学位論文要旨



No 125433
著者(漢字) 吉川,悠子
著者(英字)
著者(カナ) ヨシカワ,ユウコ
標題(和) リステリアのオートファジー認識からの回避機構の解明
標題(洋)
報告番号 125433
報告番号 甲25433
学位授与日 2010.01.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3372号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 畠山,昌則
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 准教授 川口,寧
 東京大学 准教授 渡部,徹朗
内容要旨 要旨を表示する

オートファジーは細胞内分解系の一つであり、飢餓や酸化ストレスなどによりアミノ酸の臨時供給のために誘導される。オートファジーは定常時にも基底レベルで起きており、細胞内の不要なタンパク質や細胞内小器官を分解し、細胞の恒常性の維持に寄与している。近年までオートファジーは細胞質成分を非特異的に大規模分解する機構であると考えられていた。しかし、最新の研究結果から、オートファジーが病原細菌や不要になった細胞内小器官などを選択的に認識し、分解しているという知見が得られており、タンパク質代謝のみならず自然免疫、発生・分化、細胞死など多彩な機能を果たしていることが明らかとなっている。

細胞内寄生菌であるリステリア(Listeria monocytogenes)は感染細胞内において効率的にオートファジーから逃れ、菌体表面に発現したActAタンパク質によってアクチン重合を促進し、菌体の一極にアクチンコメットを形成して細胞内を運動することで細胞から細胞へと感染を拡大する。そこで、本研究ではリステリアのオートファジーによる認識および回避機構を明らかにすることを目的とした。リステリア野生株(WT)と菌の細胞間拡散に関与するレシチナーゼオペロンに含まれる遺伝子の各種非極性欠失変異株[ΔactA(アミノ酸20-602残基欠損; ΔactA2)株、ΔplcB株、ΔorfX株およびΔorfZ株]をオートファジーのマーカーであるGFP-LC3を恒常的に発現するMDCK(madine-darby canine kidney)細胞(MDCK/pGFP-LC3)に感染させて、リステリア感染によるオートファジーの誘導性を比較した。その結果、感染2時間後においてGFP-LC3陽性を示す菌体の割合がΔactA2では他の株を比べて有意に上昇した。次に、ΔactA2を感染させたMDCK/pGFP-LC3細胞をオートファジーの抑制剤である3-MA(3-methyladenin)で処理すると、GFP-LC3陽性を示す菌の割合が有意に低下した。さらに、MDCK細胞内での菌の増殖を経時的に測定したところ、感染4時間後においてΔactA2の細胞内生菌数の増加はWTと比べて有意に抑制され、3-MA処理により両者の差は消失した。また、野生型(atg5+(/+))およびAtg5ノックアウト(atg5-(/-))MEF(mouse embryonic fibloblast)細胞を用いて同様に菌の増殖を測定したところ、MDCK細胞の場合と同様に感染4時間後においてatg5+(/+)MEF細胞ではΔactA2の細胞内生菌数の増加がWTと比べて有意に抑制されたのに対し、オートファジー不能であるatg5-(/-)MEF細胞では両者の差が消失した。このことは、ΔactA2が細胞内においてオートファジーにより認識され、最終的に分解・殺菌されていることを示している。ΔactA2を感染させたMDCK細胞の透過型電子顕微鏡による解析を行った結果、オートファゴソームに特徴的な多層の膜構造体に菌体が取り囲まれている像が観察された。以上の結果から、リステリアの細胞内運動性に必須の菌体表面タンパク質であるActAがオートファジーからの回避に必要であることを明らかとした。

さらにアクチン重合に関与する宿主タンパク質であるArp2/3複合体、Ena/VASP(enabled/vasodilator-stimulated phosphoprotein; VASP)およびF-アクチンとの結合部位を欠損またはアミノ酸置換した各種変異ActA発現株を相同組み替えにより作製し、ActAのアクチン重合作用による菌の運動性とオートファジーとの関連について検討した。その結果、これら宿主タンパク質との結合性をすべて欠く変異ActA発現株(ΔactA21)はΔactA2と同じようにオートファジーを回避することは出来なかったが、Arp2/3複合体およびVASPのどちらか片方とさえ結合可能な変異ActAを発現する菌は細胞内での運動性の有無に関係なくオートファジーを回避できることが明らかになった。

