No | 125471 | |
著者(漢字) | 平野,智裕 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヒラノ,トモヒロ | |
標題(和) | 信用市場の不完全性とマクロ経済に関する研究 | |
標題(洋) | Essays on Credit Market Imperfections and Macroeconomics | |
報告番号 | 125471 | |
報告番号 | 甲25471 | |
学位授与日 | 2010.03.10 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(経済学) | |
学位記番号 | 博経第269号 | |
研究科 | 経済学研究科 | |
専攻 | 経済理論専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | この博士論文は4つの論文から構成される,各論文の要旨は次のようになる。 第1章Onthenonlinearityofbalancesheeteffects バランスシート効果に関して.一見矛盾して見える指摘がある.一方ば,バランスシート効果は不況になるほど大きくなるという指摘である.他方は,不況,とりわけ深刻な不況になると,バランスシート効果は小さくなるという指摘である.本稿は,バランスシート効果に関するこの一見矛盾して見える指摘を,一つのモデルを用いて矛盾することなく整合的に説明できることを示す.得られた結論は次のようになる.横軸に企業の純資産の平均値,縦軸に経済全体の投資量,もしくは生産鍵をとったとき,その関係は非線形であり,S字型カーブを描く.言い換えると,バランスシート効果は企業の純資産が全般に高い水準にあるのか,低い水準にあるのかによって異なる.経済がS字型カーブのconcave部分に存在しているときには,企業の純資産が全般的に低下するほど,純資産の変化に対する投資,生産の感応度は大きくなる.一方,経済がS字型カーブのcOnvex部分に存在しているときには,企業の純資産が全般的に低下するほど,純資産の変化に対する投資,生産の感応度は小さくなる. バランスシート効果がもつこの性質は,政策の有効性を考える上でも唯要な示唆をもつ.バランスシート効果からみた金融政策の有効性は,経済がS字型カーブのどこに存在しているのかに依存する.経済がS字型カーブの左端に存在しているとしよう.このときバランスシート効果は非常に小さい.それゆえ,金融政策の有効性は低下する.つまり,企業の純資産が大きく低下し,経済が深刻な不況に陥っているときには,金融政策効果は非常に小さくなる.このことは深刻な不況期には金融政策は効果を失うという,いわゆる「流動性の罠」に対して,バランスシート効果の観点から1つの理論的解釈を与えていると言えるだろう.一方,経済がS字型カーブの中央に存在しているとしよう.このときバランスシート効果は大きい,それゆえ,金融政策の有効性は高くなる.つまり,企業の純資産がそれほど低下しておらず,経済がそれほど深刻な不況に陥っていないときには,金融政策効果は大きくなる. 第2章FinancialDevelopmentandAmplificatioh 伝統的な金融理論によると,金融の発達は,経済の安定化をもたらすと考えられてきた.ところが,2007年夏以降生じた金融危機によって,新しい見方が登場した.つまり,金融の発達は,金融増幅効果を強めることで,経済をかえって不安定にさせるのではないかという見方である.なぜこのように一見すると矛盾した指摘があるのだろうか.金融の発達は,効率性を高める一方で,経済を不安定にさせるのであろうか.この論文の同的は,このように一見すると矛盾して見える二つの見方を,一つの理論モデルを用いることで,矛盾することなく整合的に説明することである. 得られた結果は次である.金融の発達は二つの効果を生み出す.一つは,ショックを増幅する効果であり,もう一つは,ショックを吸収する効果である.金融の発達によって,経済が安定化するのか,それとも不安定化するのかは,これら相反する二つの効果の大小関係に依存する.さらにこの大小関係は,金融の発達の程度によって変化する.