学位論文要旨



No 125381
著者(漢字) 篁,宗一
著者(英字)
著者(カナ) タカムラ,ソウイチ
標題(和) 援助希求行動促進による早期介入を目的とした中学生の精神保健教育プログラムの効果評価
標題(洋)
報告番号 125381
報告番号 甲25381
学位授与日 2009.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第3365号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 笠井,清登
 東京大学 教授 佐々木,司
 東京大学 教授 村嶋,幸代
 東京大学 准教授 上別府,圭子
内容要旨 要旨を表示する

背景

児童思春期にあたる中学生の時期は,精神保健上の様々な不適応が発生し始める.精神障害の発病後,治療の開始までの期間であるDUPが延長した場合には,治療効果が乏しくなると報告されている.加えて,治療が遅れた場合の経済的なコストは増える傾向がある. しかし児童思春期は,精神健康上の問題の多さにも関わらず,問題を抱えた者の半数から4/5は相談を求めないというサービスギャップが指摘されている.

そこで本研究では,精神的不調に陥った思春期児童の早期介入を目的として,中学生を対象とした精神保健教育を実施し,三年間に渡る教育効果を,介入群と対照群の比較対照試験の研究デザインによって,援助希求(態度)行動と関連要因を比較することとした.

プログラム理論に基づき効果指標を配置し,主要アウトカムを精神的不調時の援助希求に関する「行動」とし,それに影響を及ぼす副次的なアウトカムを「知識」,「意識」,「態度」と健康教育に対応する各概念を仮定して,評価を実施することとした.

方法

島根県D市内にある公立中学校3校を介入群と対照群に振り分け,平成17年度から平成19年度にかけて在籍した中学生の一学年を対象に介入(教育)を中学三年間実施し,その効果を追跡した. 1年次は,講義と任意の参加者による見学を組み合わせた教育プログラムとして【ストレスとこころの病】【こころの相談施設の紹介・説明】【メンタルヘルスに関する相談施設の見学】【体験内容の振り返り】【シェアリング】【当事者との交流プログラム・まとめ】を実施した.2年次は【こころの健康に関する体験学習(2年)】3年次は【こころの健康に関する体験学習(3年)】のテーマで実施した.効果指標は「知識」として【精神障害の知識度尺度】と【専門相談機関に関する知識度尺度】を評価した.「意識」として【こころの相談に関するイメージ尺度】と【精神障害者の自立性と権利の尊重に対する消極的態度尺度】【精神障害の罹患可能性の意識尺度】【精神健康状態】の自覚を評価した.また「態度」として【専門相談機関への相談意向態度尺度】と【ASPH】,「行動」として【援助希求行動】を評価した.

分析

教育による長期効果について,介入群と対照群との間でベースラインの尺度得点の差を,各時点(4週,12ヵ月,24ヵ月,27ヵ月) 後で比較した(t検定).また基本属性の従属変数「専門相談機関への相談意向態度尺度」と,「ASPH」に対する関連を,介入後の各時点の分散分析によって交互作用(性別,介入有無,性別×介入有無)を検定した.

援助希求行動を,全体および精神健康度が低い群(GHQ4点以上群)の場合とで,各時点(12ヵ月後,24ヵ月後,27ヵ月後)χ2検定によって比較した.介入後の各時点で,ロジスティック回帰分析によって (性別,介入有無)を検定した.

短期効果は,介入群と対照群の間で,ベースライン(0週)と比較して4週間後の尺度得点を比較した(t検定).基本属性(地域,性別)の従属変数に対する関連を,「専門相談機関への相談意向態度尺度」と,「ASPH」の介入前後の得点差(介入前と4週後)を従属変数,介入有無,性別,地域を独立変数とした重回帰分析を行った.なお有意水準には5%を用いた.ただし長期効果における多重性の調整にはBonferroniの補正を用いた.

