No | 125424 | |
著者(漢字) | 松島,紘子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | マツシマ,ヒロコ | |
標題(和) | 関東平野における中期更新世以降の環境変遷史の復元 | |
標題(洋) | Reconstruction of the environmental changes since the Middle Pleistocene in the Kanto Plain, Central Japan | |
報告番号 | 125424 | |
報告番号 | 甲25424 | |
学位授与日 | 2009.12.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(環境学) | |
学位記番号 | 博創域第532号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 自然環境学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 日本をはじめとする湿潤変動地域では,氷期―間氷期サイクルの気候変動とそれに伴う汎地球的な海面変化,ならびに地殻変動や河川プロセス等が複雑に作用し合って,臨海部に堆積平野が形成される.臨海平野には世界中で大都市が成立しており,なかでも関東平野は日本最大の面積を有し,人口約3,500万人を抱える東京大都市圏が立地する.それゆえ,大都市の沿岸域における環境変動の影響評価が社会的要請となっている. 自然環境変動のベースラインを与えるものとして,氷期―間氷期変動が挙げられる.過去50万年間において,完新世も含めて,大きく5回の氷期―間氷期変動が汎世界的に繰り返された.氷期―間氷期変動は,100m以上の海面の昇降を伴い,臨海平野の形成に大きな影響を与える.とくに海洋酸素同位体ステージ(Marine Isotope Stage; MIS)11(約43~35万年前)の時期は,汎世界的に温暖だったことが言われている.環境問題として,人為的影響による地球温暖化によって,現在よりも海面が上昇することが予測される中,海面上昇が沿岸域へ与える影響が危惧されている.現在以上に温暖な時代の,それゆえ海水準も高かった時代の古地理・古環境を復元することは,将来の環境変動の科学的予測に貢献する. 研究対象地域である関東平野各地では,過去の古地理や古環境に関する研究の蓄積が進んできた.おもに研究が進んだのは地層が露出して観察が容易な地域であり,低地ではMIS1や台地でMIS5以降が,丘陵ではMIS6以前が対象となった.他方,関東平野内陸部では,中部更新統が上部更新統~完新統下に埋没しており,MIS6以前の研究を困難にしてきた.このような地域では,深度数100m級のボーリングコアによって堆積物を直接観察することができる.コア堆積物には過去の環境変遷が記録され,環境復元に有用である. また,関東平野内陸部の低地帯は,1923年の大正関東地震で家屋の倒壊などの甚大な被害や1947年のカスリーン台風による洪水被害を被った地域である.人間活動の基盤をなす平野域において,自然災害の起こりうる地形的・地質的条件を把握することは自然災害予測に貢献する.環境変動の激しい第四紀を通じて,海面変動や河川による土砂の運搬・堆積作用の影響を評価することや,地震動の分布に関して,沖積層の層厚分布を明らかにすることが重要である. 本論は,第1章では,中期更新世以降の環境復元に関する研究をレビューし,古地理および古環境復元研究の意義や問題の所在,ならびに研究の構成について述べた. 第2章では,関東平野の各地域における地形地質に関する既往研究をレビューし,研究対象地域の地形地質の概要をまとめた. 第3章では,対象地域である関東平野内陸部は第四紀を通じて沈降域であり,中・上部更新統が新しい地層に埋没して層序が不明であった.これまでMISに準拠した層序区分はあまりなされていない.中部更新統のMISに基づいた層序ならびに周辺地域との対比や,汎世界的に温暖期で海面が絶対的に上昇したとされるMIS11やMIS9における海水準変動に伴う堆積環境の変化を検討することは非常に重要である. そこで,関東平野内陸部で掘削された2本のオールコアボーリングの解析から,細粒層と礫層の一連の層相変化が,ユースタシーを反映することが明らかになった.結果,MISに準拠した中期更新世以降の層序を組み立てることに成功した. 第4章では,第3章で組み立てたオールコアボーリングの層序を対比の基準として,周辺の多数のボーリング柱状図を対比し,中期更新世以降に繰り返された5回の海進最盛期の海岸線を復元した(図).その結果,MIS11およびMIS9の海進時に最も海域が内陸にまで及んだことが明らかになった.さらに,オールコアボーリングの詳細な堆積相解析に基づいて,各コアの氷期―間氷期サイクルごとの堆積環境を比較した結果,MIS11およびMIS9の海進期の堆積環境が浅海泥底であったことは広い範囲で確認されたが,その後の高海面期~海退期には吹上地域では海浜が,行田地域ではデルタがそれぞれ発達したことが明らかになった.また,MIS8~7に堆積した厚い礫層は,氷期の基底礫に間氷期の扇状地礫が累重した可能性が示された. 第5章では,関東平野の地形形成には地殻変動が深く関わっており,第3章ならびに第4章で対象としてきた関東平野内陸部では「深谷断層系」の活動が大きく影響していると考えられる.また,関東平野は更新世以降,平野縁辺が隆起するという地殻変動の影響を受け,前弧海盆が埋積され形成されてきた.後期更新世以前の地殻変動については,下総台地や横浜地域などで明らかになっているが,関東平野内陸部では未だ不明である. 