つまり,金融の発達が遅れている領域では,ショックを増幅する効果がショックを吸収する効果を上回る.したがって,金融の発達によって,経済はより不安定化する.ところが,金融の発達がある程度発達すると,ショックを吸収する効果が大きく働き,増輻効果を抑える.その結果,経済は安定化する.言い換えると,金融の発達とvolatilityの関係は非線形となる。 この結果は,金融当局に対して難しい問題を提示している.つまり,金融の発達が遅れている領域では,高い経済成長率と低いvolatilityの間には,トレードオフの関係がある.例えば,金融当局が金融市場の規制緩和を進めるとしよう.すると,借手の借入制約が緩和され,レバレッジが高くなる.その結果,資源配分の効率化を通じて経済成長率は高くなる.ところが,一旦経済に悪い生産性ショックが生じると,金融増幅効果が大きく働くことで経済のvolatilityは大きくなる.他方,規制強化を進めるとしよう.すると,借入制約が厳しくなり.その結果,資源配分の悪化を通じて経済成長率は低くなる.しかしながら,レバレッジが低くなるために,たとえショックが生じたとしても、経済のvolatilityは小さい.このように,金融の発達が遅れている領域では,効率性と安定性は二律背反の関係にある.この論文では.金融の発達が遅れている領域において,高い経済成長率と低いvolatilityの両方を同時に達成するための金融政策の役割と,その政策が経済厚生に与える分析もした. 第3章AssetBubblesandFinancialDevelopment 金融の発達とバブルの発生はどのような関係にあるのであろうか.金融の発達が進んだ経済と遅れた経済を較べた場合,どちらの国の方がバブルは発生しやすいのだろうか.Tirole[1985]は,バブルが存在していないときの経済成長率が利子率を上回るときのみバブルが発生しうることを理論的に明らかにした.GrossmanandYanagawa[1993]は,内生成長の枠組みで,同様の結果を導き,バブルの存在条件は,経済主体の選考や生産技術のパラメーターに依存することを明らかにした.本稿の目的は,金融の発達とバブルの関係を理論的に明らかにすることである,分析の結果,バブルの存在条件は,経済主体の選考や生産技術のパラメーターのみならず,金融の発達の程度にも依存することが明らかになった. 得られたメインの結果は次である.金融が未発達な領域1では,借手の借入制約は非常に厳しく,僧用市場では,利子率は低い水準に決まる.経済全体で見ると,より多くの資源が生産性の低い経済主体に流れる.この資源配分の非効率性によって,経済成長率は低くなり,利子率を下回ってしまう.したがって,この領域では,バブルは発生しない.つまり,金融市場の発達が遅れている経済では,バブルは発生しない. 金融がより発達した領域2では,借入制約は緩和され,より多くの資源が生産性の高い経済主体へ流れる.この資源配分の効率化を通じて,経済成長率は高くなり,利子率を上回るようになる.つまり,金融がある程度発達した経済では,バブルが発生しうるのである.しかも,一旦バブルが発生すると,生産性の低い経済主体がそのバブル資産を購入する.生産性の高い主体は購人しない.なぜなら,生産性の高い主体にとっては,バブル資産の収益率よりも,投資の収益率の方が高いからである.さらに,この領域では,金融の発展に伴ってバブルの規模は大きくなる.これは,金融の発展に伴って利子率は一定で変化しないが,経済成長率が高くなるために,より規模の大きなバブルでも支えられるからである. さらに金融が発展し,領域3に突入すると,状況は変化し始める.つまり,信用市場では借入制約がさらに緩和され,投資需要が増えるために,利子率が上昇し始める.この利子率の上昇に伴って,バブルの規模は小さくなり始める.これは,金融の発展に伴う利子率の上昇によって,バブル資産の成長率が高くなるため,そのバブル資産を支えるためには,バブルの規模は小さくならなければならないからである.金融がさらに発達すると,利子率はさらに上昇し,経済成長率と等しくなる.金融の発展段階がこの段階を超え領域4になると,利子率が経済成長率を上回るため,もはやバブルは発生し得なくなる.