No | 125404 | |
著者(漢字) | 神谷,寿美子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カミタニ,スミコ | |
標題(和) | 気道上皮細胞の上皮間葉転換 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 125404 | |
報告番号 | 甲25404 | |
学位授与日 | 2009.11.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第3369号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | (研究の背景) 近年、慢性炎症性肺疾患である気管支喘息や慢性閉塞性肺疾患の患者数、死亡者数は増加傾向であり、その病態解明が必要である。慢性炎症性肺疾患の病態の特徴として、気道リモデリングが挙げられる。気道リモデリングは創傷治癒過程の異常と考えられており、慢性炎症の結果、生じると考えられる。気管支喘息においては気道リモデリングの結果、不可逆性の気道閉塞に進行し、呼吸機能低下やステロイド治療抵抗性呈するようになる。また、慢性閉塞性肺疾患においては末梢気道の気道リモデリングが気流閉塞の主な原因とされている。気道リモデリングは以上のように臨床上、重要であるが、その形成に関与する線維芽細胞や筋線維芽細胞の由来をはじめ、機序は不明である。 上皮間葉転換という現象は上皮細胞が間葉系細胞様に形態変化する現象である。発生における器官形成に重要な役割をすることが明らかとなっているが、近年、この上皮間葉転換が癌の悪性化や臓器の線維化に関与するとの報告がなされている。 Transforming growth factor β1(TGFβ1)は上皮間葉転換の強力な誘導因子であると同時に、慢性炎症性肺疾患において気道リモデリングをはじめ、病態に関与すると考えられている。また、TNFαも上皮間葉転換および慢性炎症性肺疾患に関与するとの報告がある。 以上より、気道上皮細胞においてTGFβ1やTNFαの刺激により上皮間葉転換が誘導され、気道リモデリングに関与すると仮定し、実験を行った。 (方法) 1.細胞の培養 ヒト気道上皮細胞の細胞株であるBEAS-2Bを使った。細胞の培養はラットの腱由来のI型コラーゲンでコーティング済みの細胞皿の使用した。培養液は気道上皮細胞培養専用の無血清培養液(BEGM)を使用した。37℃ 5% CO2内で培養した。 2.細胞の刺激 TGFβ1(1.25‐5 ng/ml)もしくはTNFα (2.5‐10 ng/ml)もしくは両方を培養液に加え、細胞を刺激した。刺激時間は適宜変更した。 3.定量RT-PCR 上記の通り24時間から72時間刺激した細胞を用い、定量RT-PCRによりE cadherin, vimentin mRNA、および細胞外基質のtypeIcollagen, versican mRNAの発現を検討した。特異的プライマーの以下の通り各々作成した。 E-cadherin (5')CCCATCAGCTGCCCAGAAAATGTTT, (3') CTGTCACCTTCAGCCATCCTGTTT vimentin (5') GACAATGCGTCTCTGGCACGTCTT (3') TTCTTCTGCCTCCTGCAGGTTCTT type I collagen (5') CTGGTCCCCAAGGCTTCCAAGG (3') CTTCACCCTTAGCACCAACAGC versican (5')GGTATAGCCCATCTTCCATTTCC (3')GAATTGGAGACCCAACCAGGA GAPDH (5') GGTGAAGGTCGGAGTCAACGCA (3')CAGGGATCTCGCTCCTGGAAGA 4.形態変化の観察および免疫染色 TGFβ1 5 ng/ml, TNFα 10ng/mlおよび両方で72時間刺激した細胞の形態変化を観察した。またpan-keratin、vimentinの免疫染色をEnvision+kit/HRPを用いて行った。 5.