学位論文要旨



No 125456
著者(漢字) 朴,明子
著者(英字) Park,Myoungja
著者(カナ) パク,ミョンジャ
標題(和) T細胞性小児造血器腫瘍におけるFBXW7とNOTCH1遺伝子の解析
標題(洋) FBXW7 and NOTCH1 mutations in childhood T cell acute lymphoblastic leukemia and T cell non-Hodgkin's lymphoma
報告番号 125456
報告番号 甲25456
学位授与日 2010.03.03
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3374号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 黒川,峰夫
 東京大学 准教授 辻,浩一郎
 東京大学 准教授 菊池,陽
 東京大学 講師 滝田,順子
 東京大学 講師 久具,宏司
内容要旨 要旨を表示する

小児急性リンパ性白血病(ALL)は、予後に応じた治療の層別化を行うことにより治療成績は向上してきた。ALLの治療は年代毎に改善され、その予後は95%以上が寛解に至り、無病生存率は75-90%に達する。T細胞性ALL(T-ALL)は小児ALLの10-15%を占めるが、B前駆型ALLに比べて予後不良な一群である。強化された多剤併用化学療法により、小児T-ALLの無再発生存率は近年60-85%にまで向上している。 しかし、成人での治療成績は全般的にまだ低く、小児での治療成績もB前駆細胞型ALLに比べるとまだ満足できるものではない。

リスク因子の有無によって、小児ALLを3段階(標準治療群、中間危険群、高危険群)に分けて治療計画を設定することが標準的である。生物学的特徴と遺伝子染色体異常、治療反応性によりリスク分類し、予後良好と予想される患者群(低リスク群)、予後不良と予想される患者群(高リスク群)に層別化し、低リスク群には抗がん剤の副作用を軽減する方向で、高リスク群には治療のより強度を高めた治療を行うことが望まれるようになってきている。本研究の対象であるT-ALLはその中でも最も予後不良である高危険群に当てはまる。T-ALLは治療成績の改善を目標として、より強力な治療が計画されが、同じT-ALLの中にも極めて予後不良な一群が存在し、この群を層別化できる予後因子を明らかにすることが必要である。T-ALLでは治療反応性以外の明らかな予後因子はなく、発症や進展に関与する遺伝子異常について解析を行い、臨床像との相関について検討を行うことは重要である。

2004年にWengらによってT-ALLにおいて50%以上の頻度でNOTCH1遺伝子変異を認めることが報告された。NOTCH1は細胞膜を1回貫通する受容体型タンパク質で、造血幹細胞からリンパ系幹細胞、さらにCD4/CD8ダブル陽性細胞に至るまでのTリンパ球の分化に関与する。EGF-like domainを含む細胞外領域、PEST領域を含む細胞内領域からなり、細胞外でヘテロ二量体を形成している。NOTCHシグナルはリガンドを発現する細胞と直接接することにより活性化され、細胞膜内で切断されてNOCTH1の細胞内領域が核内に移行し複合体を形成し、シグナルを伝達し、標的遺伝子の転写活性を促進する。γセクレターゼはその細胞膜内の切断に関与している。

NOTCH1遺伝子の変異は二量体形成(HD)ドメインとPESTドメインのいずれか一方または両方にみられる。HDドメインの変異によってアミノ酸の置換、欠失、挿入が生じると二量体形成が不安定になり、リガンド非依存性に切断が誘導され、NOTCHシグナルが恒常的に活性化される。一方、PESTドメインの変異はフレームシフト変異やナンセンス変異で、その結果、PESTドメインのC末端部分が欠損する。NOTCHタンパクの分解を制御する領域であるPESTドメインが欠損することにより、活性化されたNOTCH1の分解が抑制され、その恒常的活性化が誘導される。

FBXW7(F-box and WD40 domain protein 7; FBW7, CDC4)は、もともとは線虫においてNOTCHを負に制御するタンパク質として同定された。FBXW7は活性型NOTCH1のPESTドメインに結合する。PESTドメインはNOTCH1の分解に重要な働きをしており、この部位へのFBXW7の結合によりNOTCH1シグナルが調節されている。FBXW7の遺伝子変異は乳癌、卵巣癌、子宮癌、T-ALLでも変異が報告されている。また、FBXW7の遺伝子変異も、PESTドメインの変異と同じようにNOTCH1の細胞内領域の分解を抑制し、その恒常的活性化を誘導する。

