学位論文要旨



No 125332
著者(漢字) 本,周
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,マコト
標題(和) 閉凸空間によるデータ処理法を用いた中性子線量の評価法とその応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 125332
報告番号 甲25332
学位授与日 2009.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7176号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小佐古,敏荘
 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 教授 高橋,浩之
 東京大学 准教授 出町,和之
 東京大学 講師 石渡,祐樹
内容要旨 要旨を表示する

放射線防護のための中性子線量測定では固定的な線量応答特性を持つ線量計の適用が主であるが、中性子のエネルギーによって線量換算が大きく変動するにもかかわらず、測定において真値との整合が保証されないという課題を抱えている。例えば、広く使われている「レムカウンタ」と呼ばれる中性子線量率計は、一般に速中性子場で校正されているが、低速中性子場では過大評価を与えることが知られており、その割合は2倍から数倍に及ぶ。これは、線量寄与の大きい数MeV近傍の中性子に高い感度の応答特性を単一の検出器に与えているからである。中性子線量計の応答特性は近年も盛んに改善が進められているが、変動幅の大きい中性子線量換算を的確に反映できる単一検出器の線量計はまだない。この対策として、複数の検出器を組み合わせた中性子線量測定も行われてきた。例えば、電子式中性子個人線量計では、複数の検出器を備え、それぞれの出力の線形結合によって線量評価を行っている。しかしながら、線形結合法による線量評価はある程度経験的に決められている部分もあり、複数検出器の出力が十分に活用されているとは言い難い。

そこで本研究では、複数検出器の出力相関を活用した線量評価法に着目した。複数の検出器で同じ対象を測定し、それらの出力の相関関係から目的量を評価しようとするものである。複数検出器の出力の相関、及び各検出器出力と目的量の相関をベクトル化して、位相ベクトル空間を形成すると、一連の測定値はこの空間中で閉凸空間を形成する。この閉凸空間を用いて目的量の最適値の評価を行う。この方法は多変量解析の手法の一種で、閉凸空間データ処理法と言われる。これを放射線量測定に適用した。この方法では、複数検出器の出力の相関に応じて連続的に変動する換算係数を追うことができるため、中性子エネルギースペクトルの変動に追随する柔軟な換算係数を与えることができる。これは、複数検出器の出力相関を体系立てて整理することを可能にし、複数の検出器から得られる情報量を十分に活用して的確な線量測定につなげることになる。この方法は、中性子線量測定のみならず、放射線防護におけるさまざまな測定を発展させるものである。特に放射線防護では、物理的に直接計測するのは困難な防護量を評価する要求があり、そこに大きな発展をもたらすことが期待される。

放射線測定における閉凸空間データ処理法の概要は以下のとおりである。ある放射線場φ(E) における目的量Qを測定する独立した複数の検出器の出力Niについて、Q/Nj、N1/Nj、…Ni/Njを導入する。これらの値はお互いに独立であるから、これらを軸とする直交空間が定義できる。この直交空間は目的量を測定する各検出器の応答特性に基づいている。この直交空間においては、放射線場φ(E) に対応する特定の点が指定できる。このとき、あらゆるφ(E)に対応する点は、直交空間中に閉凸空間を形成する。ここで、目的量を除く全ての測定値が得られているならば、Q/Nj軸に平行して閉凸空間の交わる弦を決めることができる。この弦の範囲が、Q/Nj値の取り得る範囲である。ここで、検出器jの出力Nj値がすでに得られているので、目的量Qの取り得る範囲を決めることができる。閉凸空間を作り出す複数検出器の応答特性とその相互の関係によって、この目的量の取り得る範囲の広がりは変動する。この手法の利点は、それぞれの測定で与えられた目的量の広がりの中に、必ず真値が存在することである。閉凸空間が与える目的量の取り得る幅は、目的量評価における精度を与えているとみなせる。