これまでにActA欠損株は細胞内でユビキチン化されることが知られている。そこで、MDCK/pGFP-LC3細胞にWTまたはΔactA2を感染させ、ユビキチンおよびGFP-LC3陽性菌の割合を経時的に測定したところ、菌体のユビキチン化はLC3の集積に先立って起こり、感染2時間後におけるユビキチンおよびGFP-LC3陽性菌の割合はともにΔactA2ではWT と比較して有意に増加した。3-MA処理下でΔactA2をMDCK/pGFP-LC3細胞に2時間感染させた結果、GFP-LC3陽性菌の割合は著しく低下したが、ユビキチン陽性菌の割合は変わらなかった。さらに、atg5+(/+)またはatg5-(/-)MEF細胞にΔactA2を感染させ、ユビキチンおよび内在性のLC3陽性菌の割合を測定した。その結果、atg5+(/+)MEF細胞においてユビキチンおよびLC3陽性菌が観察された。一方、atg5-(/-)MEF細胞ではユビキチン陽性菌のみが観察され、その割合はatg5+(/+)MEF細胞と同程度であった。これらの結果から、菌体がユビキチン化を受けた後にオートファジーが誘導されることが明らかになった。次に、各種変異ActA発現株を用いて菌体のユビキチン化とオートファジーとの関連を調べた。その結果、オートファジー回避性のないΔactA2およびΔactA21は細胞内で高頻度にユビキチン化されたが、オートファジー回避性を示すArp2/3複合体およびVASPいずれか一方とでも結合可能な変異ActAを発現する株では菌体のユビキチン化は阻害された。以上の結果から、菌の細胞内運動性とは関係なくActAが宿主タンパク質を集積させることにより、菌体表層のユビキチン化を阻害し、オートファジー認識機構から菌体を保護していることが明らかとなった。

p62は細胞内に形成された封入体の主要構成成分であり、封入体形成時のユビキチン化タンパク質の凝集に関与する。p62はユビキチン鎖およびLC3の両者と結合し、オートファジー依存的に分解されることが報告されている。そこで、ΔactA2を対象としたオートファジーにおけるp62の関与の可能性を検討した。GFP-LC3およびp62を恒常的に発現するMDCK細胞にWTまたはΔactA2を感染させた結果、感染2時間後においてΔactA2のユビキチン陽性およびGFP-LC3陽性菌の割合とともにp62陽性菌の割合もWTと比べて有意に増加しており、ΔactA2の周囲にユビキチン、GFP-LC3およびp 62が共局在している像が観察された。さらに、p62ノックアウトマウス由来のMEF細胞を用いてp62がΔactA2に対するオートファジーに必須であるかを調べるため、GFP-LC3を恒常的に発現するp62ノックアウトMEF細胞(p62-(/-))およびこれにp62を相補したMEF細胞(p62-(/-)/p62)にWTまたはΔactA2を感染させた。その結果、p62の有無に関わらずΔactA2のユビキチン陽性菌の割合には差が認められなかった。一方、GFP-LC3陽性菌の割合はp62-(/-)細胞ではp62-(/-)/p62細胞の半分程度にまで減少した。これらの結果から、宿主タンパク質を集積できないΔactA変異株は感染細胞内において、まず菌体表面がユビキチン化され、そこにp62が結合し、続いてLC3がp62と結合し、最終的に菌はオートファゴソームに捕捉されることを明らかとした。

さらに菌体表層のユビキチン化に対するActAによる防護機能を分子レベルで調べるために、ポリユビキチンおよびp62陽性の凝集体を形成する易凝集性タンパク質であるポリグルタミンおよび170* (GCP170のアミノ酸566-1375残基からなる)とActA (宿主タンパク質集積機能を持つ全長およびN末端もしくはその機能を持たないC末端)とのキメラタンパク質GFP-ActA-Q79CおよびGFP-ActA-170*をそれぞれ作製し、これら易凝集性タンパク質の凝集体形成に対するActAによる阻害作用の検討を行った。その結果、GFP-ActA-Q79CおよびGFP-ActA-170*のいずれにおいても、ActAのArp2/3複合体およびVASP集積能依存的にポリユビキチンおよびp62の集積が抑制され、最終的に凝集体の形成が妨げられることを明らかにした。

