学位論文要旨



No 125410
著者(漢字) ,裕子
著者(英字)
著者(カナ) イソザキ,ユウコ
標題(和) 石英のESR信号強度と結晶化度によるタリム盆地起源風成塵およびその供給源の特徴づけと風成塵供給源の時代変動
標題(洋) Characterization of eolian dust and its sources in the Tarim Basin and their temporal changes during Plio-Pleistocene based on the ESR signal intensity and Crystallinity Index of quartz
報告番号 125410
報告番号 甲25410
学位授与日 2009.12.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5442号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 横山,祐典
 東京大学 教授 川幡,穂高
 東京大学 准教授 阿部,彩子
 東京大学 教授 多田,隆治
 岡山理科大学 教授 豊田,新
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

タリム盆地は,中国北西部に位置し,世界第2位の面積を持つ砂砂漠であるタクラマカン砂漠を内包する広大な乾燥域である.この乾燥域は,亜熱帯高圧帯下に発達する通常の砂漠に比べてやや高緯度の北緯40度付近に分布しており,その形成がチベット高原の隆起に起因する可能性が気候モデルシミュレーションから示唆されている(Kitoh, 2004ほか).この緯度には,春から秋にかけてジェット気流が上空を通過しており,春先にタリム盆地から放出される風成塵は,北東からの地上風によって盆地南西部へと運搬され,チベット北側斜面にそって巻き上げられて高度5000m以上にまで到達し,ジェット気流に乗って西へと運搬される(Sun et al., 2001).このためタリム盆地は,風下に位置する黄土高原や北太平洋,更には北半球全域への風成塵の主要供給源のひとつとみなされている(Zhang et al., 2003; Sun et al., 2004).したがって,タリム盆地から放出される風成塵が,どこで・どの様に形成されるのか,どの様な特徴を持つのか,過去において,その特徴にどのような変化があったのか,その変化要因は何だったのか,を知ることは非常に重要である.

先行研究において,盆地内の砕屑物は周囲の山脈における氷河による侵食,河川による運搬,盆地内での堆積,風による侵食運搬という過程を経て均質化しているとする説が提唱されている(Ishii et al., 1995).しかしながら,盆地内の砕屑物の細粒要素を対象とした風成塵供給源の推定は,西部崑崙山脈と西部天山山脈の2地点で山岳レスとその下位のモレーンを比較した研究しか行なわれておらず,広大な盆地全域にわたって砕屑物の組成を比較検討した研究は存在しない.また近年,盆地内での風成塵の発生源と考えられる様になった枯川や扇状地などの河川成堆積物や乾燥湖の細粒砕屑物(< 20 μm)を対象とした研究は,これまで行なわれていない.

一方で,タリム盆地の乾燥史については,Zheng et al. (2003)およびTada et al., (submitted)が,タリム盆地南縁Yecheng地域の扇状地堆積物に挟在する黄色シルト層の成因を堆積学的に検討して,それが風成堆積物である事を示し,その堆積開始年代が460万年前であることを示した.また,地層の傾動速度の変化から,400~300万年前,210~150万年前にかけて崑崙山脈西部において隆起が起こり,盆地内に大量の砕屑物を供給したことを示した.このことから,少なくとも460万年前からタリム盆地は乾燥化し,風成塵を放出し始めたと推測した.しかしながら,この風成堆積物の供給源推定は行われていない.そのため,タリム盆地で発生する風成塵について,その供給源が放出開始当時から現在と同じなのか,それとも崑崙山脈の隆起に伴い供給源に変化があったのかは,明らかにされていない.

目的と手法

本研究では,風成塵の供給源推定を行なう上で,砕屑物中の石英に注目した.そして,タリム盆地に流入する河川成堆積物,盆地東部に分布する湖成堆積物,山岳レス中の石英についてESR信号強度および結晶化度を測定してタリム盆地内の表層堆積物の特徴づけを行ない,それを元に,タリム盆地内における砕屑物の運搬-混合-再堆積過程について検討を行った.そして,その結果を元に,Yecheng地域に露出する鮮新世の扇状地堆積物に挟在される黄色シルト層および更新世の山岳レスを用いて,460万年前から現在にかけてのタリム盆地起源の風成塵の供給源の変遷の復元を試みた.

石英のESR信号強度と結晶化度は,各々その形成年代と形成過程を反映する独立した指標である.そのため,1指標のみで見るよりも石英が含まれていた母岩の特徴をより明確に識別できると期待される.この2つの指標を風成塵の発生源推定に応用した研究は過去に無い.また,本研究では,これら砕屑物を,風にのってsuspensionによる長距離移動が可能であるとされる<16 μmフラクション(風成塵)(Pye, 1998),および風の力ではSaltationもしくはCreepによっての短距離移動しかできず,水流により運搬された可能性が高い> 64μmフラクション(河川成)(Pye, 1998)に分けて分析を行うことで,盆地内における風成塵の形成プロセスを考察した.

