学位論文要旨



No 125457
著者(漢字) 美濃部,こころ
著者(英字)
著者(カナ) ミノベ,ココロ
標題(和) Ewing肉腫における新規腫瘍マーカーの探索 : ADAMTS4発現の診断的意義の解析
標題(洋)
報告番号 125457
報告番号 甲25457
学位授与日 2010.03.03
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3375号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,善則
 東京大学 准教授 辻,浩一郎
 東京大学 准教授 田中,栄
 東京大学 准教授 矢野,哲
 東京大学 講師 井田,孔明
内容要旨 要旨を表示する

Ewing肉腫は骨軟部腫瘍では骨肉腫に次いで2番目に多い、未分化で悪性度の高い腫瘍である。1921年、James Ewingによって骨に発生した小円形細胞腫瘍(Small round cell tumor)として最初に報告されたが、その後骨を覆う筋肉や脂肪などの軟部組織にも発症することが明らかになった。Ewing肉腫の特徴的な点は、ほとんどにおいて染色体転座が認められることである。その中でも患者の約90%において、11q12のEWS遺伝子と22q24のFLI1遺伝子の転座が見られる。この染色体転座によって異常なキメラ蛋白質が発現し、新たな転写因子としての機能を獲得することが、Ewing肉腫の発症の原因であると考えられている。この疾患の治療は、化学療法、放射線治療、手術療法の3者併用が効果的である一方で、Ewing肉腫は再発しやすく他の組織への浸潤が激しいため、肺や骨への転移がある場合の5年生存率は20~30%と、予後不良である。また症状は主に病巣部位の腫脹、疼痛であり、骨を覆っている軟部組織が厚いために早期発見が困難な場合が多い。現在の診断基準は、上記に述べた染色体転座の有無と、免疫組織化学的なCD99陽性によって判断されている。CD99の発現はEwing肉腫の診断に比較的有用ではあるが、一部の白血病や滑膜肉腫、非ホジキンリンパ腫、消化管間質腫瘍などでも陽性反応を示すためEwing肉腫特異的ではない。また診断に有効な腫瘍マーカーも存在しない。そこで私は、Ewing肉腫の早期診断、簡便かつ非侵襲的な鑑別診断を目的とした、腫瘍マーカーの候補となるような遺伝子のスクリーニング解析を行った。

Ewing肉腫細胞株由来のmRNAを用いた、改良型シグナルシークエンストラップ(SST)法によって80種類の膜蛋白質および分泌蛋白質を同定した。腫瘍細胞株や諸臓器での発現の比較検討から、Ewing肉腫細胞において有意に高く発現している分泌蛋白質ADAMTS4に着目した。ADAMTS4はこれまでに19種同定されているADAMTSファミリーの1つであり、細胞外マトリックス蛋白質を分解するメタロプロテアーゼであることが知られている。近年の研究によってADAMTS4の特性を知る手がかりが示されつつあるが、その生理的意義や活性のメカニズムなど、解明されていない点も多い。ADAMTS4と腫瘍の関連性については、これまでにグリオーマと乳癌で報告されている。しかしながらEwing肉腫とADAMTS4の関連性についてはこれまでに報告がないため、腫瘍細胞株や患者検体を用いてADAMTS4の発現について検討した。

siRNAを用いたEWS-FLI1融合遺伝子の発現抑制では、EWS-FLI1の抑制と同時にADAMTS4遺伝子の発現も下方調整されたことから、ADAMTS4がEWS-FLI1の下流に存在している可能性が示唆された。ADAMTS4がEWS-FLI1の直接の標的遺伝子であるのかは今後さらなる検討を要する課題である。

次に患者の組織検体やEwing肉腫細胞株において、ADAMTS4の発現の有無を免疫染色により検討した。患者腫瘍組織ではADAMTS4の発現が有意に高く、細胞株においても同様の結果が得られた。腫瘍細胞株の細胞質にADAMTS4が局在していることは、ADAMTS4が分泌蛋白質であるという事実を反映していると考えられる。この結果をもとに、ADAMTS4は腫瘍細胞株の細胞質に留まらず、培養上清にも分泌されていると予想し、免疫沈降法を行った。検討により、細胞抽出物ならびに培養上清に約100kDaのADAMTS4蛋白質の分泌が認められた。用いた抗体が蛋白質のC末端領域、764-837アミノ酸を認識するものであることから、2本のバンドのうち分子量の大きいバンドはADAMTS4全長、分子量の小さいバンドは細胞外領域が一部切断されたADAMTS4蛋白質を認識していることが示唆される。細胞抽出物では前述のように考察できるが、分泌蛋白質として作用する活性型のADAMTS4は、本来細胞質でFurinによってプロドメインが切断されるため培養上清中には検出されないはずである。この理由については不明であるが、リン酸化もしくは糖鎖による修飾に起因するのか、本研究で明確な結論を導き出すことはできなかった。

