学位論文要旨



No 125474
著者(漢字) 加藤,一彦
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,カズヒコ
標題(和) 混合寡占およびその環境問題への応用に関する研究
標題(洋) Essays on mixed oligopoly with applications to environmental problems
報告番号 125474
報告番号 甲25474
学位授与日 2010.03.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第272号
研究科 経済学研究科
専攻 現代経済専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松井,彰彦
 東京大学 教授 神取,道宏
 東京大学 教授 松島,斉
 東京大学 教授 松村,敏弘
 東京大学 教授 佐々木,弾
内容要旨 要旨を表示する

この博士論文では、従来の混合寡占の理論分析の枠組みを基にして2種類の研究を行った。博士論文の前半を構成するChapter2から4では、混合寡占理論を環境問題に応用し、社会厚生の観点から民営化の効果や環境政策の効果について分析した。後半のChapter5から7では、主に先行研究が導き出した結果の頑健性について分析した。なお、全ての章において、公営企業と民営企業について目的関数以外(例えば、費用関数や排出関数等)は全て対称的である、と想定している。

Chapter2:酸性雨問題に代表される単一方向の越境汚染がある場合における、地方公営企業の民営化が及ぼす下流地域の社会厚生への影響を考察した。想定した状況は以下の通りである。

i.地域は上流と下流の2地域。公営企業1社と民営企業1社による混合複占。

ii.両社とも上流に立地し、上流の市場でのみ同時手番の数量競争を行う。

iii.公営企業の所有者は上流の地方政府であり、民営企業の所有者に関しては(1)上流の民間投資家である場合と(2)下流の民間投資家である場合の2つの場合に分けて考察。

iv.ゲームが始まる前では、公営企業は完全に地方政府により所有されている。ゲームが始まると、まず、地方政府が公営企業の(部分)民営化の程度を決め、その後、2企業による同時手番の数量競争が行われる。

得られた結果は以下の通りである。

I.(1)の場合では、環境損害の.程度や汚染の越境割合に関わらず、公営企業の部分民営化が選択される。(2)の場合では、それらの程度や割合に応じて、部分民営化、完全民営化、完全国営化が選択されうる。

II.(1)(2)ともに、上流、下流双方にとって部分民営化が望ましい場合が存在する。

今回のモデルでは、社会的に望ましい資源配分から見た場合、複占による過少生産と環境問題による過剰生産の2つの歪みが存在しうる。環境損害の程度が高く、汚染の多くが上流に留まる場合を考えることにする。地方公営企業の民営化の程度が高い場合に比べてそれが低い場合には、自己利潤に比べて上流の社会厚生を重視しているので、地方公営企業は環境損害を減らすために生産量を減らす。一方、戦略的代替関係にある民営企業は生産量を増やす。結果的に、全体の生産量は滅少する。上流の社会厚生にとってこうした生産量の変化は、消費者余剰の減少させるマイナスの効果と環境損害を減少させるプラスの効果を持っている。一方、環境損害の程度が低く、汚染の多くが下流へ流出する場合には、その逆の効果をもたらす。さらに、両企業間では限界費用に差が生じており、公営企業が社会厚生を重視すればするほど、その差は大きくなる。つまり、消費者余剰と環境損害、非効率な生産配分の効果の大小を考慮した上で、民営化の程度が決まることになる。

環境損害の程度が非常に小さく、汚染の多くが下流へ流出する場合には、従来の環境問題がない下での混合複占の場合に当てはめて考えることができる。(1)では、Matsumura(1998)を参考にすれば、部分民営化が選択されることがわかる。また、(2)では、完全公営企業から限界的に民営化の程度を上げた場合、公営企業の生産量の減少は社会厚生に影響を与えないものの、民営企業の生産量の増加は消費者余剰を増加させるので、やはり(部分)民営化が選択されることになる。この場合、下流の社会厚生の観点から見ても、上流の民営化は望ましい。なぜなら、(1)と(2)のどちらの場合であっても、民営化は公営企業の生産量の減少および民営企業の生産量の増加、総生産量の減少をもたらす。そのため、(1)では環境改善、(2)では環境改善と民営企業の利潤増加につながるからである。

Chapter3:排出権の取引力が可能な場合と不可能な場合について、社会厚生の大きさの比較をした。生産費用関数および排出削減費用関数の凸性が緩く、民営化の程度が大きい場合には、排出権取引が可能な場合の方が社会厚生は大きくなることを示した。この背景には、Chapter2で紹介した総生産量の増大効果と非効率な生産配分の問題が大きく関わっている。

