学位論文要旨



No 125423
著者(漢字) 佐々木,俊法
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,トシノリ
標題(和) 陸成層分析からみた東アジアにおける第四紀後期の環境変動
標題(洋) Late Quaternary Environmental Changes in East Asia Reconstructed from Terrestrial Sediments
報告番号 125423
報告番号 甲25423
学位授与日 2009.12.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第531号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 自然環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須貝,俊彦
 東京大学 教授 福田,健二
 東京大学 准教授 穴澤,活郎
 東京大学 教授 小口,高
 三重大学 教授 春山,成子
内容要旨 要旨を表示する

黄土高原から韓半島を経て日本列島に至る地域の陸成層を解析し,第四紀後期の気候変動を復元した.陸成層のうち,風成層を対象に過去約10万年間における,広域対比をおこなった.その結果,堆積速度は黄土高原で最大となり,韓半島でそこから1桁以上減少し,日本列島では火山噴出物の付加により,韓半島の5倍程度大きい値を示した.さらに,古土壌層の形成とその頻度に着目することで,環境変動復元の時間分解能精度は,堆積速度に規定されていることが判明し,以下の指標を得た.

1.0.01m/1000年程度の堆積速度では,10万年周期の氷期-間氷期サイクルが卓越した形で環境変動が復元された.

2.0.05m/1000年程度で一部,亜間氷期のレベルまで復元が可能であった.

3.0.3m/1000年では,少なくとも2万年周期まで復元され,さらに詳細な変動も捕らえる可能性がある.

また,粒度分析によって得られた粒度分布について,正規集団分離を利用した解析おこなうことで,風成層の流送過程や給源について,あきらかにすることができた.

次に,陸成層のうち,中部日本の小盆地の堆積物を対象に化石花粉群集について,モダンアナログ法による解析をおこない,過去30万年間の気温と降水量を復元した.その結果をまとめると,以下の通りである.

1.年平均気温は約10℃の振幅を伴う約10万年の周期変動が卓越する.

2.夏期降水量は日射量と同調して約2万年周期が卓越する.

3.盆地床では,湖沼と湿地が2万年ごとに交互に出現し,日射が弱まり降水が増すと水域が拡大し,日射が強まり降水が減ると湿地が広がる.

4.以上の周期様変動は黄土高原における土壌層とレスの発達周期と同調することから,東アジアの長期気候変動は日射量変動に規定されてきた可能性がある.

さらに,粒度分布について,風成層と同様に正規集団分離を利用した解析おこない,流送過程や給源に着目した広域対比をおこなった.

また,粒度分布解析により得られた広域風成塵の変動パターンから,セミグローバルスケールでの環境変動が,地軸歳差運動による日射量変動に規定された周期的変化を繰り返してきた可能性が示された.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,黄土高原から日本列島にかけて分布し,黄砂として知られる広域風成塵に着目して,気候変動が地表環境へ及ぼす影響をセミグローバル~ ローカルスケールで論じたものである。広域風成塵は,農牧業を支える土壌の母材を形成すると同時に,栄養塩の付加などを通じて海洋環境の形成にも重要な役割を果たす。加えて,日射の負の放射強制力としても機能しており,その振舞いが注目されている。

第1章では本研究の意義と目的を論じた。

第2章では,韓国で採取した黄砂サンプルを対象として,粒度分析を行い,黄砂が複数の対数正規集団に分離されること,それらのうち,粗粒集団は砂塵に,細粒集団は広域風成塵にそれぞれ対比されることを明らかにした。次に,中国黄土高原,韓半島の段丘面,日本の下総台地を対象として,各地の風成層の堆積速度,粒度組成,土壌層の発達状態を吟味し,長期環境変動を復元した。風成層の堆積速度は,黄土高原で最大となり,韓半島でそこから1桁以上減少し,日本列島では韓半島の5倍程度に達することを示した。さらに,古土壌層の形成頻度が風成層の堆積速度に規定されていることを見出した。また,古土壌層の形成時期は,黄土高原,韓半島,日本の何れの調査地点においても相対的温暖期に対比された。

第3章では,中部日本に位置する大湫盆地埋積堆積物を対象として,粒度分布,色相明暗度・有機炭素含有率,化石花粉群集について解析をおこない,過去30万年間の古環境を復元した。これらの成果を以下のようにまとめられた。

1.盆地堆積物は,粒度分布特性に着目することで,近傍からの砂塵,広域風成塵,エアロゾルのほかに,テフラ,斜面物質などに由来する5つの正規集団に分離しうる。

2.調査地の年平均気温は,氷期に3~4℃,間(後)氷期に13~14℃ に変化してきた。

3.調査地の夏期降水量は,日射量と同調して2万年程度の周期性をもって変動してきた。

4.盆地床では,湖沼と湿地が2万年ごとに交互に出現し,日射が弱まり降水が増すと水域が拡大し,日射が強まり降水が減ると湿地が広がった。

5.以上の周期様変動は,黄土高原における土壌層とレスの発達周期と同調することから,東アジアの長期気候変動は日射量変動に規定されてきた可能性がある。

第4章では,広域風成塵の堆積速度および平均粒径の広域的な変化を定量的に検討した。広域風成塵の給源に近い中国黄土高原から韓半島に至る過程で,堆積速度は2桁減少し,平均粒径は半減した。韓半島から日本列島に至る過程では,堆積速度は3~5倍となり,平均粒径は10~20%粗粒化した。この理由として,常に乾陸地であった韓半島に対し,常に湿地~湖沼環境にあった大湫では広域風成塵の再移動が生じにくかったことが考えられた。もう一つの理由として,日本の柏地点ではテフラが広域風成塵を侵食から防ぐ役割を担った可能性を指摘した。他方,韓半島から日本列島にかけて,広域風成塵の中央粒径が減少しない理由として,北西モンスーンの影響下で,北東ユーラシア給源の粗粒物質が日本列島へ供給されている可能性,および,テフラの二次堆積による粗粒化の可能性を指摘した。

第5章では,全体の結論を述べるとともに,本研究の意義と課題について展望した。段丘面を覆う風成層は,段丘の形成年代を推定しうる情報を含むと考えられるが,レスの堆積速度が遅い日本列島周辺では,従来こうした情報がほとんど活用されてこなかったことを指摘するとともに,今後,この方面の研究が進展すれば,従来の広域テフラ層による火山灰編年を補完できることを指摘した。

以上のように,本研究は従来研究が遅れていた韓半島から日本列島にかけての広域風成塵を対象として,その分布や粒度特性の詳細を明らかにするとともに,広域風成塵に着目することによって,ユーラシア大陸東縁地域における環境変動の復元研究が発展する可能性を示した点に意義を認めることができる。また,閉塞盆地堆積物中の泥炭層と湖沼堆積物の互層がミランコビッチサイクルの日射量変動をペースメーカーとしたグローバル気候変動を記録している可能性が示され,今後,メタン循環と中緯度地域の泥炭地形成の関わりや,ユーラシア内陸部のレスシーケンスとの広域対比の検討へつながる成果として評価できる。

したがって,博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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