学位論文要旨



No 125365
著者(漢字) 藍澤,淑雄
著者(英字)
著者(カナ) アイザワ,ヨシオ
標題(和) コミュニティの変容と参加型開発の在り方 : タンザニア農村を事例とした自律性と他律性からの分析
標題(洋)
報告番号 125365
報告番号 甲25365
学位授与日 2009.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(国際協力学)
学位記番号 博創域第527号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 国際協力学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,恒昭
 東京大学 教授 国島,正彦
 東京大学 教授 中山,幹康
 東京大学 教授 山路,永司
 東京大学 准教授 佐藤,仁
内容要旨 要旨を表示する

本論の出発点は, 参加型開発の移入が一元的に自助的なコミュニティを構築するといった楽観的展望への疑問視にある. 国際開発協力の現場では, 参加型開発が住民参加を形骸化して一過性の介入で終わらせてしまうことも珍しくはない. その一方で, コミュニティには, 住民の行動や意思決定に影響を与える様々な要因が多元的に存在し, それらが住民の選択や行為, ひいてはコミュニティ全体に影響を与えている. それにもかかわらず, これまで, これらの多元的要因を踏まえた参加型開発の議論が行われることは少なかったと思われる. 本論は, コミュニティ住民の目線を取り入れながら, コミュニティの多元的要因を明らかにした上で, 参加型開発を再検討するものである.

このため, 本論は, コミュニティ内外に存在する多元的な影響ならびにその一部である参加型開発をコミュニティがどのように受容しているかを明らかにし, その上で, 参加型開発がどうあるべきかを検討することを目的としている. その目的を達成するため, 1) 学融合的視点に基づいて, 社会理論を傍証としながら, 自らの意思に基づいて行動するという「自律性」と他人の意思に誘導されながら行動するという「他律性」を分析軸に定めるとともに, コミュニティの外部と内部の関係, ならびにコミュニティと住民の関係を解釈し, 仮説を形成する, 2) その仮説を, タンザニアのコミュニティを対象とした事例研究を通じて検証する, 3)仮説検証の結果をもとに参加型開発の在り方を導き出す, という流れで構成されている.

社会理論を傍証とした基本概念の整理

本論で傍証とした社会理論とは, ニクラス・ルーマンの社会システム理論を中心とした社会理論のことである. 社会理論を傍証とした理由は, 1)社会理論は社会と個人を対象としている一方で, 本論もコミュニティという社会とそこに暮らす住民を対象としており, そこに共通性がある, 2)社会理論の対象となる社会と個人の関係を, コミュニティと住民の関係に置き換えることで, コミュニティ外部の視点に基づいて構築された参加型開発アプローチを, コミュニティ内部の視点に基づいたものに近づけることができるからである.

本論では, 特に2つの点において, 社会理論を傍証とした. 第1に, コミュニティとそれを取り巻く環境という位置づけである. 本論では, 社会システム理論における社会システムと環境を, コミュニティとそれを取り巻く環境に置き換えた. 社会システム理論では, 社会システムが, 環境との間にある差異を認識したうえで, 環境における諸条件と接続しながら変容していることを示している. これを, コミュニティとそれを取り巻く環境の考え方に重ね合わせると, コミュニティは, 環境との差異を認識したうえで, ときにその外部環境の一部として存在する参加型開発の考え方に接続しながら, 自己形成を行っていると解釈できる.

第2に, コミュニティにおける自律性と他律性の考え方である. 本論では, 自律性を社会システム理論における, 「オートポイエーシス」ならびに「自己組織性」の性質に依拠する一方で, 他律的な性質を「サイバネティクス」の性質に依拠する. 「オートポイエーシス」とは, 限定的に外部環境との接続を行い, 内部で受け入れるに値すると判断したときのみ, 外部介入を受け容れる社会システムの性質である. 基本的に外部からの刺激を全く無視してでも, 社会システムに関するすべてのことは内部判断に基づいて決定し, 外部刺激がなくとも自己増殖的に自らを構築していく. 「自己組織性」とは, 外部介入を刺激として受け入れ, その刺激を基に自生的に発展する社会システムの性質である. 外部介入はあくまでも刺激であって, その活用の仕方は外部の意図には関係なく内部で判断する. システムは外部刺激が続く限り内部判断に基づき自己構築を継続する. 「サイバネティクス」とは, 外部からの介入をすべて受け入れて, その外部介入の有する複雑性を内部にも構築する性質を有する社会システムの性質である. そこでは, 外部とのバランスで内部が成り立っており, 基本的に常に外部と接続していることが前提となっている.

仮説の設定と検証方法

社会理論を傍証としながら, 本論で形成した基本仮説とは, 次の3つである: (1)コミュニティには, 自律性と他律性の両方の性質が備わっており, 参加型開発の導入は自律性のみならず, 他律性も高めるものである, (2)コミュニティの自律性は住民の相互作用により高めることができる, (3)住民の相互作用は, コミュニティの性質が自律的であるほど内部帰属要因に, 他律的であるほど外部帰属要因に影響を受けるというものである.