ActAによるオートファジー阻害作用が非特異的に細胞質成分を分解する恒常性オートファジーおよびラパマイシン誘導性オートファジー、または小胞体およびミトコンドリアを選択的に分解するオートファジーに対して機能するか検討を行った。その結果、いずれのオートファジーにもActAによる抑制効果は見られなかったことから、この抑制効果はリステリアおよび易凝集性のタンパク質において特異的に観察される現象であることが明らかとなった。

以上、本研究の結果から、リステリアは宿主細胞によって凝集体と同様の認識機構によってオートファジーに認識されること、さらにActAによる宿主タンパク質の菌体表面への集積はオートファジー認識回避のためのリステリア特有の偽装戦略であることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は細胞内分解系の一つであり、自然免疫としても機能することが報告されているオートファジーと宿主上皮細胞内に侵入した病原性細菌との関連を明らかにするため、細胞内寄生菌であるリステリア(Listeria monocytogenes)のオートファジー回避機構の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. リステリアが宿主細胞へ侵入し、細胞質へ脱出した後に病原性を発揮するのに必要なレシチナーゼオペロンに含まれる病原性遺伝子を一つずつ欠損させた変異株を作製し、オートファジーのマーカーであるGFP-LC3を恒常的に発現するイヌ腎臓由来細胞(MDCK/pGFP-LC3)に感染させた。その結果、リステリアの細胞内運動に必要なアクチンコメット形成を司るActAの欠損変異株のみ、菌体周囲へのGFP-LC3の集積が観察された。オートファジー阻害剤を用いた感染実験により、このGFP-LC3の集積はオートファジー誘導によること、さらにActA欠損株はオートファジーにより細胞内での増殖が野生株と比べ抑制されることが示された。

2. ActAのアクチンコメット形成に関与する3つの機能領域(F-アクチン結合領域、Arp2/3複合体結合領域およびVASP結合領域)または細胞壁スペーサー部分の各種変異株を作製し、MDCK/pGFP-LC3細胞に感染させ、リステリアの細胞内運動性とオートファジー回避との関連について検討した。その結果、運動性を消失した変異株でも菌体表面に発現する変異型ActAが宿主タンパク質のArp2/3複合体またはVASPのどちらか一方でも菌体周囲に集積することができれば、菌はオートファジーから回避できることが示された。

3. 菌体周囲にArp2/3複合体およびVASPのどちらも集積することができないActA変異株は菌体表面が直接ユビキチン化され、その後GFP-LC3が集積することが示された。また、オートファジー特異的に分解され、変性タンパク質からなる凝集体の形成に関与するp62がユビキチン化されたActA変異株に対するオートファジーに必須の分子であり、オリゴマー化したp62がポリユビキチン鎖とLC3の両者と直接結合することでユビキチン化されたActA変異株が選択的にオートファジーに認識されることが示された。

4. 易凝集性タンパク質であるポリグルタミン鎖を持つQ79CあるいはGFP-170*とActAとの融合タンパク質を用いた再構成実験により、ActAの宿主タンパク質を集積する能力依存的に融合タンパク質のユビキチン化が妨げられ、p62による凝集体の形成が阻害されることが示された。

以上、本論文はリステリアの表面タンパク質であり、菌の細胞内運動に必須であるActAによる宿主タンパク質の菌体表面への集積がオートファジー認識回避のためのリステリア特有の擬装戦略であること、さらに宿主タンパク質を集積できない場合にはリステリアが宿主細胞によって神経変性性疾患の原因となるタンパク質凝集体と同様の認識機構によってオートファジーに認識されることを明らかにした。本研究はこれまで混沌としていたリステリアのオートファジー回避システムに対して明快な証拠を示し、病原性細菌を標的とするオートファジーの機構の解明に重要な貢献をなすと予想され、学位の授与に値するものと考えられる。

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