学位論文要旨



No 125432
著者(漢字) 邱,
著者(英字)
著者(カナ) チュウ,イアン
標題(和) 在日中国人就学生へのソーシャル・サポートに関する研究 : 日本語学校に焦点を当てて
標題(洋)
報告番号 125432
報告番号 甲25432
学位授与日 2010.01.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 博教育第161号
研究科 教育学研究科
専攻 総合教育科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 市川,伸一
 東京大学 教授 南風原,朝和
 東京大学 准教授 遠藤,利彦
 東京大学 教授 恒吉,僚子
 東京大学 教授 中釜,洋子
内容要旨 要旨を表示する

1983年に日本文部省が発表した「留学生10万人計画」に引き続き、2008年1月18日から開かれた第169回国会の施政方針演説で当時の福田首相は留学生30万人を受け入れる方針を表明した。横田(2007)も2007年年初の留学生数90,363人が今後5年間で1万9千人、10年間で4万3千人増加すると見込んでいる。このように日本における留学生の受け入れはますます拡大しつつあると考えられる。

異文化環境に身を置く留学生は、その国の一般学生と比較して新しい環境への適応など多様な課題を抱えており、留学生の受け入れに当たっては彼らに対するサポートが特に検討すべき課題となる。日本の外国人学生を対象とする研究の多くは、外国人学生を在学学校によって大学・大学院に在学する留学生(以下「一般留学生」と略す)、専門学校に在学する留学生、及び日本語学校に在学する留学生の3種に分けている(岡・深田,1995等)。そのうち、日本語学校の就学生に対するサポートは遅れていることに特に注目すべきである(伊能,2004)。ここでの日本語学校とは日本へ留学する外国人学生の言語上の問題を克服するために設置された言語教育機関のことである。在日留学生の大半はまず日本語学校などで1、2年間学んでから専門学校や大学・大学院に進学するので、この時期は在日留学の初期段階に位置づけられる。このような外国人学生の殆どは一般留学生とは違う「就学ビザ」を持ち、就学生と呼ばれている。なお、在日外国人学生には中国大陸出身者が占める割合が高いことを考慮して本研究では中国大陸出身者を対象とし、以下の就学生という表記は中国大陸出身の就学生を指すこととする。

上述したように、就学生は来日の初期段階にあるため、適応や進学に関する問題が深刻であると考えられる。そこで本研究では、4部構成の8つの章によって、就学生に対するサポートを検証した。

第I部(第1章)では、本論文の導入として研究の背景、先行研究のレビュー、本論文の研究目的及び構成などを紹介した。

第II部は、第2章と第3章より構成される。

第2章では就学生に対するサポートの尺度を作成した。就学生に対するサポートを測定するにあたり、その尺度が重要なツールとなる。第2章では、先行研究(周,1993)の理論的構成法にならい、このようなツールを開発して、その後の研究に測定道具を提供した。具体的には、まず先行研究を参考に領域とタイプから成る2次元的な構造を想定した。領域次元は生活と勉学の2領域、タイプ次元は物質、心理、指導、情報、言語の5タイプで出来ている。次に研究1では面接調査を行い、就学生のソーシャル・サポートに関する情報を収集した。それに基づいて集約してきた50項目を10人の就学生に分類させ、これによって2領域×5タイプの2次元的就学生用ソーシャル・サポート尺度を作成した。

第3章では、日本語学校に焦点を当て就学生のサポート源の特徴を明らかにした。研究2では、研究1の面接で得られたサポート事例数を2領域×5タイプの就学生のサポートの構造に分類し、サポート源ごとにその数を比較することによって、(1)留学生活において就学生は学校外と比べ学校内のサポート源からのサポートをより多く必要とする、(2)学校内において就学生は友人と比べ教師・事務員からのサポートをより多く必要とする、(3)日本留学において就学生が必要とするサポートと教師・事務員の提供するサポートの傾向は概ね合致する、という3つの仮説を検証した。研究3では、就学生を対象に質問紙調査を行い、(4)学校で就学生が必要とするサポートの程度と受けたサポートの程度の間には差があり、そこで受けたサポートは不足しているということを確かめた。以上により、日本語学校が就学生のサポートネットワークにおいて重要な位置を占めており、日本語学校を中心とした就学生に対するサポートに着目すべきであることが明らかになった。よって、第III部ではサポート源を日本語学校に限定して研究を進めることにした。