つまり,十分に金融市場が発達した経済では,バブルは発生しない. さらに,領域2と領域3の初期段階では,金融の発展した経済の方がバブルが生じやすい.なぜなら,それらの領域では,投資のリターンが低下するなどの悪いショックが経済に生じても,より金融市場が発達している経済の方が,バブルが発生する領域に留まる可能性が高いからである. 他方,金融市場が十分に発達した領域3の後期段階と領域4では,領域2と領域3の初期段階とは反対になる.つまり,金融市場が発達している経済の方が,バブルは生じにくい.なぜなら,投資のリターンが低下するなどの悪いショックが経済に生じても,より金融市場が発達している経済の方が,バブルが生じる領域に陥ったり,バブル領域に留まる可能性が小さいからである 第4章FinancialAccelerator効果と同調的金融政策の関係について 本稿の目的は,名目の貸借契約を仮定し,その下で予期しない生産性ショックが生じた際,FA効果が生じるか否かを,貨幣を含む動学的一般均衡理論を用いて分析した.その結果,以下の結論が得られた.すなわち,FA効果が生じるか否かは本質的に中央銀行の金融政策スタンスに依存していることが明らかになった.予期しない悪い生産性ショックが生じた際,中央銀行が貨幣需要の減少に応じて貨幣供給量の増加率を減らす同調的金融政策を採ると,物価水準が影響を受けないために,実質支払い負担は変化しない.そのため,借手の純資産が減少し,信用市場ではより多くの信用が生産性の高い企業家から低い企業家へと流れる.その結果,資源配分の悪化を通じて集計的TFPが低下し,FA効果が生じる.反対に,同調的金融政策を採らず,貨幣供給量の増加率を一定に保つ金融政策を採るならば,物価の変化を通じて実質支払い負担が低下し,FA効果は生じない.このことは,予期しない悪い生産性ショックに対しては,高インフレを抑えようとする中央銀行の行動はかえってFA効果を助長し,景気の振幅を大きくすることを意味する.さらに本稿の分析から,予期しない生産性ショックに対しては,実質の貸借契約よりも,名日の貸借契約の方がFA効果を抑え,景気の振幅を小さく働きがあることも明らかになった. | |
審査要旨 | 本博士論文は、金融市場に不完全性が存在する場合にマクロ経済活動にどのような影響が生じるかを理論的に分析した意欲的な論文である。金融市場あるいは信用市場が、情報の非対称性や契約の不完備性等の理由から不完全な機能しか果たせない場合があることは、過去の文献においてもよく知られており、分析も多数行われてきた。また、それがマクロ経済活動に与える影響についても、様々な指摘がなされてきた。しかしながら、金融市場の不完全性を持ち込むとモデルが複雑になることもあり、今までの理論分析では、その影響について十分に検討が行われてこなかった面も少なくない。特に、近年の世界的な金融危機の発生は、金融市場の機能不全がマクロ経済に多大な影響を与えうることを人々に再認識させ、より詳細な分析の必要性が高まってきている。 そのような中にあって、本博士論文が検討している理論的課題は、さまざまなマクロ経済問題は現実問題を理解するうえでも、また金融市場とマクロ経済活動との関係を改めて理論的に整理する上でも、極めて有意義である。さらに、本論文が導いている含意は、現実のマクロ経済政策や金融政策の今後のあり方を考えていく上で、重要な情報を与えている。それらの意味で、本博士論文の成果は、理論的にも現実的にも高く評価することができる。 本論文の構成は以下のようになっている。 第一章 バランスシート効果の非線形性について 第二章 Financial Development and Amplification 第三章 Asset Bubbles, Endogenous Growth, and Financial System 第四章 Financial Accelerator 効果と同調的金融政策の関係について 各章の内容の要約・紹介 各章の内容を要約・紹介すると以下のようになる。 まず第一章では、いわゆるバランスシート効果がマクロ経済に対してどのようなインパクトをもっているかを理論的に分析している。バランスシート効果とは、金融市場に不完全性がある場合には、企業や家計のバランスシート状況が、投資可能性や支出可能性に影響を与えるというものである。