学位論文要旨



No 125426
著者(漢字) 岡村,智仁
著者(英字)
著者(カナ) オカムラ,トモヒト
標題(和) CDMプロジェクトからのCO2排出権取得におけるリスク分析
標題(洋)
報告番号 125426
報告番号 甲25426
学位授与日 2009.12.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第534号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松橋,隆治
 東京大学 教授 影本,浩
 東京大学 准教授 大友,順一郎
 東京大学 准教授 吉田,好邦
 東京大学 准教授 亀山,康子
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに

地球温暖化対策の重要性の高まりと、京都議定書の第1約束期間がスタートするのを受けて、国際的な協力体制により温室効果ガスの削減を図る制度である京都メカニズムの関心が高まっている。京都メカニズムの中でも、先進国から途上国への技術・資金の移転により環境改善を同時に行うクリーン開発メカニズム(以下、CDM:Clean Development Mechanism)への注目は非常に高く、2009/5/10時点で1,613件のプロジェクトが、CDM理事会に登録を認可されており、今後も新たなプロジェクトの登録が進んでいくことが期待されている。

既存の本研究に関連する先行分析を調査・考察し、定性的な分析に留まっているものが多いこと、定量評価をしている分析では、プロジェクトの操業コストや創出される排出権 (以下CER:Certified Emission Reduction)量について、プロジェクト実施前のProject Design Document(以下PDD)などのレポートに記されている計画値・想定値を基にした値をそのまま用いている事例が多く、実際のプロジェクトの運用実績に伴う実データに基づいて分析された事例は、これまでにほとんど見られないことが分かった。本研究では、これまで定量的な分析があまりなされていない実際のプロジェクトの運用実績に着目し、CDM実施における1つの重要なリスクとして考えられる排出権不足リスクについて、リスクの定量的な評価を目的とした。

2.排出権不足リスクの分析

2.1 分析方法

以下に記す2つの公開データベースを基に、CDMプロジェクトに関するデータベースを整備した。

(1) IGES;CDMプロジェクトデータベース

(2) UNEP Risoe Centre;CDM Pipeline

2.2 CER発行割合の定義

本研究では、排出権不足リスクをCER発行実績から定量的に表すための指標として、CER発行割合を定義し、推計を実施した。以下にCER発行割合の定義式を記す。

CER発行割合=CER発行実績値合計/発行期間中に想定されるCER発行計画値

ただし、発行期間が年の途中で区切られる場合、当該年のCER発行計画値は、当該年の年間CER発行計画値に発行期間までの経過月数/12を乗じた値とした。

最終的に、CCER発行割合の分布が、プロジェクトタイプなどによってどのように傾向が異なるのかを考察することにより、排出権不足リスクの定量化を検討した。

2.3 CER発行割合の分析結果

2009/4/1時点で実際にCERが発行された489件のCDMプロジェクト全てのCER発行割合の分布を図1に示す。これまでにCERが発行されたプロジェクト全体のCER発行割合の平均は66.3%、標準偏差は33.7%となった。

プロジェクトの開始年の違いによる考察結果として、2004年までに開始されたプロジェクトは、CER発行割合が80%程度と、全体のCER発行割合の平均である58.0%を上回る発行がなされているのに対し、2005年以降に開始されたプロジェクトは、低めに推移していることが明らかとなった。このことから、質の良いプロジェクトは、2004年以前に開始される傾向が強かったことが仮説として挙げられる。次に、プロジェクトが開始されてからの年次推移について整理した結果、プロジェクトが開始された1年目が、2年目以降に比較するとやや低いCER発行割合になっていることが明らかとなった。この理由としては、プロジェクトの立ち上がりが当初の計画に比べ、遅れ傾向であったと考えられる。

表1に、プロジェクトタイプ別のCER発行割合の分布傾向を整理する。排出権不足リスクを小さくする観点からは、平均CER発行割合が高く、分布のばらつきが小さなプロジェクトタイプを選択すべきであり、現時点のCER発行実績を前提とするならば、N2O破壊やその他、省エネ、燃料転換、風力、バイオマス、水力といったプロジェクトタイプが該当することを示した。CER発行割合の実績は、プロジェクトの立ち上がり遅れの影響や気象影響など、プロジェクトの進捗に関連するさまざまな要因が総合的に加味された結果であり、CER発行割合の分布傾向のみで選定を実施することにはある程度の妥当性があると考える。