本論が, タンザニアのコミュニティを事例研究の対象として, 仮説検証を行うに当たって採用した手法は, 定量データ分析を基軸としながら定性データを補完的に扱う方法である. 定量データ分析では、コミュニティの自律性・他律性と参加型開発の関係、自律性と住民の相互作用の関係, コミュニティへの影響因子と自律性・他律性の関係などを明らかにする一方で, 定性データでその結果を裏付ける個別事例を示すことで補完性を持たせた. 住民の目線を取り入れながら参加型開発を再検討するため, コミュニティの性質, 住民の相互作用, 参加型開発の経験, ならびにコミュニティにおける政治的, 社会的, 経済的, 文化的, 宗教的な側面に対する住民の認識や態度を定量分析の基礎データとした.

検証結果

仮説検証を通じて, 基本仮説ならびに作業仮説が立証される結果とされない結果が出るとともに, その検証の副産物として新たな事実も明らかになった. そうした事実も含めて, 本論が明らかにした点は, 次の点に集約できる.

1)外部者の意図する開発介入は, 必ずしもコミュニティに同じ意図で受け止められないこと. タンザニアの場合, コミュニティの自助努力を促そうという外部者の意図のもと参加型開発アプローチが導入されている一方で, コミュニティ住民は, 参加型計画を策定することが外部支援を受けることにつながるのではという期待のもと、参加型アプローチに関わっている場合が多いことを確認できた. コミュニティに本来的に存在する自律性がこうした状況を支配していると考えられる.

2)コミュニティには自律性と他律性が並存しており, これらは常にコミュニティ内外の影響に晒されながら変化しているということ. タンザニアの例では, 外部からの参加型開発アプローチは, 一時的にコミュニティの自律性と他律性の両方を弱めてしまうことが明らかになった. その一方で, コミュニティが外部からの参加型開発アプローチに幾度となく関わった場合には, 弱まった自律性が少しずつ高まっていくことが明らかになった.

3)住民の相互作用とコミュニティの自律性は相補的な関係にあるということ. これは, 住民の相互作用がコミュニティの自律性を促すとともに, コミュニティの自律性もまた住民の相互作用を促すということである. タンザニアの場合には, 特に住民と住民が支えあっている関係が強いほど自律性も高いことが明らかになった.

4)住民の相互作用には, コミュニティ外部帰属, ならびに内部帰属の因子が有機的に関係し合いながら影響を与えているということ. これらの因子は, 歴史的・政治的・経済的な潮流のなかで, 時に外部帰属要因と内部帰属要因が結合した因子として, 住民の行動に影響を与えている場合もある. タンザニアの場合には, このような結合因子として, 伝統的な相互扶助精神と市場経済の因子が結合した「伝統的相互扶助精神に基づいた農村経済活性化」の因子と, 村議会による内部権力と国会議員・県議員・県行政といった外部権力が結合した「政治的権力」の因子が確認できた. さらに, 自律的な性質が強いコミュニティほど, 住民が「伝統的相互扶助精神に基づいた農村経済活性化」の因子に影響されやすく, 他律的な性質が強いほど「政治的な権力」の因子に影響されやすいことが明らかになった.

1)から4)は, 外部者の本質主義的な参加型開発アプローチの前提が, いかに内部者の参加型開発アプローチへの認識と異なるかを露呈するものであるとともに, コミュニティには, 外部者からは見えにくい複雑性が存在することを示している.

*

本論は, コミュニティ内部を解明するため, コミュニティの内外に存在する多元的な要因を紐解きながら, 参加型開発を内部者の目線を取り入れながら再検討した. その検討においては, 参加型開発がコミュニティの内外に存在する多元的な要因の一部であることを十分に認識した上で, その中で求められる役割を特定するべきことを再確認した. 一方で, 本論では十分に議論し尽くすことができなかった領域が残っているのも事実である. 本論では, タンザニアのコミュニティを事例研究の対象としながら, 自律性と他律性を軸に, 参加型開発, 住民の相互作用, あるいは住民に影響を与える内部帰属要因・外部帰属要因との関係性を分析したが, そこではサンプル調査を行った一時点における静的な分析が中心となったため, コミュニティのダイナミズムを十分に解き明かすまでには至らなかった. 今後は, さらに時間軸を組み込みながら, 動的分析まで視野を拡げていくことが望まれる.

