学位論文要旨



No 125478
著者(漢字) 坂巻,静佳
著者(英字)
著者(カナ) サカマキ,シズカ
標題(和) 雇用に関する国家の裁判権免除
標題(洋)
報告番号 125478
報告番号 甲25478
学位授与日 2010.03.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第235号
研究科 法学政治学研究科
専攻 総合法政専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒木,尚志
 東京大学 教授 中谷,和弘
 東京大学 教授 岩澤,雄司
 東京大学 教授 白石,忠志
 東京大学 教授 高見澤,磨
内容要旨 要旨を表示する

国家の裁判権免除に関しては、国家実行上、制限免除主義が広まりつつある。制限免除主義は、外国国家による主権的行為に対しては国内裁判所の裁判権からの免除が認められるが、業務管理的行為に対しては免除が否定されるとする立場であると定式化され、そのもとで免除の可否を判断する際には、国家の行為が主権的か業務管理的かが問われてきた(本稿ではこれを「主権的/業務管理的行為基準」とよぶ)。

それに対し、学説は、主権的/業務管理的行為基準にもとづく判断が一貫しないとの問題を繰り返し提起してきた。しかし、主権的行為と業務管理的行為とを区分する基準を確定しようとする数々の試みは挫折し、当該基準の適用の難しさを批判して1世紀が経過しようとしている。

他方で、1980年代以降、雇用事例において、主権的/業務管理的行為基準以外の基準を適用して免除の可否を判断していると思われる国家実行が登場してきた。具体的には、被用者の職務内容が主権的か補助的かを基準として雇用者の免除の可否を判断する事例である。さらに、主権的/業務管理的行為基準ではなく、審理の内容や請求の内容が国家の政策判断に干渉するか否かを基準として判断する事例も登場してきた。

そこで本稿では、主権的/業務管理的行為基準の射程は従来無批判に受け入れられてきたような包括的なものではなく、すべての事例に当該基準が適用されるとの理解が国家免除事例の分析を困難にしていたのではないかとの問題意識のもとに、雇用事例における裁判権免除がどのような基準によって判断されているのか検討することとした。

第I章で提示した以上の問題にこたえるために、第II章では、国家の裁判権免除にかかわるこれまでの学説を整理し、学説がいかなる枠組のもとに国家実行を分析してきたのか明らかにした。

学説は、19世紀末から20世紀半ば過ぎまで、絶対免除主義かそれとも制限免除主義かという軸で対立し、その軸に沿って国家実行を分析してきた。その後国家による制限免除主義の採用が進むと、絶対免除主義か制限免除主義かという軸での国家実行の分析は継続するものの、論争それ自体は下火となった。

そして、制限免除主義のもとで主権的行為と業務管理的行為との区分が困難であり、国内裁判所における判断が一貫しないという状況が明らかになるにつれて、一方で国家免除否定論が提唱され、他方で主権的行為と業務管理的行為とを区分する基準の精緻化が試みられた。しかしながらいずれの試みも現実に即したものとは言えず、この論争もまた決定的な基準を見出せないまま現在に至る。

学説は、制限免除主義のもと、国家実行はあらゆる事例に対して主権的/業務管理的行為基準を適用し免除の可否を判断しているとの理解を所与の前提に、いかなる場合に免除が義務づけられ、またいかなる場合に免除の否定が許容されるのか解明することに専心してきた。しかしそのたびに、国家実行で援用されている当該基準の適用の帰結として国家実行を分析すると、実はその基準が安定的な判断をもたらしていないという現実に突き当たってきた。

そこで、第III章では、主権的/業務管理的行為基準が一貫しない国家実行を生み出していると評価されてきた原因を明らかにし、国家の裁判権免除の新たな分析枠組を提示することを試みた。

