者(漢字) 村上,卓
著者(英字)
著者(カナ) ムラカミ,タク
標題(和) 新規な定温核酸増幅法の開発と応用
標題(洋)
報告番号 125329
報告番号 甲25329
学位授与日 2009.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7173号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,眞
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 工藤,一秋
 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 講師 須磨岡,淳
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

近年、医療の個人化が叫ばれる中、自動化対応、高スループットでかつ定量性のある次世代型分子診断技術が求められている。すでに96・384検体の同時遺伝子発現解析を可能とする次世代遺伝子発現解析プラットフォーム、オリゴ dT 固定化マイクロプレートが実用化されている(1,2)。当プラットフォームでは細胞溶解液からmRNAを定量的に固相に回収することが可能で、リアルタイムReverse transcription-polymerase chain reaction(RT-PCR)法などのRNA定量法により検体間での遺伝子発現量の比較解析が可能となっている。

しかし、PCR法では正確な温度サイクル制御が必要なため、サーマルサイクラーと呼ばれる特殊な装置を必要とし、384検体以上の高スループット化が困難となっている。また、RT-PCR法においては各反応を別々に行う必要があるため、試料間でのコンタミネーションの危険性が生じたり、作業工程が長くなるなど、診断試験プロトコルとしては改善の余地が残る。そのため、本研究では固相に回収したRNA配列を1段階反応にて定量することができる新規なRNA定量法の構築を目指す。これにより、オリゴ dT マイクロプレートにてmRNAを固相回収した後、直接反応液を添加・インキュベートすることで各種遺伝子配列の検出を行うことができると期待される。

第2章 Primer generation-rolling circle amplification

本章では、上記の問題を解決すべく定温核酸増幅反応Primer generation-rolling circleamplification(PG-RCA)を新規に考案し、開発した(3)。当核酸増幅法は、DNA配列の特異的かつ高感度検出に利用することが可能で、様々な核酸プローブと組み合わせることでDNA配列以外の多様な分子診断への応用も期待できる。当反応では、環状DNAプローブとDNA合成酵素・ニック酵素を利用し、一定温度下にてLinear rolling circle amplification(LRCA反応)とニック反応を相互に連鎖的に誘発することにより、反応生成物を指数関数的に増幅する(Figure 1)。PCR法を含む既存の核酸増幅法と異なり、しばしば非特異的増幅の原因となりうるDNAプライマーを必要としない点は非常に特徴的である。また、既存のRCA反応とも原理的に大きく異なり、反応サイクルの中で反応生成物から'プライマー'を次々に生成し、指数関数的に蓄積していく。

複数の立証実験により、当核酸増幅反応が反応機構通りに進むことを確認した。また、最適化した反応条件において、試料DNA(19塩基、合成オリゴ)の定量可能な濃度範囲は約8桁に及び、84.5ymol(50.7分子)の検出限界を得ることに成功した。これは、リアルタイムPCR法に匹敵する定量可能範囲・検出限界を得たことを示している。さらに、生体試料でも同様に検出できることを確認するため、病原性リステリア菌に特異的な病原遺伝子hlyを検出対象とし反応系を構築した。病原性リステリア菌由来のゲノムDNAを用いてPG-RCA反応を行ったところ、検出限界0.163pg(約60分子)の感度で検出に成功した。また、病原遺伝子hlyもしくは類似配列を持たない、非病原性リステリア菌、サルモネラ菌、大腸菌由来のゲノムDNAには反応せず、26塩基と非常に短い塩基配列を標的しているにも関わらず、非常に高い特異性を有することを確認できた。

本章の結果により、新規に考案した定温核酸増幅反応PG-RCAが反応機構通りに機能し、PCRに匹敵する感度、特異性にて、DNA塩基配列を検出できることが確認された。

