学位論文要旨



No 125482
著者(漢字) 小山,寿史
著者(英字)
著者(カナ) コヤマ,ヒサシ
標題(和) 自律型海中ロボットr2D4搭載LA-IFS及びSSSによる海底地形計測手法の開発
標題(洋)
報告番号 125482
報告番号 甲25482
学位授与日 2010.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7184号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅田,昭
 東京大学 教授 浦,環
 東京大学 教授 鈴木,英之
 東京大学 教授 林,昌奎
 東京大学 教授 飯笹,幸吉
内容要旨 要旨を表示する

(本文) 海洋基本法の成立(2007.4)とそれに伴う海洋基本計画の策定(2008.3閣議決定)により、我が国における海洋資源の開発・利用への関心が一気に高まりつつある。東京大学生産技術研究所では1990年に開始された海嶺探査用自律型海中ロボット(AUV:Autnomus Underwater Vehicle)"R-Oneロボット"の開発に引き続き、2001年度からAUV"r2D4"による熱水鉱床探査計画(r2プロジェクト)を開始し、50回を超える潜航・調査を経て科学的、技術的側面から多くの成果を挙げてきている。r2D4はその前身であるR-Oneロボットと比較してかなりの小型軽量化と高性能化が図られている。例えばR-Oneロボットが全長8.1m、空中重量4tonであったのに対して、r2D4は全長4.4m、空中重量1.6tonとそれぞれ約2分の1の大きさ及び重量となっており、航続距離こそR-Oneの100km(クローズドディーゼルエンジン)に対し、60km(3ノットで約12時間:リチウムイオン2次電池)と短くなったが、最大潜航深度4,000m(R-Oneロボット:400m)と熱水鉱床や中央海嶺の観測調査には充分な性能を手に入れた。同時に小型化によって機動性、運用のし易さも大幅に改善された。さらに艇体前部にペイロード格納部を配し、常用センサの他にも適宜観測機器を装備できるようにするなど拡張性も考慮し設計されている。

AUVはROVや有人潜水艇に比べケーブルの制限を受けず広範囲の調査が行える事がひとつの利点であるが、逆にその活動時間が内蔵される電源容量に大きく制限される事から、搭載される観測センサは小型で省電力なものが望ましい。もちろん観測機器としての性能は高いほど良い。筆者らはr2プロジェクトの初期段階からこれらの要求に応えるべく、r2D4搭載型海底観測用音響ソーナーの開発に取り掛かり、既存のサイドスキャンソーナー(SSS)とそれとは別に配置した片舷3つのハイドロホンとの組み合わせによりスワス測深が可能なLアレイ・インターフェロメトリソーナー(LA-IFS)システムの開発を行ってきた。

現在、最も一般的に用いられている測深器としてマルチビーム音響測深機(MBES:Multibeam Echo Sounder)がある。MBESはミルズクロス法により数10本~数100本の指向性のある鋭いビームを形成し、各方向からの受信信号を計測し、その到来時間を計測する事で方位角ごとの海底までの距離を計測する。一方IFSは送信機から照射されたファンビームの海底からのエコーを複数の無指向性ハイドロホンで受信し、受信時間ごとに計算した位相差から、その計測時間におけるエコーの到来角を求めて測深を行う。IFS測深の原理については古くから知られていたが、角度分解能と相反する位相差のアンビギュィティの問題や、ノイズの影響を受けやすい事などから、安定した測深が可能なMBESの方が一般的に広く用いられるようになった。しかし近年では浅海域におけるIFSの広い計測スワス幅や、MBESと比較して格段に高いデータ密度、SSSデータとの相性の良さやシステムの簡易さなどが再び注目され始め、いくつかの製品が提供されるようになってきている。これらIFSの特徴はAUV搭載用としてIFSが最適な選択肢となる事を示している。現在製品化されているIFSは例えばC3D(Teledyne Benthos社)、GeoSwath(Kongsberg-GeoAcoustics社)、System5000V2(L3-Klein社)などが挙げられるが、各製品がそれぞれの開発コンセプトで高分解能化、高精度化を図っている。例えばC3Dは直線上に並べた6つのハイドロホンアレイを用いてエコーを受信し、CAATIと名付けられた独自の超高分解到来方向推定法を用いて5方向の同時到来エコーを分離し計測する事を可能にしている。またGeoSwathは半波長間隔で並べた5つのハイドロホンで位相差を計測し、それらの平均値から高精度な受波到来角計測を行っている。一方System5000V2は送信波ファンビームを5本同時に照射するマルチビーム方式のサイドスキャンソーナーをトランスデューサーとして用いる事で、従来よりも長距離レンジにおいて高いアジマス分解能を実現し、スワス領域全域で位相差計測の劣化が少ない測深機能を実現している。

