学位論文要旨



No 125394
著者(漢字) 黄,明
著者(英字)
著者(カナ) コウ,メイシュ
標題(和) ニパウイルスヌクレオプロテインのリン酸化部位の同定及びリン酸化の意義の解明
標題(洋) Analysis of Phosphorylation residues on Nipah virus nucleoprotein and role of the phosphorylation
報告番号 125394
報告番号 甲25394
学位授与日 2009.10.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3366号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 特任教授 野本,明男
 東京大学 准教授 辻,浩一郎
 東京大学 教授 東條,有伸
 東京大学 教授 俣野,哲郎
 東京大学 准教授 川口,寧
内容要旨 要旨を表示する

【目的と意義】

ニパウイルス(Nipah virus, NiV)感染症は、1998年から1999年にかけてマレーシアで初めて確認された新興ウイルス感染症で脳炎症状を特徴とする高い致死率(40%-70%)を示す。現在でもバングラデシュで毎年のように散発的に発生しており二パウイルス感染症を引き起こすNiVは生物学的安全度レベル4に分類されている。

NiVはヘンドラウイルス(Hendra virus , HeV) とともにパラミクソウイルス科ヘニパウイルス属に属するマイナス1本鎖RNAウイルスで、nucleoprotein (N)、phosphoprotein (P)、matrix protein (M)、fusion protein (F)、glycoprotein (G)、large protein (L)の六つの構造蛋白から構成されている。その中でN蛋白はヌクレオカプシドの主要な構成タンパクで、多量体を形成してウイルスゲノムRNAを被覆し、RNA-dependent RNA polymeraseであるP-L複合体と結合することによりウイルスRNAの転写・複製の足場として機能する。

ヘニパウイルス属に最も近縁であるモービリウイルス属の麻疹ウイルスではN蛋白がリン酸化されることが知られており、近年我々のグループがそのリン酸化部位の同定に成功した。さらにリン酸化によってウイルス遺伝子の転写やウイルスゲノム複製が調節される事を明らかにした。NiVのN蛋白(NiV-N) についてはリン酸化されるかどうかについても未だ報告がない。そこで、NiVも同様の修飾をうけて機能の調節を受けているのかを明らかにするため、NiV-Nのリン酸化の有無を検討し、そのリン酸化の意義を調べた。

【材料と方法】

NiV-NをCOS-7細胞で発現させた後、細胞を溶解し、塩化セシウム密度勾配遠心によりヌクレオカプシド分画として精製した。

精製したNiV-Nの一部を抗原としてウサギポリクローナル抗体(anti-NiV-N)を作成した。

NiV-Nのリン酸化部位の同定は、ESI-Q-TOF MS (Electrospray Ionization Quadrupole Time of Flight Mass Spectrometry) を利用した、MS/MS測定により行った。リン酸化NiV-Nの検出は、32Pラベル基質の存在下でCOS-7細胞で発現させたNiV-Nをanti-NiV-Nポリクロ-ナル抗体で免疫沈降し、SDS-PAGE後オートラジオグラフィーにより行った。

NiVゲノムの転写・複製におけるNiV-Nリン酸化の影響を検索するために、ホタルルシフェラーゼ遺伝子を含むNiVミニゲノム アッセイ系を用いた。ホタルルシフェラーゼ遺伝子の両端にNiVリーダー配列およびトレイラー配列を結合した。NiVミニゲノムcDNAをT7プロモーター下流に連結し、in vitro でマイナス鎖のミニゲノムRNAを合成した。T7 RNA polymerase発現ワクシニアウイルスを感染させたHEK 293細胞に、ミニゲノム RNA と、T7プロモーター下流にN、P、L蛋白遺伝子をそれぞれ組み込んだsupporting plasmidsをco-transfectionして、24 時間後にルシフェラーゼ活性および転写されたmRNAと複製したアンチミニゲノムRNAの量を比較した。

【結果】

COS-7細胞で発現させたNiV-Nにおけるリン酸化の有無を、32Pラベル実験により検討したところ、通常の培養条件下ではリン酸化NiV-N は検出されなかった。しかしプロテインフォスファターゼ阻害剤であるオカダ酸を細胞培地に添加したところ、強いリン酸化シグナルが検出され、NiV-Nが細胞内でリン酸化を受けていることを初めて明らかにした。さらに、培地からオカダ酸を除去するとリン酸化が速やかに消失することが分かった。このことから、NiV-Nは短期間だけリン酸化を受けた後速やかに脱リン酸化されると考えられた。

精製したNiV-NはMS/MS測定による解析の結果、NiV-Nのリン酸化部位は451番目のSer残基であることが示唆され、これをアラニンに置換した変異体NiV-N S451Aを作製して32P ラベル実験を行ったところ、本変異体では32Pの取り込みがみられなくなったことから確かにSer451がNiV-Nのリン酸化部位であること、またリン酸化部位はこのSer451の一か所のみであることを示した。

そこで、このNiV-Nのリン酸化の意義を検討するため、NiVミニゲノム アッセイを用いた実験を行った。NiV-N S451Aと、それに加えて、疑似的な常時リン酸化体としてS451をグルタミン酸に置換したS451Eも作製し、ミニゲノム アッセイを行った。その結果、NiV-N S451Aを用いた場合にはルシフェラーゼ活性がwild typeの場合に比べて約半分に低下した。NiV-N S451Eを用いた場合ではルシフェラーゼ活性がさらに低下した。このことはNiV-NのS451のリン酸化はウイルスゲノムの転写・複製に関与していることを示唆していた。