結果と考察

タリム盆地に流入する河川から採取した堆積物中石英の粗粒要素(> 64 μm)は,主に古生代前期の変成岩が分布する天山山脈中央部では15以上の大きいESR信号強度と8.6~8.8の中程度の結晶化度を,主に中生代の変成岩が分布する天山山脈西部では5~15の中程度のESR信号強度と8.6以下の低い結晶化度を示し,集水域の地質を反映した特徴を持つことが明らかになった.一方で崑崙山脈(特に最西部)では,主に古生代の原岩年代を持つ変成岩が分布しているにもかかわらず,1以下の著しく小さいESR信号強度を示した.これは新生代にパミール高原の隆起に伴い花崗岩が貫入したことにより,変成岩が広域変成を受け,ESR年代がリセットされたことによると解釈された.したがって,タリム盆地に流入する主要河川全てにおいて,河川堆積物の粗粒要素中の石英は河川集水域の地質を反映した特徴を示すことが示された.

一方で,タリム盆地内を吹く地上風の風下地域である崑崙山脈から流出する河川の堆積物の細粒要素中の石英は,ESR信号強度=7.2±2および結晶化度=8.8±0.1の領域に値が収束する傾向を示した.この値は,崑崙山脈北側斜面に堆積する山岳レスと一致する.これは,タリム盆地を取り囲む山脈を起源とする細粒砕屑物が,河川により扇状地,その末端の乾燥湖,および盆地東部湿地へ運搬され,それが北東から吹き込む地上風により侵食・運搬され,盆地南縁崑崙山脈北斜面へ風成塵として堆積し,そこから再び侵食されて盆地東部へ運搬されることの繰りかえしを通じて均質化された結果であると考えられる.

本研究では更に,崑崙山脈西部山麓のYecheng地域において,河川成堆積物に挟在する形で460万年前から180万年前にかけて堆積したYellow Siltと呼ばれる風成堆積物及び80万年~100万年前以降現在まで堆積を続けている山岳レス中の石英に注目して,そのESR信号強度および結晶化度の測定を行い,第一部の結果と比較することにより,460万年前から現在にかけての風成塵供給源の時代変動を復元し,その変化原因の考察を行った.

その結果,460万年前 から400万年前にかけて,Yecheng地域の風成堆積物の細粒要素のESR信号強度は13から20,CIは8.4から9.1を示す.この値は現在のタリム盆地内の河川堆積物の粗粒要素のデータと比べると天山山脈中央部から供給された砕屑物の値に近いが,この時期の崑崙山脈山麓では東西方向に河川が流れていたことから,山すそに分布する未変成のプレカンブリアから古生代前期の古い年代を持つ堆積岩が侵食を受け,砕屑物を供給していた可能性が高い.400万年前から360万年前にかけて,ESR信号強度が20から30と一時的に著しく高くなり,CIが9.1から8へと急激に減少する.これは,360万年前頃に起こった崑崙山脈の活発な隆起にともなって,未変成のプレカンブリアから古生代前期の地層が露出し,大規模に侵食され,砕屑物をタリム盆地内に供給した事を反映すると考えられる.そして,360~350万年前にかけて,ESR信号強度は10以下へ急激に減少し,結晶化度の値は8.6程度で安定して,現在の値に近付く.その後は,210万年前および190万年前に5以下の小さなESR信号強度および結晶化度が9程度まで増加を示すほかは,190万年前まで,ほぼ現在のタリム盆地が放出している風成塵(崑崙山脈に堆積する山岳レス)値に近い値を示す.加えて,100~80万年前から堆積を続けている山岳レスについても,ほぼ現在のタリム盆地が放出している風成塵に近い値を示す.これは,崑崙山脈西部の隆起に伴って若い変成年代を持つ変成岩が露出し,侵食され,大量の砕屑物がタリム盆地に流入した事を反映すると考えられる.この様に,タリム盆地内の細粒砕屑物の性質は,350万年前以降現在まで維持されており,現在に近い風成塵の生成システムは,崑崙山脈西部の隆起に伴い350万年前頃に確立したと考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

ダストは、過去の地球における乾燥域の広がりや運搬風系に関する情報を持っている。従って、その放出源や起源、形成機構の理解は、過去の気候変動、特に大気循環復元の上で重要である。ダストはまた、地球温暖化に伴う気候変動予測における放射強制力評価において、最も不確定性の高い項目のひとつである。従って、ダストの起源や形成機構の理解は、その放射強制力理解の上でも重要である。タリム盆地(タクラマカン砂漠)は、北半球における主要ダスト放出源と考えられているが、そのダストの起源、特徴や形成機構、それらの時代変化については、ほとんど解っていない。本研究は、この問題に正面から取り組んだものである。

