学位論文要旨



No 125436
著者(漢字) 津田,佐知子
著者(英字)
著者(カナ) ツダ,サチコ
標題(和) 神経組織構築におけるLamininγ1の機能 : メダカ変異体tacoboを用いた解析
標題(洋) Essential role of Lamininγ1 in neural tube morphognesis : analysis with the medaka mutant, tacobo
報告番号 125436
報告番号 甲25436
学位授与日 2010.02.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5444号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,洋幸
 東京大学 教授 岡,良隆
 国立遺伝学研究所 教授 相賀,裕美子
 東京大学 准教授 平良,眞規
 東京大学 准教授 越田,澄人
内容要旨 要旨を表示する

形態形成において、細胞は様々な細胞外シグナルに晒されている。その一つ、基底膜の主要構成成分であるlamininにより活性化されるシグナルは、細胞移動や細胞極性、また細胞形態などを制御し、組織の形態形成において重要な役割を持つことが知られている。

脊椎動物において、神経組織は広く共通な過程を経て構築される。神経発生初期の構造である神経管を構成する神経上皮細胞は分裂を繰り返し、分裂により生み出された神経細胞は、その誕生の場から移動して、複数の神経細胞層からなる複雑なネットワークを作る。この神経上皮細胞は、Interkinetic Nuclear Migration (INM) と呼ばれる特徴的な核移動を示す。この細胞は神経管のapical (脳室面)、basal (基底膜) 両側への接着を保つ一方、核は細胞周期依存的に神経管内でその位置を変化させており、apical-basal 方向に往復を繰り返す。神経上皮細胞の核は分裂期をapical側で迎えた後、G1 期に神経管のbasal 側へ移動し、S期の後G2 期に再びapical側へ戻る。この核移動は、1930年代での発見以来、神経上皮細胞の主たる特徴として知られている。これにより核分裂は神経管の脳室面側(apical側)に偏って生じる。また、神経前駆細胞は増殖期において、水平分裂 (planar cell division) により互いに等価な娘細胞を生む。このINMと水平分裂は近年、神経細胞を産生する神経前駆細胞の数を維持するのに重要であることが示唆されている。しかし一方、これら核の挙動を制御するメカニズムについては、細胞接着関連分子や細胞極性形成因子、細胞骨格などの関与が明らかにされているが、いずれも細胞内に局在する分子であり、前述のように細胞は細胞外からのシグナルを受けるにも関わらず、細胞外分子による神経管組織レベルでの制御、また細胞内と外の分子の相互作用については不明であった。

博士課程研究において私は、順遺伝学、胚操作や個体でのライブイメージングが容易なメダカを実験動物として選択し、メダカ突然変異体tacobo (tab) を用いて、細胞外シグナルのINMと平面分裂における役割を解析した。

結果と考察

tab変異体は、放射線医学研究所石川裕二博士と共同で行われたENU誘発突然変異体screeningにより得られた、体軸伸長と神経発生に異常を示す劣性致死変異体である。本博士研究において私は、このtab変異体の原因遺伝子をpositional cloningにより調べ、これがlaminin ・1変異体であることを明らかにした。細胞外マトリクスタンパク質lamininはα、β、γ鎖からなるヘテロ三量体であり、C末端側に存在するcoiled-coilドメインで互いに結合している。それぞれ複数種あるsubunitの組み合わせで、哺乳類では15種類のlaminin三量体が確認されているが、その内最も多くのlaminin三量体に用いられているのが、lamininγ1である。tab胚では、lamininγ1のsplicing donorサイトに生じた一塩基置換により、coiled-coilドメインの大半が欠損し、laminin三量体が正常に形成されないことが示唆された。lamininγ1に対するMolpholino antisence oligonucleotide 注入による機能阻害実験により、tab胚の表現型が再現されたことから、tab変異体はlamininγ1変異体であると結論した。

次に私は、tab変異体の示す神経管の形態形成異常に注目し、神経発生における細胞外シグナルの機能を調べた。まず、分裂M期の核を抗リン酸化ヒストン抗体で標識したところ、tab神経管において分裂頻度や細胞周期は正常であるが、M期細胞核はbasal側に異所的に分布することが分かった。このとき、tab神経管のbasal側において、laminin1 (α1, β1, γ1) の染色性はほとんど失われ、さらに透過型電子顕微鏡観察により基底膜が薄くまた複数箇所で途切れていることが分かった。次に、lamininに起因するシグナルの関与を調べるため、lamininの主たるreceptorであり、神経組織形成への寄与も報告されているintegrinを介するシグナルに注目した。laminin/integrinシグナルの下流の中心的標的分子である、focal adhesion kinase (FAK) の活性を抗リン酸化FAK(pY397) 抗体により調べたところ、野生型(wt)胚において神経上皮細胞のapical, basal両側に活性化が観察された。一方tab胚の神経管では、その活性化は著しく低下していた。さらに、Molpholino antisence oligonucleotide (MO) 注入によるFAK機能阻害実験を行ったところ、fak-MO注入胚は、体軸伸長異常、眼の形態異常といったtab胚と同じ表現型を示し、神経管において異所分裂が観察された。これらの結果から、FAKを介したlamininシグナルが、分裂期細胞核の位置決定に関与することが示された。

