学位論文要旨



No 125407
著者(漢字) 五藤,大輔
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,ダイスケ
標題(和) エアロゾル直接効果・間接効果の放射強制力に関するGCMモデル評価の改良
標題(洋) Improvement of the radiative forcing evaluation with GCM for aerosol direct and indirect effects
報告番号 125407
報告番号 甲25407
学位授与日 2009.11.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5441号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 小池,真
 東京大学 教授 中島,映至
 東京大学 教授 近藤,豊
 東京大学 教授 植松,光夫
 東京大学 准教授 佐藤,正樹
 名古屋大学 准教授 須藤,健悟
内容要旨 要旨を表示する

エアロゾルは気候に大きな影響を及ぼすものであり、気候変動を理解する上で重要な因子の一つである。エアロゾルが放射収支に影響を与え得る効果としては、大きく分けて二つある。一つはエアロゾルが大気中で太陽光を散乱・吸収することで放射収支を変化させる効果(直接効果)であり、もう一つはエアロゾルが雲凝結核となって雲の光学特性や降水効率を変化させる効果(間接効果)である。IPCC 第四次報告書による人為起源エアロゾルによる放射強制力は-0.5 W m-2 (直接効果)、-0.7 W m-2 (第一種間接効果)と見積もられているが、その不確定性は非常に高い。そしてこの不確定性の一部は、各エアロゾルモデルのエアロゾル分布の再現性の差に由来する。そこで本研究では、三次元エアロゾル輸送モデルSPRINTARS(Takemura et al., 2005)を用いて、これまで以上に観測との比較を行い、より良い再現性が得られるように改良を目指した。これによって、より良い放射強制力の見積もりが出来ると考えられる。

大半の人為起源エアロゾルは二次生成エアロゾルである。これには、硫酸塩、アンモニウム塩、硝酸塩、などの無機成分の他に、有機炭素エアロゾルの一部も含まれる。例えば、モデルで計算された硫酸塩の放射強制力には、硫酸塩の分布の不確定性に由来する誤差が含まれる。そこで、本研究ではその分布の誤差要因を解明し、モデルを改良することでより良い観測との一致を計った。次に、アンモニウム―硫酸塩―硝酸塩系の計算モジュールをSPRINTARS に導入し、アンモニウム塩と硝酸塩の放射強制力の評価を行えるようにした。これには、これらの成分を取り入れた全球エアロゾルモデルの数は少なく、その放射強制力の見積もりの評価が十分に得られていない背景がある。そして次に、二次生成有機炭素エアロゾルの中で最大量である自然起源二次生成有機炭素エアロゾル(BSOA)の計算モジュールをSPRINTARS に導入した。BSOA は吸湿性が高いことと、産業革命以前と現在とでの存在量の差が指摘されていることから、これらによる放射強制力、特に間接効果放射強制力への寄与が大きいと考えられる。

SPRINTARS と他のモデル間での硫酸塩の分布の差は、SO2 の液相での取り扱いに大きな原因があることがわかった。ヘンリー平衡と液相化学反応の時間スケールが非常に短いことをモデル計算で反映させること、及び、化学反応式の解法が重要な因子であり、本研究ではモデルで計算する時間ステップを短くし、二次反応の解を導入することで、より現実に近い条件で計算を行った。これにより、従来よりも観測結果に非常に近い硫酸塩の分布が得られるようになった。また、アンモニウム―硫酸塩―硝酸塩系を計算するモジュールは熱平衡に依存しており、各イオン成分にも大きく依存している。本研究では、計算コストをあまり増やすことなく硝酸系の計算を行うために、簡略化したモジュールを作成した。これを用いた計算では、アンモニウム塩及び硝酸塩の再現性は、観測の不確定性が非常に高いものの、概ねよく再現することができた。また、室内実験で得られた物理式を用いて、新しく作成BSOA の計算モジュールをSPRINTARS に導入した。その結果、観測結果が不足しているために十分な検証はできないが、限りある中での検証では良い一致が得られた。

以上のようなSPRINTARS の改良後に、直接効果・間接効果の放射強制力を新たに見積もった。硫酸塩の改善とアンモニウム塩と硝酸塩の導入によって、人為起源全エアロゾルによる直接効果・間接効果放射強制力は、それぞれ-0.0 W m-2 と-0.7 W m-2 であったのが、それぞれ-0.6 W m-2 と-0.8 W m-2 になった。このうち、アンモニウム塩と硝酸塩の導入では、直接効果・間接効果放射強制力の絶対値はそれぞれ0.3 W m-2 と0.1 W m-2 増加した。変化量は地域別で見ると差は顕著となり、例えば東南アジアでは直接効果・間接効果放射強制力の絶対値の変化量はそれぞれ0.5-1 W m-2 と0.2 W m-2 以下であった。また、本研究で使用したアンモニウム―硫酸塩―硝酸塩系を計算するモジュールによる直接効果・間接効果放射強制力の不確定性は共に0.1 W m-2 以下と小さかった。BSOA の計算を導入することで、間接効果放射強制力の絶対値が最大0.3 W m-2 増加した。本研究で改良・導入したモジュール間での放射強制力の差は、最大0.8 W m-2 程度で、これはIPCC 第四次報告書で見積もられた不確定性の差の40%に及ぶ。このことは、本研究で調べたモジュール改良が放射強制力の見積もりに与える影響が大きいことを示唆している。しかし、本研究で行った改良ですべての観測との不一致を説明した訳ではないので、より良いエアロゾル放射強制力の見積もりには境界層スキームなど他の過程の改良が必要となる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文はグローバル三次元エアロゾル輸送モデルSPRINTERSを用い、従来簡易的にしか表現されてこなかった無機および有機エアロゾルの生成過程について大幅な改良を加え、観測との比較などにより改善を検証した上で、グローバルな直接・間接放射強制力の新たな見積もりをした結果をまとめたものである。