本研究では、複数の中性子検出器の応答特性による閉凸空間で中性子線量の計測を試みた。放射線防護のための中性子線量の測定は、空間線量測定と個人線量測定に大きく分類できる。最初に空間線量測定について研究した。そのために、単一の検出器で複数の応答特性を兼ね備える、混合ガス比例計数管を開発した。この応答評価に必要な計算コードを整備し、主に計算により設計要素を検討した。その結果、低速中性子を3Heで検出し、速中性子をCH4で検出する、混合ガス円筒型比例計数管を完成させた。2種類の反応による出力はエネルギースペクトル形状が異なり、その相違で弁別できる。この計数管の能力は加速器中性子で検証した。次に、計算により、この計数管の単色中性子に対する応答特性、核分裂中性子を線源とする様々な状況における応答特性、多数の核分裂起源中性子の実測事例に対する応答特性を、それぞれ詳細に求めた。この計算結果で得られる2種類の反応の出力に基づき、それぞれ閉凸空間を形成し、線量評価の適性を確認した。単色中性子に対する計数管の応答からは、閉凸空間が実際に形成されることを確認した。さらに、核分裂中性子を線源とする様々な状況における計数管の応答によって閉凸区間を形成したところ、それは線量測定に適しており、過去の多くの実測事例は余さずこれに適合することを確認した。さらに、実験用原子炉の中性子場において、混合ガス比例計数管の応答実験を行った。実験結果から得られた核反応の出力と線量測定値の相関は、図1に示すように、先に作成した閉凸空間中に配置された。以上より、閉凸空間データ処理法による中性子線量評価が機能していることが検証された。さらに、反応毎の出力ではなく、各反応を主要な出力とする出力エネルギー帯(ROI)を設定し、そのROIにおける計数から閉凸空間を形成する試みも行った。その結果、反応毎出力の評価の時と同様に、閉凸空間が形成され、計算値、実験値ともその閉凸空間中に配置され、的確に中性子線量評価を行えることが示された。さらに、その閉凸空間の広がりから中性子線量の測定精度を評価したところ、現行のレムカウンタなどの中性子線量計と遜色ないことが確認された。したがって、新たに開発した混合ガス比例計数管に閉凸空間データ処理法を適用することで、中性子線量測定器として十分に適用できるという成果が得られた。また、この計数管はレムカウンタよりも重量を大幅に低減でき、その点でも優れている。

個人線量については、既存の中性子個人線量計の組み合わせに閉凸空間データ処理法を適用することで、その効果を検証した。複数種類の個人線量計の同時使用を想定し、それぞれの検出器出力を用いて閉凸空間を形成した。個人線量計には、現行の主要11種類を選び、110通りの個人線量計の組み合わせによる線量測定の比較評価を行った。この比較評価のために、閉凸空間の良否の数値化を試みた。それぞれの検出器の応答特性を関数化し、それらの直交性を関数の相対内積を求めて評価した。相対内積は、関数間の内積をそのノルムで規格化したものである。相対内積が大きいものは、閉凸空間の形状が好ましくなく、線量評価が難しい傾向にあることがわかった。また、相対内積の小さいものは閉凸空間の形状が良く、線量評価に優れている傾向にあることが示された。ただし、必ずしも相対内積の小さい組み合わせの全てが線量測定の目的において十分なものばかりではなく、さらに最適値の選定方法やそれぞれの検出器の測定精度などの条件に基づいて評価を行う必要があることもわかった。個人線量計の組み合わせのうちで、きわめて優れたエネルギー応答特性を示す組合せがあった。図2はその一例である。閉凸空間の広がりが狭く、線量換算係数を少ない変動幅で選定することができる。このときの線量換算係数の幅の評価結果を図3に示す。全ての入射中性子条件において線量換算係数は係数2の範囲に収まっている。これは、それぞれの検出器単体では得られなかった精度であり、閉凸空間データ処理法を適用することで線量応答特性が向上したことを表す。その一方で、組み合わせによっては、線量計単体での中性子線量測定よりも劣る特性を示すものもあった。個人線量計の組み合せによって閉凸空間データ処理法の適性に違いがあることが確認され、相対内積評価は、見込みの低い組み合わせを排除するためのスクリーニングに適用できるとの新たな知見を得た。

さらに、閉凸空間データ処理法の、その他の放射線測定への応用にも取り組んだ。ここでは、積層型電流モードX線検出器によるX線エネルギー分布測定への応用を取り上げた。積層型X線検出器のエネルギー応答特性の異なる各層の検出器の電流出力を使い、2種類のエネルギー領域におけるX線積分フラックスを求めた。結果は良好で、十分にX線のエネルギー分布を決めることができた。また、エネルギー分布測定では、閉凸空間の境界部分だけが関与することも示された。つまり、X線フラックスについて、広がりを持つ値を与えるのではなく、単一の値を決める一種の検量線として閉凸空間が作用するため、精度の高い測定ができることが新たに判明した。

以上より、複数検出器出力を用いた閉凸空間データ処理法を実場での中性子線量測定と、X線エネルギー分布測定を適用して、この方法が十分に機能するとの知見を得た。これらはいずれも、従来は困難であった放射線に関連する量の測定を、複数の検出器の単純な出力を的確に処理することで達成できることを示している。これは、放射線防護全般におけるさまざまな測定に適用することができる方法であり、複数検出器の出力とその相関が有する情報量を十分に活用し、的確に防護量などの目的量を測定するための一般的な方法論として確立した。

図1 混合ガス比例計数管の閉凸空間と線量評価

図2 EPDとTLDの組み合わせの閉凸空間

図3 EPD単体の場合と、TLDと組み合わせた場合の線量測定値の真値との相違

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、複数放射線検出器による放射線測定に閉凸空間データ処理法を適用することにより、線量評価が目的量の取りうる範囲を特定する形で評価できることを述べたものである。論文は4つの章により構成されている。

