学位論文要旨



No 125395
著者(漢字) 中島,範宏
著者(英字)
著者(カナ) ナカジマ,ノリヒロ
標題(和) 診療関連死死因究明制度の黎明期における医療者の意識研究
標題(洋)
報告番号 125395
報告番号 甲25395
学位授与日 2009.10.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3367号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,康毅
 東京大学 教授 小山,博史
 東京大学 教授 木内,貴弘
 東京大学 教授 矢作,直樹
 東京大学 特任准教授 金生,由紀子
内容要旨 要旨を表示する

【研究の目的と背景】

近年、我が国では、国民の医療安全への要望が高まっているように思われる。

医療安全を希求するこのような社会情勢の中、診療行為に関連した死亡(診療関連死)の死因を究明し、その過程で得られた情報を医療安全のために有効に活用しようという試みが始まっている。平成17年9月から、診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業(モデル事業)が開始され、厚生労働省・民主党は、立法を前提とした議論を重ねている。

本研究の目的は、診療関連死死因究明制度の創設を前に、(1)医師およびリスクマネージャーはモデル事業のような第三者機関に対してどのような役割を求めているのか、(2)リスクマネージャーについては診療関連死発生時にどのような対応意識を有しているのか、(3)リスクマネージャーの対応意識にはどのような要因が影響を与えているのか、の3点について明らかにすることである。

なお、本論文中で用いるリスクマネージャーという用語および調査対象のリスクマネージャーは、医療安全管理者といった専任のリスクマネージャーだけを指しているのではなく、セーフティーマネージャー(各医療現場における医療安全担当責任者)を含んだ広い意味での医療安全担当者を意味している。

【方法】

(対象の抽出と配布方法)

平成18年度国立病院機構共同研究(評価手法)「医療関連死届出に対する医療者の意識に関する調査研究」により、東京大学法医学教室で作成した調査票を用い、全国の国立病院機構加盟病院内で無作為に抽出された医師3441名とリスクマネージャー2362名に対して、平成19年2月~4月に無記名のアンケート調査を実施した。

(調査票の質問項目)

主な質問項目は(1)診療関連死の死因究明を行う第三者機関(モデル事業を想定)に期待する役割、(2)診療関連死の死因究明を行う第三者機関(モデル事業を想定)の利用に際して不安に感じる理由などであり、リスクマネージャー対象調査には、診療関連死の届出先に対する意識等の項目と職業性ストレス簡易調査票を追加した。

また、全ての調査項目と実施方法について、東京大学医学部倫理審査委員会(審査番号1442および1442-(1))、および国立病院機構倫理審査委員会の承認を得た。

(調査票の回収方法)

国立病院機構の各医療機関で回収したアンケートは各地域ブロックの責任者が回収し、国立病院機構災害医療センターで取りまとめた後、東京大学法医学教室に送付した。

(統計分析方法)

全ての統計処理にはSPSS.Ver.15J を使用した。本調査では、単純集計の他、クロス表を作成して、χ2乗検定を行い、残差の分析を行った。順位尺度についてはMann-Whitney U検定等を用いて検討した。また、リスクマネージャーの診療関連死への対応意識に影響を与える要因について分析するため、ロジスティック回帰分析を行った。

【結果】

(回収結果)

全国115施設の協力を得て、医師対象調査では103施設(判明分)から、調査票1832部を回収した(回収率53.2%)。リスクマネージャー対象調査では104施設(判明分)からリスクマネージャー対象の調査票1886部(回収率79.8%)を回収した。

(第三者機関に対する期待)

モデル事業のような第三者機関に期待する役割として、医師は「公平な調査」(71.7%)、「専門的な死因究明」(69.1%)、「専門的な医療評価」(62.3%)、「評価を事故予防へ利用」(60.8%)と回答し、リスクマネージャーは「評価を事故予防へ利用」(66.6%)、「公平な調査」(66.5%)、「専門的な死因究明」(60.8%)、「専門的な医療評価」(56.7%)と回答した。

また、医師対象調査では、臨床経験年数により、第三者機関に期待する役割に有意な差が認められた。差のあった項目は「専門的な死因究明(p<0.001)」、「医療従事者個人への情報開示(p<0.05)」、「遺族への情報開示(p<0.05)」であった。