審査要旨 要旨を表示する

本論の基本的な問いは、 参加型開発の移入が一元的に自助的なコミュニティを構築するといった楽観的展望への疑問視にある。本論はコミュニティの開発に係る多元的要因を明らかにした上で、参加型開発を再検討することを目的としている(序章)。

この問いと目的に答えるために、 本論は以下のような構成される。コミュニティ内部者の目線を軸として、これまでの参加型開発に関する議論を整理再検討する(第1章)。そして、 学融合的視点にもとづいて、 社会理論を傍証としながら、 自らの意思にもとづいて行動する「自律性」と他人の意思に誘導されながら行動する「他律性」を分析軸に定め、コミュニティの外部と内部の関係性ならびにコミュニティ内部住民間の関係性を解釈し、 仮説を形成する(第2章・第3章)。 この仮説を、 タンザニアのコミュニティを対象とした現地事例調査を踏まえて検証する(第4章・第5章)。これらの検証を踏まえて、参加型開発の在り方を導き出す(終章)。

本論で形成した基本仮説とは、 次の3つである: (1)コミュニティには、 自律性と他律性の両方の性質が備わっており、 参加型開発の導入は自律性のみならず、 他律性も高めるものである、 (2)コミュニティの自律性は住民の相互作用により高めることができる、 (3)住民の相互作用は、 コミュニティの性質が自律的であるほど内部帰属要因に、 他律的であるほど外部帰属要因に影響を受ける。

なお、 社会システム理論(主としてニクラス・ルーマンの理論)を傍証とした理由は、 社会システム理論は社会と個人を対象としている一方で、 本論もコミュニティという社会とそこに暮らす住民を対象としており、 そこに多くの共通性があるとしている。

本論が仮説検証を行うに当たって採用した手法は、 定量データ分析(サンプル数437)を基軸としながら定性データを補完的に扱う方法である。 定量データ分析では、コミュニティの自律性・他律性と参加型開発の関係、自律性と住民の相互作用の関係、 コミュニティへの影響因子と自律性・他律性の関係などを明らかにする一方で、 定性データでその結果を裏付ける個別事例を示すことで補完性を持たせている。本論が明らかにした主な点は以下である。

外部者の意図する開発介入は、 必ずしもコミュニティに同じ意図で受け止められないこと。 コミュニティの自助努力を促そうという外部者の意図のもと参加型開発アプローチが導入されている一方で、 コミュニティ住民は、 参加型計画を策定することが外部支援を受けることにつながるという期待のもとで、参加型アプローチに関わっている場合が多いことを確認できたこと。

コミュニティには自律性と他律性が並存しており、 これらは常にコミュニティ内外の影響に晒されながら変化しているということ。 本事例では、 外部からの参加型開発アプローチは、 一時的にコミュニティの自律性と他律性の両方を弱めてしまうことが明らかになった。

住民の相互作用とコミュニティの自律性は相補的な関係にあるということ。 これは、 住民の相互作用がコミュニティの自律性を促すとともに、 コミュニティの自律性もまた住民の相互作用を促すということである。

これらの仮説検証作業を経て、本論では参加型開発の計画・執行に関して以下のような政策的含意を導いている。

(1)参加型開発アプローチの導入によって派生するコミュニティ内部の独自展開を容認すること。 住民が外部者の意図に沿わない行動を示している場合には、 外部者は、 外部投入が有効ではなかったと判断しがちであるが、実際にはそれが刺激となってコミュニティに新たな自律的展開が生じる可能性もある。

(2)参加型開発アプローチを考える上で、 他律的な性質と自律的な性質の両方を考慮すること。 参加型開発アプローチは コミュニティの自律性を高めることを目指しながらも、 コミュニティが他律性により内面化すべき面(例えば、市場経済への対応力や法の遵守など)を同時に支援するといった柔軟性が必要となる。

(3)参加型開発アプローチにより住民の相互作用を高めるきっかけを作ること。 参加型開発アプローチがいかに外部ファシリテーションからコミュニティ住民の自律性に基づいた内部ファシリテーションに転換できるかが要となる。

(4)住民の相互作用には、 コミュニティ内外の多元的な因子が影響を与えている。自律的な性質あるいは他律的な性質を高めることに貢献する因子を後ろ盾として、 導入する地域に適合した参加型開発アプローチを用いることが重要である。

近年の参加型開発における議論の多くは、 外部者の目線から捉えられてきたことが多く、コミュニティの内部者の伝統に根ざした行動規範が反映されることは少なかったといえよう。 本論は、 コミュニティの内外に存在する多元的な要因を紐解きながら、 参加型開発を内部者の視点と彼らの関係性を取り入れながら再検討している。 そして、 外部者が参加型開発を導入するに際しては、 参加型開発はコミュニティの内外に存在する多元的な要因の一部であることを十分に認識した上で、 その中で求められる役割を柔軟に適応させることの重要性を喚起した。本論で得られた知見は緻密で広範囲な現地調査事例に基づくもので、近年の途上国開発協力の要諦である自律性・持続性・効率性を促す有効な手段としての参加型開発の在り方に極めて有用な示唆を与えるものである。とりわけ世界が注目するアフリカ開発支援の在り方に一定の方向性を示唆するものと判断できる。したがって、博士(国際協力学)の学位を授与できると認める。

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