学位論文要旨



No 125378
著者(漢字) 中川,功一
著者(英字)
著者(カナ) ナカガワ,コウイチ
標題(和) 技術革新に対する知識マネジメント : 製品アーキテクチャ論によるアプローチ
標題(洋)
報告番号 125378
報告番号 甲25378
学位授与日 2009.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第268号
研究科 経済学研究科
専攻 企業・市場専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 新宅,純二郎
 東京大学 教授 藤本,隆宏
 東京大学 教授 高橋,伸夫
 東京大学 教授 粕谷,誠
 東京大学 准教授 天野,倫文
内容要旨 要旨を表示する

本稿の課題は、技術革新を、「製品アーキテクチャが変化する」という視点から紐解いていき、それがどのような現象なのかを明らかにし、企業にはいかなるマネジメントが求められるのかを検討することである。近年の日本の製造業企業をとりまく競争環境の変化の一側面は、「製品アーキテクチャの変化」という視点からよりよく捉えられる。そこで、製品アーキテクチャの変化がどのような現象かを理解することで、日本の製造業企業に対して、何らかの経営上の示唆を与えられるのではないかと考えるのである。

製品アーキテクチャとは、製品を複数のコンポーネントからなるシステムと捉え、コンポーネント間の相互関係性がいかなるものかを記述したものである。近年の研究では、この製品アーキテクチャの変化が、企業の盛衰に大きな影響が与えていることが明らかになった。だが、それがいかなる理由によるものなのか、先行研究の議論には混乱と不備が存在している。そこで、本稿は製品アーキテクチャと組織との間で起こる相互関係を、再度検討していくこととした。

分析はまず、製品アーキテクチャに関する先行研究を整理し、その到達点を確認することから開始された。そこでは、製品アーキテクチャの変化が、確かにさまざまな企業に組織的不適合をもたらしていることが確認された。その上で、製品アーキテクチャの変化は、コンポーネント間の相互依存性が薄まるモジュラー化と、逆に依存性が高まるインテグラル化という2つに分類することができ、それぞれに応じて企業が取るべき対応が異なってくることが示唆された。具体的には、モジュラー化するときには、企業はコンポーネントの相互関係がなくなっていくにつれて、企業としてもコンポーネントごとに分離し、専業特化を進めていくことが合理的である;インテグラル化するときには、コンポーネント間の技術的相互調整のため、複数コンポーネントを一社内ですべて保有するように垂直統合を進めていくことが合理的だと主張されていたのである。

しかし、先行研究のこの主張には、理論的にも、実証的にも、十分に疑義を挟む余地がある。理論的には、垂直統合をめぐる従来の議論と接合が行われていない点である。垂直統合か専業特化かは、従来、取引費用理論などの諸理論から綿密な検討が加えられてきた問題である。製品アーキテクチャも、確かに影響を与えるのかもしれないが、その他の要因も少なからず寄与しているはずであり、むしろ、これまでの研究成果を総合するならば、他の要因のほうが強く作用していると考えるほうが妥当だと思われるのである。実証的には、製品アーキテクチャが企業望ましい垂直統合度に影響を与えるという議論は、事例ベースの議論からしか検証されていない現象であることに問題がある。統計的な検証を未だ経ておらず、また事例ベースでもこれを否定するような結果が出ていることから、垂直統合度に製品アーキテクチャが影響を与えるという考えは、十分な検証作業が行われていない状態にあると結論される。

そこで本稿は、事例と統計の両面から、垂直統合度も含めて、製品アーキテクチャと本質的に適合関係にあるものは何であるのかを再検討していくこととした。先に結論を述べると、これらの分析からは、垂直統合度と製品アーキテクチャに適合関係が存在するという仮説は棄却され、その代わりに、製品アーキテクチャとの適合関係は、企業が保有している知識の状態との間に存在しているとの仮説が支持されることとなった。事例分析では、HDD産業におけるTDKの事例が採用された。そこでは、製品アーキテクチャのインテグラル化に対して、垂直統合を行わずに、企業間で開発協業を行い、互いに知識を出し合って技術統合を達成したTDKが、優れた業績を上げていたことが確認された。統計的分析では、日本の大手製造業企業を対象に、69事業のサンプルから推定を行った結果、垂直統合適合仮説は棄却され、知識適合仮説が、部分的ながら支持されることとなった。以上の分析結果より、インテグラル化に対しては、製品システム全体の知識:アーキテクチャ知識を蓄積することが必要で、モジュラー化が進むときには、特定のコンポーネントの知識を蓄えることで、その変化に対応でき、イノベーションや製造オペレーションをうまく進めていくことができるとされた。

