学位論文要旨



No 125359
著者(漢字) 瀬尾,美智子
著者(英字)
著者(カナ) セオ,ミチコ
標題(和) 電気化学的手法を用いた下水処理に関する研究
標題(洋)
報告番号 125359
報告番号 甲25359
学位授与日 2009.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第521号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 阿久津,好明
 東京大学 教授 影本,浩
 東京大学 准教授 島田,荘平
 東京大学 准教授 吉永,淳
 東京大学 教授 味埜,俊
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、自然界との調和・共存を目指した水循環を実現するために望ましいと考えられる下水処理形態を提示し、その構想を既存の水処理手段の一つである電気化学的手法を用いて具体的に示すことを目的としたものである。また、電気化学的手法に関するハード面の構成要素の開発・作製から、条件を満たす処理装置の基本構造の考案、さらに処理装置の模型を用いた水処理実験までを一つの論文の中で繋ぐことで、この手法を用いる場合の全体像を示していることも特徴である。

第一章では、下水道と水循環に関する背景を述べるとともに、望ましいと考えられる下水処理形態を提案し、本研究の目的と範囲を示して研究の位置づけを行なった。

現在主流の下水道システムは、生物学的処理手法を用いた大規模下水処理場における一括大量処理である。これは人口の多い都市では特に優れた方法となるが、自然界の水循環と人間社会の水循環の調和を優先的に考えると完全なシステムとは言えない。望ましい処理形態とは下水発生源近傍で処理を完了させる事である。しかし、下水を単独で処理できる手段は開発されておらず、複数の処理手法を一ヶ所に揃えた設備では規模が大きくなり、発生源ごとに設置することは困難である。

一方、河川から離れた場所で生活を営む以上、使用した水を戻すための経路(管渠)は必ず必要となる。そこで、実行可能な方法として下水経路を3ステージ分け、それぞれの経路に処理機能を有する設備を分散させて設置する多段階式下水処理システム(Fig.1)を提案し、さらに簡略化した直列モデル(Fig.2)を用いてこのシステムに関する説明を行った。このシステムが実現すれば河川の枯渇や土壌・地下水の汚染の低減、水の再利用の促進が期待できる。また、この構想を具体例と共に示すため、提案した下水道システムの構築に繋がる可能性のある水処理法として電気化学的手法を選択したことを述べた。

第二章では、電気化学的水処理法の理論、電気化学系の構成要素および電解システムの説明を行い、本研究を進める際の課題を提示した。

電気化学的手法を用いる場合、電解処理を行なう電極とその電極と処理水を入れる電解槽が必要となる。しかし、理想とする水処理形態を実現するには既往の電解槽では問題があり、処理設備として使用することが困難である。したがって、条件を満たす新規の電解槽の考案が必須となる。また、新規の電解槽の考案する場合は、さまざま形状や大きさを持つ電極を用いた実験を行う必要がある。希望する形状で処理機能を持つ電極が容易に作製できることが望ましいが、現段階では十分に条件を満たすような電極作製法は報告されていない。したがって、適切な電解槽の考案のために新規の電極及び作製法の確立の必要性を述べた。

第三章では、チタン以外の金属基板を用いたSb-SnO2/金属基板の作製法とその特性の調査及び水処理用電極としての使用の可能性について検討した。

水の電解で一般的に使用される電極は、チタン基板を導電性金属酸化物薄膜でコーティングしたセラミックス電極である。チタンは優れた金属であるが、精製や加工が困難であり、様々なサイズや形状のプロトタイプ電極を多数準備する場合には、適した金属とは言えない。電極性は電極表面の材質に大きく影響されるので、他の金属をセラミックス薄膜で被覆することを考えた。セラミックス薄膜として、アンチモンをドープした酸化スズ(Sb-SnO2)、金属基板として、ステンレススチールとアルミニウムに注目した。セラミックス薄膜の作製法は、1)広範囲に均一なコーティングを簡単な設備で比較的容易に行なえる、2)少ない原料で基板の性質の改善や特殊機能を持たせることができる、ゾルゲル法を採用した。また、ゾルゲル法では溶液から薄膜形成を行なうが、基板上へ溶液の塗布方法として、ディップコーティング法を選択した。ゾルゲル法において最適な材料は金属アルコキシドである。予め作製したアンモニア/アルコール溶液を利用することで、簡便な合成方法を確立した。アルコキシドはアルコール中に存在しているが、ゾルゲル法ではアルコール溶液を使用するので単離は不要である。アンチモン(Sb)とスズ(Sn)のアルコキシド/アルコール溶液及び水などの比率や混合方法を検討し、適切なゾルゲル溶液の調整条件を見出した。また、エチレングリコールを加えることで比較的長期の品質保持が可能となることが分かった。ステンレススチール(SUS316、SUS430)、アルミニウム、比較と物性調査のためチタンとガラス基板に塗布した溶液は150℃で乾燥した後、400℃で加熱してセラミックス薄膜を焼成した。一回のコーティング工程で形成される薄膜は薄いため、20回繰り返して焼成した薄膜(Fig.3)の物性は以下のとおりであった。