次にミニゲノム アッセイ後の細胞からtotal RNAを抽出し、ノーザンブロットにより合成されたルシフェラーゼmRNA およびアンチミニゲノムRNA量を比較した。その結果、NiV-N S451A およびS451E ともにwild typeの場合よりもルシフェラーゼmRNA 、アンチミニゲノムRNAともに減少していたが、S451E ではS451A よりルシフェラーゼmRNA の減少が特に顕著であった。

NiV-NはRNA-dependent RNA polymeraseの構成タンパクであるNiV-Pと結合する。そこでS451への変異導入によるNucleocapsid-P蛋白複合体形成への影響を検討するため、塩化セシウム密度勾配遠心法を利用した共沈実験により検討した。その結果、Nucleocapsid画分に含まれるP蛋白量には変異導入による影響はみられなかった。

【考察】

プロテインフォスファターゼ阻害剤の存在下でのみNiV-Nのリン酸化が検出されることから、NiV-Nは細胞内ではリン酸化されるが速やかに脱リン酸化されていることが明らかとなった。同じパラミクソウイルス科に属するHuman Respiratory Syncytial Virus (HRSV)のP蛋白もこのような極めて短時間のリン酸化修飾を受け、この場合リン酸化はHRSV感染早期のuncoatingに関与することが報告されている。

ミニゲノム アッセイの結果、NiV-Nのリン酸化部位Ser451のアラニンへの置換によりミニゲノムの転写・複製効率の減少がみられた。一方、常時リン酸化の疑似体であるNiV-N S451EとS451Aを比較すると、アンチミニゲノムRNA とルシフェラーゼmRNA はさらに減少した。これらの結果は、NiV-Nのリン酸化はウイルスゲノムの複製効率を上昇させるが、常にリン酸化された状態ではかえって転写・複製効率を減少させることを示唆しており、NiV-Nのリン酸化状態がウイルスRNAの合成効率に影響を与えている可能性が考えられた。

NiV-Nのリン酸化によるウイルスRNAの転写・複製の調節機序は明らかではないが、NiV-Nのリン酸化部位への変異導入がNucleocapsid-P蛋白複合体には影響を及ばさなかった。N-P-L複合体のコンフォメーション変化や、宿主タンパクなど他の因子との結合状態の変化などの関与が推測される。

本研究はNiV のN蛋白がリン酸化されていること及びその部位を同定し、ウイルスRNAの転写・複製の調節に関与していることを示した始めての報告であり、NiVの転写・複製機構の包括的な解明に有用な知見を与えるので、NiVの研究に寄与することと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はニパウイルスのN蛋白(NiV-N)のリン酸化の有無及びリン酸化修飾の機能を解析するため、ESI-Q-TOF MS、NiV Minigenome Assay Systemによる、リン酸化の意義の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.普通の培養条件において、NiV-Nのリン酸化シグナルは検出されなかった。一方、プロテインフォスファターゼ阻害剤であるオカダ酸を細胞培地に添加したところ、強いリン酸化シグナルが検出された。さらに、培地からオカダ酸を除去するとリン酸化が速やかに消失することが分かった。このことから、NiV-Nはリン酸化を受けた後速やかに脱リン酸化されると考えられた。

2.精製したNiV-NをMS/MS解析した結果、NiV-Nのリン酸化部位は451番目のSer残基であることが示唆された。これをアラニンに置換した変異体NiV-N S451Aはリン酸化のシグナルが検出されなくなったことから、確かにSer451がNiV-Nのリン酸化部位であること、またリン酸化部位はこのSer451の一か所のみであることを示した。

3.Luciferase遺伝子をReporter遺伝子として用いたMinigenome Assayの結果、リン酸化を起さない変異体NiV-N S451AではLuciferase活性がwild typeの場合に比べて約半分に低下した。さらに、リン酸基の負電荷の模倣としてグルタミン酸に変異したNiV-NS451Eでは、Luciferase活性がさらに低下した。このことから、NiV-NのS451のリン酸化はウイルスゲノムの転写・複製に関与しているが、常時負電荷であると、逆に転写複製が下がることが示唆された。

4.N蛋白のリン酸化修飾によるウイルスゲノムの転写及び複製への影響を調べるため、Minigenome Assay において、Northern blottingにより、antiminigenome RNAとLuciferase mRNA量を比較した。その結果、S451A はWTよりantiminigenomic RNA と Luciferase mRNA ともに同じくらい減少した。このことから、S451のリン酸化はRNAの効率的な複製・転写に必要であると考えられたことから、次に、常時リン酸化の模倣としてS451をグルタミン酸に置換した変異体S451Eを用いてMinigenome Assayを行った。その結果、予想に反してantiminigenomic RNA とLuciferase mRNA はさらに減少した。これらの結果は、NiV-Nのリン酸化はウイルスゲノムの複製効率を上昇させるが、常にリン酸化された状態ではかえって転写・複製効率を減少させることを示唆しており、NiV-Nのリン酸化状態がウイルスRNAの合成効率に影響を与えている可能性が考えられた。

5.N蛋白への変異導入によるNucleocapsid-P蛋白複合体形成への影響を検討するため、CsCl密度勾配遠心法を利用した共沈実験を行ったところ、Nucleocapsid画分に含まれるP蛋白量には変異導入による影響はみられなかった。

以上、本論文ではニパウイルスにおいて、NiV のN蛋白がリン酸化されていること及びその部位を同定し、このリン酸化がウイルスRNAの合成効率に影響を及ぼすことが示唆された。本研究はこれまで未知に等しかった、NiVの転写・複製機構の解明に貢献できるものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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