学位論文要旨



No 125390
著者(漢字) 尾形,友道
著者(英字)
著者(カナ) オガタ,トモミチ
標題(和) インド洋 : 太平洋暖水域における海洋上層の季節内変動の経年変調
標題(洋) Interannual modulation of intraseasonal upper-ocean variability in the Indo-Pacific warm water region
報告番号 125390
報告番号 甲25390
学位授与日 2009.10.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5436号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日比谷,紀之
 東京大学 教授 川辺,正樹
 東京大学 准教授 中村,尚
 東京大学 准教授 升本,順夫
 東京大学 准教授 羽角,博康
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

インド洋南東部から西太平洋熱帯域にかけての暖水域は、熱帯起源の大気海洋系気候変動の駆動域として知られているとともに、この海域での海洋変動は、全球規模の海洋大循環や気候変動にも大きく影響を及ぼしていると考えられている。中でも熱帯インド洋南東部(SETIO)は、インド洋熱帯域の主要な気候変動モードであるインド洋ダイポールモード現象(IOD)の東側の作用中心として、海洋上層および大気の変動が大きいことが知られている(Saji et al., 1999など)。さらにSETIOは、海流系の不安定に伴う季節内擾乱として中規模渦が活発に励起される海域でもあり、最近の研究によって、この渦活動の季節的な変動過程が明らかにされてきた(Feng and Wijffels, 2002)。しかし、気候変動モードの影響による渦活動の経年的な変調の度合いや、渦活動がIODなどに及ぼす影響のような相互の関連性については未だ明らかにされていない。

一方、熱帯太平洋西部域においても湧昇活動が活発な領域としてミンダナオドーム(MD)域がある。この海域においても、活発な渦活動とともに、エルニーニョ/南方振動現象(ENSO)に伴う経年変動も顕著に現れることが知られている(Tozuka et al., 2002)。しかし、時空間規模の異なるこれらの現象はこれまで独立に議論されることが多く、両者の関係に関する研究はほとんど行われていない。

このような時空間規模の小さな渦活動が、より時空間規模の大きな気候変動モードの発展に影響を及ぼしていることも考えられる。気候変動モードの消長における中規模渦の役割を調べることは、今後の高解像度モデルによる気候変動予測の精度向上にとっても非常に重要である。そこで本研究では、高解像度海洋モデルの結果を詳細に解析することにより、熱帯インド洋南東部および西部熱帯太平洋における中規模渦活動の経年的な変調と熱帯域の気候変動との関係を明らかにするとともに、渦活動が気候変動モードの発展に及ぼす影響について詳しく調べた。

2. データ

本研究では、高解像度の海洋大循環モデルであるOFES(OGCM for the Earth Simulator)の1950~2007年のハインドキャスト実験結果を主に用いた。OFESは極域を除く全球海洋を水平0.1度、鉛直54レベルの解像度でカバーし、インド洋内の循環やインドネシア通過流などの大規模場の変動とともに、中規模渦も十分再現することができるモデルである。

気候値の水温、塩分場を初期値とし、NCEP/NCAR再解析データの季節変動気候値を外力として50年間駆動した後、1950年から2007年まで、再解析データの日平均値を外力として与えた。1950年からの3日毎に出力されたデータを用い、各変数の時系列を、18~96日周期の季節内変動、平均的な季節変動気候値、および経年的な変動場の3つの変動要素に分け、季節内変動の経年変調とその要因について調べた。

