学位論文要旨



No 125345
著者(漢字) 根間,裕史
著者(英字)
著者(カナ) ネマ,ヒロフミ
標題(和) グラファイト上の2層目に形成される2次元3角格子反強磁性固体3Heの磁場中基底状態
標題(洋)
報告番号 125345
報告番号 甲25345
学位授与日 2009.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(科学)
学位記番号 博創域第507号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 物質系専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 久保田,実
 東京大学 教授 滝川,仁
 東京大学 教授 高木,英典
 東京大学 教授 福山,寛
 東京大学 教授 佐々木,裕次
内容要旨 要旨を表示する

研究背景

等方的な相互作用を持つ2次元量子スピン系は有限温度では長距離秩序が抑制されるため、興味深い研究対象である。2次元量子スピン系を実現する物質の一つに、グラファイト表面に吸着した3He薄膜の固体相がある。スピン1/2のフェルミ粒子である3Heの固体相におけるスピン間相互作用は、3He原子同士の直接交換相互作用で支配される。交換の際に近距離のHe原子間にはハードコアによる斥力が働くので、2原子間の交換だけでなく周りの原子を巻き込んだ多原子間の交換(多体交換)が大きな役割をする。交換が偶数原子間で起きた場合、スピン間には反強磁性の交換相互作用が働く。一方、奇数個の原子間の交換では強磁性の交換相互作用が働く。従って、固体3Heでは強磁性と反強磁性の交換相互作用が競合している。実効的な交換相互作用(Jx)を帯磁率の温度依存性から得られるワイス温度(θ)を用いてJx=θ/3と定義すると、4/7相と呼ばれる2層目の固体整合相ではJx=-0.3mKであり反強磁性的な相互作用が働く。

417相の基底状態は、多体交換を考慮した2次元3角格子の少数粒子系の理論モデル(多体交換モデル)で調べられている。1体から6体までの交換相互作用を考えたMisguichらのモデルでは、n体交換相互作用の大きさ(Jn;n=2~6)の比によって基底状態が二種類現れる。ひとつはスピンの向きがすべてそろった強磁性的な状態で、もう一つはスピン液体状態である。帯磁率(X)や比熱(C)測定の結果から導かれるJnの比から考えて、4/7相の基底状態はスピン液体状態であると考えられる。Cの温度依存性がCollinやMasutomiらのものと同様になるように4Heを13.4nm-2に3Heを5.5nm-2にした。狙い通りの試料が生成しているのかは、Ho=0.392TでMの温度依存性を測定して確かめた。得られた結果は図2の黒丸で、キュリー・ワイス則M=CO/(T・θ)でCOとθ をパラメータとしてフィッティングするとθ=-0.9±0.1mKが得られ、MasutomiらやCollinらの実験データとよく一致した。ここで、Co=CHoでありCはキュリー定数を表す。

結果及び考察

次に、Hoを変えてMの温度依存性の測定を行った。NMRで磁化曲線を決定する際に問題になるのは、Mのスケールである。タンク回路の共鳴周波数を変えると、共鳴回路のQ値が変わるので信号の大きさを単純に比較できない。そこで各磁場での飽和磁化(Ms)を基準にすることにした。MsはMの温度依存性を100mK程度の高温領域で測定して、そのキュリー・ワイス則でフィッティングして得られたCoを用いて、式Ms=kBCoμHoから求まる。ここに、kB,μはそれぞれボルツマン定数、3He核磁気モーメントである。Msから偏極率p=M/Msを求めると、温度依存性は図3のようになる。(a)は2.2T以下のデータである。2.12Tのデータは、高温では実線のキュリー・ワイス則によく従うが数mK以下になるとpが1/2で一定になり何らかの相転移が起こっていると考えられる。22T以上のデータは(b)に示されている。10Tに近づくと実線のブリュアン関数のような温度依存性になる。

様々なHoで測定したpの温度依存性をもとにすると、図4のように一定温度での磁化曲線が得られる。挿入図は低磁場側の拡大である。約0.5T以下で磁化曲線はpocHoである。データを直線でフィッティングして、低磁場側へ外挿すると、S.Murakawaらによって測定された0.2T以下の実験結果と滑らかに接続することがわかった。この振る舞いはスピンギャップが非常に小さいというこれまでの実験事実と矛盾しない。0.5TよりHaが大きくなると、p~1/4に小さなショルダーらしきものも見