第1章は序論であり、背景と研究の目的について述べている。現行の中性子線量測定法とその抱える課題などを本論文の背景として述べ、本研究で多変量解析手法の一種である閉凸空間データ処理法の、複数検出器による線量評価への適用を提案している。閉凸空間データ処理法は複数検出器の出力情報を相乗的に扱うため、より高度な目的量評価が期待されるとしている。

第2章では、閉凸空間データ処理法による線量評価の理論について述べている。放射線場φ(E)での評価目的量Qと、それを測定する独立したi個の検出器の出力Niから、関数jK=Q/Nj、jRi=Ni/Njを導入し、このK とRを軸とする直交空間を定義すると、その空間中にφ(E)に対応する点が決まり、その集合は直交空間中に閉凸空間を形成するとしている。jKを全て特定すると閉凸空間と交わるR軸に平行な弦が決まり、この弦の範囲から目的量Qの取り得る範囲が決まるとしている。閉凸空間の一般的な評価にも言及し、一次関数型や単調関数型の閉凸空間は目的量を一意に決めやすく望ましく、周期関数型は目的量評価が困難であり、閉曲線型も目的量の特定が困難、と指摘している。また、最適値の選定方針については、閉凸空間内では測定値は無作為に分布するわけではないため、統計的代表値ではなく、各ケースに応じた最適値を評価すべきとしている。さらに、理論の適用条件にも言及している。

第3章では、閉凸空間データ処理法の放射線測定への実際的な適用について述べている。ここでは、放射線測定を「線量測定」と「放射線エネルギー測定」に大別し、さらに前者を「空間線量測定」と「個人線量測定」に分類し、その各々に対して本方法の適用性を体系的に検討している。

第1の場合として、「空間線量測定」たる中性子周辺線量測定への適用について述べている。測定器として、ここで新しく、単一検出器で複数の応答を示す3HeとCH4を混合充填した混合ガス比例計数管を考案している。この設計要素は計数管応答のシミュレーション計算で決め、その設計に基づき製作した計数管の応答は加速器標準中性子場にて実地に検証されている。次にこの計数管の応答特性を、単色中性子場、核分裂中性子を線源とする様々な減速中性子場、多数の現場実測事例での中性子場に対し、それぞれ詳細な計算により求めている。その結果から、両反応数を抽出し中性子周辺線量評価のための閉凸空間を形成できることを示している。また、多くの実測中性子スペクトル事例に基づいて計算された計数管出力は全てこの閉凸空間に適合しており、さらに同一施設の測定結果は閉凸空間中に一定の傾向で配置されることが示されている。

また、実験用原子炉において核分裂中性子に対する応答試験も行い、それらの結果は計算で得られた閉凸空間に適合することや、出力エネルギーで弁別した検出器出力でも中性子周辺線量評価のための閉凸空間が形成され実験結果とも整合することなどが示されている。これらより、混合ガス比例計数管を用いた閉凸空間データ処理法による中性子周辺線量評価が可能としている。本方法は、既存の中性子線量計と比して同等以上の線量評価能力を示し、軽量化が図られた点でも優れていると結論付けている。

第2の場合として、「個人線量測定」たる中性子個人線量測定への適用について述べている。中性子個人線量計出力を2個組み合わせて閉凸空間データ処理法を適用し、特性を評価している。組み合わせ毎の閉凸空間の良否は、測定器の応答関数の相対内積値で数値化している。一般に相対内積値の小さい組み合わせは閉凸空間も狭く、他方で、相対内積値の大きいものは閉凸空間が拡大し線量評価が困難であり、閉凸空間の特性図と組み合わせ良否判定が定量できるとしている。個人線量計の良好な組み合わせでは、単体で使用する場合より優れた特性を示し、閉凸空間データ処理法が有効であるとしている。最も良好な事例では線量評価の変動が変動係数2の範囲に抑制され、中性子個人線量計として優れた線量評価性能が得られたとしている。他方で、組み合わせを誤れば単体での測定よりも線量応答特性が劣る場合もあり、その判定も可能としている。

第3の場合として、「放射線エネルギー測定」の内、X線エネルギー分布測定への適用について述べている。積層型電流モードX線検出器に閉凸空間データ処理法を適用し、X線のエネルギー分布は線量測定のように複数の条件の合成ではなく、個々の条件に固有の分布となるため、閉凸空間の境界が検量線として機能するとしている。その結果、X線エネルギー分布測定にも適用できると結論付けている。

第4章は、全体を通じた考察をしている。閉凸空間データ処理法を適用する測定器の組み合わせは相補的であることが望ましいこと、それぞれの応答関数の相対内積値が閉凸空間の評価指標となること、目的量もそれに対して直交性の高い測定器出力との比で評価することが望ましいこと、代表値の選定には個々の測定状況に応じて判断を下すべきであることなどを考察している。また高次元空間への展開についても触れている。

以上を要するに、本論文は複数の放射線検出器による目的量の測定への、閉凸空間最適化法の適用を検討し、その効果と有効性を述べたものであり、放射線防護における測定への利用価値は極めて高い。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格を認められる。

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