排出権取引が可能な場合、公営企業は排出権を購入し、民営企業はそれを販売する。それにょり、総生産量は増大するものの、限界費用の高い公営企業がより生産し、それの低い民営企業がより生産量を減らすことになる。よって、非効率な生産配分の効果が低くなる上述の場合には、排出権取引が不可能な場合よりも可能な場合の方が社会厚生は高くなる。

Chapter4:排出税と排出割当について、公営企業と民営企業間で差別的に課せるか否かの計4つの場合の間で社会厚生の大きさを比較した。なお、各企業は生産時に汚染物を排出するものの、削減投資を行うことによって排出量を削減できるものとした。

Naito and Ogawa(2009)では企業間で同一の排出税と同一の排出基準の比較を行っている。ここでの排出基準とは、全ての企業の排出削減投資の投入量を政府が一定に定めるものである。彼らの論文では、公営企業の民営化の程度によらず、排出税下よりも排出基準下の方が社会厚生は高くなることが示されている。本章では、差別排出割当下で社会厚生が最大になることを示すとともに、排出税と同一排出割当の優位性については費用関数のパラメータの大きさに依存することを示した。なお、上記の排出基準を加えて5つの規制の間の社会厚生比較を例示し、必ずしも排出基準が他の規制に比べて社会厚生を高くするわけではないことを示した。

排出税の場合、公営企業の目的が社会厚生最大化であるため、公営企業の選択行動に直接影響を及ぼさない。しかしながら、排出割当に関しては、民営企業とともに公営企業の行動をある程度コントロールすることが可能となる。特に企業ごとに排出割当を設定できる差別排出割当の場合、各企業の行動をそれぞれある程度、コントロールできるため社会厚生は最も高くなる。一方、企業間で同一の排出割当しか課すことができない同一排出割当の場合には、差別排出割当に比べるとその効果は弱まる。そのため、排出税下での社会厚生との大小関係ははつきりとはしない。以下で両規制の効果を簡単に述べる。

同一排出割当下に比べ排出税下では、公企業は何の制約も受けないため、公企業の生産量と総生産量は増加するものの、民営企業の生産量は減少する。つまり、消費者余剰は増えるものの、非効率な生産配分の程度も高い。よって、生産費用関数や削減投資費用関数のパラメータの値が小さい場合には、非効率な生産配分による負の効果が小さくなり、消費者余剰の増加による正の効果がそれを上回るため、排出税の方が望ましくなる。

Chapter5:本章では3種類のタイミング(同時手番、2種類の逐次手番)それぞれにおいて、混合複占下での同質財の価格競争の分析を行った。ここで以下の3つの仮定をおいた。

・各企業は、限界費用が厳密に増加する費用関数をもつ。

・低い価格をつけた企業がその場合の需要を全て満たすように供給する。

・同一の価格をつけた場合には需要を半分に分け合う。

本章では、民営企業が先導者となる場合には、他の2つの場合に比べて均衡価格が最も高くなる状況があることを示した。民営企業にとっては価格を引き上げる誘引を持つ一方、公営企業にとっては消費者余剰を増加させるために価格を引き下げる誘引を持つ。しかしながら、公営企業が追随者となった場合、民営企業がある程度高い価格をつけたとしても、社会全体の生産費用を抑えるために、公営企業は同一価格をつける誘引を持つ。それを読み込んで民営企業は高い価格をつけるために生じる。

Chapter6:White(1996)およびPoyago-Theotoky(2001)で示された一連の生産補助金に関する分析について、より緩やかな条件でも同様の結果が得られることを示した。この一連の研究は"irrelevanceresults"と呼ばれている。先行研究の結果では、最適な補助金の下では、民営化の前後および公営企業が先導者、民営企業が追随者となる場合で均衡結果は変わらないことが示されている。これは公営企業の目的関数が社会厚生最大化であることと民営企業が目的関数や費用関数など全てにおいて対称的であることに依存している。そのため、民営企業の目的関数が純粋な自己利潤最大化とは多少異なった場合であっても、補助金の額を適切に設定することにより、上記の結果が得られるということになる。