3. 熱帯インド洋南東部における季節内擾乱の経年変調

はじめに、OFESにより再現された渦擾乱の妥当性を確認するため、渦擾乱の発生機構や構造に関して平均的な季節変動の視点から検証した。エネルギー収支解析や線形不安定解析の結果から、渦擾乱のエネルギーが傾圧変換項により供給されていること、励起される擾乱が現実的な構造をもつことが示された。次に、SETIOにおける中規模渦活動度の経年変動の指標として、海洋上層における水平流速場から渦運動エネルギー偏差の空間平均値を求めた。これを用い、渦活動が活発な場合と不活発な場合として、渦運動エネルギー偏差がその標準偏差を越える18イベントを抽出した。一方、ダイポールモード指数を別の指標として、経年的な変動場の偏差が大きい年を選択した。渦活動度偏差が大きい18イベントについて、さらに顕著なIODを伴っていた場合(8イベント:IODケース)とそうでない場合(10イベント:No-IODケース)に分類し、それぞれでコンポジット解析を行った(図1)。その結果、IODケースにおいてはインドネシア南岸域での顕著な負の表層蓄熱量偏差がSETIOにおける南北水温勾配を強化していることがわかった(図1a)。一方、No-IODケースにおいては、インドネシア南岸域の弱い負偏差とともに14°S付近に東西に広がった正の蓄熱量偏差がみられ、この両者が南北水温勾配の強化に重要であることがわかった(図1b)。蓄熱量偏差のラグ相関解析の結果、この14°S付近の正偏差は熱帯太平洋西部域を起源とし、インドネシア多島海を通ってオーストラリア沿岸から14°Sに沿って西方伝播していることが示唆された。

また、渦擾乱活動度の経年的な強弱をもたらすメカニズムを検討するため、SETIOにおけるエネルギー収支解析を行った。その結果、IODケースとNo-IODケースのどちらの場合でも、傾圧エネルギー変換項の増加が大きく寄与していることがわかった。すなわち、SETIOにおける南北温度傾度の強化を通じ、傾圧的に擾乱が強化されていることが明らかとなった。

4. 熱帯インド洋南東部における季節内擾乱がIODの発展に及ぼす影響

各IODイベントの際に渦擾乱の強化に関連する海洋上層の変動過程を詳しく調べるため、またそれらの渦擾乱が基本場の経年変動であるIODに与える影響を調べるため、1990年以降のIODイベント(特に1994年および1997年)に着目して熱収支解析を行った。

1994年のIODイベントでは、経年変動場にみられるSETIOの負の蓄熱量偏差は8月に極大を示し、太平洋ではエルニーニョ現象は同時発生していなかった。また、季節変動に伴うインドネシア南岸域の湧昇も8月に極大となるため、これらの要素がSETIOの上層における正味の南北水温勾配の強化に好都合な環境を生み、渦活動度が強化されていた。

季節内変動としての渦活動に伴う熱輸送の効果を考慮した場合と考慮しない場合のSETIOにおける蓄熱量変動を図2に示す。渦活動を考慮した場合には、1994年夏季にみられる顕著な渦活動に伴う南北熱輸送によりIODに伴う負の蓄熱量偏差が弱められている。一方、渦活動を考慮しない場合には、負の蓄熱量偏差が1995年後半になっても維持されており、IODの衰退過程に対して中規模渦擾乱が重要な役割を果たしていることが明らかになった。

一方、1997年のIODイベントでは、SETIOにおける経年変動としての負の蓄熱量偏差は1994年のものと比べて大きかったが、その極大値は12月に発生しており、季節変動の位相と異なっていた。また、太平洋ではエルニーニョ現象が発生しており、西太平洋での正の蓄熱量偏差もみられなかった。この様な状況下でSETIOにおける南北水温勾配は1994年程には強化されず、その結果、渦活動とそれによる南北熱輸送も強められなかった。このことは、1997年のIODの衰退過程に対してSETIOにおける中規模渦活動が有意に寄与しなかったことと整合的である。

このようなIODの衰退過程における中規模渦の影響をより明確にするため、中規模渦を再現できない低解像度(水平2.5°)モデルの結果とOFESの結果とを比較した。その結果、低解像度モデルでは、1997年のIODではSETIOの蓄熱量変動をよく再現していたが、1994年のIODでは夏~秋季における蓄熱量の衰退を再現できなかった。これらの結果は、IODのような気候変動モードを適切に再現するには中規模渦の影響も適切に取り入れる必要があることを示唆している。

5. ミンダナオドーム域における季節内擾乱の経年変調

OFESによる再現実験結果では、西太平洋の暖水域に存在するミンダナオドーム周辺においても活発な季節内擾乱が存在し、ミンダナオドームの北縁で東西波長600km程度の渦活動が西方伝播していることが示された。この渦運動に伴うエネルギーの経年的な偏差に対する表層水温の経年偏差場のラグ回帰解析を行った結果、渦活動度の極大期の2ヶ月前に、ミンダナオドームの東側(5~10°N, 150~160°E)で顕著な冷水偏差がみられることがわかった。渦擾乱の発生メカニズムを検討するため、特に偏差の大きかった1993年の春~夏季に着目してエネルギー収支解析を行った結果、SETIOでの渦擾乱の発生機構と同様に、傾圧エネルギー変換項が支配的であることがわかった。

