学位論文要旨



No 125459
著者(漢字) 京田,有介
著者(英字)
著者(カナ) キョウデン,ユウスケ
標題(和) 葛西手術術後胆道閉鎖症成人例に対する生体肝移植術の適応と成績に関する検討
標題(洋)
報告番号 125459
報告番号 甲25459
学位授与日 2010.03.03
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第3377号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩中,督
 東京大学 准教授 宮田,哲郎
 東京大学 准教授 大西,真
 東京大学 准教授 池田,均
 東京大学 講師 別宮,好文
内容要旨 要旨を表示する

I.要旨

1. 背景と目的

胆道閉鎖症は胆管の広範囲にわたる閉塞を特徴とする小児の疾患である。胆管の閉塞により黄疸を来たし、治療を行わなければ、新生児期の早い段階において、肝硬変、さらには肝不全に至る。1957年に葛西によって肝門部空腸吻合(葛西手術)が導入され、生後まもなく黄疸で死亡する患児は減少した。しかし長期生存例は限られており、また肝門部空腸吻合により、すべての患児を救命することはできない。葛西手術後に減黄が不十分なため胆汁鬱滞による肝機能障害をきたし、最終的に肝不全に進行する症例も稀ではなく、その場合、肝移植の適応になる。

乳児や小児より脳死下の臓器提供の可能な国や地域においては、早期に肝移植を施行することが受け入れられている。本邦においても同様の考えに基づき、一部の施設において葛西手術後の比較的早期、すなわち、胆汁鬱滞による様々な弊害を生ずる以前に、予防的に生体肝移植を施行することが近年提唱された。しかしながら、葛西手術後早期の肝移植により、上記の合併症による不利益は回避される可能性を認める一方で、小児期の肝移植後、思春期を通じ生涯にわたって必要となる免疫抑制剤の内服による易感染状態の継続、発癌や循環器疾患発生リスクの増大による生存率の低下などの影響は充分に検討されておらず、葛西手術後症例に対し、予防的な肝移植を考慮する利益は明らかでない。

今回私は、葛西手術術後に成人に達し、生体肝移植を施行した症例の成績を解析した。

2.対象と方法

当科において、1996年1月から2006年12月まで385例の生体肝移植術を施行した。その内胆道閉鎖症患者である小児60例、成人20例を本研究の対象とした。16歳以上を成人症例と定義し、小児症例と成人症例とで、術前の発育状態、肝機能、手術因子、術後の合併症、肝移植後の生存率などを比較した。

3. 結果

小児例のドナーの内訳は母親30人、父親の26人、叔母3人、兄弟1人であった。ドナーの年齢の中央値は33歳であった。成人例のドナーの内訳は、父親の8人、そのほか母親7人、兄弟3人、姉妹1人、娘1人であった。ドナーの年齢の中央値は47歳であった。小児例の30%、成人例の45%で、葛西手術は生後60日以内に行われていた。胆道閉鎖症の病型分類によると小児例ではI型が2人、III型が45人で、13人において病型は不明であった。成人例ではI型が6人、III型が10人であった。4人において病型は不明であった。III型の症例が、有意に成人例に少なかった (P=0.002)。小児例において、術前のビリルビン値が有意に高く(14.4 mg/dl vs 3.7 mg/dl, P=0.008)、また成長遅滞が認められた(身長: -1.3 SD vs 0.9 SD, P=0.0008) (体重: -2.1 SD vs -0.03 SD, P=0.0001)。

小児例の生体肝移植の適応は、黄疸が52例(87%)、消化管出血24例(40%)、難治性の胆管炎が17例(28%)、肝肺症候群2例(3%)、肺高血圧症が1例(2%)であった(重複例を含む)。成人例の生体肝移植の適応は、食道胃静脈瘤に対するEVL,EISなどの入院治療を繰り返したものの、コントロール不良で、出血性ショック、輸血を契機に肝不全に進行した症例が7例。原因不明の消化管出血を繰り返し、内視鏡治療に抵抗性で、頻回の入院を要した症例が5例、胆管炎を契機に肝機能が急速に悪化し、肝不全に至った症例が4例、長期間の胆汁鬱滞により肝内結石を認め、PTBDなどの胆道ドレナージを施行したものの胆管炎がコントロールできなくなった症例が2例、多発性肝膿瘍から敗血症になった症例が1例、肝性脳症でICU管理を要した症例が1例であった。

使用したグラフトは、小児例では外側区域グラフトが82%で最も多く、成人例では左肝グラフトが65%で最も多かった。手術因子では、手術時間、冷阻血時間、温阻血時間は有意に成人例で長く、グラフト重量・標準肝容積比は有意に成人例が小さかった。しかし、出血量に有意差を認めなかった。

