学位論文要旨



No 125344
著者(漢字) 矢嶋,功平
著者(英字)
著者(カナ) ヤジマ,コウヘイ
標題(和) 水蒸気を含む雰囲気下における重金属元素の塩化揮発挙動
標題(洋)
報告番号 125344
報告番号 甲25344
学位授与日 2009.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第506号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 月橋,文孝
 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 教授 辛,埴
 東京大学 教授 寺嶋,和夫
 東京大学 教授 岡部,徹
内容要旨 要旨を表示する

電気炉を使用した製鋼プロセスより発生するダストには亜鉛や鉛のように適切な処理を行わず排出すると環境に悪影響を及ぼし、一方で分離回収を行うことにより有価金属として再利用することのできる重金属元素が多量に含まれている。そのため、重金属元素の回収を目的とした処理プロセスは非常に重要である。電気炉ダストの処理として主にウェルツキルン法やMF法などの乾式プロセスにより亜鉛および鉛の分離回収を行っているが、近年の電気炉ダスト中の塩素量の増加により現状の処理プロセスでは様々な問題が生じると考えられる。現在提案されているポリ塩化ビニル(PVC)などを利用した塩化揮発回収プロセスは、廃プラスチックとして処理されるPVCに含まれる塩素を有効利用でき、また一般廃棄物の飛灰処理への応用が可能である。さらに酸素および塩素の分圧を制御することにより選択塩化反応を利用してダストの主成分である鉄と亜鉛、鉛を高効率に分離・回収できるなどの数々のメリットがある。

プロセスの改善案を検討するに当たり、酸塩化雰囲気における重金属元素の揮発挙動は非常に有用なデータとなるが、オキシクロライド生成の影響により酸塩化物の挙動は複雑に変化して未だ十分なデータは得られていない。これまでに酸塩化雰囲気で亜鉛および鉛の塩化揮発挙動に関する研究が進められてきたが、実際のプロセスを考えると吹き込まれる空気およびダスト自身に含まれる水分の影響を無視することはできない。金属塩化物は一般に水との反応性が高く、高温での塩化物の蒸発反応に水蒸気が及ぼす影響は大きいと考えられる。また、雰囲気に水蒸気が加わることにより気相中の塩素は塩素ガスのみでなく塩化水素ガスとしても存在すると考えられる。

本研究では重金属元素の塩化物の蒸発挙動および酸化物の塩化揮発挙動に及ぼす水蒸気の影響を調査し、反応機構の検討を行った。得られた結果から、現在の電気炉ダストの処理プロセスと塩化揮発を利用した処理プロセスを雰囲気中の水分の影響および塩化水素の利用の観点から比較・評価を行いそれぞれの改善案を提案した。

第1章では電気炉ダスト等の塩素および重金属を含む廃棄物と現在の処理プロセスについて述べ、これらのプロセスに及ぼす塩素の影響についてこれまでに行われてきた研究を調査して現在の問題点についてまとめた。高温での塩化物の蒸発反応に水蒸気が及ぼす影響、および酸化物の塩化揮発挙動に関する塩素と塩化水素の影響の相違に関しては報告例が少なく、必要とされていることを示し、本研究の目的について述べた。

第2章では873 K、Ar-H2O-O2雰囲気においてZnCl2およびZnCl2-ZnO混合物の重量及び組成の変化を測定した。塩化亜鉛試薬1.6-2.0 gをムライト製の燃焼ボートに装入し、反応管内の均熱帯部に設置した。所定の時間が経過した後試料の重量減少量を測定し、実験後の試料の亜鉛、塩素及び酸素濃度をそれぞれICP発光分光分析法、Mohr法及び酸素窒素同時分析装置(LECO社製、TC-600)により分析した。また、塩化亜鉛と酸化亜鉛をモル比1:1(重量比ZnCl2:ZnO =62.61:37.39)で秤量混合したもので同様の実験を行った。系の雰囲気はAr、O2ガスおよび恒温槽中で313 Kに保持した純水に置換したArガスの流量を制御して混合することにより制御した。

塩化亜鉛の重量は時間と共に減少し、挿入直後は塩化亜鉛の溶解が起こるため蒸発速度は一定でなく重量減少量は5分から20分の間で時間と直線関係を示す。系の雰囲気に水蒸気および酸素を加えることにより重量減少量は低下する。特にAr-0.05 atmH2O雰囲気では反応時間20分以降で試料の重量減少は停止する。重量減少量と時間の関係から、直線部分の傾きを重量減少速度とした。重量減少速度は系の水蒸気分圧および酸素分圧が大きくなるにつれ減少し、その影響は酸素分圧よりも水蒸気分圧のほうが大きい。

ZnCl2-ZnO混合物に対し同様の実験を行った結果、重量および組成の変化からAr-0.05 atmH2O雰囲気ではZnCl2と水蒸気の反応によりZnOが生成することが明らかとなった。一方、酸素分圧を変化させても重量および組成の変化の挙動に影響はほとんどない。