その原因は以下の2点にある。まず第1に、「制限免除主義=主権的/業務管理的行為基準」と定式化され、国家実行がそれ以外の基準にもとづいて免除を判断している可能性が排除されてきたことである。主権的/業務管理的行為基準は、国家免除の保護法益たる外交関係の円滑化を確保するために、外交関係を毀損する恐れのある裁判権の行使を排除するための基準の1つにすぎない。国内裁判所が外国国家に対して管轄権を行使する場面は様々である以上、免除の可否の判断基準もそれに応じて異なると考えられる。

第2に、主権的/業務管理的行為基準に関しては、その適用対象が特定されていなかったことに原因がある。学説上、主権的行為と業務管理的行為とを区分する基準は問題とされてきたが、その適用対象が国家(機関)の行為であることは当然の前提として検討の対象から外れてきた。しかし、国家実行上、基準の適用対象は必ずしも国家(機関)の行為に限られてきたわけではない。

では、主権的/業務管理的行為基準に尽きるものではないとして、国家実行はいかなる基準のもとに免除を判断してきたのであろうか。国家免除の保護法益は管轄権の行使の排除による円滑な国家間関係の維持にあることから、国内裁判所による管轄権の行使が外国国家およびそれによる国務の実施に与える影響の大きさが免除の可否を判断する際の究極的な基準となってきたと考えられる。管轄権の行使による影響力の大きさを左右する主たる要素として、管轄権の行使される態様(送達、本案審理、判断、執行など)と管轄権を行使される事案の特性(商行為事例、不法行為事例、雇用関係事例、差押など)とを挙げることができる。国家の裁判権免除にかかわる国家実行を分析する際には、管轄権の行使態様と事案の特性とを踏まえて分析する必要があると思われる。

第IV章では、第III章で示した枠組を用いて雇用に関する国家実行を分析する前提として、国家免除の趣旨を踏まえて雇用にかかわる免除判断基準に関する仮説をたてた。

まず、雇用事例にかかわり、外国国家に対するその影響が問題となる国内裁判所の管轄権の行使態様は、本案審理(証拠調手続・審議)と判断である。

続いて、国家免除にかかわり問題となると思われる雇用事例の特性として、被用者が雇用国の国家機関の一部を構成すること、および、請求内容が金銭支払のみならず復職や昇給など雇用国に一定の作為を求めるものなど多様であるということを指摘しうる。

国家機関の被用者の人事はそもそも国家の組織権にもとづく。国家の政策判断の当否の検討やそれに対する介入は回避せられるべきであろう。さらに、直接的にはそのような干渉を構成しなくとも、被用者の地位やその職務内容によっては本案審理のなかで国家機密が明かされる恐れもある。

以上より、雇用事例に関しては、(1)被用者の職務内容が主権的か否か、(2)審理が手続の適否の審査にとどまるか、それとも雇用者による政策判断への審査を伴うか、(3)請求内容が金銭支払い請求か、国家に政策判断にかかわる請求かという3基準を適用して免除の可否が判断されているとの仮説をたてることができる。

第V章では、第III章で提示した分析枠組と第IV章でたてた仮説を手がかりに、国家実行を整理、分析し、雇用に関する国家実行が現在いかなる基準のもとに免除の可否を判断しているのか明らかにした。

国家実行の検討から導かれる結論は以下の3点である。第1に、雇用に関する争訟にかかわり国家免除が問題となる国家実行が蓄積するのは1980年代以降のことであり、主権的/業務管理的行為基準が雇用事例をも前提として形成されたとは評価し難いということである。

第2に、雇用関係事例においては、これまでの理解と異なり国家の行為以外に対して主権的/業務管理的行為基準が適用されているということである。制限免除主義に移行した直後の国家は、雇用事例に対してもその基準を厳格に適用し、国家による雇用契約の締結や解雇といった行為を一律に業務管理的行為と判断してきた。しかし、それでは広く免除が否定され国家の業務を妨げる恐れがあるとして、実行の蓄積とともに、主権的/業務管理的行為基準の適用対象を国家の業務内容、さらには被用者の職務内容へと移行していく傾向を指摘できる。

