学位論文要旨



No 125360
著者(漢字) 丸田,昭輝
著者(英字)
著者(カナ) マルタ,テルアキ
標題(和) 市民の省エネ行動と、社会的属性・コミュニティ志向度に関する相関分析 : ソーシャル・キャピタル指数による分析
標題(洋)
報告番号 125360
報告番号 甲25360
学位授与日 2009.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第522号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松橋,隆治
 東京大学 准教授 亀山,康子
 東京大学 准教授 多部田,茂
 東京大学 准教授 吉田,好邦
 東京大学 准教授 吉永,淳
内容要旨 要旨を表示する

第1章:論文の目的と構成

本研究は、一般市民の省エネ行動の源泉となる社会的要因をソーシャル・キャピタルの視点から分析、理解することで、民生部門の省エネを促進する方策を提言することを目的とする。

第2章:研究の背景

民生部門からのCO2排出削減は、強制的な抑制策の実施が困難であり、市民が自主的にCO2排出量削減行動(省エネ行動)を進めることが期待される。また日本の中期削減目標の達成には、一般家庭も負担を強いられるが、そのような負担に自主的に協力する市民を育てることもこれからの課題である。市民によるコミットメントを促す要因の解明が必要である。

近年注目されている「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」は、社会における「協調行動」を生み出す源泉と考えられる。そのため、市民の省エネ行動へのコミットメントと関連が深いと考えられる。

ソーシャル・キャピタルは一種の潜在力(社会的「マグマ」)ととらえることが可能であり、そのパワーの出口を誘導することで、市民の省エネ行動(CO2排出量削減行動)に対するコミットメントを増大させる可能性があると考えられる。

第3章:仮説と研究方法

本研究では、以下の2つの仮説を立てた。

・第一仮説「市民の省エネ行動は、ソーシャル・キャピタルによって促進される」

・第二仮説「コミュニティ・団体活動の参加者のほうが省エネ活動に熱心である」

仮説の検証のためにアンケートを実施、分析した。なお説明変数は以下の4つに分類した。

・説明変数I:社会的属性(回答者個人の固有の性質)

・説明変数II:環境意識

・説明変数III:ソーシャル・キャピタル関連項目

・説明変数IV:地域特性

第4章:分析I:市民の省エネ行動と社会的属性

アンケート分析の結果、市民は省エネ行動を自主的に行っており、他人に省エネを勧めることにも積極的である。コスト負担に対する反対は強いため、省エネ行動の促進には、強制的な措置よりも、自発的な行動を誘発するような政策が有効である。

多くの市民は、自らの意思として省エネを実践しているとこと答えている。メディアを通じた啓蒙も、省エネ行動を直接呼びかけるのではなく、あくまでも地球環境問題の点から自主的な行動を促すような呼びかけが重要と思われる。

省エネ行動に対する職業別傾向では、全体的に専業主婦層の実施度が高く、また地縁的な活動の度合いは、専業主婦層、自営業層、民間企業・団体の役員層で高い。

第5章:分析II:ソーシャル・キャピタル要素の探求

省エネ行動と説明変数I~IIIの相関分析から、説明変数I(社会的属性)と説明変数III(ソーシャル・キャピタル関連項目)で省エネ行動と有意な相関がみられた。分析の結果、信頼度(一般の人々に対する信頼、地域の自治会・地縁団体に対する信頼、近所の人々に対する信頼、友人・知人に対する信頼)が高い人は、省エネ行動を実践している割合が高いことが分かった。また近所づきあいの程度の高い人も、省エネ実践度が高かった。

職業層ごとに"平均化"し、職業層と省エネの相関を分析した(図1)。その結果「近所づきあいの程度」と省エネは中程度の相関があり、その相関は自営業層を除くと強くなった。また「近所づきあいの人数」は全職業では相関はほとんどないが、民間企業・団体の役員層と自営業層を除くと相関係数は0.92と非常に高くなった。「地縁的な活動」は省エネと弱い相関があるが、民間企業・団体の役員層と自営業層を除くと相関係数0.73と高くなった。これらの結果から、民間企業・団体の役員層、自営業層などは近所づきあいが例外的に高い職業層であることがわかった。