では、tab胚での異所的細胞分裂は、いかなる細胞内メカニズムにより生じたのだろうか。まず神経上皮細胞の主たる特徴であるINMについて調べた。EGFP mRNA注入により標識した神経上皮細胞について、共焦点レーザー顕微鏡によるtime-lapse観察により、その核移動を調べた。wt胚神経管では、ほぼ全ての核がapical側へ移動後分裂を迎えたのに対し、tab胚では多数の核が異常な移動パターンを示し、この結果basal側で異所的な分裂が生じていた。tab胚での分裂直前の核の移動速度は、核分裂の位置によらず、wt胚に比べ有意に低下していた。これらの結果により、lamininγ1が神経上皮細胞のINMを制御することが示された。

一方これまでに、神経上皮細胞のapical-basal極性が分裂の位置決定に重要であり、また、lamininは極性形成に重要である、とされてきた。従って、laminin欠損による極性異常により、tab神経管において分裂位置異常を生じた可能性があった。しかし、複数のapical marker (aPKCζ, ZO1, γtubulin)のいずれについても、tab神経管でapical側への正常な局在が確認され、細胞極性は正常に維持されていることが分かった。さらに、神経上皮細胞のもう1つの特徴である、神経管のapicalとbasal両面に接着するという細胞形態についても調べた。膜と核をそれぞれGFP, YFPで可視化し、モザイクにラベルした所、wt, tab胚共に、観察したほぼ全ての細胞について、両面への接着が維持されていた。以上の結果から、laminin欠損による異所分裂は、神経上皮細胞の極性や形態の異常の結果ではなく、INMの核の移動自体の異常によることが強く示唆された。

さらに、apical側での細胞の分裂軸を調べたところ、wt胚では多くが水平分裂を示すのに対し、tab変異体では分裂の方向はランダム化していることが分かった。この細胞の分裂軸異常は、FAK機能阻害胚においても同様に生じていた。

以上のようにtab胚において、神経前駆細胞の数の維持に重要であると考えられているINMと水平分裂双方に異常が観察された。このことから、tab神経管において神経分化異常が生じていることが予想された。初期神経細胞マーカーであるHu抗体を用いて解析したところ、tab神経管において予想通り分化した神経細胞数は同じ時期のwt胚神経管と比べて有意に増加していた。一方、同時に分裂頻度はtab神経管において有意に減少していた。これは、tab神経管において、神経前駆細胞が正常に維持されず、分化が早まっている可能性を示唆する。さらにFAK機能阻害胚を用いた細胞移植により、FAK機能阻害のモザイク胚を解析したところ、この核の挙動異常と神経分化亢進が、FAK機能阻害細胞選択的に観察されたことから、FAKが細胞自律的にこの過程を制御していることも明らかにした。

ではFAKシグナルは、いかにしてINMと水平分裂を制御しているのであろうか。近年、dynactinが網膜でのINMに機能することが示されている。Dynactinは複合体として、dyneinとそのcargoの相互作用やdyneinの微小管への結合性を制御し、そのmotor活性に重要な役割を持つ。ゼブラフィッシュの結果およびtab胚においてアクチンや微小管ネットワークには大きな異常は見られなかったことから、我々はdyneinの活性調節に注目した。最初にdynactinの局在を抗体を用いて調べた。wt神経管では、細胞質全体への分布と共に、apical, basal端への局在が観察された。一方FAK機能阻害胚の神経管では、dynactinの局在が低下していた。Dynactin量の減少はwestern blot解析によっても確認された。DynactinのINMへの関与をより直接的に調べるため、dynactin複合体の1つdynamitin p50の過剰発現によりdynactin複合体形成阻害を試みた。その結果、過剰発現胚において、神経管での異所分裂と共に、体軸伸長異常、目の形態異常といったtabの表現型が観察された。さらに、laminin/FAKとdynenein-dynactinシステムの genetic interactionの有無を検証した。fak MO注入とdynamitinp50 mRNAそれぞれ単独では殆ど異所分裂や分裂軸異常生じない量の注入を行い、核の挙動に異常が生じるか調べた。その結果、共注入胚で有意に異所分裂の増加と水平分裂の減少が確認された。以上より、INMと水平分裂がlaminin/FAKとdynein複合体の相互作用により制御されることが示された。

