No | 125468 | |
著者(漢字) | 土畑,重人 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ドバタ,シゲト | |
標題(和) | 単為生殖種アミメアリにおける裏切り戦略者と協力戦略者の小進化動態 | |
標題(洋) | Microevolutionary dynamics of the cheaters and the cooperators in the parthenogenetic ant Pristomyrmex punctatus | |
報告番号 | 125468 | |
報告番号 | 甲25468 | |
学位授与日 | 2010.03.09 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第949号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 広域科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 第1章序論 潜在的な裏切り戦略の存在下で協力がどのように進化してきたかについては,近年の進化生物学において主要な問題のひとつとなっている.包括適応度理論に基づく理論研究や,微生物を用いた実験室内での研究は盛んに行われているが,一般に裏切り戦略者は自らが依存する社会を破壊してしまうため進化的には短命であり,野外条件下で検証可能な系は思いのほか少ないのが現状である. 単為生殖を行う社会性昆虫の一種アミメアリPristomyrmex punctatus は,通常の真社会性昆虫と異なり女王階級が二次的に失われ,コロニー内の全個体が労働と繁殖との双方を担う共同繁殖を行っている.従来から一部集団のコロニーに,大型で発達した卵巣を持ち,労働を行わない利己的形質を持った個体(大型個体)が混在していることが知られてきた.先行研究では大型個体を含む野外集団の適応度測定が行われており,大型個体の形質は個体レベル淘汰では有利であるが,コロニーレベル淘汰では不利になるという,複数レベル淘汰の状況を作り出していることを明らかにした.この関係は,その後の度重なる野外調査においても確認されている. 本研究では,アミメアリの大型個体に焦点を当て,集団遺伝学的な手法によりこれが裏切り系統を含んでいることを示す.また,飼育実験によって裏切り系統がコロニーに与える適応度コストを定量する.さらに,裏切り系統が共同繁殖社会とどのように共存しているかについて,実証データを用いたシミュレーション解析を行う. 第2章アミメアリにおける裏切り者系統 上述の先行研究においては大型個体の形質にかかる自然淘汰の方向のみが調べられており,大型個体の持つ形質の遺伝的背景については明らかにされていなかった.そのため本章では,核マイクロサテライト,およびミトコンドリア上の遺伝マーカー計4個を用いて,複数年度にまたがって採集した三重県紀北町産のアミメアリ大型個体および同所的に分布する通常個体の遺伝子型解析を行った.その結果,一部の遺伝子型は世代をまたいで,大型個体特異的に見られることが明らかになった.また,大型個体を室内で採卵し,親子の遺伝子型を比較することで,大型個体が単為生殖を行っていることを確認した.これらの結果から,一部の大型個体は単為生殖によって通常個体とは独立した裏切り系統(cheater)を構成していると結論づけた.次に,三重県紀北町産の裏切り者系統と通常個体系統,沖縄島産の通常個体および最近縁種P. rigidusの系統関係を,ミトコンドリアCOI遺伝子の部分配列を用いて調べたところ,紀北町産の二つの系統は他のものよりも互いに近縁であった.これは裏切り系統が通常系統から同所的に分化したことを示唆する.さらに,遺伝子型と表現型との対応付けにより,通常系統の中でも表現型可塑性によって大型個体が生じていることが示唆された. 第3章裏切り者系統の単一起源とその存続 理論的には裏切り系統は進化的に短命であることが予測されるが,社会性昆虫における社会寄生種は,宿主コロニーにおける裏切り戦略から同所的に種分化したことが経験的に知られている(Emery's rule).これには,宿主種と社会寄生種とが同所的に種分化することとともに,裏切り戦略が種分化に至るまで存続することが必要とされる.この条件がアミメアリの裏切り系統で満たされているかどうかを検証するべく,裏切り系統を含む地域集団の詳細な集団遺伝学的解析を行った.まず,マグネティックビーズ法により核マイクロサテライト領域を新たに11個単離した(付録).これらのマーカーを用いて調査集団を解析した結果,裏切り系統は調査集団内で単一起源であることが明らかになった.また,祖先遺伝子型(最も頻度の高いもの)からの突然変異の蓄積をモデリングした結果,裏切り者系統は集団内に約100-10000年間存続していることが推定された.