省エネ行動に対する説明変数Iと説明変数IIIの影響度をみるため、全サンプルから社会的属性面で均質なサンプル(例.専業主婦層、安定生活者層)を抽出し、省エネ行動との相関を分析したところ、説明変数Iの影響力は減じ、説明変数IIIと省エネ行動との間の相関が明確になることがわかった。これは、同じようなバックグランドを有する個人の間では、説明変数III(ソーシャル・キャピタル関連項目)と省エネの相関が強くなることを意味している(表1、表2)。

さらに省エネ行動に対し主成分分析を行ったところ、第1主成分(総合省エネ指数)の得点が正の人は、一般の人々への信頼度、近所づきあいの程度、地縁的な活動度などが高いことが判明した。これは統計的に有意であった。

よって、省エネ行動のある程度は、ソーシャル・キャピタルで説明できると考えられた。

第6章:分析III:ソーシャル・キャピタル指数の開発と検証

市民の省エネ行動を最もよく表現できるソーシャル・キャピタル指数(SC指数)を開発し、社会的属性ごとにSC指数の有効性を検討した。職業別では、基本的にどの職業層でも、SC指数と省エネ指数の間には正の相関があった。なお、家族年収別、年齢別、最終学歴別ででも、SC指数と省エネ指数の間には正の相関が認められた。なお一般に相関係数はおおむね0.2~0.25の範囲であり、相関の度合いは弱い。

SC指数と社会的属性を独立変数とする重回帰分析の結果、SC指数は有意であり、社会的属性(性別以外)よりも説明力が大きいことが示された。

各SC指数の社会的属性における傾向を調べた結果、SC指数の差が大きいのは、職業(無職、自由業が低く、民間企業・団体の役員、専業主婦、自営業が高い)、年齢(高齢者ほど高い)、家族年収(600万円以上~1400万円未満の層が高い)、家族構成(配偶者があり、親と同居している世帯が高い)、同居する子の有無(子がいるほうが高い)であった(図2)。

さらに、SC指数が高い人は、特に省エネ・温暖化対策のための応分の負担についても好意的であることがわかった。

第7章:分析IV:民生部門におけるCO2削減ポテンシャル

SCに基づくCO2削減ポテンシャルの算出のために、以下の3軸から分類することとした。

・SC指数の高低

・省エネ指数の高低

・SC指数と省エネ指数の相関係数の高低

特に「SC指数と省エネ指数の相関係数」は、省エネ行動の「SC応答係数」ととらえることもできる。この3軸に基づいて「省エネ行動ポテンシャル3次元マトリクス」を開発した(図3)。

特にセグメントA~Dに属している層は、SCによる省エネ行動の推進とCO2排出量の削減が期待できる。

各職業別サンプルに関してSC指数、省エネ指数、相関係数を計算し、「省エネ行動ポテンシャル3次元マトリクス」に基づいて分析を行った。セグメントB~Dに属する職業層(1512人)において、SCによる省エネ行動の改善(B→A、C→A、D→B)が行われた場合には、全体で77 kg/日(28トン/年)のCO2排出量削減が可能になると試算された。

またサンプルの信頼性より参考データとした都道府県についてSC指数を計算、先行研究と同様にソーシャル・キャピタルの西高東低傾向が確認された。

第8章:まとめと提言

このように、省エネ行動はソーシャル・キャピタルと一定の相関があることが示され、本研究の第一仮説「市民の省エネ行動は、ソーシャル・キャピタルによって促進される」は証明できた。

また第二仮説「コミュニティ・団体活動の参加者のほうが省エネ活動に熱心である」についてもほぼ証明できたが、より正確には「コミュニティ・団体活動へ参加度の高い"職業層"ほど省エネ活動に熱心である」というのが正しいことが示唆された。

どちらにしろ、ソーシャル・キャピタルはまだ新しい観念であり、その精緻化には時間が必要である。特に省エネとソーシャル・キャピタルを結びつけた研究はあまり例がなく、これからこの分野の研究が進むことを期待する。

図1.職業別(平均的)の省エネと近所づきあいの傾向

表1.全回答者のカイ二乗検定結果:p値(N=1500)

表2.「安定生活層(2)(男性のみ)」のカイ二乗検定結果:p値(N=362)