また、渦活動に伴う熱輸送がミンダナオドーム域の表層蓄熱量変動に与える影響を調べるため、渦擾乱に伴う熱輸送の効果の有無による蓄熱量変動を比較した。その結果、SETIOでのIODに対する渦活動の寄与と同じように、ミンダナオドーム域での負の蓄熱量偏差の衰退過程に対して中規模渦擾乱が重要な役割を果たしていることが明らかになった。さらに、中規模渦を再現できない低解像度(水平2.5°)モデルの結果とOFESの結果を比較したところ、低解像度モデルでは1993年の冷たいエピソードに関して、春~夏季における蓄熱量の衰退を再現できていないことも示された(図3)。また、ミンダナオドーム域の渦擾乱は、ミンダナオドームの消長のみならず、SETIOの14°S付近での変動にもインドネシア多島域を通して寄与する可能性が示唆された。

6. まとめ

高解像度海洋大循環モデルの結果を用いて、熱帯暖水プール域における中規模渦活動の経年的な変調過程とその大規模場の経年変動への影響を調べた。その結果、南東部熱帯インド洋やミンダナオドーム域で励起される渦擾乱は、典型的な気候変動モードであるエルニーニョ/南方振動やインド洋ダイポールモード現象などに大きく影響を受けて経年的に変調し、その渦活動度が非常に活発な場合には、気候変動モードの衰退過程にも影響を与える可能性のあることが示された。

これらの結果は、エルニーニョ/南方振動やインド洋ダイポールモード現象などの気候変動モードを適切に再現するためには中規模渦の影響も適切に取り入れる必要があることを示しており、今後の気候変動予測研究にとって重要な示唆を与えるものである。

図1:SETIOでの渦活動度偏差極大時の3ヶ月前における250m以浅の蓄熱量偏差(単位:℃m)。(a) IODケースおよび (b) No-IODケース。

図2:1994年1月から1995年12月までの、SETIO領域(12°S~3°N,95~115°E)での250m以浅の蓄熱量偏差の変動。赤線は渦に伴う熱輸送を含めて見積もった変動、青線は渦に伴う熱輸送を除いて見積もった変動(単位:PJ)。

図3:1993年1月から1994年12月までの、ミンダナオドーム域(5~10°N, 140~150°E)での250m以浅の蓄熱量偏差の変動。赤線は低解像度OGCMの結果、黒線はOFESの結果(単位:℃m)。

審査要旨 要旨を表示する

インド洋南東部から西太平洋熱帯域にかけての暖水域は、熱帯起源の大気海洋系気候変動の駆動域として知られ、全球規模の海洋大循環や気候変動に大きな影響を及ぼしている。また近年、観測網の充実と海洋大循環モデルの高解像度化に伴い、暖水域において季節内擾乱としての中規模渦が活発に励起されていることも明らかになってきた。このような気候・海洋変動の理解を深め、その予測精度を向上させるためには、様々な時空間規模の現象が複雑に絡み合っている暖水域での海洋変動機構の解明が不可欠である。しかしながら、暖水域における中規模渦活動と大洋規模の気候変動という、時空間スケールの大きく異なる現象間の関係は未だ明らかにされていない。本論文は、主に、高解像度海洋大循環モデルの結果を詳細に解析することで、熱帯インド洋南東部および西部熱帯太平洋における中規模渦活動の経年的な変調と熱帯域の気候変動との関係を明らかにするとともに、渦活動が経年的な気候変動モードの発展に及ぼす影響について詳しく調べたものである。

本論文は6章から構成されている。第1章は導入部で、本論文の研究対象領域である熱帯インド洋南東部と西部熱帯太平洋における先行研究の結果のレビューを通じて、中規模渦活動と経年的な気候変動との関係が未解明である点が指摘されている。第2章では、解析に用いた海洋大循環モデルの概要および各章に共通する解析手法が示されている。