第III部は、第4章、第5章、第6章より構成される。

第4章では、第3章で得た結果を受け、サポート源を日本語学校に限定して、就学生用サポート尺度を精緻化した。そのために2つの研究を行った。研究4aでは、研究3の質問紙調査で収集したデータを因子分析することによって、2領域(勉学、生活)×3タイプ(道具、心理、言語)の二次元的な構造の尺度が得られた。研究4bでは、質問紙調査で収集した394名の就学生の有効データを分析することによって、研究4aで得られた二次元的な構造の尺度を検証した。以上の調査を踏まえて、2領域×3タイプの22項目による「中国人就学生が必要とする日本語学校のSS尺度」を作成した。

第5章では、サポート源が乏しいという就学生の弱みに焦点を当て、第4章で確立したサポート尺度及びその構造を利用して、一般留学生との相違を2つの研究によって検証した。研究5では、現役就学生78名、日本語学校通学歴を有する一般留学生41名と有しない一般留学生59名を対象に質問紙調査を行った。日本語学校時代と大学時代のサポート源を縦断的に、また就学生と一般留学生の利用可能なサポート源を横断的に比較することによって、就学生のサポート源がより少ないことが明らかになった。よって、サポート源が乏しいという問題において就学生は一般留学生より深刻であることが分かった。研究6では重回帰分析によって学校のサポートと幸福感との関連について就学生394名と一般留学生186名ごとに検討した。その結果、就学生の方が有意になる負の偏回帰係数が多いことが明らかになった。加えて、就学生では生活面に関わるサポートと幸福感の間には負の関係が多く、勉学面に関わるサポートと幸福感の間には正の関連が多かったという結果から、生活領域においては学校からあまりサポートを受けておらず、勉学領域においては多くのサポートを受けている就学生は心身健康状態が良好であり、勉学領域においては学校からあまりサポートを受けておらず、生活領域においては多くのサポートを受けている就学生は心身健康状態が良好ではないということが分かった。これらの心身の健康と学校で受けたサポートの関係については、第7章で再度考察することとした。

第6章では、就学生による日本語学校への援助要請に焦点を当て、その規定因を検討した。予備調査では、就学生に対する面接調査によって就学生の学校への援助要請に影響を与える5つの要因(有効性の認知、脅威の認知、必要性の認知、人間関係、日本語能力)を抽出した。研究7では、予備調査で得られた変数が規定因であるかどうかを確かめるために、異文化や援助要請に関する先行研究から日本文化への理解、個人能力の認知、性別の3変数を付け加え質問紙を構成し、調査を行った。得られた312名の有効データを用いて階層的重回帰分析を行い、(1)有効性の認知、人間関係が大きな規定因である、(2)脅威の認知、必要性の認知、日本語能力は援助要請の部分的な規定因である、(3)日本文化への理解、個人能力の認知、性別は援助要請の規定因ではない、という3つの結果が得られた。