遊走実験 TGFβ1 5 ng/ml, TNFα 10ng/mlおよび両方で72時間刺激した後、刺激を取り除いて通常の培養液で一晩インキュベートした細胞を用いて遊走実験を行った。遊走実験はBoyden blindwell chamber techniqueに従い行った。chemoattractantはfibronectin (5 μg/ml)を用いた。 6.増殖能の評価 BrdU (bromodeoxyuridine) cell proliferation assay kitを使用した。TGFβ1 5 ng/ml, TNFα 10ng/mlおよび両方で72時間刺激した後、刺激を取り除いて通常の培養液で一晩インキュベートした細胞を用いた。 7.Smad系、MAPK系へのTGFβ1、TNFαの影響 ウェスタンブロッティング法を用いて、TGFβ1、TNFαがSmad系であるSmad3、Smad1,5,8、またMAPK系のERK1/2. p38 MAPKを活性化するかを検討した。 (結果) 1.上皮系マーカー・間葉系マーカーのmRNAの発現 TGFβ1の刺激により上皮系マーカーのE cadherinの発現は有意に低下した。一方、間葉系マーカーのvimentinの発現は有意に増加しなかった。またTNFαの刺激によってE cadherinおよびvimentinの発現は変化しなかった。TGFβ1およびTNFαの共刺激によりE cadherinは低下するが、TGFβ1で単独刺激した細胞と比較すると有意な変化はなかった。vimentinの発現は有意に増加した。形態変化を認め、上皮系マーカーのE cadherin mRNA発現とpan-keratinの発現低下およびtypeIcollagen, versican mRNA発現上昇を認めた。 2.形態変化 BEAS-2Bは通常、上皮細胞の特徴である細胞同士が密着した敷石状の形態を呈している。TGFβ1の刺激により細胞同士の接着がなくなり、一部の細胞は紡錘状に変化した。更にTGFβ1とTNFαの共刺激により形態変化はより増強した。TNFαのみの刺激では形態変化は明らかではなかった。 3.上皮マーカー、間葉系マーカーの蛋白質レベルでの発現 免疫染色によりpan-keratin, vimentinの発現を検討したところ、無刺激の細胞ではほとんどの細胞にpan-keratinが発現していた。TGFβ1で刺激した細胞ではpan-keratinの発現が減少し、TNFαとの共刺激によりさらなる減少を認めた。vimentinは無刺激の細胞でも一部、発現を認めたが、TGFβ1やTGFβ1とTNFαの共刺激によりその発現の増強を認めた。TNFαのみの刺激ではそれぞれの発現に変化を認めなかった。 4.遊走能 TGFβ1で刺激した細胞は遊走能の増強を認めるものの有意ではなかった。TGFβ1とTNFαで共刺激した細胞は遊走能が有意に増強した。TNFαのみで刺激した細胞では増強効果は認めなかった。 5.細胞外基質の発現 TGFβ1単独刺激、TNFαとの共刺激により、細胞外基質のI型collagenとversicanの発現上昇を認めた。両者間では有意差はなかった。 6.増殖能の評価 TGFβ1とTNFαで共刺激した細胞は増殖能は有意に抑制された。 7.TGFβ1、TNFαによりSmad活性化への影響 TGFβ1の刺激によりSmad3はリン酸化されるが、Smad1,5,8はリン酸化されなかった。またTNFαの刺激はこれらの活性化に影響を与えなかった。 8.ERKおよびp38 MAPKの活性化への影響 TGFβ1およびTNFαによりERK1/2の活性化が認められた。またTNFαの刺激によりp38 MAPKの活性化が認められた。 9. ERKおよびp38 MAPKのEMTに対する影響 TGFβ1とTNFαの共刺激によるBEAS-2Bの形態変化およびE cadherin, vimentinの発現の変化に、ERK阻害剤とp38 MAPK阻害剤は影響を与えなかった。 (結論) ヒト気道上皮細胞のBEAS-2BはTGFβ1単独刺激により上皮系マーカーのE cadhrin,pan-kerarinの発現低下を認めるが、形態変化は一部の細胞に認めるのみで、間葉系マーカーの発現上昇や遊走能の増強は認めなかった。