No | 125402 | |
著者(漢字) | 川崎,高雄 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カワサキ,タカオ | |
標題(和) | 千島列島周囲に局在化した鉛直混合が引き起こす太平洋熱塩循環 | |
標題(洋) | Role of localized mixing around Kuril Straits in Pacific thermohaline circulation | |
報告番号 | 125402 | |
報告番号 | 甲25402 | |
学位授与日 | 2009.11.16 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5439号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.研究の背景と目的 海洋熱塩循環は、全球規模の数千年スケールの緩やかな循環であり、膨大な熱・物質輸送を伴うため、気候変動・維持に重要な役割を果たしている(e.g.,Broecker,1991;ManabeandStouffer,1999)。太平洋は深層水の上昇域として最も広大な面積を占める海域であり、熱塩循環の一翼を担う重要な海域である。太平洋での熱塩循環南大洋から流入した深層水が緩やかに上昇する海域であると考えられているが、特に表層から深層上部にかけての循環構造については空間構造や流量など十分に明らかにされていない。 太平洋においては北大西洋や南大洋縁辺海で見られるような深層水形成は起こっていないと考えられているが、中層水(NorthPacificlntermediateWater,NPIW)の形成は起こっていると考えられている(e.9.,Sverdrupetal.,1942;Kitani,1973)。NPIWの形成に重要なメカニズムとして、千島列島周囲での強い鉛直混合がある(Kirani,1973;Talley,1991)。Nakamuraetal.(2006)は、千島列島周囲での局所的な鉛直混合が北太平洋中層の南下流を引き起こし低塩分水の輸送が促進される可能性を示した。鉛直混合が引き起こす中層での南下流は、千島列島周囲での深層水の上昇流と、太平洋深層での北上流を伴っており、太平洋熱塩循環として捉えることができる。 Nakamuraetal.(2006)は海洋大循環モデルにおいて、海面から海底まで一様に強い混合を与えているが、最近の千島列島周囲での乱流観測(八木,2008)や潮汐モデル(NakamuraandAwaji,2004)などから海面付近では強い鉛直混合がない可能性が指摘されている。熱塩循環において深層水が上昇するには、鉛直混合に加え、海面での熱(浮力)の獲得が必要である(TsujinoandSuginohara,1999)。海面まで強い鉛直混合が達しない場合は、海面で熱(浮力)が獲得しにくくなると考えられ、深層水が上昇するとは限らない。 本研究では、千島列島周囲での局所的な鉛直混合が海面まで達しない場合に引き起こされる太平洋熱塩循環の構造とその形成メカニズムについて海洋大循環モデルを用いて調べる。 2.実験設定 本研究で用いたモデルはCCSROceanComponentModelVersion4(COCO4)である(Hasumi,2006)。地形は北極海なしの全球的な現実地形。解像度は水平1x1度、鉛直45層、層厚は表層5m~深層200mである。海面境界は、風応力として月平均気候値(Roske,2001)を与え、熱・淡水フラックスは海面水温・海面塩分を月平均気候値(Levitusetal,,1998)に緩和する形で与えた。また、本研究は太平洋熱塩循環について調べるため、太平洋以外の全海域において水温・塩分を気候値(Levitusetal.,1998)に緩和する。また、千島列島周囲以外での鉛直拡散係数は、Hibiyaetal,(2006)の全球水平分布を用いた。3000年積分を行い定常に達した結果を解析する。 千島列島周辺(図1a)での鉛直拡散係数は、乱流観測(八木,2008)と潮汐モデルの結果を踏まえ200x10-4m21sとする。鉛直拡散係数の鉛直プロファイルは、Nakamuraetal.(2006)と同様に、すべての深さで一様に強い鉛直混合を与える場合(ALL)と、強い鉛直混合が海面まで達しない場合(200M,300M,500M)の実験を行った(図1b)。また強い鉛直混合を与えない場合(BG)の実験を比較のために行った。 3.結果 東西積分した太平洋子午面流線関数を各ケースとBGとの差で示す(図1)。千島列島周辺での強い鉛直混合が海面まで達している場合(ALL)は局所的な上昇流が深層から表層まで達し先行研究と同様の結果となった(図1a)。一方、海面まで強い鉛直混合が達していない200M,300M,500Mでは局所的な表層水沈降と深層水上昇が引き起こされた(図1b-d)。