NOTCH1とFBXW7遺伝子の変異をもつ変異体は下流のNOTCHシグナルが恒常的に活性化され、細胞増殖能を獲得していることが報告されているが、高頻度で恒常的活性化を伴うNOTCH1とFBXW7の遺伝子異常がT-ALLの予後因子となるかどうかは明らかではない。今回の研究は、T-ALLの治療成績の向上に貢献することを目的とし、T-ALLにおいてNOTCH1とFBXW7の遺伝子異常について解析を行い、その臨床的意義との相関について検討を行った。

対象は小児白血病研究会(JACLS)の登録症例で説明と同意を得てALL-97とNHL-T98で治療が行われたT-ALL計55例、Tリンパ芽球性リンパ腫(T-NHL)14例。方法は腫瘍細胞を含む骨髄血またはリンパ節の一部からDNAもしくはRNAを抽出、遺伝子特異的プライマーを設定し、PCR法を用いて遺伝子増幅を行い、denaturing high-performance liquid chromatography (DHPLC)を用いてスクリーニングを行い、変異については直接塩基決定法を用いて変異を検出した。クローニングはTAクローニング法を用いた。検出された変異については臨床像との関係を比較検討した。

FBXW7遺伝子の変異はT-ALL新鮮検体55例中8例(14.6%)、T-NHL 14例中3例(21.4%)に認めた。NOTCH1遺伝子の変異はT-ALL新鮮検体55例中17例(30.9%)、T-NHL 14例中6例(42.9%)に認めた。NOTCH1とFBXW7遺伝子いずれかの変異はT-ALL新鮮検体55例中22例(40.0%)、T-NHL14例中7例(50.0%)に認めた。 FBWX7遺伝子の異常はミスセンス変異が9例、その他31bpの挿入変異、1塩基欠損変異、挿入欠失変異を認めた。7例のミスセンス変異の部位は465と479番目のアルギニンにおける変異であり、この部位は種を超えて保存されている領域である。今回の解析で検出した3例の挿入および欠失変異はこれまでに報告されていない新規のものであった。

NOTCH1遺伝子の変異はHDドメイン16例(66.7%)、PESTドメイン8例(33.3%)に認めた。うち17 (70.9%)の変異は挿入および欠失変異であり、5つのミスセンス変異を認めた。また、NOTCH1遺伝子のC5097にアミノ酸置換を伴わないC/Tの1塩基置換を69例中63例(91.3%)に認めた。

性別、年齢、縦隔腫瘍とNOTCH1およびFBXW7遺伝子の変異との相関について解析を行ったが、有意な差は認められなかった。しかし、NOTCH1遺伝子の変異をもつ群には再発例を認めなかった。また、FBXW7遺伝子の異常を認めるT-ALLおよびT-NHLに染色体異常を伴う症例はなかった(T-ALL: p=0.031, T-NHL: p=0.217)。

NOTCH1遺伝子変異陽性T-ALLの5年無病生存率は100%で、変異陰性例での65.8%に比べて有意に予後良好であった(p=0.008)。FBXW7遺伝子変異については5年無病生存率に有意な差は認めなかった(変異陽性例87.5%, 変異陰性例74.5%, p=0.40)。この傾向はNOTCH1とFBXW 7のそれぞれ単独の変異の有無で比較したときよりも、両者のいずれかの変異を有する場合といずれの変異も有さない場合を比較したときの方が顕著であった(変異陽性例95.5%, 変異陰性例63.6%, p=0.007)。

今回の解析の結果、これまで報告がなかったがT-NHLにおいてもT-ALLと同じく高頻度にNOTCH1もしくはFBXW7遺伝子の異常を認めることが明らかになった。

NOTCH1とFBXW7遺伝子と予後との相関については、これまでに相反する報告がなされている。Zhuらは77例の成人(24例)および小児(53例)のTALL症例を解析し、小児および成人のいずれにおいてもNOTCH1変異陽性例は変異陰性例に比べて予後不良の傾向であることを報告している。一方Breitらは、ALL-BFM2000プロトコールで治療された157例の小児例を解析し、82例(52.2%)にNOTCH1遺伝子変異を認め、NOTCH1変異陽性例はプレドニン反応性が良好でその予後も良好であったとしている。(4年無病生存率;変異あり90%、変異なし71%, p=0.008)。