このバランスシート効果に関しては、既存研究において、不況になるほどバランスシート効果が大きくなるという主張と、深刻な不況になると、バランスシート効果は小さくなるという主張が存在する。この研究では、一見矛盾しているようにみえるこれらの主張は、一つのモデルを用いて矛盾することなく整合的に説明できることが示されている。 そこでの主なポイントは、横軸に企業の純資産の平均値、縦軸に経済全体の投資量・もしくは生産量をとったときに、その関係は非線形となり、かつS 字型カーブを描くという点である。つまり、バランスシート効果は企業の純資産が全般的に高い水準にあるのか、低い水準にあるのかによって大きく異なるというのが本論文での主張である。経済がS字型カーブのconcave 部分に存在しているときには、企業の純資産が低下した場合の、純資産の変化に対する投資、生産の感応度は非常に大きい。その一方で、経済がS字型カーブのconvex 部分に存在しているときには、企業の純資産が全般的に低下した場合の、純資産の変化に対する投資、生産の感応度は小さくてすむ。 第一章では、この結果を用いて政策的な含意も導いている。ここではバランスシート効果を通じてマクロ経済に影響をもたらす金融政策について議論が行われている。上記のように経済がS字型カーブをもつことから、バランスシート効果からみた金融政策の有効性は、経済がS字型カーブのどこに存在しているのかに依存している。経済がS 字型カーブの左端に存在している場合、バランスシート効果は非常に小さく、金融政策の有効性も低い。つまり,企業の純資産が大きく低下し、経済が深刻な不況に陥っている場合には、金融政策効果は非常に小さくなることが示されている。この章では、これをもって、「流動性の罠」に対して,バランスシート効果の観点から1つの理論的解釈を与えていると主張している。 第二章では、金融市場の発達が経済全体の安定性を高める効果をもたらすのか、むしろ不安定性を拡大させているのかという問題を検討している。本章では、伝統的な金融理論では金融の発達は経済の安定化をもたらすと考えられてきたが、2007 年夏以降生じた世界的金融危機によって、新しい見方が登場した、と主張されている。金融の発達は,むしろ金融増幅効果を強めることで、経済をかえって不安定にさせるのではないかという見方である。このような矛盾してみえる指摘に対して、本論文では、ひとつの理論モデルを用いて、矛盾することなく、整合的に説明することに成功している。 ここでは、金融市場の発達(より具体的には契約の不完備性等から発生する非効率性の低下)は、経済全体のショックを増幅する効果と、ショックを吸収する効果のふたつがあることが主張されている。そのため、金融の発達によって経済が安定化するのか、それとも不安定化するのかは、これら相反する二つの効果の大小関係に依存する。そして、この大小関係は,金融の発達の程度によって変化することが示されている。つまり、金融の発達が遅れている領域では、ショックを増幅する効果がショックを吸収する効果を上回る。そのため、金融の発達によって、経済はより不安定化する。それに対して、金融がある程度発達すると、ショックを吸収する効果が大きく働き、増幅効果を抑え経済は安定化する、と主張されている。 本論文では、この結果を用いて、金融当局が直面する問題について検討している。つまり、金融の発達が遅れている領域では、高い経済成長率と低いvolatility の間にはトレードオフの関係がある.つまり、金融の発達が遅れている場合には、効率性と安定性は二律背反の関係にあることが示されている。そして、金融の発達が遅れている領域において,高い経済成長率と低いvolatility の両方を同時に達成するための金融政策の役割と,その政策が経済厚生に与える分析も行っている。 第三章では、金融システムの発達とバブルの発生にはどのような関係があるのか、そしてバブルの発生は経済成長率に対してどのような影響をもたらすのかを理論的に検討している。まず、今までの文献と異なり、バブルの存在条件は,経済主体の選考や生産技術のパラメーターのみならず,金融システムの発達の程度にも依存することが明らかになった.そこでは、金融システムが中程度に発展した経済においてバブルが存在しやすくなることが示されている。