学位論文要旨



No 125397
著者(漢字) 山下,陽介
著者(英字)
著者(カナ) ヤマシタ,ヨウスケ
標題(和) 太陽11年周期変動に伴う成層圏大気の応答に関する研究
標題(洋) Studies on stratospheric responses to solar 11-year variation
報告番号 125397
報告番号 甲25397
学位授与日 2009.10.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5437号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,薫
 東京大学 准教授 中村,尚
 東京大学 准教授 小池,真
 東京大学 准教授 伊賀,啓太
 東京大学 教授 高橋,正明
内容要旨 要旨を表示する

11 年周期の太陽変動は、成層圏のオゾン、気温変動にとって重要な役割を果たしている。これまでの研究により、1980~2000年の期間に、上部成層圏では太陽変動の11年周期に伴って、約2%のオゾン変動、及び約1 Kの気温変動が観測され、下部成層圏では約4%のオゾン変動、約0.5 K の気温変動があるとされてきた。なお、客観解析データ等は厳密には「観測」ではないが、ここでは客観解析データ等も観測と呼ぶことにする。これらのオゾン、気温変動は重回帰解析により太陽変動との回帰係数として得られたものであるが、太陽変動周期に比べてデータ長が十分でないために、これらの変動が全て太陽活動による影響を有意に表しているとは限らない。具体的には、オゾンや気温の変動には太陽11年周期変動の他、火山噴火や赤道下部成層圏準2年周期振動(quasi-biennial oscillation; QBO)、海表面温度(Sea Surface Temperature; SST)変動の影響が含まれうる。例えば、火山噴火が偶然に太陽11 年周期と似たタイミングで生じていれば、期間が短い観測データの解析によってこれらの寄与を分離することは非常に困難である。そこで本研究では、3 次元化学気候モデル(Chemistry Climate Model; CCM)を用いて、成層圏のオゾン、気温変動に対する11 年周期の太陽変動と火山噴火などの影響を個別に見積もり、その影響のメカニズムを力学的、化学的に考察した。

使用したモデルは、東京大学気候システム研究センター/国立環境研究所(CCSR/NIES) CCMで、解像度はT42L34、モデルの上端は約80 kmである。このCCMでは、大気によるオゾン輸送、紫外線(ultraviolet; UV)放射によるオゾン生成、火山噴火で放出される硫酸エアロゾル上での不均一反応によるオゾン破壊も計算している。本研究では、CCMの標準実験(コントロール実験)として、化学気候モデル検証(CCMVal)国際プロジェクトで行われた近過去気候再現実験(REF1 シナリオ実験)のデータを用いた。データ期間は1980~2000年である。コントロール実験には、太陽定数の変動の他にも、火山噴火やQBO、SST変動の影響も含まれる。

まず、コントロール実験の出力に対し、これまでの研究で行われていたように線形トレンド、太陽11年周期、火山噴火、QBO、SST変動の各項を含めた重回帰解析を行い太陽変動成分を取り出した。こうして取り出した太陽変動に対する回帰係数は、必ずしも有意に推定されるものではないが、本研究では、この回帰係数を便宜的に「太陽変動成分」と呼ぶ。オゾンの太陽変動成分のピークは上部成層圏5 hPa、下部成層圏80 hPaの2ヶ所に分離して現れており、それぞれ約2%、約14%の値を示していた。これらの領域では、太陽活動とオゾンが正の相関を持つことを意味する。気温の太陽変動成分でもほぼ同じ2ヶ所の高度にピークが見られ、1 hPa で約0.6 K、70 hPa で約0.9 Kの値を示した。

次に各項の成層圏の太陽変動成分に対する影響を評価するため、コントロール実験からいくつかの項を除いた7種類の実験を行った。これらの実験を感度実験と呼ぶ。3つの太陽11 年変動を含まない感度実験では、上部成層圏におけるオゾン、気温偏差のピークが不明瞭という系統的な特徴があることが分かった。4つの太陽11年変動を含む実験では、明瞭なピークが見られる。これは、上部成層圏のオゾン、気温の太陽変動成分は太陽放射の変動に伴うものである可能性が高いことを意味する。一方、下部成層圏に見られる太陽変動成分は、火山噴火を含んだ実験では大きく除去した実験では小さくなることから、火山噴火に伴う化学プロセスの影響を大きく受けていることが分かった。しかし、火山噴火の影響を除去した実験においても、太陽11年周期を含む実験では下部成層圏に弱い偏差が現れていた。その大きさはオゾンで約1%、気温で約0.2 K であり、観測結果(オゾンで約4%、気温で約0.5 K) と比較して無視できない。すなわち太陽変動成分の一部は、太陽11年変動の影響で説明できると示唆される。