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、グラファイト表面に吸着された2層目の2次元整合固体ヘリウム3の磁化を1mK以下において10テスラの強磁場まで初めて測定したものであり、全6章から構成されている。

第1章は序論で単原子層固体ヘリウム3の低次元系としての特徴・位置づけと本論文の全体の構成が述べられている。

第2章では吸着基盤として用いられるグラファイトの構造と吸着原子が感じる皺状吸着ポテンシャルについて述べた後、それに物理吸着された第1層と第2層の3He薄膜の相図が示されている。第1層と第2層では密度を増やすと、3He原子は2次元フェルミ流体から整合固体を経て不整合固体までを実現する。特に本論文の研究対象である第2層では、第1層の4/7の密度で4/7相と呼ばれる整合固相が形成されることが示されている。

第3章では、3He薄膜の磁性について、これまでの理論的・実験的背景と本研究の目的が述べられている。固体ヘリウム3(核スピンS=1/2)の磁性は、大きなゼロ点振動による原子自身の直接の位置交換から生ずる交換相互作用で記述される。ヘリウム3原子はハードコアを持っており、その位置交換のためには、周りの原子を押し退けねばならない。その結果、原子間相互作用としては、2体のみならず3体,4体などの多体交換(MSE)が重要となる。さらに偶数体は反強磁性的,奇数体は強磁性的であり異なる交換相互作用が競合している。このフラストレーションの大きな系の基底状態の理論的予想が4体交換の強さをパラメーターとして古典系および厳密対角化による量子系について示されている。実験的には、吸着第2層の単原子層固体ヘリウム3について、これまでの比熱,帯磁率の結果を示した上で、本研究の目的が簡潔に述べられている。

第4章では、実験装置が述べられている。まず試料を強磁場のもと皿以下の温度領域に冷却するための核磁気冷凍機と温度計などが示されている。ついで試料セルの製作、表面積の測定について述べた後、本実験において10Tまでの磁化曲線を得るために試みられたdouble gradient Faraday法と数MHzから350MHzまでの広い周波数領域をカバーする定在波を用いるcw-NMR法について詳しい説明がされている。

第5章は、剛Rによる実験結果とその考察である。はじめに、常磁性の試料を用いて、強磁場中での試料の冷却や100MHz以上の高周波による発熱に対して、測定系に問題がないことを確かめた。さらに4/7相について、それぞれの静磁場での磁化の大きさを比較するために、次の様な工夫をした。まずCurie則が成立する十分高温における磁化の温度依存性を用いて飽和磁化(Ms)に対応する信号値を決め、それを用いて各磁場における偏極度(P=M/Ms)の温度依存性を低温域まで求めた。こうして得られた各静磁場での偏極度(P)の温度依存性を用いて、各温度での磁化曲線を導出した。その結果、最低温度である0.7mKでの磁化曲線から次のことが判った。1)P=1/2に狭いながらも磁化のプラトーが存在する。これは理論的に予想されていた長距離秩序をもつ4副格子のuuud構造に対応するものであると考えられた。2)Pが約1/4,2/3にも折れ曲がりが見られるが、新たな磁気構造のへ変化があるのかもしれない。3)磁化の飽和は予想以上に高い約10T程度の高い磁場で起こる。4)低磁場(〈0.5T)の磁化曲線は、より低磁場での従来の結果とも合せると原点近くを通っており、スピンギャップはゼロあるいは非常に小さい。以上の結果を、公表されているMSEモデルによる予想と比べたが、その一致は十分なものとはいえない。しかしそこで用いられてきた5体交換相互作用(J5)と6体交換相互作用(J6)の大きさには不確定要素があり、J5やJ6を含めて交換相互作用パラメーターの適当な組み合わせを考えると測定結果を説明できる可能性を指摘している。さらにMott-Hubbardモデルに基づく磁化プラトー、飽和磁場などの予想とも比較検討しているが、いずれのモデル計算も少数系に対するものであり、今後より多数のスピン系での計算が望まれている。

第6章は本論文の総括であり、本研究で明らかにされた4/7相の固体ヘリウム3に関する新しい知見の要約とともに将来の展望が述べられている。

なお、本論文は、石本英彦、山口明、早川貴裕との共同研究であるが、試料セルの作成・テスト、NMRを用いた測定とその結果の整理・分析はすべて論文提出者が主体となって行ったものである。特に超低温での測定は半年から1年にわたる長期の連続的な実験が必須で、論文提出者の寄与が非常に大きかったと判断される。

したがって、博士(科学)の学位を授与できると認める。

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