鉛直混合に伴う表層水沈降は海面冷却と深層対流を伴わず、全球熱塩循環での代表的な深層水形成域である北大西洋や南大洋縁辺海での表層水沈降とは、駆動メカニズムが異なっている。また、千島列島周囲で海面に向かって鉛直混合か弱くなる深さが200-500mの範囲では、表層水沈降および深層水上昇が達する深さが約1000mでほぼ一定であった。 局所的に強い鉛直混合に伴う表層水沈降は、局所的鉛直混合が形成する重い水塊とその周囲との密度フロントでのdiapycnalな水平混合による海水の高密度化が維持していることが明らかになった。周囲より重い水塊の形成を伴うという点において、局所的鉛直混合によって引き起こされる表層水沈降と、北大西洋などに見られる海面冷却と深層対流に伴う表層水沈降は同様であるが、重い水塊を形成する冷却源が後者は大気であるのに対し前者は深層海洋である。また、局所的鉛直混合が引き起こす深層水上昇も、鉛直混合による熱の獲得に加えて、局所的な鉛直混合によって形成された軽い水塊とその周囲との密度フロントでのdiapycnalな水平混合による浮力の獲得が維持していることがわかった。 局所的な鉛直混合に伴って引き起こされる表層水沈降・深層水上昇の境界の深さは、鉛直混合によって形成される水塊が周囲より重いか軽いかの境界の深さであった。海面までは達せず躍層下端を跨ぐ深さに強い鉛直混合があれば、鉛直混合に伴って形成される水塊が周囲より重いか軽いかの境界の深さは、強い鉛直混合が起こっていない周辺海域での下部密度躍層に限られる。そのため、表層水沈降・深層水上昇が達する深さは、強い鉛直混合が起こっている海域周辺での下部躍層になる。千島列島周囲での強い鉛直混合が海面に向かって弱くなる深さが異なる200M,300M,500Mでは、強い鉛直混合が海面まで達せず躍層下端を跨ぐため、局所的な表層水沈降・深層水上昇が達する深さが一定であった。その深さが1000mであったのは、干島列島の海域周辺での下部躍層が深さ1000m付近のためである。 次に、千島列島周囲での局所的に強い鉛直混合が引き起こす、太平洋熱塩循環の水平構造について調べた。太平洋表層では、千島列島周囲での強い鉛直混合によって、黒潮・黒潮続流・親潮の強化、gyreboundaryの南下が引き起こされる(図3a)。この循環の違いによって、黒潮域・黒潮続流域では海面冷却が強まり、親潮域・混合水域では海面冷却が弱まった。太平洋中層では、黒潮の弱化と亜熱帯循環からMindanaoCurrentを通じてlndonesianArchipelagoへ流入する流れの強化が引き起こされた(図3b)。また、千島列島周囲での鉛直混合起源の中層水が西岸(黒潮・親潮の混合水域)に沿って南下するのではなく東方移流されるなど、千島列島周囲の強い鉛直混合によって西岸境界流だけでなく内部領域での流れにも変化がもたらされた。一方、千島列島周囲での強い鉛直混合によって引き起こされる深層での千島列島周囲に向かう北上流は西岸境界流であり、内部領域には流れの変化が見られなかった(図3c)。このことから、千島列島周囲での強い鉛直混合によって引き起こされる太平洋熱塩循環の水平構造は、亜熱帯循環・亜寒帯循環といった風成循環の影響を受けていると考えられた。 そこで、局所的鉛直混合によって引き起こされる熱塩循環の水平構造が、風成循環によって受ける影響を調べるために、単純化したboxoceanmodelで風応力と局所的に強い鉛直混合を与える実験を行った。局所的な強い鉛直混合によって形成される周囲より重い水塊は、風成循環によって北半球高緯度で東方移流し内部領域に伝播することがわかった(図4)。また、その東方伝播が達する海域は、ロスビー波の西方伝播速度と風成循環の東方移流速度が同程度となる経度であった。内部領域に伝播した重い水塊の周囲を回る流れが形成されるため、局所的に強い鉛直混合が引き起こす熱塩循環は、西岸境界流だけでなく内部領域での水平流としても存在する。 図 1 (a)千島列島周辺での強い鉛直混合を与える海域(赤)と(b)各ケースでの鉛直拡散係数の鉛直分布 図 2 千島列島周囲での局所的な鉛直混合による太平洋子午面循環アノマリ。(a)はCONSTケース、(b)は200Mケース、(c)は300Mケース、(d)は500Mケース。 図3千島列島周囲での強い局所的鉛直混合による太平洋熱塩循環の水平構造(200M-BG)。(a)は海面での水平流速、(b)は中層(26.5-27.4σθ}で鉛直積分した水平流速、(c)は深層(深さ3000m)での水平流 図4風応力を与える箱型海洋モデルにおいて、北西端に局在した強い鉛直混合を与え始めてからの等温面深度の時間変化 | |