TGFβ1とTNFαの共刺激により形態が上皮細胞の特徴である敷石状形態から紡錘状に変化し、その変化に伴いE cadherinおよびpan-kerarinの発現低下とvimentinの発現上昇を認め、上皮間葉転換が引き起こされたと考えられた。また遊走能の増強と細胞外基質(type Icollagen, versican)の発現上昇を認め、間葉系細胞の機能も獲得したことが認められた。本研究の結果より気道上皮細胞はTGFβ1の刺激により部分的に上皮間葉転換が誘導され、TNFαとの共刺激によりさらに上皮間葉転換が進んだと考えられた。本研究の結果よりTGFβとTNFαにより刺激を受けた気道上皮細胞が上皮間葉転換を獲得することにより気道リモデリングに関与している可能性が示唆された。BEAS-2BにおいてTGFβ1はSmad3, ERK1/2を活性化し、TNFαはERK1/2, p38 MAPKを活性化することが明らかとなったが、これらがBEAS-2Bの上皮間葉転換に関与するかは本研究では明らかとできなかった。機序については更なる研究が必要と考えられる。 | |
審査要旨 | 気管支喘息、慢性閉塞性肺疾患の病態において、気道リモデリングは重要であるが、その機序については不明な点が多い。本研究では、ヒト気道上皮細胞の細胞株のBEAS-2Bを用いて、ヒト気道上皮細胞が上皮間葉転換(epithelial mesenchymal transition ; EMT)を介し、気道リモデリングに関与しうるかを検討し、下記の結果を得た。 1. 強力なEMT誘導因子とされる、transforming growth factorβ1 (TGFβ1) の刺激によりBEAS-2Bは上皮細胞の接着因子であり、EMTにおいて上皮系細胞のマーカーとされる、E-cadhrerinの発現の低下を認めた。しかし、間葉系マーカーであるvimentinの発現は有意には増加しなかった。Tumor necrosis factorαの刺激によってはBEAS-2BにおいてE-cadherin, vimentinの発現は変化しなかった。 TGFβ1およびTNFαの共刺激により、E-cadherinの発現は有意に低下し、vimentinの発現は有意に増加した。 2. BEAS-2Bは無刺激では上皮細胞の特徴とされる、細胞同士が密着した敷石状の形態を呈している。TGFβ1の刺激により細胞同士の密着した状態が減少し、さらにTGFβ1とTNFαの共刺激により、その変化はより強くなり、形態も紡錘状に変化した。TNFαの刺激によっては形態の明らかな変化は認めなかった。 3. 免疫染色によって、上記の形態変化とともにTGFβ1およびTNFαの共刺激によりE-cadherinの発現低下およびvimentinの発現上昇が蛋白質レベルで確認された。 4. 間葉系細胞の機能の1つである遊走能を検討した。TGFβ1で刺激した細胞では遊走能は増強を認めるものの、有意ではなかった。TGFβ1およびTNFαで共刺激刺激した細胞では有意に遊走能の増強を認めた。 5. 細胞外基質(I型collgagen, versican)のmRNAの発現を検討した。TGFβ1、TGFβ1とTNFαの刺激によりI型collagen, versicanの発現は有意に上昇した。 6.増殖能について検討した。TGFβ1とTNFαで刺激した細胞は、有意に増殖能が低下した。 7. BEAS-2BにおいてTGFβ1、TNFαがSmad系およびMAPK系の活性化に影響するか検討した。TGFβ1はSmad3およびERK1/2を活性化し、TNFαはp38MAPKを活性化した。 8. MAPK kinase 1/2の阻害剤のU0126, p38 MAPKの阻害剤であるSB203580を用いて、TGFβ1とTNFαの共刺激によるEMTに対する影響を検討したが、これらの薬剤は影響を与えなかった。 以上、本論文ではヒト気道上皮細胞の細胞株であるBEAS-2BがTGFβ1およびTNFαの共刺激により上皮細胞から間葉系細胞様に変化する上皮間葉転換を起こしたことを明らかとした。気管支喘息や慢性閉塞性肺疾患において重要な病態である気道リモデリングに気道上皮細胞の上皮間葉転換が関与する可能性を示唆するものであり、学位授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |