学位論文要旨



No 125466
著者(漢字) 渡辺,裕也
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,ユウヤ
標題(和) 遺伝学的手法によるドロップオフ反応に関するバクテリア翻訳因子RF3の機能解析
標題(洋) Genetic study of bacterial translation factor RF3 for the peptidyl-tRNA drop-off reaction
報告番号 125466
報告番号 甲25466
学位授与日 2010.03.05
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5449号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 斎藤,春雄
 東京大学 教授 横山,茂之
 東京大学 教授 飯野,雄一
 東京大学 教授 濡木,理
 東京大学 准教授 伊藤,耕一
内容要旨 要旨を表示する

【序】タンパク合成において成熟ペプチド鎖を切り離す終結過程は、2つのクラスに分類されるペプチド鎖解離因子によって触媒されている。クラスI解離因子はリボソーム上で終止コドンを直接認識し、ペプチジルtRNAの加水分解反応を触媒する。クラスII解離因子は、GTP加水分解機能を持ち、終結反応を促進する。このクラスII解離因子として、原核生物にはRF3、真核生物にはeRF3が存在するが、eRF3がeRF1と結合して協調的に機能するのに対し、RF3はRF1・RF2と結合せずに、ペプチド鎖解離後のリボソームから積極的にRF1・RF2を放出する機能を持つことが知られるなど両者の反応様式は大きく異なることが知られている。

原核生物の翻訳機構には、開始因子IF2、伸長因子EF-Tu、伸長因子EF-Gといった、グアニンヌクレオチド結合ドメイン(Gドメイン)に相同性を持つ翻訳GTPaseファミリーのタンパク質が存在し、RF3もその一員である。しかしながら、GTP結合型でリボソームに結合し機能するIF2、EF-Tu、EF-Gと異なり、RF3はGDP結合型でリボソームに結合する例外的な分子機構が提唱されている。

RF3には、終結過程の反応以外に、翻訳途中にリボソーム上の未成熟ペプチジルtRNAをリボソームから解離するペプチジルtRNAドロップオフ反応にも関わっていることが報告されている。このドロップオフ反応は、翻訳伸長反応初期過程で何らかの理由で停止してしまったリボソームからペプチジルtRNAを脱離する反応と考えられている。リボソームからドロップオフしたペプチジルtRNAはそのままでは再利用できないため、必須因子のペプチジルtRNA加水分解酵素(PTH)がペプチドを切り離してフリーのtRNAに再生する。これまでに、in vivoとin vitro翻訳系において、RF3がリボソーム再生因子RRFやEF-Gと協調してドロップオフ反応を促進することが示されてきた。

近年、RF3とリボソーム複合体のクライオ電顕の解明や、RF3・GDP複合体のX線結晶構造が明らかにされ、リボソーム上のドメインの立体配向の他の翻訳因子との比較解析なども進められている。しかしながら、RF3に特有な機能を説明する分子メカニズムの詳細は謎が多く残されている。

分子レベルでの反応機構解明のためには、それに関与するアミノ酸残基部位の特定を行う事が有用であると考え、本研究では、PTH機能欠損大腸菌株にドロップオフを促進させるminigeneを組み合わせたドロップオフ検出系を作製し、それを用いて積極的にドロップオフを抑制する変異体RF3(drop-off dominant-inhibitory RF3, RF3DDI)の網羅的な分離を行い、機能ドメインおよび分子機構の解明を試みた。

【実験系の構築】まず、ドロップオフを頻発するラムダファージbar遺伝子 (bar mini gene)をモデルに、IPTG添加量でドロップオフ反応の感受性をコントロールできるプラスミドpBar1を作製した(図1A)。次にこのプラスミドを、ドロップ反応によって生じたペプチジルtRNAの分解反応に欠損をもつpth(ts)変異を保持する大腸菌、YW1株に形質転換し、IPTGで細胞内でのtRNAドロップオフ反応を増強すると、YW1形質転換株は顕著な致死性を示した。この細胞株内で、更にドロップオフにより枯渇するtRNA(Lys)を補うと阻害が見られなくなることから(図1B)、この生育阻害が実際に、過剰なドロップオフ反応によってもたらされたものであることが確認された。以下、YW1(pBar1)株を用いて変異体を分離した。