第4章で明らかにした海成層の分布と既存の海成段丘の分布から,関東平野内陸部が中期更新世以降に受けてきた地殻変動の影響を検討した結果,深谷断層系近傍では,断層活動により下盤側の累積沈降が明らかになった.また,関東平野内陸部から房総半島にかけて,中期更新世以降の関東造盆地運動による沈降傾向が示された. 第6章では,第4章や第5章で検討したことを踏まえ,各間氷期の海岸線の位置が何によって規定されるか,氷河性海水準変動や地殻変動,河川活動のそれぞれの影響を評価した.その結果,MIS11やMIS9,MIS7の海進時には氷河性海水準変動が大きく効いていたが,それ以降は地殻変動や河川活動の影響を受け,MIS11やMIS9より海域の広がりが限定されたことが明らかになった. 第7章では,人間活動の基盤となる平野域において,過去の自然災害がどのような地形的・地質的条件下で起こっていたかを把握し,環境変遷史からみた自然災害の将来予測への知見を得る.その結果,関東平野内陸部で起こった洪水や地震被害の例から,過去の自然災害が中期更新世以降の地殻変動や河川活動の影響で形成された場の条件に規制されていることが明らかになった.10万年スケールでの環境変遷史を踏まえて,基盤の構造や特性を深く理解することが,自然災害の予測に不可欠であることが示された. 図 関東平野内陸部における中期更新世以降の最大海進時の推定海岸線 | |
審査要旨 | 温暖湿潤変動帯の臨海部には堆積平野が形成されており,そこには世界の大都市の多くが立地している。臨海平野は,地震や津波,高潮,洪水,地盤沈下,土砂災害などの自然災害を被りやすく,その安定性評価が急務である。こうした社会的要請を踏まえ,本研究は,アジアを代表する巨大都市東京が立地する関東平野の中部更新統~ 完新統を調べ,臨海堆積平野の堆積環境の変遷を明らかにしている。とくに,同平野内陸域においては,汎世界的な氷河性海水準変動と対比しながら中期更新世以降の古地理変遷を復元した初めての研究成果に位置づけることができる。 関東平野は,前弧海盆に位置づけられ,関東造盆地運動と埋積によって形成されてきた。関東平野内陸部では中部更新統が地下に埋没しているため,中期更新世における海進―海退サイクルで形成された海成層の分布が不明であった。しかし,本研究地域は世界的にもテフロクロノロジーの先進地域であるとともに,都市開発に伴い地下地質資料が多量に蓄積されてきているゆえ,MISに準拠した層序の確立が可能な条件を有している。こうした背景を踏まえ,本研究は,関東平野内陸部を対象として,多数のボーリング試資料を収集・解析し,中期更新世における海進―海退サイクルに伴う海域の拡大縮小を明らかにするとともに,その要因について検討した。さらに,こうした長期変動をふまえ,臨海堆積平野とくに沖積低地における災害脆弱性に関して考察を加えた。本研究の構成は以下のとおりである。 第1章では,問題の所在と研究の構成を示した。 第2章では,関東平野と周辺地域の既存研究を踏まえ,地形地質の概略を述べた。 第3章では,関東平野内陸部の吹上町および行田市で掘削された2本のオールコア(吹上コア,行田コア)の岩相を記載し,粒度,礫種構成比,電気伝導度,全硫黄含有率,帯磁率を分析した。コア堆積物に含まれる花粉化石や海成層,降下年代が既知のテフラ層を手掛かりに,堆積物の堆積年代を明らかにした。それらを総合して,堆積相を区分し堆積環境を推定した。すなわち,2本のオールコアは,礫層とシルト~砂層の繰り返しで構成されること,礫層と細粒層のセットは海進―海退サイクルによって形成され,おのおのが海洋酸素同位体ステージ(MIS)に対比されることを明らかにした。 第4章では,関東平野内陸部における中期更新世以降の古地理を復元した。すなわち,MIS11以降の各間氷期における海成層の分布限界を当時の最大海進時の海域限界と推定し,海岸線を復元した。MIS11とMIS9の海成層の分布は,より新しい時代の間氷期と比べて,最も拡大したこと,MIS1の海進最盛期の海成層の分布が最も限定的であったことを示した。またコア堆積物の堆積相解析から,関東平野内陸部における堆積環境の地域差を論じた。行田コアのデルタ堆積物の層厚がデルタ前進時の古水深を反映するとみなし,MIS11の古水深がMIS9のそれを上回っている可能性を指摘した。 第5章では,各海進期に形成された堆積物や地形を関東平野全域に追跡した。関東平野内陸部ではMIS11以降の地層が累重し,中期更新世を通じて沈降傾向だったことを示した。また,深谷断層系綾瀬川断層において,中期更新世以降の平均上下変位速度約0。1m/kaが求められた。綾瀬川断層は50万年間変位が累積してきたことを示した。 第6章では,関東平野内陸部の沈降域における海成層の累重様式から,相対的海水準変動の傾向を明らかにした。また,それに基づいて,過去の海進時における海岸線の位置や形状の変遷について検討した。関東平野においては,氷河性海水準変動が海域規模を規定してきたこと,ただし海域の拡大域は間氷期ごとに異なり,MIS7以降,平野縁辺部の隆起傾向が進んだため,MIS5eに大きく海水準が上昇しても,それ以前の海進期より海域が内陸に及ばなかった可能性を指摘した。 以上のように本研究は,従来不明な点が多かった関東平野内陸部における中後期更新世の古地理変遷を明らかにするとともに,間氷期ごとに海域を比較し,その特徴をグローバルな海水準変動ならびに地殻変動の特性を踏まえて論じた点に,環境学的意義を見出すことができる。 したがって,博士(環境学)の学位を授与できると認める。 | |
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