これは,先行研究で知られている裏切り系統の存続時間に比べて格段に長いものである.コロニー内の裏切り者系統,通常個体系統を別個のサブ集団とみなしてWrightのF-statisticsを適用したところ,裏切り者系統はコロニー間を移住しており,その移住率は,通常個体系統のそれよりもかなり大きいことがわかった.この特性は短期的には裏切り系統の存続に貢献するが,集団全体に裏切りの悪影響を拡大することにもなる.この結末が回避されるメカニズムとして,裏切り系統の移住に空間的制約が存在することが挙げられるが,事実裏切り系統・通常系統双方に,地理的距離による遺伝的隔離 (isolation by distance) が検出された.これは個体異同が空間的に制約されていることを示すものである. 第4章アリコロニーの協力・裏切り系における囚人のジレンマ 先行研究により,野外において複数レベル淘汰が生じていることは示されているが,野外調査での適応度測定は間接的な方法で行われており,また,他の環境要因が適応度に影響を与えている可能性も排除できない.そこで本章では,実験室内の統制された環境下での飼育実験によって,複数レベル淘汰の実測を行った.野外で採集した裏切り者系統を含む母コロニーを室内で分割し,裏切り者の頻度を割り振った総数100頭のサブコロニーとした.これを60日間飼育し,生産された次世代個体数を計数した.その結果,複数レベル淘汰から予測される通り,サブコロニー内の裏切り者系統の頻度が増すと,次世代個体数が有意に減少することが明らかになった.また,マイクロサテライトマーカーを用いて生産された次世代個体の遺伝子型を調べたところ,裏切り者系統はどの頻度においても通常個体系統よりも適応度が高いことが判明した.これに基づいて適応度の利得行列を構成すると,囚人のジレンマゲームのそれと一致していた.アミメアリ通常系統からなるコロニーは裏切り戦略の侵入に対して常に脆弱であるといえる. 第5章空間構造をもつ集団における裏切り者系統の存続条件 前章までに,裏切り系統が持ついくつかの人口学的パラメータを推定してきた.第4章で測定したコロニー内での両系統の適応度を野外コロニーに外挿すると,裏切り者系統は速やかに自らの所属するコロニーを絶滅させてしまうと考えられる.第3章の集団遺伝学的解析により,裏切り系統は通常系統よりも高頻度で他コロニーに移住しており,さらにそれが空間的に制約されていることが判明しており,これらの特性が裏切り系統の存続に重要な要因となっていることが予測された.裏切り系統の移住が空間的に制約されていることが系統の存続に与える効果を評価するために,空間構造を持つコロニー集団を模したコロニーベース格子モデルを構築し,計算機シミュレーションによって両系統の織りなす小進化動態の帰結を検討した.計算には実証的に得られたパラメータを用い,裏切り系統の移住の空間制約がある場合とない場合のそれぞれについて,1000世代後に裏切り系統が存続しているかどうかを評価した.その結果,空間制約がある場合に裏切り系統の存続可能性が飛躍的に上昇した.この存続は,空間構造を持ったメタ個体群動態における「局所消滅・再移住過程」によって説明されるものであった. 第6章総合考察 ここ10年ほどの間で,高精度の中立遺伝マーカーの利便性が増すとともに,社会性昆虫の特異な社会構造およびコロニー内での利己的戦略の発見が相次いでいる.それらの中にあって,裏切り者系統を持つアミメアリは,協力の進化に関する諸仮説を検証可能な,野外における格好の系となることが期待される. アミメアリの裏切り者系統がいかにして起源したかは非常に興味深い問題である.大型個体の形質(卵巣発達,働かない,通常個体とのサイズ比)は同属他種における女王の形質と一致している.さらに,第2章で検討したように,一部の通常個体系統が,おそらく餌条件によって可塑的に大型個体となりうることを示唆する結果が得られている.これらのことから,大型個体の形質の由来は祖先種における女王形質であり,祖先種では表現型可塑性によって発現していた,女王形質に関与する遺伝子群の発現が遺伝的に固定した系統が裏切り者系統となった,という進化プロセスが想定される.今後の課題として,共同繁殖を行うアミメアリ社会の中に,どのような突然変異によって裏切り者系統が侵入可能であるかを,理論的・実証的に検討していく必要がある. アミメアリにおいて発見された裏切り戦略は,多細胞生物におけるがん細胞の戦略と相似である.アミメアリの裏切り者系統はコロニー間を移住することで進化的デッドエンドを免れていることが明らかになったが,動物のがん細胞においても近年,個体間を移住(感染)する戦略を持つものが発見された. アミメアリの裏切り者系統は,コロニーという「超個体」に巣食う「感染する社会の癌」とみなすことが可能であり,両者の持つ戦略を比較することで,協力の進化における裏切り戦略についての理解がさらに深まると考えられる. | |