結果

(1)教育による長期的な介入効果

知識」に対応する「精神障害の知識度」の4週後は,ベースラインと比較して介入群が対照群に比べて有意に高く(t=-8.51, p<0.001)12ヵ月後 (t=-3.36, p<0.001),24ヶ月後(t=-1.44, p=0.152) と介入群と対照群との間の得点差は小さくなり,27ヶ月後(t=-2.43, p=0.016)は再び得点差が大きくなった.「専門相談機関に関する知識度」もほぼ同様の結果であった.「意識」に対応する「こころの相談に関するイメージ尺度」の得点の変化は,4週後では介入群が対照群に比べて高く(t=-2.14, p0.034),12ヶ月後では (t=-1.92, p0.057)その差が小さくなるが,24ヶ月(t=-2.12, p=0.035),27ヵ月 (t=-2.56, p=0.011)後は介入群の方が対照群に比べて再び高かった.「罹患可能性の意識尺度」は,4週後では介入群で対照群と比べて得点差が有意であり (t=-3.23, p=0.002),その後12ヵ月後では有意差がなくなるが(t=-0.64, p=0.525),24ヶ月後時点(t=-2.11, p=0.036),27ヵ月後時点(t=-2.74, p=0.007)で再び有意差が見られた.「態度」に対応する「専門相談機関への相談意向態度尺度」(図1)の4週後(t=-2.73, p=0.008) および12ヶ月後(t=-2.95, p=0.004) は介入群で対照群と比べて有意に高かった.12ヵ月後時点では,介入群では態度がネガティブに変化していたが,対照群も同様に得点差が小さくなった.しかしそれ以降は介入群と対照群との間で有意な差は見られなかった.また「ASPH」は,4週後(t=-3.47, p=0.001) に介入群で対照群と比べて有意に高かった.12ヵ月後時点では(t=-2.12, p=0.036)介入群では態度がネガティブに変化したが,対照群も同様に得点差が下降した.24ヶ月後 (t=-1.69, p=0.093), 27ヶ月後 (t=-2.40, p=0.018) には介入群と対照群との間で得点差が大きくなる傾向が見られた.

長期的効果における援助希求態度尺度の得点差を従属変数とした分散分析の結果から,各尺度いずれの時点でも「性別×介入有無」の交互作用に有意差はみられなかった.「専門相談機関への相談意向態度尺度」では12ヶ月後の時点において,さらに「ASPH」は,24ヶ月後以外すべての時点において「介入有無」には有意差が見られており,介入が「有る」ことが長期効果から見ても援助希求態度に最も寄与することが分かった(表1).

「行動」について,「相談経験の有無」と援助希求態度尺度の関連は図2の通りであった.また精神健康度の低い者の援助希求行動割合では(表2), 12ヵ月後時点で,介入群では90.3%と対照群の40%と比較して有意に高かった(p=0.003). 24ヵ月後も同様に94.4%と介入群は,対照群の71.4%と高かった (p=0.044). 27ヵ月後も介入群の相談割合は高かった.「相談経験の有無」を従属変数としたロジスティック回帰分析結果から(表3),各時点(実施12ヶ月,24ヶ月,27ヶ月後)では「相談経験の有無」に対して,実施12ヵ月後時点で「介入有無」(β=1.52, χ2=6.70,p<0.001)と「性別」(β=1.82, χ2=10.52,p=0.001)は「相談経験の有無」に対して有意であり,介入が「有る」こと「女性」であることが,寄与することが分かった.なお性×介入有無の交互作用はいずれの時点でも有意ではなかった.

(2) 教育による短期的な介入効果

援助希求態度の「専門相談機関への相談意向態度尺度」と,「ASPH」の介入前と4週後の得点差を従属変数として重回帰分析を行った(表4).その結果,介入が「有る」ことが,「専門相談機関への相談意向態度尺度」(β=0.29, p<0.001)と「ASPH(専門的心理的援助への態度尺度)」(β=0.35, p<0.001)に短期効果においては援助希求態度に最も寄与することが分かった.しかし「性別」と「地域別」には有意な関連は見られなかった.

考察

「行動」に対応する,援助希求行動への効果として,2年次の介入群の相談経験は「有り」の割合が有意に高く,介入群は80.8%と対照群の45.5%の約1.8倍高くロジスティック回帰分析からも「介入有無」は有意であったことからも介入は援助希求行動を促進させたことが分かった.

また援助希求行動について介入の長期効果から,精神健康度の低い者が悩みを有した際の,介入群における相談割合は特に12ヶ月後まで有意に高く相談行動に移していた.このことは特に標的とする集団における「行動」レベルでの効果が認められた結果であるといえよう.特に中学2年生に対する早期介入が結果的に実現されたと考えれば,本精神保健教育の意義はあったといえよう.

限界として本研究の対象者は研究デザイン上の限界からクラスターランダム化が行われていないことから,介入群と対照群で条件が偏っていた可能性がある.特に海村地域の効果が大きい傾向が見られたことなどから,基本属性の違いが効果に反映された可能性がある。今後は対象者をクラスター化し,ランダムにプログラムを割り当てて,介入効果を検討する必要がある.

結論

中学生に対する精神保健教育による早期の援助希求に関する知識,態度,行動に対する介入効果について三年間にわたる比較対照試験により評価した.

1.教育によって中学生が悩みを持った際に援助希求行動を取る割合は12ヶ月後に,特に標的とする精神健康度が低い群(GHQ12が4点以上)では12ヶ月および24ヵ月後に,介入によって有意に増加した.