1) SnO2結晶を形成している。

2) 微視的環境においても薄膜には亀裂や欠陥が無く、表面は平坦で、10~20nmの微粒子が焼結している。

3) 膜厚は1μm以下。

4) シート抵抗はSb-SnO2:1.16kΩ/□、SnO2:100kΩ/□以上、硬度は9H以上。

5) Sb-SnO2/Al、Sb-SnO2/Tiは白金よりも酸素発生電位が高く、Sb-SnO2/SUS316、Sb-SnO2/SUS430は白金よりも低い。

Sb-SnO2/金属基板を電極にし、OHラジカルトラップ物質であるN,N-dimethyl-p-nitrosoaniline (RNO)とフェノール水溶液中で電解を行なった。電解中にSb-SnO2/SUS316とSb-SnO2/SUS430の薄膜は基板から剥離した。剥離の原因としては、水が基板と接触したため、基板上から直接水の酸化が起こっている事が考えられた。一方でSnO2/Alを用いた場合は、長時間の電解でも剥離の影響も少なく、物質濃度の減少が明確に測定された。電解条件の制約はあるものの、Sb-SnO2/Alは作製の容易な水処理用電極として使用可能であることが示された。

第四章では、仮想の電解槽を用いて下水経路に設置する場合の条件を検討した。さらに、それらの条件を満たす電解槽モデルを考案し、電解槽の模型を作製してRNOとフェノール水溶液を用いた電解実験を行なった。

下水経路に設置する場合の電解槽の条件を以下に示す。

1) 電解槽内には不定期に、不定量の水を注入することが可能。

2) 自然な水の流れと攪拌作用を利用する。特に下から上への流れを利用することを基本とする。

3) 電流を流すときには、アノードとカソードの間に十分な水が確保されている。

4) 電解処理はアノード表面及びその近傍で起こるので、設置したアノード表面全体を自然に水が流れる。

5) 電極表面で発生してしまう気体は速やかに電極表面、及び電解槽から取り除かれる。

6) 小さなスペースで電極表面積を広く取ることが可能。

7) 電解槽の大きさは容易に変えられる。

上記の条件を満たす電解槽の特徴は以下のとおりである。

1) 小スペースで水を連続的に受け入れるために、フロー型電解システムと貯水槽を組み合わせる

2) アノードとカソードの間を水の通り道とし、そのまま排水させる

3) 電解槽に水を注いでいくと水は下から溜まるので、下から上への自然な水の流れを利用する

考案した電解槽のイメージ図をFig.4に示す。電解槽は直径と長さの異なる中空状の電極を同心円状に重ね、垂直に立てた形状をしている。水が電解槽に流入すると、水は電極の間を通って処理されながら自然に排出される。電極が処理の反応場と同時に仕切りとなり、複数の電極を用いることで、小さな空間に広い電極表面積を持たせることができる。一本のアノードとアノードとは直径の異なるカソードを同心円状に重ねた電解槽をSEタイプとし、二本のアノードとカソードを交互に配置した電解槽をDEタイプとした。DEタイプでは水が通る電極間の空間が3つできる。水が3つの空間を全て通り抜けて排出される電極配置をDE1ルート、3つの空間を別々に通り、最後に混合されて排出される電極配置をDE3ルートとした。考案した電解槽のイメージを基に、実験用電解槽を製作した。電解実験として、RNO水溶液あるいはフェノール水溶液を電解槽に流し続けながらその間に電流を流し、物質の濃度変化を測定した。SEタイプを用いた実験から、適切な電流密度の選択や流速に関する制限などが必要であることが示唆された。DE1ルートタイプとDE3ルートタイプは電解に関する諸条件は同様であるが、電解実験を行うと排出された水中に含まれる物質濃度に明確な違いが現われ、OHラジカルと反応したRNO量はDE1ルートで55 %、DE3ルートでは40 %となった。二つの電解槽の違いは水の流れ方のみであり、水の流れ方によって処理結果に違いが生じることが明らかになった。このことは、電荷量を用いた理論計算においても示された。このことから効率の良い電解処理システムを構築するためには、電極材料だけではなく、水の流れ方も考慮する必要があることが示された。また、作製した電解槽の現実の下水処理への適用について、第一章で述べた直列モデルを用いた考察を行った。電解実験から得られたOHラジカル発生量と下水のCODcr値から導いた酸化するべき推定分子数を比較したところ、OHラジカルの発生量が不十分であった。これについては1) OHラジカル発生効率が高い電極を使用する2) 電解槽のスケールを上げて電極表面積を増加させることで対処できると考えられる。

第五章では、結論として研究内容を総括し、今後の課題と展望を述べた。

以上のように、本論文では望ましい下水道システムの構想を示し、その構想を実現するための処理方法について電気化学的手法を用いて具体的に提案した。

本当の意味での自然界と人間社会の共存を実現するためには、解決するべき課題は膨大であることは事実であるが、真の「健全な水循環」を構築するための研究や活動が続けられていくことを望んでいる。