(診療関連死発生時のリスクマネージャーの対応意識)

『医療ミスが確実で、遺族が死因の説明に納得していない場合(ケース1)』で最も多い回答は、「第三者機関への届出をすすめる(31.6%)」であった。

『医療ミスが確実だが、遺族が死因の説明に納得している場合(ケース2)』で最も多い回答は、「担当の医師に任せる(39.9%)」であった。

『医療ミスか否か明らかではなく、遺族が死因の説明に納得していない場合(ケース3)』で最も多い回答は、「第三者機関への届出をすすめる(35.5%)」であった。

『医療ミスか否か明らかではないが、遺族が死因の説明に納得している場合(ケース4)』で最も多い回答は、「担当の医師に任せる(50.4%)」であった。

また、看護師のリスクマネージャーは医師のリスクマネージャーと比べて、担当医の判断に任せるという回答が有意に多かった(p<0.001)。

(リスクマネージャーの意識に影響を与える要因)

診療関連死発生時のリスクマネージャーの「第三者への届出(提案)」を行うという意識に影響を与える要因について分析するため、ロジスティック回帰分析を行った。

ケース1では、経験年数が長いこと(p<0.05)、遺族への情報開示に期待していること(p<0.01)、医療従事者への情報開示に期待していること(p<0.01)が届出のプラス要因であった。一方、職種(医師ではなく看護師であること:p<0.01)、地域医療支援病院であること(p<0.05)、院内で解決できる問題であると考えていること(p<0.05)、感情的な遺族への対処に関して困惑していること(p<0.01)が届出のマイナス要因としてあげられた。

ケース2では、経験年数が長いこと(p<0.001)、遺族への情報開示に期待していること(p<0.05)、医療側から十分な情報を得られないことが多いこと(p<0.05)、遺族が死因を受け入れないことが多いこと(p<0.05)、技能活用に関するストレスが少ないこと(p<0.05)、同僚支援が多いこと(p<0.05)が届出のプラス要因であった。一方、職種(医師ではなく看護師:p<0.001、事務職:p<0.05、その他の職種であること:p<0.001)、対人ストレスが少ないこと(p<0.01)が届出のマイナス要因としてあげられた。

ケース3では、経験年数が長いこと(p<0.01)、遺族への情報開示に期待していること(p<0.01)、院内に相談相手がいないこと(p<0.05)が届出のプラス要因であった。一方、院内で解決できるという意識があること(p<0.01)が届出のマイナス要因としてあげられた。

ケース4では、医療ミスがわかるとトラブルになるという不安感を有していること(p<0.05)、仕事適性に関するストレスが少ないこと(p<0.05)が届出のプラス要因であった。一方、対人ストレスが少ないこと(p<0.05)が届出のマイナス要因としてあげられた。

【考察】

医師、リスクマネージャーともに、モデル事業のような第三者機関に対して「公平で、専門的な死因究明と医療評価を望み、その評価を事故予防に利用したい」と考える者が多かった。したがって、診療関連死の新たな死因究明制度は、(1)公平性、(2)専門性、(3)医療安全に資する情報のフィードバック機能、という3つの要件を満たす必要があると考えられた。これは、情報のフィードバック機能が届出へのモチベーションを高めるという先行研究の結果と矛盾しない。

先行研究では、遺族が死因の説明に納得している場合には、医師は警察やその他の機関への届出を控える回答が多いと報告されている。一方、今回のリスクマネージャーの診療関連死発生時の対応意識に関する調査結果から、遺族が死因に納得している場合には、担当医師の判断に任せる回答が多いことが明らかとなっている。

したがって、遺族が死因に納得しているような診療関連死事例が生じた場合、リスクマネージャーは、自ら第三者への届出を提案せずに担当医師の判断に委ね、その結果、医師は届出を控える可能性が高いことが示唆される。

また、リスクマネージャーが医師である場合と比べて、リスクマネージャーが看護師である場合には、診療関連死発生時、届出について医師の判断に任せる傾向が強かった。この職種の違いによる影響力の差は、診療関連死の調査に影響を与える可能性があると考えられる。