エアロゾルはグローバルな放射収支に対して、直接的(エアロゾルが大気中で太陽光を散乱・吸収することで放射収支を変化させる直接効果)および間接的(エアロゾルが雲凝結核となって雲の光学特性や降水効率を変化させる間接効果)に多大な影響を与えている。直径1ミクロン以下の微小粒子についてみると、ほとんどのエアロゾルは大気中で生成する二次生成エアロゾルである。しかしながら二次エアロゾルの生成過程は、多くの化学成分が関与する複雑な大気化学反応過程により支配されているため、一般にその計算には多くの計算機資源が必要とされる。従って、グローバルな放射収支を計算するモデルでは、二次エアロゾルの生成過程をいかに簡易的かつ正確に表現できるかが重要になってくる。この研究では放射収支の不確定性の大きな要因となっている無機および有機エアロゾルの二次生成過程を系統的に調べ、計算機コストをあまり増加させること無く、以下のように推定精度を従来よりも格段にあげることに成功した。

無機エアロゾルの中で、硫酸塩は一般に最大の質量をもつ主要成分である。この研究では硫酸エアロゾルの分布を決める誤差要因を系統的に調べ、重要な過程について改良を行なった。第一にヘンリー平衡と液相化学反応の時間スケールが短いことを考慮し、モデル計算の時間ステップを短くするとともに二次反応の解を導入した。また液相反応の酸化剤である過酸化水素をモデル内で陽に計算する方法を導入した。さらに液相反応のpH依存性の表現を導入した。これらの改良により、従来よりも観測結果に非常に近い硫酸塩の分布が得られるようになった。

次に硫酸とともに重要な無機エアロゾルである硝酸塩エアロゾルを、SPRINTERSに新たに導入した。アンモニウム―硫酸塩―硝酸塩系を計算する簡易的な熱力学平衡モジュールを導入することにより、計算コストをあまり増やすことなく硝酸塩の計算が可能となった。このモジュールの計算結果は、多くの大気条件(気温や相対湿度)において詳細な熱力学モデル(ISORROPIA)と比較的よく一致していることが確かめられた。さらに、観測の不確定性が非常に高いものの、観測結果の特徴を概ねよく再現することが確かめられた。

有機エアロゾルは無機エアロゾルと比べてその生成過程の理解が大きく遅れている。この研究では室内実験で得られた物理式を用いて、自然起源の炭化水素(モノテルペンなど)から生成する有機エアロゾルを計算するモジュールも導入した。その結果、観測例が不足しているために十分な検証はできないが、数少ない報告結果との比較においては良い一致が得られた。自然起源の二次有機エアロゾルは吸湿性が比較的高いことと、産業革命以前と現在とでの存在量の差が指摘されていることから、これらによる放射強制力、特に間接効果放射強制力への寄与が大きいと考えられる。

改良されたSPRINTARSモデルを用いて、直接効果・間接効果の放射強制力を新たに見積もった。硫酸塩の改善とアンモニウム塩と硝酸塩の導入によって、人為起源全エアロゾルによる直接効果・間接効果放射強制力は、それぞれ-0.0 W m-2と-0.7 W m-2であったのが、-0.6 W m-2と-0.8 W m-2になった。変化量は地域別で見ると差は顕著となり、例えば東南アジアでは直接効果・間接効果放射強制力の絶対値の変化量はそれぞれ0.5-1 W m-2と0-0.2 W m-2であった。自然起源有機エアロゾルの導入により、間接効果放射強制力の絶対値が最大0.3 W m-2増加した。本研究で改良・導入したモジュール間での放射強制力の差は、最大0.8 W m-2程度で、これはIPCC第四次報告書で見積もられた不確定性の40%に及ぶ。このことは、本研究で実施したモジュール改良が放射強制力の見積もりに与える影響が大きいことを示唆している。

以上のように本論文は、エアロゾルの放射強制力の見積もりの大きな不確定要因となっていた二次エアロゾル成分やその生成過程を、計算機コストをあまり増加させることなく導入・表現することにより、地球の放射収支を格段に精度良く推定した研究として高く評価できる。

なお、本論文の内容は共同研究に基づいたものであり、学術論文誌Journal of Geophysical Researchに発表済み、あるいは発表予定であるが、いずれの論文も論文提出者が第一著者であり、主体となって解析・解釈を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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