第3章 RNA検出への応用

本章では、PG-RCAをRNA配列の検出へ応用することを検討した(4)。PG-RCAによりRNAの特定塩基配列を検出するためには、1.ニック酵素によりRNA・DNAの2本鎖(試料RNA・環状DNAプローブ複合体)を認識し、RNA鎖を切断、2.DNA合成酵素により切断断片(RNA)の3'末端からLRCA反応を開始する必要がある(Figure 1)。しかし、第2章で使用したニック酵素Nb.Bsml、Vent(exo-)DNA合成酵素のいずれも、DNAを基質とした際と比較しRNAに対して各々約0.13%、約0.00094%と大幅に反応効率が劣ることが確認された。そこで、RNA鎖切断のために耐熱性RNaseHを反応液に添加し、RNA断片からのLRCA反応開始のためにBst DNA合成酵素を使用することにより、両反応過程を高効率化することを試みた。最終的に、これらの酵素を用いて最適化した反応条件において、検出限界25.3 zmolの感度でRNA検出が行えることを確認できた。本章の結果により、PG-RCAの反応機構を用いてRNA配列検出に応用できることを示すことができた。

第4章 3-way junctionプローブを用いた遺伝子配列検出法

前章の反応系では検出する遺伝子配列毎に相補的な環状DNAプローブを用意する必要がある。環状DNAプローブの塩基配列の違いによりPG-RCAの反応速度が異なる可能性が生じ、複数遺伝子を同じマイクロプレート上で同時に反応を行うことを想定すると、複数遺伝子間での比較解析が困難になると予想される。本章では、この問題を解決するため、複数遺伝子を同じ環状DNAプローブを用いて検出できる遺伝子解析法の構築を目的とした。

異なる遺伝子配列を同じ環状DNAプローブを用いて検出するためには、各遺伝子配列を認識し同じ反応効率にてPG-RCAの反応サイクルを開始する機構が必要となる。そこで、3-way junction(3WJ)プローブと呼ぶDNAプローブ技術を考案した(Figure 2)。3WJプローブは3WJテンプレートと3WJプライマーから構成され、互いに相補的な塩基配列は6~8塩基程度と非常に短く設計してあるために反応温度60℃においてプローブ同士では相互作用をしない。しかし、検出対象の遺伝子配列が存在すると、プローブ同士が近接して相補鎖形成することにより3WJプローブ・遺伝子配列からなる3WJ構造を形成する。この3WJ構造は、PG-RCA反応条件下において、19塩基の1本鎖DNA(シグナルプライマー)を連続的に合成できるよう設計されている。このシグナルプライマー生成反応は1次直線的増幅反応であり増幅効率は低いものの、同じ反応液においてPG-RCAにより生成シグナルプライマーを高感度に検出することが可能である。このように、3WJプローブを介することにより、特定の遺伝子配列からPG-RCAの反応サイクルを開始し、高感度に検出することが可能となる。また、異なる遺伝子配列に対して各々3WJプローブを用意することで、同じ環状DNAプローブを用いてPG-RCA解析を行うことができる。

本章では、Human CD4遺伝子を検出対象として3WJプローブの設計を行い、3WJプローブを介した遺伝子検出系を構築した。3WJテンプレートのプライマー非依存性相補鎖合成を原因とするバックグランド増幅の存在を確認し、様々な修飾を3WJテンプレートに施すことにより効果的にバックグランド増幅を抑制することができ、遺伝子配列の検出感度を向上できることを示した。最終的に、設計最適化した3WJプローブを用いて、15.9zmol(9.6×103分子)の検出感度にてHuman CD4遺伝子配列を含んだRNA配列を検出することに成功した。

第5章 総括

本研究では、新規な定温核酸増幅反応Primer generation-rolling circle amplification(PG-RCA)を考案、開発した。当核酸増幅法は、DNA配列及びRNA配列の特異的かつ高感度検出に利用することが可能である。当反応は、環状DNAプローブとDNA合成酵素・ニック酵素を利用し、一定温度下にて反応生成物を指数関数的に増幅するため、サーマルサイクラーのような特別な装置を必要とせず、反応の小容量化や高スループット化などが容易に行える。環状DNAプローブの設計は非常に容易であるため、様々な診断技術開発に利用しやすい。また、本研究では3WJプローブと呼ぶDNAプローブ技術も開発し、DNA・RNAに関わらず特定の遺伝子配列を特異的に認識し、PG-RCA反応により定量的に檎出できることを確認した。異なる遺伝子配列に対して各々3WJプローブを設計することにより、共通したPG-RCA反応液を用いて同じプラットフォームで検出することが可能となった。