さらに、赤道下部成層圏の太陽変動成分のメカニズムを詳しく理解するため、太陽活動極大期の太陽定数に固定した実験(SMAX)と極小期に固定した実験(SMIN)をそれぞれ42年の期間について行い、その差を解析した。SMAXとSMINのそれぞれの42年間のコンポジット平均の差(SMAXとSMINの差と表記) は正味の太陽変動成分であり重回帰解析で検出されるべき「太陽変動成分」に対応するものである。赤道下部成層圏におけるSMAXとSMINの差は、オゾンで約1%、気温で約0.2 Kであった。これは、火山噴火を除去し太陽変動を含む感度実験の「太陽変動成分」と同程度であった。

太陽活動の活発化に伴うシグナルは冬半球側、特に北半球では成層圏突然昇温の起こりにくい初冬の中緯度成層圏に現れやすいことが知られている。このことから、両半球初冬における成層圏大気の構造は力学よりも放射の影響を強く受け、この時期のプロセスが上記の年平均場の結果に反映されていると考えられる。そこで両半球初冬の12月と7月における赤道下部成層圏の太陽変動成分の形成過程を詳細に解析した。SMAX、SMIN実験の加熱率の評価では、この時期には太陽活動極大期と極小期の間のUV放射加熱の違いが、極大期に上部成層圏、下部中間圏の中高緯度域で気温の南北勾配を強化し、それに伴って西風の場は中緯度域で南北方向の曲率が大きくなるような変形を受けることを示していた。これまでの研究においては、太陽活動極大期と極小期の間の西風強度の違いが中緯度域における波の伝播特性を変えるとされてきたが、波の伝播特性を詳細に調べると、それとは異なり極大期に西風の南北方向の曲率が大きくなることで波の伝播特性が変わる傾向があることが分かった。惑星波の伝播と大気循環場の指標としてEliassen and Palm flux (E-P flux)と残差平均子午面循環(残差循環)を見積もった結果、極大期に中緯度域で惑星波の伝播が抑制されることで下向き・極向き偏差のE-P fluxが見られた。これと対応し、中緯度域でE-P fluxが発散偏差つまり惑星波による西風加速偏差となり、それに伴って赤道向き偏差の残差循環が見られた。循環偏差は赤道下部成層圏で断熱加熱を伴う下降流を示し、これが高温偏差形成に大きく寄与していると考えられる。また加熱率の各項についてSMAX とSMINの差を評価した結果、UV放射加熱も高温偏差形成に無視できない程度に影響した可能性があることが示された。

最後に、太陽活動に伴う変動の季節変化に着目した。SMAXとSMINの差を見積もると、北半球冬季では11月において中高緯度の成層圏界面付近にある西風偏差が、1月にかけて対流圏に下降する特徴がみられ、それに伴って赤道下部成層圏の残差循環や気温偏差が1ヶ月程度の時間スケールの変動を示した。他方南半球では、西風偏差は冬季を通じて中高緯度域で下降しており、北半球よりも内部変動の時間スケールが長い特徴がある。これによって、南半球では冬季を通じて中緯度域から赤道域に向かう循環偏差が見られた。なお、春季・秋季には、逆に赤道域から中緯度域に向かう残差循環偏差が見られた。年平均した残差循環は、結果として両半球初冬季の循環場の特徴を大きく反映し中緯度域で赤道向き偏差、赤道域で下降流偏差を示した。これは、年平均した場においても、下降流による断熱加熱が赤道域下部成層圏の高温偏差形成の主因となることを意味する。

CCM実験によって、赤道上部成層圏の太陽変動成分は、ほぼ太陽11年周期に伴うものであることが分かった。それに対して下部成層圏で見られる太陽変動成分は、火山噴火に伴う化学プロセスの影響を大きく受けていたことが分かった。これは、火山噴火イベントの間隔が太陽活動の周期と近く、これを太陽活動のシグナルとして検出していたことに起因する。また、下部成層圏の太陽変動成分の一部は、太陽活動に伴う中高緯度域の西風の場の変形が、惑星波の伝播や循環場の変調を介して力学的に影響した効果で主に説明される。

今後のモデル改善やさらなるアンサンブル実験、長期間の観測データ蓄積により定量的にも信頼性の高い結果を得ることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