第3に、雇用関係事例においては、国家の行為を検討の対象とする主権的/業務管理的行為基準ではなく、審理や請求内容が外国国家の政策判断への干渉を伴うか否かといった基準にもとづく判断が登場してきた。

第IV章でたてた免除判断基準に関する仮説は、国家実行の検討によりいずれもある程度実証されたと評価できる。第III章で提示した分析枠組は国家免除に関する国家実行を分析する際に一定程度有用性があるといえよう。

第VI章では、2004年に採択された国連国家免除条約が国家実行との関係でどのように評価されるか検討した。

国家実行の帰納的検討からは、条約11条2項(a)(b)は国家実行と一定程度の整合性が見られるが、11条2項(c)~(f)についてはいずれも実行の蓄積が浅く慣習国際法が法典化された条文であるとは評価しがたい。今後の国家実行を見守る必要がある。

第VII章では最後に、本稿で提示した新たな分析枠組を整理し、本稿での論証が主権的/業務管理的行為基準の射程に対する問題提起にどこまでこたえるものであったのか検証した。

国家実行の検討から、雇用事例においては、主権的/業務管理的行為基準以外の基準のもとで免除の可否を判断する実行が蓄積されてきたことが明らかになった。

この事実は、無批判に主権的/業務管理的行為基準と結びつけられてきた通説的制限免除主義理解に再考を促す。これまでの通説はその基準の射程が包括的であることを盲信していたように思われる。しかし、国家の行為が主権的か業務管理的かという基準により免除の可否が判断されてきた範囲は思いのほか狭い可能性がある。

本稿は真の国家免除判断基準を明らかにする試みの始まりにすぎない。

商行為、不法行為、船舶そして不動産といった様々な分野の国家実行を改めて検討し、国家免除に関する国際法規則を明らかにしていくことが今後の課題となる。それは、国際法上の国家免除制度が何を保護する制度であるのか解き明かす過程であり、国際法が何を保護する制度であるのか明らかにする壮大なるプロジェクトのほんの一部であろう。

審査要旨 要旨を表示する

本論文「雇用に関する国家の裁判権免除」は、国家が一定の場合には外国国内裁判所の裁判管轄権に服することから免除されるという裁判権免除に関して、雇用関係にかかる事例を分析することにより、雇用問題についての裁判権免除の基準を明らかにするとともに、この作業を通して、免除が認められる場合を制限しようとする制限免除主義の通説が採用する、国家の行為が主権的行為か業務管理的行為かという判断基準(以下、主権的行為/業務管理的行為基準という。)の妥当性について再検討を加えるものである。

本論文は、I. 序論、II. 国家の裁判権免除の分析枠組、III. 国家の裁判権免除の分析枠組の再構成、IV. 雇用にかかわる判断基準の仮説、V. 雇用に関する国家実行の分析、VI. 2004年国連国家免除条約における雇用契約例外、VII. 結論からなる。

「I. 序論」においては、現代国際法において支配的な制限免除主義の下でも、主権的行為と業務管理的行為とを区分する明確な基準が確立されていないと指摘した上で、近年増加する雇用事例の判断においては、主権的行為/業務管理的行為基準が国家の行為にではなく被用者の職務内容に適用されたり、また主権的行為/業務管理的行為基準ではなく復職か金銭支払請求かといった請求内容を基準とする判断が示されたりしていると指摘する。その上で、雇用問題に関する従来の数少ない研究が、安易に主権的行為/業務管理的行為基準に立脚して議論していたことを批判し、雇用問題に関する事例における裁判権免除の判断基準を明確化することによって、裁判権免除に関する新たな分析枠組の提示を目指すとする。