2.教育プログラムの教育4週間後の短期効果では,援助希求態度尺度得点に対して有意な介入効果が認められた.

以上から,今回開発した本精神保健教育プログラムが中学生における援助希求に関する態度,精神的不調時の援助希求行動を改善する効果があることが示唆された.今後は,さらに長期効果を高めるための教育プログラムの開発が課題である.

図1 「態度」概念を構成する尺度(長期効果・群毎)

表1 援助希求行動尺度の得点差を従属変数とした分散分析

図2 援助希求行動尺度の得点差の推移と「相談経験」有無の割合(長期効果・群毎)

表2 GHQ4点以上の群における「相談経験」有無の割合(長期効果・群毎)

表3 相談行動有無を従属変数としたロジスティック回帰分析

表4 各援助希求行動尺度を従属変数とした重回帰分析(各従属変数:短期効果の前後の得点差)

審査要旨 要旨を表示する

精神保健上の様々な不適応が発生し始める児童思春期にあたる中学生の早期介入を目的として,中学生を対象とした精神保健教育を実施し,三年間に渡る教育効果を,介入群と対照群の比較対照試験の研究デザインによって,援助希求(態度)行動とそれに関連要因を比較したものである。

1. 健康教育の概念に基づき効果指標を「知識」「意識」「態度」「行動」に分類して見ている。教育による長期的な介入効果として、精神保健上の「知識」尺度得点の4週後は、介入群が対照群に比べて有意に高く、12ヵ月後,24ヶ月後と介入群と対照群との間の得点差は小さくなり,27ヶ月後は再び得点差が大きくなった.

2. 「意識」に対応する「イメージ尺度」得点は,4週後は介入群が対照群に比べて高く,12ヶ月後は差が小さくなるが,24ヶ月,27ヵ月後は介入群の方が対照群に比べて再び高かった.「罹患可能性の意識尺度」は,4週後では介入群で対照群と比べて得点差が有意であり,その後12ヵ月後は有意差がなくなるが,24ヶ月後時点,27ヵ月後で再び有意差が見られた.

3. 「態度」に対応する「専門相談機関への相談意向態度尺度」の4週後および12ヶ月後, は介入群で対照群と比べて有意に高かった.12ヵ月後より後は介入群と対照群との間で有意な差は見られなかった.また「ASPH」は,4週後(t=-3.47, p=0.001) に介入群で対照群と比べて有意に高かった.12ヵ月後時点では介入群では態度がネガティブに変化したが,対照群も同様に得点差が下降した.24ヶ月後, 27ヶ月後には介入群と対照群との間で得点差が大きくなる傾向が見られた.

4. 長期的効果をみると,援助希求態度尺度の得点差を従属変数とした分散分析の結果から,各尺度いずれの時点でも「性別×介入有無」の交互作用に有意差はみられていない.「専門相談機関への相談意向態度尺度」では12ヶ月後の時点において,さらに「ASPH」は,24ヶ月後以外すべての時点において「介入有無」には有意差が見られており,介入が「有る」ことが長期効果から見ても援助希求態度に最も寄与することが分かった.

5. 「行動」についてみると,精神健康度の低い者の援助希求行動割合は,12ヵ月後時点で介入群では90.3%と対照群の40%と比較して有意に高かった.24ヵ月後も同様に94.4%と介入群は,対照群の71.4%と高かった (p=0.044). 27ヵ月後も介入群の相談割合は高かった.「相談経験の有無」を従属変数としたロジスティック回帰分析結果からも,各時点(実施12ヶ月,24ヶ月,27ヶ月後)では「相談経験の有無」に対して,実施12ヵ月後時点で「介入有無」(β=1.52, χ2=6.70,p<0.001)と「性別」(β=1.82, χ2=10.52,p=0.001)は「相談経験の有無」に対して有意であり、介入が「有る」こと「女性」であることが,寄与することが分かった.なお性×介入有無の交互作用はいずれの時点でも有意ではなかった.

6. 短期的効果をみると、援助希求態度の「専門相談機関への相談意向態度尺度」と,「ASPH」の介入前と4週後の得点差を従属変数として重回帰分析を行った結果から,介入が「有る」ことが,「専門相談機関への相談意向態度尺度」(β=0.29, p<0.001)と「ASPH(専門的心理的援助への態度尺度)」(β=0.35, p<0.001)のともに有意差が見られており、短期効果においては援助希求態度に最も寄与することが分かった.しかし「性別」と「地域別」には有意な関連は見られなかった.

以上、本論文はこれまで未知に等しかった、「行動」レベルでの精神保健に関する早期介入を目的とした教育効果を明らかにしており、今後思春期の精神的不調時の早期介入の実現に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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