審査要旨 | 近年の進化生物学や社会生物学では、潜在的な裏切り戦略の存在下で協力がどのように進化してきたかは、主要な課題の一つとなっている。しかし、一般に裏切り戦略者は自らが依存する社会を破壊してしまうため進化的には短命なために、野外条件下で検証可能な系は極めて少ないのが現状である。本論文で使ったアミメアリPristomynnexpunctatusは、単為生殖を行うアリで、通常とは異なり女王が失われ、コロニーの全個体が労働と繁殖との双方を担う共同繁殖を行っている。従来から一部のコロニーに、大型で発達した卵巣を持ち、労働を行わない利己的形質を持った個体(大型個体)が混在していることが知られてきた。本研究では、このアミメアリ大型個体に焦点を当て、野外で採集したコロニーを対象に集団遺伝学的な手法、室内実験、シミュレーションなどにより、これが裏切り系統であることを示している。 本論文は6章からなる。第1章は総合序論であり、研究の背景と目的が述べられている。それに続く第2章では、核マイクロサテライト、およびミトコンドリア上の遺伝マーカー計4個を用いて、三重県紀北町産のアミメアリ大型個体および同所的に分布する通常個体の遺伝子型解析を行った。また、大型個体を実験室内で採卵し、親子の遺伝子型を比較することで、大型個体が単為生殖を行っていることを確認した。これらの結果から、大型個体は単為生殖によって通常個体とは独立した裏切り系統を構成していると結論づけている。次に、三重県紀北町産の裏切り系統と通常個体系統沖縄島産の通常個体および最近縁種P.rigidusの系統関係を、ミトコンドリアCOI遺伝子の配列を調べたところ、紀北町産の2つの系統は他のものよりも互いに近縁であった。これは裏切り系統が通常系統から同所的に分化したことを示唆しており、これらの成果は国際的に高い評価を得ている。 第3章では、裏切り戦略が種分化に至るまで長期間に宿主種と共存することを、地域集団の詳細な集団遺伝学的解析で検証した。まず、核マイクロサテライト領域を新たに11個単離している。このマーカーを用いて調査集団を解析した結果、裏切り系統は調査集団内で単一起源であることが明らかになった。また、祖先遺伝子型(最も頻度の高いもの)からの突然変異の蓄積をモデリングした結果、裏切り系統は集団内に約100-10000年間存続していることが推定された。これは、先行研究で知られている裏切り系統の存続時間に比べて格段に長いものである。さらに、WrightのF-statisticsを適用したところ、裏切り系統はコロニー間を移住しており、その移住率は通常個体系統のそれよりもかなり大きいことがわかった。ただし、裏切り系統が個体群全体への悪影響の拡大を回避するメカニズムとして、地理的距離による遺伝的隔離が検出され、これは個体移動が空間的に制約されていることを示している。 第4章では、再び室内飼育実験に戻って、複数レベル淘汰の実測を行っている。野外で採集した裏切り系統を含む宿主コロニーを、室内で分割し、裏切り者の頻度を割り振って60日間飼育し、生産された次世代個体数を計数した。その結果、複数レベル淘汰から予測される通り、サブコロニー内の裏切り系統の頻度が増すと、次世代個体数が有意に減少することが明らかになった。また、マイクロサテライトマーカーを用いた解析では、裏切り系統はどの頻度でも通常個体系統よりも適応度が高いことが判明した。これに基づいて適応度の利得行列を構成すると、囚人のジレンマゲームのそれと一致しており、アミメアリ通常系統からなるコロニーは、裏切り戦略の侵入に対して常に脆弱であることが推測できた。 第5章では、裏切り系統の移住が空間的に制約されていることが系統の存続に与える効果を評価するために、空間構造を持つメタ個体群を模したコロニーベース格子モデルを構築し、シミュレーションによって両系統の小進化動態の帰結を検討した。計算には実証的に得られたパラメータを用いている。その結果、空間制約がある場合に裏切り系統の存続可能性が飛躍的に上昇した。この存続は、空間構造を持ったメタ個体群動態における局所消滅・再移住過程の理論に包括できる。 最後の第6章は総合考察である。アミメアリ大型個体の由来は祖先種における女王形質であり、祖先種では表現型可塑性によって発現していたものが、アミメアリでは女王形質に関与する遺伝子群の発現が遺伝的に固定した系統が裏切り系統となった、という進化プロセスを考察している。 本論文から、アミメアリの裏切り系統は、コロニーという「超個体」に巣食う「感染する社会の癌」ともみなし得る実態が解明された。今後さらに両者の持つ戦略を比較することで、協力の進化における裏切り戦略についての理解がさらに深まると考えられる。従って、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するに相応しいものと認定する。 | |
UTokyo Repositoryリンク |