両群の生体肝移植術後の合併症では、開腹を要する後出血が、有意に成人例に多かった。血管合併症や胆管合併症に関しては、有意差を認めなかった。1例で肝静脈閉塞により再移植を行ったが、成人例では再移植症例は認めなかった。急性拒絶は小児の38例(64%)に、成人の9例(45%)に認められた。経過観察中に小児6例(10%)、成人2例(10%)が死亡した。1年、3年、5年生存率は小児例で93%、90%、90%、成人例で、95%、90%、90%、と有意差を認めなかった。

4. 考察

今回の研究では、葛西手術術後の生体肝移植の成績に、成人と小児の間で有意差を認めなかった。成人例で有意に後出血が多かったが、全体の生存率には影響を及ぼさなかった。

生体肝移植を施行している本邦の一部の施設の報告では、有意に成人例の肝移植後の予後が不良であり、胆道閉鎖症患者に対する生体肝移植術は、葛西術後の合併症である胆管炎等の治療が必要になった段階で行うことが望ましいと結論付けている。

自験例の解析では、小児症例と成人症例それぞれにおける合併症の発生率および生存率等の成績に差を認めなかった。葛西手術後の経過が良好で、小児期を通じて一般と大差なく成長していく症例においては成人に達した後、肝不全が生じた時点で肝移植を考慮することに不利益は生じないことが示された。

5. 結論

葛西手術後、成人に達した症例においても生体肝移植は安全に施行可能であり、その成績は小児期に施行したものと遜色を認めなかった。肝移植の至適時期は、個々の症例に於いて胆汁鬱滞の増悪、肝不全の進行、その他の合併症の進行の程度やドナー側の因子を総合的に検討し、決定されるべきである。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、胆道閉鎖症患者である小児60例、成人20例を本研究の対象とし小児例と成人例とで、術前の発育状態、肝機能、手術因子、術後の合併症、肝移植後の生存率などを比較解析したものであり、下記の結果を得ている。

1.小児例のドナーの内訳は母親30人、父親の26人、叔母3人、兄弟1人であった。ドナーの年齢の中央値は33歳であった。成人例のドナーの内訳は、父親の8人、そのほか母親7人、兄弟3人、姉妹1人、娘1人であった。ドナーの年齢の中央値は47歳であった。小児例の30%、成人例の45%で、葛西手術は生後60日以内に行われていた。胆道閉鎖症の病型分類によると小児例ではI型が2人、III型が45人で、13人において病型は不明であった。成人例ではI型が6人、III型が10人であった。4人において病型は不明であった。III型の症例が、有意に成人例に少なかった (P=0.002)。小児例において、術前のビリルビン値が有意に高く(14.4 mg/dl vs 3.7 mg/dl, P=0.008)、また成長遅滞が認められた(身長: -1.3 SD vs 0.9 SD, P=0.0008) (体重: -2.1 SD vs -0.03 SD, P=0.0001)。

2.小児例の生体肝移植の適応は、黄疸が52例(87%)、消化管出血24例(40%)、難治性の胆管炎が17例(28%)、肝肺症候群2例(3%)、肺高血圧症が1例(2%)であった(重複例を含む)。成人例の生体肝移植の適応は、食道胃静脈瘤に対するEVL,EISなどの入院治療を繰り返したものの、コントロール不良で、出血性ショック、輸血を契機に肝不全に進行した症例が7例。原因不明の消化管出血を繰り返し、内視鏡治療に抵抗性で、頻回の入院を要した症例が5例、胆管炎を契機に肝機能が急速に悪化し、肝不全に至った症例が4例、長期間の胆汁鬱滞により肝内結石を認め、PTBDなどの胆道ドレナージを施行したものの胆管炎がコントロールできなくなった症例が2例、多発性肝膿瘍から敗血症になった症例が1例、肝性脳症でICU管理を要した症例が1例であった。

3.使用したグラフトは、小児例では外側区域グラフトが82%で最も多く、成人例では左肝グラフトが65%で最も多かった。手術因子では、手術時間、冷阻血時間、温阻血時間は有意に成人例で長く、グラフト重量・標準肝容積比は有意に成人例が小さかった。しかし、出血量に有意差を認めなかった。

4.両群の生体肝移植術後の合併症では、開腹を要する後出血が、有意に成人例に多かった。血管合併症や胆管合併症に関しては、有意差を認めなかった。1例で肝静脈閉塞により再移植を行ったが、成人例では再移植症例は認めなかった。急性拒絶は小児の38例(64%)に、成人の9例(45%)に認められた。

5.経過観察中に小児6例(10%)、成人2例(10%)が死亡した。1年、3年、5年生存率は小児例で93%、90%、90%、成人例で、95%、90%、90%、と有意差を認めなかった。

以上、本論文では、小児例と成人例それぞれにおける合併症の発生率および生存率等の成績に差を認めなかった。葛西手術後の経過が良好で、小児期を通じて一般と大差なく成長していく症例においては成人に達した後、肝不全が生じた時点で肝移植を考慮することに不利益は生じないと考えられる。葛西術後の胆道閉鎖症患者の移植時期に関して重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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