それでは、知識を適合させるためには、企業はどのような対応を取ればよいのか。本稿はこの問題を、ODD産業の事例から検討した。ODD産業では、CDからDVDへという技術の世代交代に際して、製品アーキテクチャのインテグラル化を経験した。この変化に対して成功裏に対応したのは、日立LG、パイオニア、NECといった企業であった。彼らが実施したのは、それまでのコンポーネント別に独立した事業体制を変革して、コンポーネント間で技術を出し合い、共同で技術を研究し、製品を開発していく場と仕組みを準備したことである。つまり、組織設計をコンポーネント別分業からコンポーネント間協業かと組み替えたり、また知識獲得の方向性をコンポーネント単独の深耕からシステム全体の相互関係へと意識的に向けなおしたりすることで、新たに創造される知識のタイプを修正して、製品アーキテクチャ変化に知識を適合させていったのである。

本稿ではまた、この方法では十分な対応が取れないケースも検討した。製品アーキテクチャの変化がごく激しいときには、それにあわせて組織変更を繰り返していては、組織変更のコストが莫大になってしまう。そのようなときには別の対応方法が求められると考えられたのである。CDやDVDのメディアを生産するODM産業を、これに該当する産業として分析対象とし、そこで成功を収めている三菱化学メディアに焦点をあてて分析を行った。すると、三菱化学メディアは、細かい技術変化を追って組織変更はせず、すでにその技術変化を見越して、インテグラル化・モジュラー化のどちらの状態でも事業が行えるような知識及び組織の持ち方:両方をバランスよく持ち、うまく使い分けるという対応を取っていたことが明らかになった。

以上の3つの事例分析と1つの統計分析が本稿の分析であるが、ここから得られた本稿の知見をまとめていく。

まず、製品アーキテクチャがモジュラー化していくときを検討する。このとき企業は、卓越したコンポーネント知識を社内に蓄積していくことが求められる。コンポーネント知識とは、特定のコンポーネントを生産・開発する上で必要となる情報的資源の総称である。コンポーネント知識を蓄積しようとする場合、企業は、各コンポーネントを担当する組織を、できるだけ他の部門との調整に関わらずに独立で活動できるようにし、当該コンポーネントに集中できるようにすることが望まれる。また、学習活動のフォーカスは、特定領域に絞り込み、その領域での卓越性を求めるものになる。自社が担当するコンポーネントについては、その技術や産業の進化の方向性を、ある程度を自社で描いていけるような状況を作り出さねばならないのである。

他方、製品アーキテクチャがインテグラル化するときには、企業にはアーキテクチャ知識が求められる。アーキテクチャ知識とは、製品のシステム全体に関する、開発及び製造のための情報的資源の総称である。企業は、アーキテクチャ知識を醸成するために、企業内部門間あるいは企業間で、密接した協業を行うことが必要となる。そこでは、両方の部門ないし企業の人員が、技術開発目標を共通化し、それに向けて双方の部門において保有している知識を出し合い、協力的な姿勢で共同作業に臨むことが求められる。組織設計としては、プロジェクト組織、マトリクス組織、システム統合専門機関の準備、といった方法が必要となる。また、学習プロセスに特に注目するなら、自分の担当するコンポーネント以外のコンポーネントやシステム全体について、意識的に視野を広げることが求められる。

また、製品アーキテクチャが流動的に変化するときには、これと異なる対応法が必要になる。ODM産業における三菱化学メディアの事例が示唆するように、どちらか一方の製品アーキテクチャに即した知識と組織とを準備するのではなく、両方のアーキテクチャに対応して、コンポーネント知識とアーキテクチャ知識の両方を保有し、それを使い分けていく方法が提案される。また、このような流動的なときには、組織側を製品アーキテクチャに合わせていくのではなく、製品アーキテクチャの側を自社組織に適合させていくことも、有効な対応法ではないかと議論された。

本稿の議論には、限界も存在するが、いくつかの点で学術的な貢献があると思われる。まず、製品アーキテクチャ研究としての本研究の貢献は、何よりも、製品アーキテクチャが、企業の保有する知識との間に適合関係を有するものであり、企業の垂直統合度とは無関係だということを検証したことである。こうした議論からは、製品アーキテクチャ研究に、今後、知識という変数を加えた研究が一層進む必要性が指摘される。