「II. 国家の裁判権免除の分析枠組」においては、裁判権免除に関する従来の学説を整理し、学説がいかなる枠組の下に国家実行を分析してきたかを批判的に検討する。学説においては、制限免除主義の下で、「国家実行上はあらゆる事例に対して主権的/業務管理的行為基準を適用し免除の可否を判断している」との理解を前提として、いかなる場合に免除が義務づけられ、またいかなる場合に免除の否定が許容されるかを解明することに腐心し、行為性質説や行為目的説が唱えられたが、主権的/業務管理的行為基準は、諸国による安定的な判断に資する基準とはなっていないと批判する。

「III. 国家の裁判権免除の分析枠組の再構成」においては、主権的/業務管理的行為基準が一貫しない国家実行を生み出してきたことを明らかにし、裁判権免除の新たな分析枠組を提示することを試みる。国家実行が一貫しない原因として、第1に、外交関係を毀損するおそれのある裁判権の行使を排除するための一基準にすぎない主権的/業務管理的行為基準をいわば絶対視したため、他の基準に基づいて免除を判断する可能性が排除されたこと、第2に、主権的/業務管理的行為基準の適用対象が特定されず、国家の行為に限定されなかったことが指摘される。その上で、国家実行においては、免除の可否は裁判権の行使が円滑な国家間関係に与える影響力の大きさによって判断されてきたとする。このような影響力の大きさを左右する主たる要素としては、管轄権の行使される態様(送達、本案審理<証拠調手続・審議>、判断、執行など)と管轄権が行使される事案の特性(商行為、不法行為、雇用関係など)とがあり、裁判権免除に関する国家実行の分析にあたっては、これらを踏まえた上での分析が必要であるとする。

「IV. 雇用にかかわる判断基準の仮説」においては、III.で示した枠組を用いて雇用に関する国家実行を分析する前提として、雇用に関する免除判断基準について、次のような仮説が提示される。すなわち、雇用事例に関しては、第1に、被用者の職務内容が主権的か否か、第2に、審理が手続の適否の審査にとどまるか、それとも雇用者による政策判断への審査を伴うか、第3に、請求内容が金銭支払請求か国家の政策判断にかかわる請求か、という3基準を適用して免除の可否が判断されるという仮説である。

「V. 雇用に関する国家実行の分析」においては、雇用をめぐる裁判権免除に関するイタリア、ベルギー、フランス、オーストリア、ドイツ、米国、英国、スペイン、ポルトガル、アイルランド、フィンランド、アルゼンチン、スウェーデン、ポーランド、リトアニア、ボツワナ、イスラエル、ロシア、クロアチア、日本の裁判例(及び関係法令がある場合はそれも)を検討する。検討の結果、導き出される結論は、第1に、この主題について国家実行が蓄積されたのは1980年代以降であるため、主権的/業務管理的行為基準が雇用事例をも前提として形成されたとは言いがたいこと、第2に、制限免除主義に移行した直後の国家は、主権的/業務管理的行為基準の適用対象を国家の行為に限定した上で、国家による雇用契約の締結や解雇を一律に業務管理的行為と判断したが、それでは広く免除が否定されて国家の業務を妨げるおそれがあるとして、主権的/業務管理的行為基準の適用対象は、雇用者たる国家の業務内容や被用者の職務内容に移行する傾向がみられること、第3に、雇用関係事例においては、主権的/業務管理的行為基準ではなく、審理や請求内容が外国国家の政策判断への干渉を伴うか否かという基準に基づく判断が登場してきたことであり、IVで提示した仮説は一定程度立証することができたとする。

「VI. 2004年国連国家免除条約における雇用契約例外」においては、2004年に採択された国家免除条約が国家実行との関連でどのように評価されるかを検討する。雇用契約に関する訴訟手続においては裁判権免除の援用ができないとする条約11条1項の原則に対する例外を規定する同条2項に挙げられた6つの場合のうち、a(被用者が統治権能を行使する特定の任務の遂行をするために採用されている場合)及びb(被用者が外交官や領事官である場合等)については国家実行との整合性がみられるが、c(採用、雇用更新又は復職の場合)、d(解雇又は雇用の終了の場合で、訴訟手続が雇用国の安全保障上の利益と抵触すると雇用国が決定する場合)、e(被用者が訴訟開始時点で雇用国の国民であった場合)、f(雇用国と被用者が書面で別段の合意をしている場合)については、国家実行の蓄積がうすく、慣習国際法を法典化した条文とは評価しがたいとする。