NOTCH1遺伝子の変異は予後良好群と相関しているとの報告や予後不良群と相関しているとの報告があり、未だ予後因子としての意義は明らかではない。同じ遺伝子変異におけるこのような相違の原因については、民族による遺伝的背景の違いが関与している可能性も考えられる。また、治療に用いた薬剤の種類や量、使い方などの違いや、それぞれのグループごとに異なる治療内容が影響している可能性が示唆されるが、現時点では明らかではない。

FBXW7遺伝子で新たに見いだされたアミノ酸置換を伴う遺伝子異常(T-ALL 32) については、V627はFBXW7の7番目のβシート構造部位に位置しており、8番目のβシート構造部位の遺伝子異常がT-ALLですでに報告されている。また、同様にT-NHL61に認めたフレームシフトを伴う遺伝子異常は子宮癌で報告されており、FBXW7の構造上の異常を来すと考えられる。

T-ALLではT細胞受容体との転座を有する染色体異常を多く認めるが、今回の解析ではFBXW7遺伝子の異常を認める症例では染色体異常を認めなかった。大腸癌においてFBXW7遺伝子異常と染色体不安定性との関連についての報告があるが、臨床的な意義については不明である。T-ALLにおいて、マイクロアレイ解析で発現パターンによる予後の相違が報告されており、FBXW7遺伝子異常を持つ症例と染色体異常を持つ症例では遺伝子発現や分子生物学的特徴が違う可能性が考えられる。

T-ALLは予後不良な疾患であるが、今回の解析の結果、NOTCH1遺伝子変異をもつ群は再発がなく、NOTCH1とFBXW7遺伝子のいずれかに変異をもつ群は予後良好因子である可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は小児T細胞性小児急性リンパ性白血病(T-ALL)の治療成績の向上を目的として、T細胞性小児造血器腫瘍におけるFBXW7 とNOTCH1遺伝子の解析を行い、以下の結果を得ている。

1.FBXW7遺伝子の変異はT-ALL新鮮検体55例中8例(14.6%)、Tリンパ芽球性リンパ腫(T-NHL) 14例中3例(21.4%)に認めた。NOTCH1遺伝子の変異はT-ALL新鮮検体55例中17例(30.9%)、T-NHL14例中6例(42.9%)に認めた。これまで報告がなかったがT-NHLにおいてもT-ALLと同じく高頻度にNOTCH1もしくはFBXW7遺伝子の異常を認めることが明らかになった。

2.小児T-ALLではT細胞受容体との転座を有する染色体異常を多く認めるが、本研究ではFBXW7遺伝子の異常を認める症例では染色体異常を認めなかった。また、FBWX7において3つの新規の遺伝子異常を見出した。

3.NOTCH1遺伝子の変異をもつ群には再発例を認めなかった。 NOTCH1遺伝子変異陽性T-ALLの5年無病生存率は100%で、変異陰性例での65.8%に比べて有意に予後良好であった(p=0.008)。この傾向はNOTCH1とFBXW 7のそれぞれ単独の変異の有無で比較したときよりも、両者のいずれかの変異を有する場合といずれの変異も有さない場合を比較したときの方が顕著であった(変異陽性例95.5%, 変異陰性例63.6%, p=0.007)。

4.T-ALLは予後不良な疾患であるが、本研究の結果、NOTCH1とFBXW7遺伝子のいずれかに変異をもつ群は予後良好因子である可能性が示された。

以上、本論文は小児T-ALLにおいてNOTCH1とFBXW7の遺伝子異常について解析を行い、NOTCH1遺伝子変異をもつ群は再発がなく、NOTCH1とFBXW7遺伝子のいずれかに変異をもつ群は予後良好因子である可能性を明らかにした。本研究は今後の小児T-ALLの治療成績の向上に貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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