本研究は、二部構成からなる。第一部では、現在のタリム盆地における砕屑物のリサイクル過程と風成塵の起源について、砕屑物中の石英の電子スピン共鳴(ESR)信号強度および結晶度を基に議論している。第一章では、風成塵供給源としてのタリム盆地の重要性、そのダストの起源、砕屑物の起源について、これまでの研究をレビューして問題点を抽出し、本研究の目的を述べている。第二章ではタリム盆地の地質学的、地理学的、気候学的背景について、既存の研究結果をまとめている。第三章ではタリム盆地に流入する河川堆積物や、湖沼堆積物、山岳斜面に堆積するレス(細粒風成堆積物)試料の採取地点および試料の産状について記述している。第四章では、試料の前処理方法および石英のESR信号強度分析および結晶化度分析の手法について記述している。試料は、細粒画分(<16μm;風により遠くに飛ばされうる粒度)と粗粒画分(>32μm;風による長距離運搬が不可能な粒度)に粒度分画し、其々の画分について測定を行っている。第五章では、分析結果を記述し、河川堆積物の粗粒画分は、後背地の地質の違いを反映しているのに対し、細粒画分は、むしろ産状の違いを反映していることを指摘している。第六章では、結果の解釈を基に、タリム盆地におけるダストの起源、特徴、形成機構について述べている。先ず、タリム盆地を取り囲む山脈から供給される砕屑物は、盆地南縁の毘喬山脈と北縁の天山山脈とで特徴を異にし、同じ山脈内でも東部から西部に向かって特徴が変化することを示している。そしてその結果を基に、盆地内に供給された砕屑物の一部は盆地を取り囲むように形成された扇状地上に堆積し、残りは盆地の縁に沿って流れる河川により撹搾されながら盆地東北部の低地へと運搬されて季節性湖に堆積すること、これら砕屑物のうち20μm以下の細粒画分は、盆地内に東北から吹き込む卓越風によって運搬され、盆地南縁の崑崙山脈北斜面に降下し、再び河川により浸食・運搬されて、山麓の扇状地や盆地東北部の季節性湖に堆積することを明らかにしている。そして、ダストの原料となる細粒砕屑物は、盆地内でこのようなリサイクル過程を繰り返し、均質化されることを示している。一方、60μm以上の粗粒画分は、河川により盆地縁辺部や東北部の季節性湖に運ばれたあと、細粒画分が吹き払われた残渣として地表風によりタクラマカン砂漠に運ばれ、盆地南西部に向かって吹きあげられながら堆積することを明らかにしている。

第二部は、第一部の結果を基に、タリム盆地起源のダストの起源、特長の時代変遷について議論している。タリム盆地南西縁部Yecheng地域には、700~180万年前にかけての河川堆積物が連続して露出し、特に460万年前以降、風成堆積物が頻繁に介在されるようになる。そこで第二部では、670万年前以降の河川堆積物および460万年前以降の風成堆積物について、その粗粒画分(<16μm)と細粒画分(>32μm)中の石英のESR信号強度および結晶度を測定し、供給源の変遷の復元を行っている。第一章では、ダストの供給源としてのタリム盆地の古気候学的重要性を述べ、タリム盆地の乾燥史に関するこれまでの研究をレビューした後に第二部の目的を述べている。第二章では、タリム盆地を囲む山々の隆起・侵食史について既存の研究をまとめている。第三章では、調査地域の地層層序について、第四章では、試料採取地点および層準について、第五章では、分析手法について記載している。第六章では、分析結果について記載している。特に粗粒画分、細粒画分其々について、ESR信号強度と結晶度の時代変化を比較し、両者が時代と共にどう変化したのか、両者の差が時代と共にどう変化したのかを記述している。第七章では、ESR信号強度と結晶度を基に、粗粒画分、細粒画分の起源を推定し、それらの起源の変遷について議論している。その結果に基づくと、約460万年前から天山山脈起源の細粒砕絶物が風成塵としてタリム盆地南西部に堆積し始め、350万年前にかけて堆積を続けた。その後、カラコルム山脈の急激な隆起と浸食の増加に対応して、約350万年前に風成塵の供給源が崑崙山脈西部~ カラコルム山脈へと急変した。そして、現在に至っていることを述べている。また、タクラマカン砂漠の砂は、崑崙山脈西部~カラコルム山脈から供給された土砂の細粒画分が風で吹き飛ばされた残渣が濃集したものと考えられることを述べている。そして、第八章では、第二部の結果をまとめている。

本委員会は、論文提出者に対し、平成21年9月2日に学位論文の内容および関連事項について口頭試験を行なった。本研究によって、タリム盆地における風成塵の究極供給源が周囲を囲む山脈、特に崑崙山脈西部~ カラコルム山脈にあることが明らかにされると共に、その生産過程、盆地内での侵食、運搬、堆積、再侵食仮定の繰り返しによる組成均質化過程の存在が示されたこと、さらに、そうしたタリム盆地におけるリサイクル、均質化システムの原型が崑崙山脈西部~カラコルム山脈の隆起、浸食の増大に伴って350万年前に確立し、100万年前までにはそのシステムが完成したことが明らかにされたことを地球システム科学における重要な発見であると判断し、審査委員全員一致で合格と判定した。

なお、本研究の第一部は多田隆治、Sun Youbin、豊田新との、第二部は多田隆治、Zheng Hongbo、豊田新、杉浦なおみ、長谷川精との共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって調査と結果の解析を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断される。

上記の点を鑑みて、本論文は地球惑星科学、とくに地球システム科学の発展に寄与するものと認め、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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