「VII. 結論」においては、雇用事例においては、国家実行の検討から、主権的/業務管理的行為基準以外の基準により免除の可否を判断するという国家実行が蓄積されてきたことが明らかになったとし、専ら主権的/業務管理的行為基準にのみ依拠し、この基準が雇用事例を含むすべての行為類型にあてはまるとしてきた従来の制限免除主義の理解を批判し、国家実行を事案の特性を踏まえ、管轄権行使の態様毎に、いかなる判断基準がいかなる対象に適用されて免除の可否が判断されているかを整理・分析することが必要であるとする。

以上が本論文の要旨である。

本論文の長所としては、特に次の点を挙げることができる。

第1に、本論文は、雇用に関する国家の裁判権免除に光をあてることによって、雇用事例においては通説とされてきた主権的/業務管理的行為基準以外の基準によって免除の可否を判断する国家実行が積み重なってきたことを明らかにし、主権的/業務管理的行為基準に立脚してきた従来の制限免除主義に対して鋭く再考を促している点である。この指摘は、ほぼ専ら商取引にのみ焦点をあてて論じてきた従来の学説に反省を迫るとともに、裁判権免除全般についての判断基準について再構成を迫ろうとするものである。今後の裁判権免除研究においては、本研究をふまえることが必須となり、また雇用をはじめとする商取引以外の行為類型の詳細な検討を行うことが必要となろう。

第2に、本論文は、雇用に関する国家の裁判権免除に関する最も包括的かつ体系的な研究である。この主題に関するモノグラフは、わが国においてはもとより諸外国においても極めて乏しいが、グローバル化する社会において外国国家機関等に雇用される人は増大し、それとともに訴訟も増加する傾向にある以上、雇用に関する国家の裁判権免除の問題は実務上も重要な課題となってきており、本論文はこのような実務上の要請にも応えるものといえる。

第3に、第2の点とも関連するが、諸外国における雇用事例につき、欧米諸国のみならず途上国を含む合計20ヵ国の判例や国内法を非常に丹念に渉猟し検討したことが挙げられる。我が国の国家免除法9条の「労働契約」に関する規定に関しても、国連国家免除条約11条の「雇用契約」の起草過程や諸国家の実行を丹念にふまえた上で、批判的検討を加えている。このような丹念な実証は、著者が自らの主張を展開するに際しての強みになっている。

もっとも、本論文にも短所がない訳ではない。

第1に、欧州国家免除条約(1972年)5条が雇用契約を免除の例外とした点についての検討がなされていない。欧州審議会が採択した同条約は、欧州諸国の中でも批准国は少数にとどまり、また条約の制定経緯は公表されていないが、同条約5条は国連主権免除条約11条の元になった規定でもあり、しかるべき検討がなされるべきであったと思われる。

第2に、雇用問題に関して裁判権免除を認めた場合に、裁判を受ける権利との関係をどうとらえるべきか、労働者の要保護性と国家主権の侵害の程度との利益衡量の可能性を考える必要はないのかといった論点について、より踏み込んだ検討がなされていたならば、さらに深みのある考察となったように思われる。

本論文には、以上のような問題点がないわけではないが、これらは、長所として述べた本論文の価値を大きく損なうものではない。以上から、本論文は、その筆者が自立した研究者としての高度な研究能力を有することを示すものであることはもとより、学界の発展に大きく貢献する特に優秀な論文であり、本論文は博士(法学)の学位を授与するにふさわしいと判定する。

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