さらに、バブルが経済成長率に与える影響も、金融システムの発達の程度に依存することが明らかにされている。金融システムの発達が比較的遅れている経済では、バブルの発生によって資金の貸し借りが円滑になり投資が増加する結果、経済成長率は高くなる。他方、金融システムの発達が比較的進んだ経済では、バブルの発生によって、経済成長率はかえって低下する。これは、バブルの発生とともに金利が上昇し、それが投資をクラウド・アウトさせるからである。 さらに、本稿の分析は、バブル崩壊が経済成長率に与える影響も明らかにしている。その結果、金融システムの発達が比較的遅れた経済では、バブル崩壊によって全要素生産性が低下して、経済成長率も長期的に低下する。それに対して、金融システムが比較的発達した経済では、バブル崩壊によって、資産成長率、消費成長率は一時的に低下するものの、いずれ回復し、経済は高い成長率を維持する。つまり、バブル崩壊後の経済成長率のパスは、金融システムが未発達な経済と発達した経済では、非対称になることが示されている。 第四章では、名目の貸借契約が行われている下で予期しない生産性ショックが生じた場合に、金融増幅効果(Financial Accelerator(FA) 効果)が生じるかどうかを、貨幣を含む動学的一般均衡理論を用いて分析している。その結果、FA 効果が生じるか否かは本質的に中央銀行の金融政策スタンスに依存していることが明らかにされた。つまり、予期しない悪い生産性ショックが生じた際に、中央銀行が貨幣需要の減少に応じて貨幣供給量の増加率を減らす同調的金融政策を採った場合には、FA効果が生じる。それは、物価水準が影響を受けないために,実質支払い負担が変化せず、借手の純資産が減少して信用市場ではより多くの信用が生産性の高い企業家から低い企業家へと流れるためである。その反対に、同調的金融政策を採らずに、貨幣供給量の増加率を一定に保つ金融政策を採った場合には、物価の変化を通じて実質支払い負担が低下するため、FA 効果は生じないことが示された。 この結果から、本論文は金融政策のあり方についても含意を導いている。つまり、予期しない悪い生産性ショックに対しては,高インフレを抑えようとする中央銀行の行動はかえってFA 効果を助長し,景気の振幅を大きくすると主張している。また、予期しない生産性ショックに対しては、実質の貸借契約よりも、名目の貸借契約の方がFA 効果を抑え、景気の振幅を小さくする働きがあることも主張されている。 論文の評価 本論文がとりあげているテーマは、マクロ経済活動と金融市場との関連を理解するうえで重要なものであり、また、金融危機の発生以降、現実の政策課題としても大きな関心を集めている問題である。それに対して厳密な理論分析を加えて、有意義な政策的含意も引き出している点は高く評価できる。また、分析の結果導出されている動学的構造は、それ自体興味深いものであり、今後この構造を応用する形で他の問題を検討していくことも可能であろう。その点においても、評価できる論文である。 第一章では、バランスシート効果が経済活動に与える影響について分析し、興味深い分析結果を導出している論文である。バランスシート効果がマクロ経済環境に与える影響については、過去の文献においてもさまざまな議論がなされているが、ここでは今までの分析とは異なった異質性(heterogeneity)をモデルに持ち込むことにより、純資産平均値と投資との関係がS字カーブを示すという興味深い関係を導いている。 S字カーブの構造については、カレツキー・カルドアモデルの古典的構造と良く似ているものである。よって、そこで分析されていたような複数均衡の可能性や動学構造等も、本論文で導出されたS字カーブの結果を用いることで分析が可能なはずであり、そのような発展を考えることには大きな意義があるという指摘がなされた。また、金融政策がどのような影響を持つかについても、ここで得られた結果を応用することで、より興味深い結果が得られる可能性があると指摘された。 その一方で、本論文で得られた結論がどこまで一般性を持つものなのか過去の文献との比較でもう少し明確にすべきではないかという意見や、もう少し単純な構造のモデルにして、より直観的な構造が分かる形にできればより良いという意見も出された。 