太陽活動の11 年周期変動は、成層圏のオゾンや気温変動に影響を与えることが知られている。これまでの研究では、1980~2000 年における衛星観測データや全球客観解析データを用いた重回帰解析により、下部成層圏および上部成層圏におけるオゾン・気温の太陽活動の11 年周期に伴うシグナルが検出され、議論されてきた。しかし、解析されたデータ長が11年周期を検出するに十分でないと考えられること、太陽活動と同程度の数年の周期をもつ内部変動が赤道成層圏の風や海面水温に見られること、また、期間中大規模な火山噴火が約10年間隔で起こっていることから、有意な推定がなされていない可能性が高かった。本論文では最新の3 次元化学気候モデル(Chemistry Climate Model; CCM) を用いて、成層圏変動に影響する太陽活動とそれ以外の要因との切り分けを行い、また、太陽活動が成層圏変動をもたらすメカニズムについて力学的、化学的視点から考察を行った。本論文は5章からなる。

第1章は、本論文のイントロダクションであり、目的と背景を述べている。

第2章は、本論文で使用した3次元CCMの概要、実験設定、および解析手法について述べている。

第3章では、3次元CCM感度実験を行い、太陽活動とそれ以外の様々な要因による赤道成層圏11年変動への寄与を切り分けて解析している。本研究で用いた3次元CCMは、成層圏過程とその気候への影響に関する化学気候モデル検証国際プロジェクトによりほぼ現実大気を再現することが確認されている。本論文では、同国際プロジェクトで行われた近過去再現実験の出力データを、基準実験データとして用いると共に、太陽活動以外の要因として、赤道成層圏準2年周期振動(QBO)、火山噴火に伴うエアロゾル変動、海面水温(SST)の時間変化に注目し、これをON/OFFして基準実験と同様の期間のシミュレーションを行い、計7種類の疑似データを作って、先行研究と同様の解析を行い比較した。解析期間は、先行研究と同様に1980~2000年とした。太陽11 年変動を含まない感度実験では、上部成層圏におけるオゾン、気温変動のピークが不明瞭となることから、上部成層圏の変動は太陽放射の変動に伴うものである可能性が高いと結論された。一方、下部成層圏に見られるシグナルは、火山噴火を除去した実験では、顕著に小さくなった。太陽活動のみによる変動は無視できない大きさではあるが、むしろ、火山噴火に伴う化学プロセスが大きく影響しており、見掛け上太陽11年周期に同期する変動として検出されている可能性があるとわかった。さらに、統計的有意性を担保するため、火山噴火イベント、QBOを除き、SSTを固定とし、太陽定数を太陽活動極大期および極小期の値で一定として、季節変化のみを含む42 年計算をおこなった。太陽定数極大期実験と極小期実験の成層圏オゾンおよび気温における差は、火山噴火を除去し太陽変動を含む感度実験で検出された変動成分と一致していた。したがって、太陽変動は上部成層圏だけでなく下部成層圏においても弱いが有意な変動をもたらすことがわかった。

第4章では、オゾンによる放射過程では説明しにくい、太陽活動極大期の下部成層圏の高温シグナルのメカニズムについて、全球にわたる波活動度とラグランジュ的子午面循環の視点から解析した。太陽活動の活発化に伴うシグナルは、冬半球側に強く、特に北半球では、突然昇温などの大気の内部変動が弱い初冬に現れやすいことが知られている。そこで、太陽定数を極大期および極小期に固定した実験データを基に、両半球初冬の12 月と7 月における赤道下部成層圏の太陽活動に伴う変動成分の形成過程を解析した。極大期には、上部成層圏・下部中間圏での紫外線放射加熱が強く、中高緯度域で気温の南北勾配が強くなり、それに伴って冬季中緯度域の西風構造が大きく変形を受けることがわかった。これにより下層大気からの惑星規模ロスビー波の伝播特性が変わり、波の駆動する極向き子午面循環が弱くなり、赤道域での上昇流およびそれに伴う断熱冷却が弱くなって、下部成層圏での高温シグナルが形成されることがわかった。ロスビー波の伝播特性は、先行研究により示唆されてきた西風の強さでなく構造(曲率)により変化していたこともわかった。最後に、太陽活動極大期および極小期の季節変化の違いを解析し、第3章で議論した年平均場における太陽活動のシグナルは、主に初冬季の循環場が大きく寄与していることも確認できた。

第5章では、本論文全体の結論を述べている。

以上、本論文提出者は、3次元化学気候モデルを用いた系統的な実験を行い、得られたデータの高度な力学解析を行って、太陽活動11年周期変動がもたらす地球の成層圏大気の変動の大きさおよびその変動のメカニズムを定量的に明らかにした。これらの成果は、大気科学に大きく貢献するものである。本論文の研究内容は、本論文提出者が主体となって考え実験をおこない解析したもので、本論文提出者の寄与が極めて大きいと判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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