さらに、より大きく「技術変化に対するマネジメント」という枠組みで、本稿の分析を捉えるならば、以下のことが新規に明らかにされたと言えるだろう:技術革新がもたらす製品システムや工程システムの技術的相互関係性を捉え、他方で企業内外の知識のネットワークを把握し、この2者のダイナミックな適合を行っていくことが、製品アーキテクチャという視点から捉えたときの、企業に本質的に要求される技術変化へのマネジメント方法である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、近年、技術管理論の分野で着目されるようになってきた「製品アーキテクチャ」の概念に着目し、製品アーキテクチャが変化する際の企業の適応行動について実証的に論じたものである。製品アーキテクチャとは、製品設計に関する概念であり、製品を複数のコンポーネントからなるシステムと捉え、コンポーネント間の相互関係を記述したものである。この製品アーキテクチャと企業の組織との間の適合関係の適否が企業のパフォーマンスや競争力に大きな影響を与えることは、従来から指摘されてきた。しかしながら、製品アーキテクチャと組織の適合関係、さらに製品アーキテクチャが変化したときの組織マネジメントあり方に関する本格的な実証研究は少なかった。本研究は、その問題に本格的に取り組んだ研究である。

本論文の基本的な主張は、製品アーキテクチャに対して、企業は「知識レベルでの適合」を達成することで、競争優位を獲得することができるというものである。より具体的には、モジュラー型アーキテクチャのときには各コンポーネント単位で知識を編成し、コンポーネント間をつなぐ知識は緩やかにする。一方、インテグラル型アーキテクチャのときには、コンポーネント間を連結する知識を重視し、製品システム全体で知識を集約する必要がある。本論文では、この適合関係をベースにして、同じ製品カテゴリーで製品アーキテクチャが変化するときの対応戦略について言及している。

各章の内容の要約・紹介

本論文の構成は、以下のようになっている。全体の概略として、まず第I部で本論文で取り組むべき問題を明らかにし、第II部で第一段階の実証として製品アーキテクチャと知識の適合関係の重要性を指摘する。最後に、その適合関係を前提にして、第III部では製品アーキテクチャが頻繁に変化する際の知識マネジメントのあり方について分析する。実証としては、第II部がスタティックな適合関係の分析、第III部がダイナミックな適合関係の分析という位置づけである。

第I部 問題提起

第1章 はじめに:本稿の課題

第2章 分析のための概念定義

:製品アーキテクチャとは何か

第3章 先行研究レヴュー

:製品アーキテクチャ論の意義と現状

第II部 製品アーキテクチャ変化の本質的影響

第4章 製品アーキテクチャの本質的影響の探索(1)

:光ディスクドライブ産業の事例より

第5章 製品アーキテクチャの本質的影響の探索(2)

:統計分析

第III部 製品アーキテクチャ変化への解

第6章 製品アーキテクチャ変化への知識マネジメント

:TDKのHDD磁気ヘッド事業の事例分析より

第7章 激しい製品アーキテクチャ変化への処方箋

:光ディスク記録メディア産業の事例分析より

第8章 結論

まず「第1章 はじめに:本稿の課題」では、技術変化への対応という経営問題を、「製品アーキテクチャ」という視点でとらえ、企業は製品アーキテクチャの状態にあわせてある種の適合状態を構築、維持していくことが求められていることを示す。

続く「第2章 分析のための概念定義」では、本論文の分析の鍵概念となる製品アーキテクチャについて、インテグラル型アーキテクチャとモジュラー型アーキテクチャの概念定義、またアーキテクチャの測定方法などについてまとめている。

さらに、第3章では、製品アーキテクチャが企業経営に及ぼす影響についての先行研究をレビューしている。具体的には、Baldwin and Clark(2000)、Langlois and Robertson(1992)などを取り上げ、製品アーキテクチャがモジュラー化すると企業の競争力に大きな影響を及ぼすことを明らかにする。とりわけ、インテグラル型には垂直統合が適し、モジュラー型には垂直絞り込みが適することが主張されている。しかし、製品アーキテクチャと垂直統合度との関係については否定的な結論を出している実証研究もある。そこで、製品アーキテクチャと企業組織との間にある関係について、改めて、質的な事例研究や定量的な分析によって明らかにする必要があることを提起している。