これらの結果から、Ar-0.05 atmH2O雰囲気ではZnCl2と水蒸気の反応によりZnOが生成し、生成した固体ZnOが融体表面を覆い、融体と気相の接触を妨げることによりZnCl2の重量減少が停止することが明らかとなった。

第3章では温度1023-1373 K、Ar-HCl-O2雰囲気でZnOの塩化揮発挙動を測定した。試薬酸化亜鉛1.0 gをムライト製の燃焼ボートに入れ、電気炉内のアルミナ製の反応管内の均熱帯に挿入した。系の雰囲気はAr、O2およびHClガスを所定の流量比で混合することにより制御した。実験前後の試料はAr雰囲気でそれぞれ3分保持し、塩化水素ガスを導入した時間を実験時間とした。一部の実験後に試料を採取し硝酸で溶解した後AgNO3溶液を加えた。実験後試料中に塩素が含まれている場合、Cl-+Ag+→AgCl↓の反応に従い溶液中には白色沈殿が生じる。いずれの試料も試料溶液にAgNO3溶液を加えたときに沈殿は発生しなかった。このことから、実験中塩化反応により生成した可能性のある塩素の化合物は全て揮発し、実験後試料はすべてZnOであり、重量減少は全てZnOの塩化揮発によるものとした。

ZnOの重量は時間とともに減少し、その減少量は塩化水素の分圧が大きいほど多かった。各塩化水素分圧の結果から、直線部分の傾きを重量減少速度とした。Ar-Cl2雰囲気での結果と比較すると、同じ分圧ではAr-HCl雰囲気中の塩素量はAr-Cl2雰囲気中の塩素量の半分になるが、重量減少速度はAr-HCl雰囲気の方が大きかった。重量減少速度と塩化水素分圧の関係から酸化亜鉛の塩化揮発反応は試料表面への塩化水素の吸着反応により生成する中間生成物の脱離反応が律速過程であることが明らかとなった。

Ar-HCl雰囲気にO2を加えた結果、酸素分圧の増加と共に重量減少速度は若干減少する。この原因は気相中のHClとO2の反応によりCl2およびH2Oが生成し塩化揮発速度が変化するためである。本実験条件では分解するHCl量はわずかであるため、重量減少速度への影響は小さい。

Ar-0.1 atmHCl雰囲気で様々な温度で測定を行い、反応界面積を4 cm2と一定として塩化水素による酸化亜鉛の塩化反応の総括反応速度定数を求めた。総括反応速度定数のAr-HCl雰囲気での温度依存性は非常に小さく、傾きより計算される総括反応の活性化エネルギーは2.9 kJ/molであった。

第4章では温度873-1023 K、Ar-H2OおよびAr-O2雰囲気でPbCl2の重量減少挙動を測定した。塩化鉛試薬2.6-4.0 gをムライト製の燃焼ボートに装入し、反応管内の均熱帯部に設置した。所定の時間が経過した後試料の重量減少量を測定し、実験後試料の一部をX線回折測定に供し生成相の同定を行った。系の雰囲気はAr、O2ガスおよび恒温槽中で313 Kに保持した純水に置換したArガスの流量を制御して混合することにより制御した。

試料重量は時間と共に減少し、短い実験時間では重量減少挙動に変化は見られないが長時間の実験後、最終的に重量減少が停止した後の重量減少量を比較すると水蒸気を含む雰囲気では重量減少量が少ない。また、酸素分圧の変化が重量減少挙動に及ぼす影響は測定されなかった。系の雰囲気に水蒸気を加えたとき、試料融体がボート外側へ這い上がる現象が見られる。X線回折測定の結果から融体と水蒸気の反応によりPbOが生成することが明らかとなった。したがって、這い上がり現象は酸化反応により融体の組成が変化し、融体表面と内部との界面張力差が生じることにより起こると考えられる。

温度を変えて測定を行い、雰囲気中の水蒸気がPbCl2の重量減少挙動に及ぼす影響を調べた。雰囲気に水蒸気を加えることにより873 Kでは重量減少量が増加するが、温度の増加とともに重量減少量の増加量は低下し、1023 Kでは重量減少量は低下する。水蒸気がPbCl2の重量減少挙動に及ぼす影響はPbCl2の酸化反応による重量減少量の増加と、酸化反応による融体表面の組成変化に起因する蒸発速度の減少の二つがある。これらの影響は互いに相殺し温度によって変化するため、PbCl2の重量減少挙動は温度によって複雑に変化する。

第5章では実験結果を元に、現在提案されている塩化揮発処理プロセスおよび実操業で用いられている電気炉ダストの処理プロセスについて、雰囲気中の水分の影響および塩化水素の利用の観点から評価、検討を行った。

雰囲気中の水分の影響を考えると、ダストとPVCを混合して加熱した場合PVCからの塩化水素の発生温度と塩化物が著しく蒸発する温度域は異なるため、塩化物融体と水蒸気が反応し再酸化反応により揮発回収量が減少する可能性がある。PVCを利用してダストを処理する場合、PVCの脱塩化処理により生成した塩化水素ガスを十分に加熱したダストと反応させることにより高い反応効率を得られると考えられる。