第IV部(第7章)は、面接調査を通して、第2章から第6章までで得られた調査結果を再度検証し、さらに就学生に対するサポートの改善についての要望を収集した。

具体的には、日本語学校の現役就学生10名、卒業生24名、日本語学校の関係者(教師・事務員・経営者など)12名に対して面接調査を行い、4つの質問に基づいて得られた回答をまとめることによって、以下のことが分かった。(1)就学生のサポート源に関しては、日本にいる親戚、日本にいる一般の知り合い(日本人と中国人)及び日本語学校にいる友人のサポートと比べ、日本語学校は多様且つ独特なサポート機能を持ち、就学生にとって最も強力なサポート源であることが分かり、第3章の結果が妥当であることが確認された。(2)第4章で得られた2領域と3タイプに関しては、それぞれ重要であると感じる就学生がいたので、2領域、3タイプで就学生のサポートを分類するのは妥当であることが分かった。加えて、これらを組み合わせた6条件の構造が有用であることも示された。(3)「就学生では生活面に関わるサポートと幸福感の間には負の関係が多く、勉学面に関わるサポートと幸福感の間には正の関係が多かった」という結果に関しては、調査力者の回答は、(1)留学生活に適応するにつれて就学生の必要とするサポートは留学のベースになる生活から勉学にその重点が移っていくという「適応過程」、(2)進学するという目標がある人ほど勉学面のサポートをより多く求め、そうでない人は生活面のサポートをより多く求めるという「留学の目的」、及び(3)就学生の精神状態によって必要なサポートの種類が異なるという「精神状態」の3種類に分類できた。この3種類は学校が提供したサポートとその受け手のニーズとが合致するという点で共通している。つまり、領域ごとにサポートと就学生の心身健康指標との間に異なる関係が現れたのは、学校がそれぞれの就学生のニーズに応えてサポートを提供した結果であると解釈できることが分かった。また、(4)現在の就学生へのサポートに関わる幾つかの問題点も明らかになった。これらの多くは日本語学校に関わる問題であるが、就学生に対するサポートに関する諸問題には政府の施策というより深い背景が存在する。従って、就学生に対するサポートを根本的に改善するためには、日本語学校だけではなく、日本の就学生受入れ政策も改善されるべきであると考える。

第8章では、本論文の内容をまとめた上で、研究の意義、限界と今後の課題を述べた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、日本語学校に焦点を当てて、在日中国人就学生へのサポートに関する特徴を明らかにすることを目的とするものである。

第I部の第1章では、本論文の導入として、研究の背景、先行する関連研究の概観、本研究の目的及び論文構成などを述べた。その上で、来日初期段階にある日本語学校の就学生へのサポートに関する研究の不足や、外国人学生にとって重要なサポート源になる日本語学校のサポート機能に関する検討の不十分さなどの問題点を指摘した。

第II部において、第2章の研究1では、まず先行研究の理論的枠組みを参考に、2領域×5タイプの「中国人就学生用サポート尺度」を作成して、その後の研究の測定具を整備した。続く第3章の研究2では、研究1の面接で得られたサポート事例数をサポート種別に分類し、サポート源ごとにその数を比較した。これによって、日本語学校が就学生のサポートネットワークにおいて、とりわけ重要な位置を占めていることを明らかにした。さらに、研究3では、質問紙調査によって、現実には就学生が日本語学校で受けるサポートが不足していることを確認した。以上の裏づけにより、これ以降、就学生のサポート源を日本語学校に集中して研究を進めることとしている。

第III部の第4章では、研究4aと研究4bの2つの研究を通して、項目分析を踏まえて、「中国人就学生が必要とする日本語学校のサポート尺度」を精緻化した。第5章では、そのサポート尺度を利用して、就学生と一般留学生との相違を検証した。研究5では、サポート源の種類が乏しいという点において、就学生のほうがより深刻であることが示された。また、研究6では、日本語学校のサポートを説明変数、幸福感尺度を従属変数にした重回帰分析をそれぞれの群で行ったところ、サポートと幸福感との関連について、就学生は一般留学生と異なる特徴を持つことが示唆された。第6章の研究7では、異文化や援助要請に関する先行研究から3変数を付け加えて質問紙を構成し調査を行った結果、日本語学校への援助要請に関するいくつかの規定因を見出している。

第IV部では、第7章の研究8において、就学生や日本語学校スタッフへの面接調査を行い、第2章~第6章で得られた調査結果を示してそれに対する意見を収集するとともに、サポートの改善についての意見、要望を収集し、本研究の妥当性の検討と補充をしている。続く第8章では、論文全体の内容を総括し、研究の意義、限界と今後の課題を述べている。

このように、これまであまり研究の焦点を当てられることのなかった就学生に対して、本論文では一連の調査を通して、日本語学校に求めるサポートと実際のサポートがどのような特徴をもつものかを実証的に明らかにしたもので、教育心理学における貢献とともに、教育実践においても具体的な示唆をもたらす研究といえる。よって、博士(教育学)の学位にふさわしい論文であると評価された。

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