審査要旨 | 熱や二酸化炭素などを輸送することで地球の気候に大きく影響している海洋の熱塩循環は,海水の鉛直混合の影響を強く受けており,その強さや構造は鉛直混合の強さや分布によって大きく変わる。現実の海の鉛直拡散係数がわかれば,それに基づいて海洋循環を議論できるが,実際にはよくわかっていないので,仮想的に与えた鉛直拡散係数の違いで海洋循環がどのように変わるのかを調べることが重要となる。これまでも,北太平洋中層水の源になる海水がオホーツク海から流出する現象に対する千島列島海峡部での鉛直拡散の重要性が調べられ,局所的に強い鉛直混合がオホーツク海と太平洋の間の活発な海水交換をもたらし,北太平洋中層水の形成に大きく寄与していることが指摘されている。特に,Nakamura et al.(2006)は,千島列島周辺での局所的な海水の鉛直混合が北太平洋の中層に南下流を引き起こし,低塩分で特徴づけられる北太平洋中層水の輸送を促進する可能性を示した。鉛直拡散係数に関する知識が少ないことから,この研究では,千島列島の周囲に海面から海底まで一様に強い鉛直拡散係数を仮定したが,その後の乱流観測や潮汐モデルによる計算では,強い鉛直拡散は海面付近までは達していないことが示唆された。こうした経緯をふまえ,本論文では,千島列島周囲での強い鉛直混合が海面に達する場合とそうでない場合の違いを数値実験で調べ,さらに,その強い鉛直混合が太平洋熱塩循環に与える影響について調べた。 本論文は4章からなる。第1章は導入部であり,第2章と第3章で2種類の海洋循環モデル(全球海洋モデルと太平洋ボックスモデル)を使った研究を展開し,第4章でこれらの研究成果をまとめて本論文の結論を述べている。 第2章の数値実験では,千島列島の周囲に0.2×104m2s'iという小さな鉛直拡散係数を鉛直一様に与えた場合(BG),Nakamura et al.(2006)のように200×10-4m2s-1という大きな係数を鉛直一様に与えた場合(CONST),CONSTの1200m,あるいは300m,500m以浅を0.2×10-4m2s-1にした場合(200M,300M,500M)について調べ,千島列島周囲の強い鉛直混合が海面に達するかどうかで海洋循環が大きく変わることを示した。すなわち,CONSTでは局所的な湧昇が海面近くまで達するのに対し,200M,300M,500Mでは湧昇は1000m以深に留まり,1000m以浅では局所的な下降流が生じ,向きの異なる二つの南北鉛直循環が形成される。この下降流は,鉛直拡散で下層の水と混合した海水が周囲の水より重くなり,その境界域に北向きの地衡流が形成され,地衡流が北壁にぶつかることで生じている。これは,海面冷却による表層水の沈降とは異なる,本研究で初めて指摘された下降流の形成機構である。また,下降流と湧昇のぶつかる深さ,すなわち向きの異なる二つの南北鉛直循環の境界の深さが,200M,300M,500Mのいずれの場合でも約1000mであり,鉛直拡散係数が大きく減少する深さによらないという興味深い結果が得られた。この原因については十分には解明されていないが,鉛直方向の密度交換のみを考慮した場合には,南北鉛直循環の境界深度は200M,300M,500M等で異なることを明らかにし,南方の西岸域に生じる弱い湧昇が境界深度の決定に関与している可能性を指摘した。 第3章では,千島列島周囲の強い鉛直混合が太平洋の海洋循環に与える効果について議論した。千島列島の周辺海域では強い鉛直混合によって深層水が湧昇し,その補償流として太平洋赤道域を西岸に沿って北上する流れが深層上部(深さ1960-3500m)に生じる。小さな鉛直混合を与えたBGの場合には弱い南下流になっており,観測で明らかにされたような北上流は,強い鉛直混合によって形成されることが明らかになった。千島列島の周辺海域で湧昇した海水は,中層下部(深さ940-1960m)を太平洋の西岸に沿って南下する。ただし,湧昇した海水は直ちに南下するわけではなく,一旦東方に輸送され時計回りのループを描いてから西岸域を南下する。これは,湧昇した海水が風による海洋循環によって運ばれるからであり,風成循環の移流速度とロスビー波の伝播速度の釣り合う経度まで東方に運ばれることが明らかにされた。こうして,深層上部の北上流と千島列島海域での湧昇と中層下部の南下流で構成される南北鉛直循環が,千島列島周囲の強い鉛直混合によって作られることが明らかになった。 これらの研究成果は,局所的な強い鉛直混合が太平洋海洋循環に大きな影響を与えており,海洋循環の実態を説明するための重要な要素のひとつであることを明確に示している。こうした知見は,本論文で明らかにされた現象や機構とともに,今後の海洋研究を大きく発展させるものと高く評価できる。 なお,本論文の第2章と第3章は羽角博康氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって実験及び分析を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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