第二章は、金融の発達の程度と、経済で生じたショックがマクロ経済に対して与える増幅効果との関係を検討した興味深い論文である。ここでは、金融の発達の程度を、借入制約が生じる程度の違いで表現し、それをパラメタライズすることによって、今までばらばらに議論され、かつ矛盾するかのようにみえる主張もあった議論に対して、統一的な説明を与えることに成功している。ここでは借入制約の改善は、バランスシート効果を通じて生じるショック増幅効果の拡大と、金融市場を通じたショック吸収効果の拡大という二つの相反する効果があることが強調されており、この点を明確に整理した点は、評価できる。また、そこから導出されている金融政策に関する含意も興味深いものである。 ただし、効率性と安定性が二律背反をひき起こすのは、借入制約の程度がかなり厳しい領域のときであることから、それが中くらいの領域でどのような問題がマクロ的に生じるのかを議論できるとさらに興味深いモデルになるとの指摘なされた。また、現実の金融市場との関係、たとえばアメリカが金融危機を経験した際の借入制約の程度は、モデルのどの辺りに対応するのかについて、もう少し解釈や説明があるとより良いとの指摘もあった。 第三章では、金融市場の発達の程度とバブルとの関係が議論されており、興味深い結論が導かれている。そこでは、今まであまり議論されてこなかった金融市場の発達の程度がどのようにバブルの発生条件に影響するのかが明快な形で議論されている。また、バブルの存在が経済成長率に与える影響も、金融市場の発達の程度との関係で議論されており、金融市場の発達が比較的遅れている場合には、経済成長率にプラスに働くものの、金融市場が比較的発達している場合には、バブルは経済成長率にマイナスの影響を与えるという興味深い結論が導かれている。 バブルの議論は、金融危機の発生によって近年関心の高まっている問題であるが、金融市場の構造との関係は必ずしも明確になっていない。そのような状況下にあって、金融市場の発達の程度(より正確には借入制約の厳しさの程度)がバブルの発生条件にどのような影響を与えるのかが示された点は評価できる。また、バブル崩壊後のプロセスについても議論が行われており、現実の金融危機後の経済活動の推移を理解する上でも、興味深い結果となっている。 ただし、バブルと動学的効率性との関係については、過去の文献でもさまざまとりあげられており、それらとの関係がもう少し明確になったほうがより良いのではないかという意見が出された。 第四章では、予期しないショックが生じた場合に金融市場を通じてそれが増幅していくいわゆるFinancial Accelerator効果について、名目契約を前提とする下での影響を分析した、やはり興味深い研究である。名目契約が行われている場合、FA効果は本質的に、金融政策がどのようなルールの下で行われているかに依存することを明らかにしている。そして、予期しない貨幣需要ショックがある場合には、FA効果を抑えるためには、money growth targeting よりもinflation targetingのほうが望ましい。一方、予期しない生産性ショックの場合には、FA効果を抑えるためには、inflation targeting よりもmoney growth targetingのほうが望ましいという結論を導いている。この点は、今後の金融政策を考えるうえでも、興味深い結論と考えられる。 この結論に対しては、ここでの結論は本文でも述べられているようにいわゆるpooleの議論と本質的に同じ構造をもっており、その関連性をむしろもっと議論したほうがより有意義な結論が得られるのではないかという意見が出された。 このように本研究は、今日的意義の高い問題を理論的に厳密な形で分析を行った意義のある博士論文である。うえで述べたように、いくつかの点で改善すべき点がないわけではない。しかしながら、これらの点はいずれも今後の更なる研究の発展を示唆するものであり、本論文の価値を損なうものではないと考えられる。 以上の点により、審査委員は全員一致で本論文を博士(経済学)の学位授与に値するものであると判断した。 | |
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