現行のダスト処理プロセスにおいて近年増加している塩素の回収物中への混入を防ぐために、水蒸気の利用が有効であると考えられる。プロセスに水分を加えることにより塩素を塩化水素として除去し、回収物中の塩素を低減し品位を高めることができる可能性がある。

第6章では本研究を総括した。

本研究では重金属の揮発回収を目的とした電気炉ダストおよび溶融飛灰の処理プロセスに関し、これまでに不足していた雰囲気中の水蒸気の影響に関する物理化学的知見を明らかにし、操業時における水蒸気および塩化水素の有効利用が可能であることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、電気炉製鋼プロセスで発生するダストから有価金属を分離回収して有効利用することを念頭におき、ポリ塩化ビニルなどを塩素源としたダストからの亜鉛および鉛の塩化物による揮発回収プロセスを検討するため、その基礎となる亜鉛および鉛の塩化・揮発反応の物理化学について明らかにした研究であり、6章からなる。

第1章は序論であり、鉄鋼製錬ダストの処理プロセスの現状、高温での酸化物の塩化物化反応、揮発反応などについて調査した結果を述べている。さらに、塩化物の揮発反応に及ぼす水蒸気の影響についての研究の必要性について説明し、本研究を行う背景、重要性、目的について述べている。

第2章では、Ar-H2O-O2ガスによるZnOの塩化物化の反応速度について検討するため、ZnCl2、ZnCl2-ZnO混合物の揮発反応速度を測定した結果について述べている。ZnCl2、ZnCl2-ZnO(モル比1:1)の揮発反応速度を、重量減少速度を測定することにより、873 KでAr-H2O-O2雰囲気で測定した。ZnCl2試料については、水蒸気分圧、酸素分圧が大きくなるに従い揮発反応速度は小さくなることを明らかにした。またAr-0.05atm H2O 雰囲気では揮発反応の停滞現象が観察されている。ZnCl2-ZnO試料についてはAr-0.05atm H2O 雰囲気でZnOの生成が観察されており、ZnCl2と水蒸気との反応によりZnOが生成して反応サイトを占有するため、反応条件によってはZnOの生成が揮発反応を妨げることを明らかにし、蒸発機構について説明している。

第3章では、Ar-HCl-O2ガスによるZnOの塩化揮発反応速度について検討した結果について述べている。重量減少量を測定する事により、Ar-HClガス雰囲気でのZnOの塩化物化反応速度を1023-1373 Kで測定した。HCl分圧が大きいほど揮発反応速度は大きくなり、また、Ar-Cl2 雰囲気中での揮発反応速度と比較してAr-HClガス雰囲気の反応速度が大きいことを見出した。この結果より、塩化反応と蒸発反応を考慮した反応機構について考察している。

雰囲気ガスへのO2ガスの添加による重量減少速度への影響は小さいが、酸素分圧の増加とともに重量減少速度はわずかに減少した。この現象を、HCl、O2ガスからのCl2、H2O ガスの生成による揮発速度の減少でという機構で説明している。

第4章では、Ar-H2O、Ar-O2ガス雰囲気でPbCl2の揮発反応速度について検討した結果について述べている。PbCl2の重量減少速度を873-1023 Kで測定し、重量減少速度に及ぼす雰囲気ガス分圧の影響を測定している。その結果、酸素分圧は揮発反応速度に影響を及ぼさず、水蒸気分圧の影響があることを明らかにした。また、PbCl2融体の揮発反応中には雰囲気ガスにH2O が添加されるとPbCl2試料が容器壁面を這い上がる現象が観察された。水蒸気との反応によりPbOが生成しており、反応による融体の組成変化による界面張力の変化により、這い上がり現象が起こる機構を説明している。

さらに、873-1023 Kで温度変化による水蒸気との反応による揮発速度の影響について調べている。温度によって重量減少速度の挙動に差があり、反応速度に及ぼす温度の影響について、PbCl2からPbOへの反応と組成変化による揮発反応の両者の影響を考慮した反応機構に基づいて反応機構を検討し、両者の効果の複合効果により重量変化の挙動を説明している。

第5章では、第2章から第4章で得られた結果をもとに、反応機構の考察を行った。塩化物-酸化物混合物の揮発反応を、塩化物化反応と塩化物の揮発反応に分離して、反応機構を明らかにしている。

第6章は本論文の統括である。

以上のように、本論文では亜鉛や鉛を含む電気炉ダストを有効利用するため、亜鉛及び鉛の化合物の塩化物化反応について検討し、反応速度の測定を行い、その結果から反応機構を明らかにしている。塩化物化反応と揮発反応を考慮した反応機構を考察して、物理化学的に重要な新たな知見を得ており、本研究の成果はマテリアルプロセス工学への寄与が大きい。

なお、本論文第2章は月橋文孝、松浦宏行、第3章は月橋文孝、松浦宏行、第4章は月橋文孝、松浦宏行との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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