Fig.1 下水処理システム

a:現在の下水処理システム b:望ましい処理形態 c :多段階式下水処理システム

Fig.2 多段階式下水処理システムの直列モデル

Fig.3 SnO2被覆金属基板

Fig.4 電解槽のイメージ図

上段:電解槽内の配置 下段:電極配置

a:SE b:DE1ルート c:DE3ルート

○A:アノード ○C:カソード

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、自然界との調和・共存を目指した水循環を実現するための下水処理形態のひとつを提案し、その構想を既存の水処理手段の一つである電気化学的手法を用いて具体的に示すことを目的としたものであり、電気化学的手法に関するハード面の構成要素の開発・作製から、条件を満たす処理装置の基本構造の考案、さらに処理装置の模型を用いた水処理実験により、この処理形態を用いる場合の全体像を示している。

第一章では、下水道と水循環に関する背景を述べるとともに、そこから考えられる新たな下水処理形態を提案し、本研究の目的と位置付けを示した。現在主流の下水道システムは、生物学的処理手法を用いた大規模下水処理場における一括大量処理であるが、下水発生源近傍で処理を完了させる処理形態ができれば望ましい。そこで、下水経路に処理機能を有する設備を分散させて設置する多段階式下水処理システムを提案し、さらに簡略化した直列モデルを用いてこのシステムに関する説明を行った。また、この構想を具体例と共に示すため、提案した下水道システムの構築に繋がる可能性のある水処理法として電気化学的手法を選択したことを述べた。

第二章では、電気化学的水処理法の理論、電気化学系の構成要素および電解システムの説明を行い、本研究を進める際の課題を提示した。本研究が目指す水処理形態を実現するには既往の電解槽では問題があるため、条件を満たす新規の電解槽の考案が必須となる。その際、さまざま形状や大きさを持つ電極を用いた実験を行う必要がある。希望する形状で処理機能を持つ電極が容易に作製できることが望ましいが、現段階では十分に条件を満たすような電極作製法は報告されていない。したがって、適切な電解槽の考案のために新規の電極及び作製法の確立の必要性を述べた。

第三章では、チタン以外の金属基板を用いた電極の作製法とその特性の調査及び水処理用電極としての使用の可能性について検討した。水の電解で一般的に使用される電極は、チタン基板を導電性金属酸化物薄膜でコーティングしたセラミックス電極であるが、加工性などから様々なサイズや形状のプロトタイプ電極を多数準備する場合に適しているとは言えない。そこでセラミックス薄膜としてアンチモンをドープした酸化スズ(Sb-SnO2)、金属基板としてステンレススチールとアルミニウムに注目した。セラミックス薄膜の作製法は金属アルコキシドを用いたゾル-ゲル法を採用し、基板上への溶液の塗布方法としてディップコーティング法を選択した。金属アルコキシドの簡便な合成方法を確立するとともに、適切なゾル-ゲル溶液の調製条件を見出し、コーティング、乾燥、焼成の行程を繰り返して金属基板上にセラミックス薄膜を作成した。

このようにして作成したSb-SnO2/金属基板を電極にし、OHラジカルをトラップする物質であるN,N-dimethyl-p-nitrosoaniline (RNO)とフェノール水溶液中で電解を行なった結果、電解条件の制約はあるものの、Sb-SnO2/Alは作製の容易な水処理用電極として使用可能であることが示された。

第四章では、仮想の電解槽を用いて下水経路に設置する場合の条件を検討した。さらに、それらの条件を満たす電解槽モデルを考案し、電解槽の模型を作製してRNOとフェノール水溶液を用いた電解実験を行なった。

下水経路に設置する場合の条件を満たす電解槽の特徴は、1)小スペースで水を連続的に受け入れるためにフロー型電解システムと貯水槽を組み合わせること、2) アノードとカソードの間を水の通り道とし、そのまま排水させること、3) 電解槽に水を注いでいくと水は下から溜まるので、下から上への自然な水の流れを利用することである。

考案した電解槽は直径と長さの異なる中空状の電極を同心円状に重ね、垂直に立てた形状をしている。水が電解槽に流入すると、水は電極の間を通って処理されながら自然に排出される。電極が処理の反応場と同時に仕切りとなり、複数の電極を用いることで、小さな空間に広い電極表面積を持たせることができる。電解実験として、RNO水溶液あるいはフェノール水溶液を電解槽に流し続けながらその間に電流を流し、物質の濃度変化を測定した結果、適切な電流密度の選択や流速に関する制限などが必要であることが示唆された。電極の配置を変えた実験からは水の流れ方によって処理結果に違いが生じることが明らかになり、効率の良い電解処理システムを構築するためには、電極材料だけではなく、水の流れ方も考慮する必要があることが示された。また、作製した電解槽の現実の下水処理への適用についてはOHラジカル発生効率が高い電極を使用することや電解槽のスケールを上げて電極表面積を増加させることで対処できると考えられる。

第五章では、結論として研究内容を総括し、今後の課題と展望を述べた。

以上のように、本論文は下水経路中に処理機能を有する設備を分散させて設置する多段階式下水処理システムの構想を示し、その構想を実現するための処理方法について電気化学的手法を用いて提案したものであり、環境学の発展に寄与するものである。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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