本研究により、神経上皮細胞でのINMと水平分裂、さらに神経分化制御における細胞外基質lamininの役割が初めて明らかになった。さらにlamininはFAKを介して、dyneinの活性調節に寄与していることが強く示唆された。これは、細胞外分子と細胞内分子の相互作用により、INMと水平分裂が組織レベルで制御されるメカニズムの一端を明らかにした初めて例である。またtab神経管では、INMでの細胞周期と核移動がde-coupleしていると考えられ、正常のINMにおけるcouplingにおいてlamininが重要な役割を持つことが強く示唆された。FAKがdynein-dynactinシステムといかなる相互作用をするのか、神経分化がいかに制御されているのか、またINMにおけるcouplingがいかに制御されるのか、これらは今後の課題である。以上、メダカ突然変異体の解析を通して、細胞外基質lamininの神経組織形成における新たな役割を見いだすことができた。本研究により、INMと水平分裂を制御する細胞外シグナルの研究が進展するものと期待している。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は2章からなる。第1章では、新規のメダカ突然変異体tacoboの原因遺伝子同定と表現型解析の解析を行った。tab変異体は、ENU誘発突然変異体screeningにより得られた、体軸伸長と神経発生に異常を示す劣性致死変異体である。tab変異体原因遺伝子のpositional cloningにより、これが基底膜の主要構成成分であり組織の形態形成において重要な役割を持つことが知られている、laminin ・1変異体であることを明らかにした。これはメダカでの初のlaminin突然変異体の報告である。

次に第2章では、tab変異体が最も初期に示す神経管の形態形成異常に注目し、神経発生における細胞外シグナルの機能を調べた。神経発生初期の構造である神経管を構成する神経上皮細胞は、大きく2つの特徴的な性質をもつ。1つは、Interkinetic Nuclear Migration (INM) とよばれる細胞周期依存的な核移動であり、これにより核分裂は神経管の脳室面側(apical側)に偏って生じる。2つ目は、神経前駆細胞は増殖期において、主に水平分裂 (planar cell division) により互いに等価な娘細胞を生む。近年、このINMと水平分裂は、神経細胞を産生する神経前駆細胞の数を維持するのに重要であることが示唆されている。しかし一方、これら核の挙動を制御するメカニズムについては、細胞接着関連分子や細胞極性形成因子、細胞骨格などの関与が明らかにされているが、いずれも細胞内に局在する分子であり、細胞外分子による神経管組織レベルでの制御については不明であった。

まず、分裂M期の核を抗リン酸化ヒストン抗体で標識したところ、tab神経管において分裂頻度や細胞周期は正常であるが、M期細胞核はbasal側に異所的に分布することが判明した。このとき、tab神経管のbasal側において、laminin1 (α1, β1, γ1) の染色性はほとんど失われ、さらに透過型電子顕微鏡観察により基底膜が薄くまた複数箇所で途切れていた。次に、lamininの主たるreceptorであるintegrinを介するシグナルに注目し、laminin/integrinシグナルの下流の中心的標的分子である、focal adhesion kinase (FAK) の活性を調べたところ、野生型(wt)胚に比べtab胚の神経管では、その活性化は著しく低下していた。さらに、Molpholino antisence oligonucleotide (MO) 注入によるFAK機能阻害実験により、fak-MO注入胚は、神経管においてtabと同様に異所分裂が観察された。これによりFAKを介した細胞外シグナルが分裂期細胞核の位置決定に関与することが示された。

tab胚での異所的細胞分裂の原因を調べるため、まずINMについて、共焦点レーザー顕微鏡によるtime-lapse観察を行った。tab胚において多数の核が異常な移動パターンを示し、basal側で異所的な分裂が生じていた。また、tab胚での分裂直前の核の移動速度は、核分裂の位置によらず、wt胚に比べ有意に低下していた。これらの結果により、lamininγ1が神経上皮細胞のINMを制御することが示された。また、apical側での細胞の分裂軸を調べたところ、tab変異体では分裂の方向はランダム化していることが分かった。この細胞の分裂軸異常は、FAK機能阻害胚においても同様に生じていた。さらに、神経細胞数を比較したところ、tab神経管において神経細胞数は同じ時期のwt胚神経管と比べて有意に増加していた。一方、分裂頻度はtab神経管において有意に減少していた。これは、tab神経管において、神経前駆細胞が正常に維持されず、分化が早まっている可能性を示唆する。最後に、FAKシグナルが、いかにしてINMと水平分裂を制御しているのかについて、分子モーターであるdynein/dynactinとの関連をしめした。Dynactinは複合体として、dyneinのmotor活性に重要な役割を持つ。dynactin複合体の1つdynamitin p50の過剰発現によりdynactinの機能阻害実験を行ったところ、過剰発現胚において、神経管での異所分裂、分裂角度異常が観察された。さらに、laminin/FAKとdynenein-dynactinシステムの genetic interactionも確認された。さらに、Dynactinの局在を抗体を用いて調べたところ、FAK機能阻害胚の神経管では、dynactinの局在が低下していることがわかった。以上より、INMと水平分裂がlaminin/FAKとdynein複合体の相互作用により制御されることが示された。

本研究により、神経上皮細胞でのINMと水平分裂、さらに神経分化制御におけるFAKを介する細胞外シグナルの役割が初めて明らかになった。またFAKは、dyneinの活性調節に寄与していることが強く示唆された。これは、細胞外分子と細胞内分子の相互作用により、INMと水平分裂が組織レベルで制御されるメカニズムの一端を明らかにした初めて例であり、評価に値する。

なお、本論文は、高島茂雄、北川忠生、浅川修一、清水信義、三谷啓志、嶋昭紘、堤真紀子、堀寛、成瀬清、石川裕二氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士 (理学) の学位を授与できると認める。

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