Chapter7:Pal(1998)からはじまった一連の混合寡占下における内生的タイミングの研究について得られている結果の一部の頑健性を確かめた。Barcena-Ruiz(2007)では混合複占下における国内民営企業との価格競争が考察され、両者ともに均衡において初めの期を選択するという結果が示された。本章では民営企業が国内投資家により所有されている場合だけではなく、海外投資家により一部もしくは全てを所有されている場合についても、上記の結果が得られることを示した。これは戦略的補完関係の影響が大きく、公営企業は価格を引き下げる誘引を持ち、民営企業は価格を引き上げる誘引を持つことから、両企業とも先導者になろうとすることにより起こる。

審査要旨 要旨を表示する

現代経済はしばしば混合経済と評される。混合経済というと、市場と非市場とが混ざり合ったものととらえられがちであるが、市場においても混合型市場とでもいうべき状況がさまざまな産業で見られる。このときの「混合」というのは、民間企業と公営企業とが同一市場において生産を行っていることを指す。本博士論文は、このような混合市場の分析を行うとともに、その環境問題に対する影響を扱ったものである。

論文は7つの章から成っている。すなわち、序章(Overview)および、2. Partial privatization and unidirectional transboundary pollution3. Can allowing to trade permits enhance welfare in mixed oligopoly?4. Emission quota versus emission tax in mixed oligopoly5. Price competition in a mixed oligopoly6. Mixed oligopoly, privatization, subsidization, and the order of firms' moves: several types of objectives7. Robustness of "Endogenous timing in a mixed duopoly: Price competition"である。このうち第2章から第4章までは、環境問題が顕在化しているときに公営企業の民営化がもたらす環境への影響を主として扱っている。それに対し、第5章から第7章は寡占市場に関する既存文献で得られたいくつかの結果が混合寡占でどのように修正されるという問題を主として扱っている。

第2章は、二つの地方政府があり、一方が川上、他方が川下にあり、川上の産業活動に伴う汚染物質の排出が川下に被害をもたらすという状況を想定し、川上の政府が民間企業と競争している公営企業を民営化すべきか否かという問題を分析している。分析は二つの場合に分ける必要がある。一つは、民間企業が川上の私的投資家によって保有されている場合(ケース1)であり。もう一つは、それが川下の投資家によって保有されている場合(ケース2)である。

二つのケースを比較することでつぎのような結論が得られる。部分的な民営化は、ケース1では必ず川上の厚生を改善するのに対し、ケース2ではこの限りではない。どちらのケースでも、川下の厚生および全体の厚生の増減の別に影響を与えるのは川上に汚染がとどまる率に依存する。もしその率が低いのであれば、部分民営化はこれらの厚生を上げるのに対し、その率が高くなればなるほど、厚生を引き下げる方向に作用する。

第3章は、排出権取引の有無の経済効果を分析している。もし、公営企業と民間企業とが同一の技術および排出権を有していたとすると、社会厚生は、排出権取引の下でのほうがそれがない場合よりも以下の場合で小さくなる傾向がある。すなわち、公営企業の目的関数における社会厚生が大きいほど、そして、生産関数および排出削減技術に伴う費用関数の凸性が大きいほど、小さくなる。

第4章は排出税と排出割当を比較している。割当てを均一に行わなくてはならない場合は、企業の生産関数が同一であっても、混合寡占では税のほうが割当てより優れているケースがあることが示される。

前述のように、第5章から第7章は寡占市場に関する既存文献で得られたいくつかの結果が混合寡占でどのように修正されるという問題を主として扱っている。第5章は、混合複占におけるプライスリーダーシップの問題を扱っている。ここでは、民間企業がスタッケルベルグ・リーダーで、公営企業がスタッケルベルグ・フォロワーとなったときに均衡価格が最も高くなるという状況が成立しうることを示している。

第6章は、生産補助金等の影響、第7章は製品差別化市場における意思決定のタイミングに関する議論を展開している。

テーマは全体を通じて、混合寡占の分析に統一されており、研究には一貫性が見られる。環境問題と混合寡占という二つの要素を結び付けて分析した研究でこれだけ幅広い問題を扱ったまとまった研究はないという点で価値のある論文に仕上がっている反面、両者を結びつけたことでとくに得られた知見という点では、やや見劣りする章も散見される。とはいえ、その点は今後の研究に期待することとしたい。

なお、第3章、第5章、第6章はそれぞれJournal of Economics, Economics Bulletin, およびEconomics Lettersに掲載されており、国際的にも一定の評価を受けている。また、第6章と第7章は共同論文をベースにしたものであるが、その貢献の度合いは共著者と同程度と認められる。

これらの点を総合的に判断して、審査委員の全会一致で本論文が博士論文にふさわしいとの結論に至った。

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