【RF3DDI変異体の分離】化学変異源であるヒドロキシアミン処理やerror-prone PCR法によってRF3遺伝子ORFに変異が導入されたRF3発現プラスミドライブラリーをYW1(pBar1)株に形質転換し、IPTGによるbar遺伝子の発現誘導下でも、生育可能な変異体RF3を分離した。これらのプラスミド上のRF3変異体は、大腸菌染色体上の野生型RF3によるドロップオフ反応促進機能に拮抗し、優性にドロップオフ反応を抑圧し細胞致死を回避することができるためdrop-off dominant-inhibitory RF3, RF3DDIと名付けられた。最終的に、独立な42個の変異体RF3を分離することに成功した(図2Aに抜粋)。次に、これら、全てのDDI変異体について、翻訳終結能の評価をするために、温度感受性RF1、RF2株の相補試験や、βガラクトシダーゼのナンセンス変異株での活性を指標とするリードスルーアッセイを行った。

【変異部位の立体構造へのマッピングと考察】RF3のX線構造図上にDDI変異をマッピングすると、変異はGドメインおよびドメインII-IIIの境界部に集中することが分かった(図3)。特に、Gドメインの変異はGTPaseファミリーに高度に保存される配列であるグアニンヌクレオチドモチーフのG1・G2・G3の内部か近傍に分離されており(図2B)、グアニンヌクレオチドとの結合性やGTPase活性に影響を与えることが示唆される。例えばT30I、V33E、L34V、L34P(G1)近傍に位置するK32は、GTPase活性に影響を及ぼすEF-GのR29に相当する。また、RF3DDIのD58G、D88Aは、EF-TuにおいてGTPase活性の補助因子であるMg2+イオンと相互作用する部位である。また、D88A、T89I、P90Lが分離されたスイッチ2領域には、EF-TuにてGDP親和性およびGTPase活性への関与が示されたH92が存在する。A43D、S57L、D58G、W59L、E63D、E63Gが分離されたスイッチ1領域はRF3構造が確定していないが、EF-Tu・tRNA・GTP構造上ではスイッチ2領域と相互作用している(図示せず)。以上からGドメインのRF3DDIはRF3のGTP結合モードを損なうことが示唆される。高保存性のモチーフ近傍の変異は明らかにDDI性を示す変異が多い。興味深いことに、ほぼ全てのRF3DDIでGドメインの欠損と引き換えに、翻訳終結能が増強することが明らかになった。このことは、RF3のGTPおよび、GDP二つの結合モードが、それぞれドロップオフ、翻訳終結反応と対応するリボソーム作用モードであることを強く示唆する。

一方、その他のRF3DDIは、ドメインII-III境界付近にて、構造上リボソームとの結合が想定される側の表面部に多く分布していた。リボソーム結合モデルでは、II-III付近の大きな構造変化が予測されており、H311とR452のアラニン置換がGDP結合親和性を大きく上昇することを考えると、II-IIIがリボソームの状態とRF3機能モードとを密接に関係させていることが示唆される。

【まとめ】 クラスI解離因子RF1、RF2のリサイクル因子としてのRF3の機能モデルでは、GDP結合型でもっぱらリボソームに結合するという翻訳因子としては例外的な機構によるとされている。しかしながら、本研究で、tRNAドロップオフを積極的に抑制するRF3DDIの分離と機能解析を行うことで、明らかにドロップオフ抑制機能を示す変異が、因子のヌクレオチドモードに影響を与えることを示唆する部位に集中した。それらは実際にクラスI解離因子リサイクル機能の一様な上昇として現れた。このことにより、RF3の通常の機能として、グアニンヌクレオチド結合型の違いに対応し、ペプチジルtRNAドロップオフの基質となるリボソームに親和性の高い状態、およびクラスI解離因子リサイクルの基質となるリボソームに親和性の高い状態の、二つの機能モードが存在するという新規な機能モデルを考案した(図4)。

