学位論文要旨



No 125458
著者(漢字) 井上,陽介
著者(英字)
著者(カナ) イノウエ,ヨウスケ
標題(和) 2種類の超音波Elastographyの肝臓外科臨床への適用
標題(洋)
報告番号 125458
報告番号 甲25458
学位授与日 2010.03.03
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3376号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢富,裕
 東京大学 准教授 清水,伸幸
 東京大学 准教授 赤羽,正章
 東京大学 講師 椎名,秀一朗
 東京大学 講師 本村,昇
内容要旨 要旨を表示する

要旨

はじめに:近年、超音波検査が従来の単純な画像検査の枠を超えて、「触診」に近い役割を担うようになってきた。その代表的な技術が、Real-time elastography(RTE)とTransient elastography(TE)である。RTEは表示された超音波領域内の硬さの違いを色の違いとして視覚化する技術である。既に体表臓器や前立腺での臨床応用は進んでいるが腹腔臓器への適用は報告に乏しい。TEは対象の硬さを定量化する技術であり、体表からの肝硬度測定が可能である。主に内科領域で慢性肝疾患の進行度診断に用いられるが、周術期の肝に適用された報告はない。本研究では、RTE、TEの肝臓外科臨床における適用とその有用性につき検討した。

対象と方法:(1)我々のRTEシステムは、空間相関法を用いたアルゴリズムに、各加圧の加圧の質と強さを判定する自動フィードバック機構を装備している。フリーハンドの加圧のうち、妥当と判定した加圧にだけ弾性画像が作成されるため、処理の合理性が向上しかつ、不適切な加圧による不当な弾性画像を省くことができる。2006年から2008年までに教室で行われた肝切除のうち、36例、56病変に対して、通常のBモード術中超音波検査の後、術中RTEを施行した。得られたRTE画像所見を4パターンに分類し、実際の最終診断に対する感度、特異度を疾患別に評価した。(2)TEは、2006年7月から2008年3月までに教室で施行した肝移植のうち、右側肝グラフトの生体肝移植レシピエント24症例(術後に肝硬度測定)、およびそれらの生体ドナー24症例(術前に測定)、左側肝生体ドナー5例(術後に残右肝を測定)、脳死肝移植レシピエント3例(術後に測定)を対象とした。肝硬度値の定義は、測定1回につき、機械の動作を10回以上行い、機械がvalidと判定した計側値10回の中央値を肝硬度値とした。移植前肝硬度、移植術後肝硬度を定期的に測定し、移植肝に対してTEを行うことの妥当性、および移植グラフトの経時的な硬度変化について検討した。

結果:(1)RTEによる弾性画像は、56病変中55病変(98%)から得られた。肝細胞癌(18病変)に対するRTEの感度特異度はそれぞれ83.3%、75.7%、腺癌(26病変)に対する感度特異度は84.6%、86.2%であった。また15病変(27%)でBモード術中超音波による描出が不十分であったが、RTEはそのすべてを硬度の差として明瞭なcontrastで描出した。(2)TEは合計678回の計測が56症例に対して行われ、その成功率は0.929 ± 0.119であった。測定の成功率は、胸壁の厚さとの間に有意な負の相関を認めた(P<0.0021)。また、肝硬度測定値の四分位範囲対中央値比は、移植後1カ月を経過しても21.1±11.2%と、移植前値 (15.6±8.5%)と比して高値のまま遷延した。生体肝移植レシピエント24例における移植後肝硬度の変化は、移植後第1週に硬度が急上昇し、以降徐々に軟らかく変化する傾向にあった。合併症あり群(n=8)と、合併症なし群(n=16)とで比較すると、合併症あり群の方が、術後第4週(p=0.0066)、および第5週以降(p=0.0028)で有意に肝硬度値が高かった。急性拒絶を合併した症例は全て、肝硬度値の急上昇と、門脈血流速度の急降下を伴っていた。

結論:(1)自動フィードバックシステムで加圧判定を行うフリーハンドRTEは、術中適用することでその性能を最大限に発揮し、肝局所小病変に対する「疑似触診」が可能となる。(2)TEを移植後急性期の肝に適用すると、四分位範囲が高値となること、順調に経過する症例では、肝硬度値は一旦上昇した後徐々に低下し、合併症が起こると肝硬度値が高値遷延する結果が得られた。また、肝硬度値の上昇と門脈血流速度の低下が急激に起こった場合、急性拒絶を示唆している可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

近年、超音波診断の新しい技術である、Real-time elastography(RTE)とTransient elastography(TE)が臨床の現場に導入されてきている。RTEは表示された超音波領域内の硬さの違いを色の違いとして視覚化する技術である。既に体表臓器や前立腺での臨床応用は進んでいるが腹腔臓器への適用は報告に乏しい。TEは対象の硬さを定量化する技術であり、体表からの肝硬度測定が可能である。主に内科領域で慢性肝疾患の進行度診断に用いられるが、周術期の肝に適用された報告はない。本研究では、RTE,TEをそれぞれ肝臓外科の臨床において適用し、その有用性につき検討した。得られた結果は以下のとおりである。

1.RTEを、肝臓外科手術中に適用し、その診断能、既存のB-モード術中超音波に対する位置付けを検討した。RTEによる弾性画像は、56病変中55病変(98%)から得られた。肝細胞癌(18病変)に対するRTEの感度特異度はそれぞれ83.3%、75.7%、腺癌(26病変)に対する感度特異度は84.6%、86.2%であった。また15病変(27%)でBモード術中超音波による描出が不十分であり、さらにそのうち5病変は同定不可能であったが、RTEはそのすべてを硬度の差として明瞭なcontrastで描出した。

2.TEは、肝移植後のグラフトの急性期における経時的な硬度変化の観察に適用した。TEは合計678回の計測が56症例に対して行われ、その成功率は0.929 ± 0.119であった。測定の成功率は、胸壁の厚さとの間に有意な負の相関を認めた(P<0.0021)。また、肝硬度測定値の四分位範囲対中央値比は、移植後1カ月を経過しても21.1±11.2%と、移植前値 (15.6±8.5%)と比して高値のまま遷延した。生体肝移植レシピエント24例における移植後肝硬度の変化は、移植後第1週に硬度が急上昇し、以降徐々に軟らかく変化する傾向にあった。合併症あり群(n=8)と、合併症なし群(n=16)とで比較すると、合併症あり群の方が、術後第4週(p=0.0066)、および第5週以降(p=0.0028)で有意に肝硬度値が高かった。急性拒絶を合併した症例は全て、肝硬度値の急上昇と、門脈血流速度の急降下を伴っていた。

以上、本論文は、(1)RTEを術中適用することでその性能を最大限に発揮し、肝局所小病変に対する「疑似触診」が可能となり、Bモード術中超音波に対する補完的な役割を果たすことが可能である。(2)TEを移植後急性期の肝に適用すると、四分位範囲が高値となること、順調に経過する症例では、肝硬度値は一旦上昇した後徐々に低下し、合併症が起こると肝硬度値が高値遷延する結果が得られ、肝硬度値と門脈血流速度をモニタすることで、非侵襲的に急性拒絶を予測、診断できる可能性がある。という結論が得られた。肝臓外科における診断技術の発展に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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