また、リスクマネージャーの第三者への届出(提案)に関する影響要因として、医療ミスが確実な場合には、経験年数が多いこと、遺族への情報開示に期待していることが届出のプラス要因となり、職種(医師ではないこと)がマイナス要因となっていると考えられた。また、遺族が死因に納得していない場合には、経験年数が多いこと、遺族への情報開示に対して期待していることが届出のプラス要因となり、院内で解決できると考えていることがマイナス要因になっていると考えられた。一方、遺族が死因に納得している場合には、対人ストレスが少ないことが届出のマイナス要因となっていることが示唆された。

新たな診療関連死死因究明制度下では、診療関連死の公正な調査を行ううえで、リスクマネージャーの院内における活躍が期待されている。しかし、本研究の結果、必ずしも、その期待に応えられる意識を有するリスクマネージャーは多くないことが示唆された。この問題に対処するためにも、(1)客観的な届出基準・情報利用法の明確化、(2)届出を行いやすい院内環境の整備、 (3)リスクマネージャーへの権限付与、(4)リスクマネージャーの役割の明確化、について対策を講じる必要があると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、診療関連死死因究明制度の創設を前に、(1)医師およびリスクマネージャー(病棟のセーフティーマネージャーも含む)は診療関連死の死因究明を行う第三者機関に対してどのような役割を求めているのか、(2)リスクマネージャーについては診療関連死発生時にどのような対応意識を有しているのか、(3)リスクマネージャーの対応意識にはどのような要因が影響を与えているのか、の3点について明らかにすることを目的として国立病院機構加盟病院に勤務する医師とリスクマネージャーを対象としたアンケート調査を実施し、以下の結果を得ている。

1.第三者機関に求める役割

医師およびリスクマネージャーにおいては、第三者機関について「公平で、専門的な死因究明と医療評価を望み、その評価を事故予防に利用したい」と考えている者が多い傾向にあった。

2.リスクマネージャーの診療関連死発生時の対応意識

リスクマネージャーの診療関連死発生時の対応意識については、遺族が死因に納得していなければ第三者機関への届出を提案するという回答が多く、遺族が死因に納得していれば担当医師の判断に任せるという回答が多かった。医師のリスクマネージャーは解剖を行うことを前提とした回答が多いが、看護師のリスクマネージャーは担当医の判断に任せる回答が多く、診療関連死発生時の対応意識に職種による差がみられた。

3.リスクマネージャーの対応意識に影響を与える要因

リスクマネージャーの第三者への届出(提案)意識に関する影響要因として、医療ミスが確実な場合には、経験年数が多いこと、遺族への情報開示に期待していることが届出のプラス要因となり、職種(医師ではないこと)がマイナス要因となっていた。また、遺族が死因に納得していない場合には、経験年数が多いこと、遺族への情報開示に対して期待していることが届出のプラス要因となり、院内で解決できると考えていることがマイナス要因になっていた。一方、遺族が死因に納得している場合には、対人ストレスの少ないことが届出のマイナス要因となっていることが示唆された。

以上の結果から、本論文では、新たな診療関連死死因究明制度は、「公平性」、「専門性」、「医療安全に資する情報のフィードバック機能」という3つの要件を満たす必要があることを指摘している。また、診療関連死の死因究明に対する医療者の意識に着目し、新制度下ではリスクマネージャーの院内における活躍が期待されているものの、その期待に応えられる意識を有するリスクマネージャーは多くないことを示唆している。これらの問題に対処するため、(1)客観的な届出基準・情報利用法の明確化、(2)届出を行いやすい院内環境の整備、(3)リスクマネージャーへの権限付与、 (4)リスクマネージャーの役割の明確化、の4点を診療関連死死因究明制度の運用上の課題としている。

本研究は、医師およびリスクマネージャーを対象とした診療関連死死因究明制度に関する大規模な意識調査を行って、特にリスクマネージャーの診療関連死発生時の対応意識の影響要因を初めて明らかにするなどの成果を得ている。今後の診療関連死死因究明制度の整備に対して重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる

UTokyo Repositoryリンク