2.4 CER発行割合の将来予測

既にCER発行実績があるプロジェクトと、未だCER発行がなされていないプロジェクトの2種類にタイプに対して、将来予測を実施する手法について検討した。

既にCER発行実績があるプロジェクトに関しては、ベイズ分析を用いることにより、基本的に全てのプロジェクトタイプについて、ある程度の予測精度を維持したレベルで、将来のCER発行割合を予測可能なことが分かった。また、前後に変動する標準偏差の幅を合わせて推定することができる為、CER発行割合の変動幅を定量的に把握できることが分かった。

将来のCER発行量の供給ポテンシャルを推計し、2012年時点のCER供給ポテンシャルは約2億7千万[t-CO2/年]であることを明らかとした。このCER供給ポテンシャルは、現時点のCDM登録状況では、2008年~2012年までほぼ横ばいで推移するものと推察される。プロジェクトタイプ別には、2012年までのCER供給ポテンシャルを多く有するのは、フロン破壊、水力、省エネ、風力、N2O破壊、バイオマスであることが分かった。水力、風力、バイオマスといった自然エネルギー・再生可能エネルギーを用いたプロジェクトは、未登録プロジェクトからのCER供給ポテンシャルが多い傾向にあることを明らかにした。

未だCER発行がなされていないようなプロジェクトを対象については、プロジェクト属性データからの重回帰式によりCER発行割合を推定することを検討し、予測精度が高い重回帰式を作成することができたプロジェクトタイプとして、バイオガスフレア、バイオガス発電、N2O破壊という3プロジェクトが確認された。

3.CDMプロジェクトの収益性評価

CDMプロジェクトの収益性について検討した。CER発行割合をモンテカルロシミュレーションにより想定した結果、プロジェクト期間のCER発行割合が100%を下回るプロジェクトにおいては、CER売却による収入が減少することから、IRRが低下する傾向にあることが分かった。CER発行割合が変動する場合のIRRの変動は、CER価格が高いケースにおいてIRRの減少傾向が強いことも明らかにした。また、CER価格の変動がIRRに与える影響が極めて大きいことが分かった。

4.本研究からの示唆、今後の課題

本研究の考察から、CER発行割合が100%を下回って推移しているプロジェクトが大半であることが明らかとなった。プロジェクトタイプにも依るが、CER発行割合が30%程度に留まるプロジェクトが多く存在することが分かった。このことは、CDMプロジェクトを実施する前に提出したPDDに記載されているCER発行計画が計画通り進んでいないプロジェクトが多くあることを意味している。第1の示唆として、今後のCDMプロジェクトの審査過程において、CER発行計画策定の精緻化が強く求められる。

第2に、現在公開されている事業者によるモニタリング報告書には、何故、CER発行が計画通り進んでいないのかを明確に示すとともに要因分析を考察したものが殆ど無いのが現状である。CER発行実績と計画との差異が大きい場合を中心として、プロジェクト実施者により差異に関する要因分析を実施することが求められる。第3者による監査・モニタリングし易くすることに繋がるCDMプロジェクトの運用実績データの公開・見える化も有効であると考える。

第3に、CER価格の大きな変動により、CDMプロジェクトの収益性が大きく変動することが明らかとなった、CER価格の変動により、本来なされるべき省エネルギー・温室効果ガス削減のプロジェクトが実施不可能になることは避けるべきである。第3の示唆として、望ましくは、現実的なある価格帯での固定買い取りスキーム導入により、省エネルギー・温室効果ガス削減プロジェクトの活発な実施が促進されるべきであると考える。

今後の課題としては、他に抽出したリスクを考慮に加えた総合的なリスク分析を実施した上で、CDMプロジェクトを比較評価することや、複数のプロジェクトの中から最適なCER調達ポートフォリオ戦略を検討する手法の確立、排出権不足リスクをはじめとした各リスク項目について、リスクを回避するオプション条項を契約に盛り込む際のオプション価値の評価手法を構築すべきであると考える。本研究で対象にした排出権不足リスクに関しては、Delivery保障オプションによるリスク回避・低減が考えられるが、Delivery保障オプションがどの程度の価値を持つべきなのかを適正に評価する手法の確立が求められる。

図1 全プロジェクトのCER 発行割合の分布

表1 プロジェクトタイプ別のCER 発行割合の分布傾向プロジェクト

図2 CER 供給ポテンシャル予測結果

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、国際的な協力体制により温室効果ガスの削減を図る制度である京都メカニズムへの関心が高まる中、京都メカニズムの中でも、先進国から途上国への技術・資金の移転により環境改善を同時に行うクリーン開発メカニズム(以下、CDM:Clean Development Mechanism)を取り上げ、これまで定量的な分析があまりなされていない実際のCDMプロジェクトの運用実績に着目した分析を実施している。具体的には、CDMプロジェクト実施前に計画・想定していたCO2排出権(以下、CER:Certified Emission Reduction)が不足なく発行されるのかという排出権不足リスクについて、リスクを定量的に評価することで、CDMプロジェクトの横並びの評価を実施することを目的としている。