図2.社会的属性とSC指数の傾向

図3.省エネ行動ポテンシャル3次元マトリクス

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、市民の自主的な省エネ行動を促進する要因の解明のため、市民の社会への信頼度やコミュニティとの関わりと関連が深いとされる「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」という概念に着目している。そして、一般市民の省エネ行動の源泉をソーシャル・キャピタルの視点から分析することで、民生部門の省エネを促進する方策を提言することを目的としている。

以下に各章の要旨を示す。

第1章では、論文の目的と構成を述べている。

第2章では、研究の背景として、ソーシャル・キャピタルのコンセプトを整理している。特にソーシャル・キャピタルは一種の潜在力ととらえることが可能であり、そのパワーの出口を誘導することで、市民の省エネ行動に対するコミットメントを増大させる可能性があることを示している。

第3章では、2つの研究仮説(第一仮説「市民の省エネ行動は、ソーシャル・キャピタルによって促進される」、第二仮説「コミュニティ・団体活動の参加者のほうが省エネ活動に熱心である」)を説明し、その証明のための研究方法(アンケート)を述べている。

第4章ではアンケート結果から、省エネ行動を行う回答者像とその環境意識を明らかにしている。特に省エネ行動に関して職業別傾向を分析し、全体的に専業主婦層の実施度が高いことを指摘している。

第5章では、省エネ行動とソーシャル・キャピタル関連項目の関係を明らかにするため4つの分析を行っている。まず相関分析から、信頼度が高い人や近所づきあいの程度の高い人は省エネ実践度が高いことを明らかにしている。次に職業層ごとの"平均像"と省エネ実践度の相関分析から、「近所づきあいの程度」と省エネ実践度には中程度の相関があること、「地縁的な活動」は省エネとある程度の相関があることを明らかにしている。また回答の全サンプルから均質なサンプル(専業主婦層、安定生活者層)に関しては、省エネ実践度と社会的属性(学歴や年収)との相関は減じたのに対し、ソーシャル・キャピタル関連項目との相関はある程度維持されることを示している。さらに主成分分析の結果、第1主成分(総合省エネ指数)の得点が正の人は、一般の人々への信頼度、近所づきあいの程度、地縁的な活動度などが高いことを示している。これらの結果から、省エネ行動のある程度は、ソーシャル・キャピタルで説明できる、と述べている。

第6章では、回答者の省エネ行動を最もよく表現できるソーシャル・キャピタル指数(SC指数)を開発し、社会的属性ごとにSC指数の有効性を検討している。またSC指数と社会的属性を独立変数とする重回帰分析の結果、SC指数は有意であり、社会的属性(性別以外)よりも説明力が大きいことを示している。さらに、SC指数が高い人は、特に省エネ・温暖化対策のための応分の負担についても好意的であるという結果を述べている。

第7章では、ソーシャル・キャピタルに基づくCO2削減ポテンシャルの算出を試みている。特に「SC指数と省エネ指数の相関係数」は、省エネ行動の「ソーシャル・キャピタル応答係数」ととらえることの可能性を指摘し、職業別と都道府県別のCO2削減ポテンシャルを試算している。

第8章では、まとめと提言を述べている。省エネ行動はソーシャル・キャピタルと一定の相関があることを示し、本研究の第一仮説「市民の省エネ行動は、ソーシャル・キャピタルによって促進される」が証明されたとしている。また第二仮説「コミュニティ・団体活動の参加者のほうが省エネ活動に熱心である」についてもほぼ証明できた、としている。

このように本研究では、個人の省エネ実践度とさまざまな個人属性・環境意識・ソーシャル・キャピタル関連項目(信頼性、付き合いの程度)との関係を整理し、特に省エネ実践度が個人属性(年収、学歴、居住地域)よりもソーシャル・キャピタルとより強い相関があることを示している。

ソーシャル・キャピタルは比較的新しい概念であるが、これまでに省エネとソーシャル・キャピタルを結びつけた研究はあまり例がない。そのため、個人の省エネ実践度とソーシャル・キャピタルの間に一定の相関を明らかにした本研究は、社会学・環境学の点でも非常に独創的で有益な研究である。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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