1. Murakami,T. and Mitsuhashi,M. (2003) Microarrays & Microplates: Chapter 6.2. Matsuda,K., Tomozawa,S., Fukusho,S., Yoshino,T., Murakami,T. and Mitsuhashi,M. (2002) BioTechniques, 32, 1014-1016, 1018, 1020.3. Murakami,T., Sumaoka,J. and Komiyama,M. (2009) Nucl. Acids Res., 37, e194. Murakami,T., Sumaoka,J. and Komiyama,M. Epicentre Forum Newsletter (Submitted)

Figure1.PG-RCAの反応機構

Figure2.3WJプローブを利用したRNA検出機構

審査要旨 要旨を表示する

医療の個人化が叫ばれる中、次世代型分子診断技術がこれまでになく重要となってきている。求められている次世代型分子診断とは、自動化対応、高スループットでかつ定量性のある診断技術である。遺伝子発現解析において標準的な技術であるリアルタイムReverse transcription-polymerase chain reaction (RT-PCR) 法は、感度、定量性ともに非常に優れた技術である。しかし、次に述べるような問題点も残っており、さらなる改善が求められている。まず、Reverse transcriptionは一定温度での反応、PCRは温度サイクルを繰り返す反応であるため、両反応を同時に行うことはできない。RT反応後、試料を希釈しPCR反応を行うといった2段階反応を行う必要があるが、希釈の際に試料間でのコンタミネーションの危険性が生じたり、作業時間が長くなるなど、診断プロトコルとしては改善の余地が残る。また、PCRは増幅反応において正確な温度サイクル制御が必要である。従来のヒートブロックを利用したサーマルサイクラーなどでは384・1536ウェルのマイクロプレートなどウェルが小さくなるにつれて、ヒートブロックとの接触面積が少なくなり、逆に非接触面積 (エアギャップ) が大きくなるため、効率的な熱伝導が困難となる。このため、384ウェルを超える高スループット化はほとんど進んでいないのが実状である。

こうした既存の核酸増幅技術の欠点を踏まえ、本論文では1段階反応かつ一定温度で遺伝子配列を定量することを可能とする新規な核酸増幅法を提案し、反応系の構築に成功している。前半部分では、Primer generation rolling circle amplification (PG-RCA) と呼ぶ、環状DNAプローブ・DNA合成酵素・ニック酵素を用いた核酸増幅反応を提案し、DNAやRNA配列検出の実証を行なっている。後半部分では、3-way junction (3WJ) プローブと呼ぶDNAプローブを利用することにより、PG-RCAによる検出の反応特異性や応用可能性をさらに高めることを試みている。

第1章は、序論であり、次世代型分子診断として求められている技術的な背景、既存の遺伝子配列定量法の問題点について、説明を行っている。

第2章では、環状DNAプローブ・DNA合成酵素・ニック酵素を用いた定温核酸増幅反応PG-RCAの反応原理を構築することを検討している。当反応は、DNA配列を特異的に認識し、一定温度にて指数関数的にシグナル増幅を行うことができるように設計を行っている。実際に実証実験を進める中で設計した反応機構からは全く予測できないようなバックグランド増幅を確認しており、その原因を追究し、プローブ設計・反応条件の最適化を進めている。

第3章では、当反応をRNA配列の検出へと応用することを目的とし、DNA合成酵素・ニック酵素のRNAに対する基質特異性の影響を検討し、RNA配列検出の可能性を追求している。特に、ニック酵素は2本鎖DNAに特異的な酵素と知られており、RNAに対する活性に関して過去の知見はほとんど存在せず、当核酸増幅反応を用いることにより検討をおこなっている。

第4章では、3WJプローブと呼ぶDNAプローブ技術を導入し、PG-RCAを用いたRNA配列の検出へと応用することを目的としている。前章で検討した知見をもとに、プローブ設計・反応設計をより簡便に、かつ応用可能性を広げることを念頭におき検討を行っている。第2章で確認したバックグランド増幅とは異なる、再び反応機構から予測できなかったバックグランド増幅を確認し、その原因を追究し、3WJプローブ設計の最適化を進めている。

第5章では、最後に本研究の総括を行っており、本研究の将来性について検討をしている。

以上のように本研究は、将来の分子診断技術に多大な影響を与えると考えられる、新規な遺伝子配列検出系の構築を行っている。得られた技術は、1段階反応かつ一定温度で遺伝子配列を定量することができるという特徴を備えている。このことから、この成果はバイオテクノロジー、分子生物学、分子診断分野など幅広い分野の進展に寄与するところ大である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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