ADAMTS4のバイオマーカーとしての可能性を検討するために、簡便な診断方法として血清診断に用いることを想定し、患者血清によるELISA解析を行った。Ewing肉腫患者では腫瘍組織のRT-PCRでは全例でADAMTS4の発現をはっきりと検出できたが(図12)、血清中にはADAMTS4を検出できなかった(図13)。今回の検討で、Ewing肉腫患者血清中にADAMTS4が検出されなかった理由として、検体数が少なかったこと、細胞上清中及び組織標本中には分泌が認められているものの腫瘍部位で局所的に作用していること、などが考えられる。用いた血清検体も化学療法前に採取したものが多かったことから、治療による腫瘍の縮小が原因であるという可能性は否定できる。今後さらに症例数を増やして検討する必要がある。一方、骨肉腫患者に関しては、腫瘍組織のRT-PCRでのADAMTS4陽性が13例中2例であるのに対し(図12)、血清では3例中2例と比較的高い確率でADAMTS4が陽性であった(図13)。この結果から、ADAMTS4は骨肉腫における新規の血清マーカーとして有効である可能性が示された。今後さらなる解析が必要であり、さらに患者の治療の経過と合わせた経時的な解析が可能であれば、新たな知見が得られると考えられる。

本研究において、私はEwing肉腫細胞株からSST法を用いた膜蛋白質、分泌蛋白質のスクリーニング解析を行い、これまでにEwing肉腫では関連性が報告されていない分泌蛋白質ADAMTS4を見出した。培養細胞を用いたsiRNA実験や免疫沈降法および免疫蛍光染色、Ewing肉腫患者のサンプルを用いた組織染色とRT-PCRにおいて、Ewing肉腫でのADAMTS4の発現を認める一貫した結果が得られた。これらの結果から、ADAMTS4は、Ewing肉腫特異的なEWS-FLI1によって制御されており、その病態形成に重要な働きをもつことが示唆される。ADAMTS4の遺伝子発現の亢進が腫瘍発生に関与するという報告は現在のところ存在しないが、Ewing肉腫ならびに骨肉腫は、転移の頻度が高く悪性度も高いことから、ADAMTS4が腫瘍の浸潤、転移に何らかの役割を果たしている可能性が示唆される。本研究でのADAMTS4の発現解析は必ずしも疾患特異的といえるものではなかったが、Ewing肉腫ならびに骨肉腫の病態との関連や診断、治療において、例えば病勢判定への応用の可能性など、今後さらなる解析が望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は未分化で悪性度の高い腫瘍であるEwing肉腫の早期診断、簡便かつ非侵襲的な鑑別診断を目的とした、腫瘍マーカーの候補となるような遺伝子を探索するため、改良型シグナルシークエンストラップ(SST)法を用いてスクリーニング解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. SST法によるスクリーニング解析では、80種類の膜蛋白質および分泌蛋白質を同定した。腫瘍細胞株や諸臓器での遺伝子発現の比較検討から、Ewing肉腫細胞において有意に高く発現し、これまでEwing肉腫との関連性が示されていなかった分泌型蛋白質ADAMTS4を見出した。

2. Ewing肉腫発症の原因と考えられている融合遺伝子の発現の有無を、解析に用いたEwing肉腫細胞株SJES-2,3,5,6,7,8で検討したところ、すべての細胞株においてEWS-FLI1を発現していることが明らかになった。またsiRNAによるEWS-FLI1遺伝子の発現抑制によって、ADAMTS4 mRNA発現が抑制されたことから、ADAMTS4はEWS-FLI1の下流に位置する可能性が示唆された。

3. Ewing肉腫患者腫瘍組織の免疫染色では、ADAMTS4の発現が認められた。Ewing肉腫細胞株を用いた免疫蛍光染色においても、主に細胞質にADAMTS4が検出された。

4. Ewing肉腫細胞抽出物と細胞株培養上清の両方において分子量約100kDaのADAMTS4蛋白質が検出されることを免疫沈降法により示した。これによりADAMTS4蛋白質は細胞内から細胞外に分泌されていることが示された。

5. 骨軟部腫瘍患者組織由来のRT-PCRでは、Ewing肉腫患者において7例全例で比較的高レベルのADAMTS4発現が認められたが、患者血清6例ではADAMTS4の分泌は検出限界以下であった。一方骨肉腫患者のRT-PCRでは13例中2例においてADAMTS4が陽性であり、患者血清でも3例中2例でADAMTS4が検出された。このことから、ADAMTS4は骨肉腫の腫瘍マーカーとなりうる可能性が示された。

以上、本論文は診断に有効な腫瘍マーカーの探索を目的とし、Ewing肉腫細胞株からSST法を用いた膜蛋白質、分泌蛋白質のスクリーニング解析において、これまでEwing肉腫とは関連性が報告されていなかった分泌蛋白質ADAMTS4の存在を明らかにした。さらにADAMTS4が骨肉腫患者の新規血清マーカーとして有用である可能性を示した。本研究は悪性度が高いEwing肉腫ならびに骨肉腫における、新しい血清診断法、特に病勢判定法の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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