以下に各章の要旨を示す。

第1章では、論文の目的と構成を述べると共に、これまでのCDMプロジェクトに関する先行分析事例を紹介し、本論文がこれまで定量的な分析があまりなされていないプロジェクトの運用実績に着目した先進性のある論文であることを説明している。

第2章では、CDMプロジェクトにおけるリスクを整理し、数多くのリスクの中から、排出権不足リスクに着目した理由を説明している。その上で、排出権不足リスクを定量的に評価する指標として、CER発行割合という指標を新たに定義し、現時点のCER発行割合が、プロジェクトタイプによって、プロジェクト開始年によって、プロジェクト開始からの年次推移によって、どのような実績・分布になっているのかを定量的に分析している。全体的に、CER発行割合は、60~70%程度を平均として標準偏差が30%程度で分布する傾向があること、プロジェクトタイプの中では、ランドフィルガスやバイオガスフレアは、CER発行割合の平均が30%程度と低く推移してきていることを示している。

次に、CER発行割合の将来予測について、ベイズ分析を用いた方法と、プロジェクトタイプの属性データから推計する方法の2通りのアプローチによる将来予測の精度の違いについて分析している。具体的には、実際のCER発行実績があるプロジェクトに関しては、CER発行実績が増えるに連れて、CER発行割合の予測精度が向上し、ある程度の予測精度を維持したレベルで、将来のCER発行割合を予測可能なこと、前後に変動する標準偏差の幅を合わせて推定することができる為、CER発行割合の変動幅を定量的に把握できることを示している。また、得られた予測結果を用いて、2012年までのCER発行量の将来予測を実施している。

プロジェクトタイプの属性データからの推計に関しては、これまでにCER発行実績が無いプロジェクトに対して有効な推計方法であることを指摘し、現時点において精緻に予測することが可能なプロジェクトタイプとして、バイオガスフレア、バイオガス発電、N2O破壊という3プロジェクトタイプがあること、一方で、統計学的に十分な精度を得ることができないプロジェクトタイプとして、水力、フロン破壊、ランドフィルガスなどのプロジェクトタイプがあることを示している。

第3章では、CER発行割合の変動がCDMプロジェクトの収益性に与える影響について分析している。CER発行割合をモンテカルロシミュレーションにより想定した結果、プロジェクト期間のCER発行割合が100%を下回るプロジェクトにおいては、CER売却による収入が減少することから、内部利益率(以下、IRR:Internal Rateof Return)が低下する傾向にあることや、CER発行割合が変動する場合のIRRの変動は、CER価格が高いケースにおいてIRRの減少傾向が強いことを明らかにしている。また、CER価格の変動がIRRに与える影響が極めて大きいことを示している。

第4章では、本研究からの示唆、今後の課題を述べている。CER発行割合が100%を下回って推移しているプロジェクトが大半であることから、今後のCDMプロジェクトの審査過程において、CER発行計画策定の精緻化が強く求められると指摘している。CER発行割合が低くなる場合においては、プロジェクト実施者により差異に関する要因分析を実施することもしくは、第3者による監査・モニタリングし易くすることに繋がるCDMプロジェクトの運用実績データの公開・見える化が求められるとしている。また、CER価格の大きな変動により、CDMプロジェクトの収益性が大きく変動することから、望ましくは、現実的なある価格帯での固定買い取りスキーム導入により、省エネルギー・温室効果ガス削減プロジェクトの活発な実施が促進されるべきであると示唆している。

このように本研究では、これまで定量的な分析があまりなされていないCDMプロジェクトの運用実績に着目し、排出権不足リスクについて、現状を定量的に把握すると共に、排出権不足リスクの将来予測の可能性や、排出権不足リスクがプロジェクトの収益性に与える影響度の分析など、排出権不足リスクに関する幅広い観点からの分析を実施している。

地球温暖化問題はこれから益々顕在化し、問題に対する対処・対策を講じることが重要になると思われ、地球温暖化問題の効率的な解決策の1つであるCDMは今後も注目される枠組みであると考える。そのようなCDMについて、実際の運用実績から想定されるリスクを定量的に指摘し、今後の課題・求められる仕組みについて提言・示唆している点から、社会学・環境学の点でも非常に有益な研究である。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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