図1 : (A)ドロップオフ反応促進プラスミド (B)barのドロップオフ促進作用とtRNA(Lys)による相補

図2 : (A)RF3DDIの分離(抜粋) (B)分離されたRF3DDIの分布

図3 : RF3構造[PDB.2H5E] 上の変異配置球表示がRF3DDI変異体部位を表す。

図4 : RF3の機能モデル

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、原核生物のタンパク質合成反応の終結過程でクラスIペプチド鎖解離因子をリサイクルする機能に加え、伸長過程でペプチジルtRNAドロップオフ反応を促進する機能という異なる翻訳過程での反応を触媒するGTP結合性翻訳因子RF3の機能制御機構を解析したものである。RF3は翻訳GTPaseファミリーの中で機能部位の解析が立ち遅れており、本学位論文で記述された遺伝学的手法による責任アミノ酸残基部位の同定は今後のRF3機能研究において重要な知見となる。本論文は4章から構成されており、それぞれ以下の内容について述べられている。

第一章は序論であり、翻訳因子RF3研究の歴史的背景、原核生物及び真核生物の翻訳終結系の相違点や、他の翻訳GTPaseに関する知見などが述べられている。一般的な翻訳GTPaseがGTP結合型の活性状態でリボソームに結合する一方で、終結反応においてRF3は例外的にGDP結合型でリボソームに結合することが示されている。しかし、論文提出者はGTP結合型RF3が高いリボソーム親和性を示すという事実や、分子進化上RF3の近縁種であるEF-Gに関して、ヒトミトコンドリアEF-Gの一つである転座型EF-G(EF-Glmt)との高い相同性などから、RF3が、GTPモードでリボソームに結合する典型的な反応様式も備えていると推測した。RF3が翻訳終結と翻訳伸長反応時のリボソームの状態を異なるヌクレオチド結合フォームで識別し、別個の機能性をするという興味深い考察である。

第2章は実験結果について述べられている。論文提出者は、遺伝学的にRF3を解析する指標として、それまでに解析が難航していた解離因子リサイクル活性ではなく、ペプチジルtRNAドロップオフ反応促進活性を指標として採用することを着想した。そのため、ドロップオフの促進遺伝子を人工的に発現調節することで、検出感度の閾値の自在な調節が可能となった簡便で再現性の高いドロップオフ反応検出系を作製し、変異体の分離を実施した。その結果、ドロップオフ反応を促進する内在性の野生型RF3と競合し、ドロップオフ反応を優性的に阻害する変異体群(ドロップオフ優性阻害変異体(drop-offominant-inhibitorymutants,DDI変異体RF3)と命名)の41残d 基42個の単変異の分離に成功した。次に、これらのDDI変異体のそれぞれについて、RF3のもう一つの機能である翻訳終結活性を測定し、ドロップオフ機能との関係性の解明を試みた。その結果、Gドメインのグアニンヌクレオチド結合部位の変異は、ドロップオフ機能の欠損とは対照的に、翻訳終結活性を向上させることが判明した。この結果は、Gドメインに結合するグアニンヌクレオチドの結合モード毎に異なる機能性が発揮されることを示唆する。また、ドメインII-III のDDI変異の解析により、複合体の構造解析から30Sリボソームとの相互作用に関わることが判明しているこの領域が、Gドメインと連動して機能の切り替え制御に関わることが示されている。これまでの翻訳終結活性を指標としたRF3の遺伝学解析とは異なり、ドロップオフ機能を指標とすることでRF3の機能構造の解明に大きく貢献したといえる。

第三章では結果に関する考察が述べられている。他の翻訳GTPase因子で明らかになっているアミノ酸残基部位と、DDI変異部位との詳細な比較が試みられている。GドメインのDDI変異によって、GTP結合状態が不安定化することが強く示唆され、ドロップオフ反応阻害と相反しておこる翻訳終結反応促進が、GTP結合モードの不安定化で説明出来る事が議論されている。また、ドメインII-IIIの寄与モデルや各DDI変異体の阻害メカニズム、ドロップオフ機構についての多角的な考察が為されている。これら議論をふまえ、RF3の機能メカニズムとしてGドメインのグアニンヌクレオチドモードによるデュアル機能スイッチ機構モデルを提唱した。従来、翻訳GTPaseのGDP結合型は反応終結後の不活性な状態とのみ認識されており、結合するヌクレオチドによって基質認識を制御する概念は全く新しいものである。リボソームの異なる状態に対応した機能性を発揮する多様な翻訳GTPaseが知られてきており、本モデルは、多機能性発揮の分子メカニズムを議論する上でも今後重要性を増して行くものと思われる。

最後の第4章には実験方法について述べられている。本学位論文の実験素材と手法に関しての詳細が全て網羅されている。

なお、本論文第二章は、中村義一・伊藤耕一との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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