第3章では、数値シミュレーションの結果の妥当性が検証された上で、統計的手法により熱帯インド洋南東部における中規模渦活動の経年変調に関する議論が進められている。海洋上層における渦運動エネルギー偏差を中規模渦活動度の指標として、また、上層の蓄熱量偏差をインド洋ダイポールモード現象(IOD)の指標として用い、両指標の関連性が分類されている。この解析により、1950年から2007年までに発生した渦活動度偏差の顕著な18イベントの内、顕著なIODを伴う場合が8イベント、IODを伴わない場合が10イベント発生していることが示されるとともに、それぞれの場合に対するコンポジット解析から、IODを伴う場合にはインドネシアのジャワ島や小スンダ諸島南岸沖の冷水偏差が南北水温勾配を強化していること、一方、IODを伴わない場合には西部熱帯太平洋を起源とする暖水偏差が南東部インド洋へ侵入し、そこでの南北水温勾配を強化していることが示されている。この結果、どちらの場合においても傾圧的な海洋内部の不安定過程を通じて渦活動度が強化されることになる。

1994年および1997/98年には、強いIODが発生したが、南東部インド洋での渦活動には大きな違いがある。第4章では、この1994年および1997/98年の事例解析を通じ、表層蓄熱量の観点から、渦活動の強弱をもたらす原因、そして、渦活動がIOD自体に与える影響が調べられている。その結果、1994年のIODに伴う経年的な水温偏差は北半球の夏季に極大となり、モンスーンによる季節的な変動と重なることで顕著な南北水温勾配をもたらし、その結果、効率的に渦活動度を強化したこと、そして、この渦活動による南北熱輸送はIODに伴うインドネシア沿岸域の冷水域を弱めることに寄与し、IODの衰退に重要な役割を果たしたことを明らかにしている。これに対し、1997/98年のIODでは、経年的な水温偏差が北半球の冬季に極大となり季節的な変動の影響と効果的に重ならなかったため、経年偏差は1994年のそれより大きいにもかかわらず、渦活動度は1994年に比べ弱かったこと、その結果、中規模渦による熱輸送はIODの消長に寄与しなかったことが示されている。さらに、低解像度モデルと高解像度モデルの結果を比較することで、気候変動モードの消長に対する中規模渦活動の重要性が明確に示されている。

第5章では、西部太平洋の暖水域内で渦活動が活発な海域であるミンダナオドーム域を対象として、第3章および第4章で得られた知見をもとに、この海域での中規模渦活動と経年的な気候変動現象との関係が調べられている。太平洋のエルニーニョ/南方振動現象によりミンダナオドームの冷水域の強弱が大きく影響を受け、この海域での中規模渦活動の基本場を変えている。ミンダナオドーム東部の冷水偏差が強化される年には基本場から擾乱場への傾圧エネルギー変換が強化され、中規模渦擾乱を活発化させる。特に顕著な渦擾乱が発生した1993年の春季~夏季には、ミンダナオドーム域の経年的な負の水温偏差の衰退に対して渦活動による水平熱輸送が寄与していたことが明らかにされている。また、この海域の蓄熱量変動は、インドネシア多島域を通じて熱帯インド洋南東部にも影響を及ぼすことにより、そこでの中規模渦擾乱の強弱を間接的にコントロールしている可能性も示唆されている。

以上のように、本論文は、熱帯暖水プール域における中規模渦活動の経年的な変調過程が大規模場の経年変動に伴う海洋の不安定過程によるものであること、さらに、この渦活動が十分活発な場合には、大規模場の経年変動自体の消長にも影響を与える可能性があることを高解像度海洋大循環モデルによるシミュレーション結果の解析から初めて示した。これらの成果は、経年的な気候変動モードに重要な暖水域における時空間規模の異なる現象間の関連性の理解に大きく貢献するとともに、今後の気候変動予測の研究に重要な示唆を与えるものとして高く評価できるものである。

なお,本論文の第3、4、5章は指導教員である升本順夫准教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析や考察を行ったもので,その寄与は十分と判断できる。

したがって,審査員一同は,博士(理学)の学位を授与できると認める

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