以降が実証研究にもとづく章であるが、第4章と第5章で、まず製品アーキテクチャと企業組織との関係を明らかにしている。まず第4章では、光ディスクドライブ産業の事例からこの関係を考察している。この産業の主要6社(日立LG、ソニー、サムスン、NEC、パイオニア、LITEON)を詳細に観察した結果、競争優位に影響しているのは、垂直統合度ではなく、各コンポーネントを担当する企業間・部門間の分業・協業関係であった。すなわち、モジュラー型のときには部門間・企業間独立で、インテグラル型のときには部門間・企業間連携によって事業を行うべきであると示唆された。

この結論を大量サンプルで定量的に確認しようとしたのが第5章である。本章のデータは経済産業省と東京大学ものづくり経営研究センターが共同で実施した「日本企業のアーキテクチャ戦略に関する調査」である。統計分析の結果、インテグラル型かモジュラー型かによって、製品開発におけるコンポーネント担当部門間・企業間関係が異なっていることがわかった。まず内部アーキテクチャについて、インテグラル型のときは社内部門間連携とサプライヤ連携が必要とされ、モジュラー型のときは逆にそれを必要としない。外部アーキテクチャについては、顧客の製品開発との連携調整について、同様の関係が観察された。

次の第6章と第7章では、製品アーキテクチャ変化へのダイナミックな適合について分析している。まず第6章では、モジュラー型からインテグラル型への単一の変化に焦点をあて、どのように企業はマネジメントを行うべきかを、HDD産業におけるTDKの取り組みから検討している。HDD産業では、1990年代後半から急激なインテグラル化が起こったが、TDKは部品専業メーカーでありながら、自社の事業範囲を超えて技術学習を行い、製品システムに関する知識を得るとともに、それを活用して完成品メーカーとの開発協業を行っていた。この事例から、変化にあわせて企業は自社の知識範囲を改編していくことが求められていることがわかる。そのためには、企業間・部門間関係を修正しなおすことはもちろん、意図的に自社の事業組織では獲得できない知識を学習することによって、知識状態の修正を促進させうるという。

第7章では、1回限りの変化ではなく、製品アーキテクチャの変化が頻繁に繰り返される場合の対応戦略について論じている。光ディスクメディア産業では、1年程度の間隔で投入される新商品が、きわめて早いスピードでインテグラル型からモジュラー型へと変化していく。この頻繁な変化に対して、三菱化学メディアは、インテグラル型に対応した連携調整型の事業部門(先端製品生産)と、モジュラー型に対応した内部部門独立型の事業部門(色素売り、完成品販売、生産委託)の2つを保有し、これを製品ライフサイクルの中で使い分けていた。製品アーキテクチャ変化の頻度が高いと、それに合わせて組織変更を行うコストが高まり、2部門を同時保有することが合理的になるという。

最後の第8章では、前章までの議論をまとめた上で、最後に、技術変化が起こったとき、企業は、その変化がもたらす知識の結合・分離状態への影響を把握し、知識レベルの適合を達成するべく、内部組織、企業間関係、ひいては産業システム全体の再編を図っていく必要があると述べて結びとしている。

論文の評価

本論文の貢献の第一は、製品アーキテクチャと組織の適合関係について、製品アーキテクチャと企業の保有する知識との間の適合関係の重要性を実証的に明らかにしたことである。とりわけ、質的な事例分析と定量的な統計分析の両方でこの結論を導いた実証は高く評価されるべきである。この結論によって、先行研究の中で見られた見解の相違を解決し、より一般的で妥当な結論を得ることができたといえよう。

さらに、本論文の貢献を「技術変化に対するマネジメント」という視点で捉えると、技術革新がもたらす製品システムの技術的相互関係性の変化を捉え、他方で企業内外の知識のネットワークを把握し、この2者のダイナミックな適合を行っていくことが、企業に要求される技術変化へのマネジメント方法であるという大きな枠組みを提供したことである。

しかしながら、本研究にもいくつかの問題が残されている。たとえば、第5章の定量分析は、本来この研究のために設計されたオリジナルの質問票調査ではないために、必ずしも必要な変数が十分に取れているわけではない。また、事例分析でも、アーキテクチャの変化の方向や変化のパターンについて、ここでは取り扱っていない変化に相当する事例を分析する必要もあると思われる。このような問題点は残されているとはいえ、製品アーキテクチャの変化と組織との関係についての実証研究がまだまだ少ない現状では、上で指摘した問題は、今後この種の研究を進める上で解決すべき課題であり、本論文にとって致命的な問題ではないと考えられる。

以上により、審査委員は全員一致で本論文を博士(経済学)の学位授与に値するものであると判断した。

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