これらに対し我々のLA-IFSはハイドロホンアレイ長を長くする事で計測分解能を上げ、それにより生じる位相差のアンビギュィティを3つ目のハイドロホンをL字型に配置する事により効率的に解く事を目指し開発を行ったシステムである。LA-IFSはこれまで半波長以下がほとんどであった既存IFSのアレイ長に対しハイドロホン間隔を最大で15.6λと約30倍にし、角度分解能を大幅に改善できた。初期の実験データを用いて解析を行い、ハイドロホンをL次型に配置する事で位相差のアンビギュィティを解くことが可能で、スワス幅の広い効率的な測深が行える事を示した。L字型のアレイ配置はAUVの側面及び底面に沿ってハイドロホンを設置する事が可能であるので広く適用可能であると言える。本論文では引き続きシステムの研究・開発を進め、r2D4搭載用測深器としてLA-IFSシステムとそのデータ解析手法を確立させる事を目的とする。またSSS観測画像との組み合わせにより熱水鉱床地帯の地形的、地質的な詳細を明らかにするデータを提供する事ができれば幸いである。

そこで本論文ではまずr2D4で計測された実海域データを用いてLA-IFSの解析を行い、詳細な海底地形図を作成する事により本測深器が十分にAUV搭載用測深器として有用である事を示した。さらには得られた測深データから精度評価を行い、熱水鉱床探査機器として十分な精度を持っていることを証明した。また位相差計測手法の改良としてトーンバースト波照射により生じる帯域幅データを利用し精度の向上を図り、加えて受信パワーによる重み付き平均処理と標準偏差を用いたノイズ除去を組み合わせる事により、これまでよりも位相差のアンビギュィティ処理に対する難しさを軽減する事ができた。さらにシャドーゾーンや海底からの反射エコーが弱くなる事により生じる位相差の劣化領域について音圧と位相差の分散特性を用いて除去し、同時にIFSのフットプリントシフトの問題と送波ファンビームのビームフォーミングによる位相差の反転が複合して生じる位相差飛びの問題についても対応する事でこれらにより生じるノイズ地形を除去する事ができた。また受波到来角計測を行うIFSでは大きな誤差の原因となる音速の補正についてスネルの法則を用いた後処理手法を適用し改善した。

次にプラットフォーム搭載用の補正処理としてAUVの航跡データを観測条件に合わせて補正できるよう改良を加えた。例えば船上からのSSBLを用いたAUVのINSデータの絶対位置補正であり、r2D4のウェイポイント航法に着眼しほぼ自動で航跡補正を行えるようになった。SSBL計測が行えない場合は、AUVの高度値及び深度値を合わせた値と海底のベースマップ深度との差分からINS絶対位置のバイアスを求め、INS航跡の補正値として使用した。各手法ともINSの海底面付近での相対位置精度の高さを利用したものであるが、概ね良好な結果が得られた。

SSSについてはモザイキング処理の際にピッチ補正を含む動揺補正を加え、定高度潜航下において起伏の激しい地形を観測中にプラットフォームが動揺しても安定したモザイク画像が得られるようになった。

これら2つの音響ソーナー計測結果である測深データ及び反射エコー強度を合わせて3次元的に可視化できるソフトを作成し単独では分からなかった海底の情報についても得られるようになった。

以上のように実海域でのデータをもとに様々な問題に対応していく事により、本計測器の利便性は開発当時と比べて格段に進歩したと自負している。本システムを用いて得られた熱水鉱床地帯の詳細な海底地形データを含め、本研究で得られた知見が今後の新しい音響ソーナーの研究開発へと活かされる事ができれば幸いである。

審査要旨 要旨を表示する

同君は、海嶺における熱水域探査用自律型海中ロボットに搭載し、海底の微細地形を計測できるLアレイのインターフェロメトリソーナー(LA-IFS)の開発、その地形解析手法の研究開発、並びに実計測を通して数々の海底熱水鉱床域の優れた研究成果を収めてきた。これに伴い、「自律型海中ロボットr2D4搭載LA-IFS及びSSSによる海底地形計測手法の開発」、と題する研究論文をまとめた。

現在、最も一般的に用いられている測深機として観測船に装備するマルチビーム音響測深機(MBES:Multibeam Echo Souder)がある。多数のハイドロホンを使いミルズクロス法により数10本~数100本のマルチビームを形成し、幅広い海底面の海底地形を計測するものである。一方インターフェロメトリ測深機は、進行方向に狭く横方向に幅の広いファンビームを海底に向けて照射し、海底からのエコーをわずか2~6本の無指向性ハイドロホンで受信し、位相差からエコーの到来角を求めてスワス測深を行うものである。

LA-IFSはハイドロホンアレイ間隔を長くする事で計測分解能を上げ、それにより生じる波長の整数倍というアンビギュィティを3つ目のハイドロホンをL字型に配置する事により効率的に解く事を目指し開発を行ってきたシステムである。これまでハイドロホンアレイ間隔は半波長が基本であったが、LA-IFSはハイドロホン間隔を最大で15.6λと約30倍にし、角度分解能を大幅に改善した。しかし、波長の整数倍(最大で15倍)というアンビギュィティを3つのハイドロホン信号から解くということは大変難しい課題であった。初期の実験データを用いて解析を行い、ハイドロホンをL次型に配置する事で位相差のアンビギュィティを解き、スワス幅の広い効率的な測深が行える事を示した。L字型のアレイ配置はAUVの側面及び底面に沿ってハイドロホンを取り付ける事が可能であるので広い適用可能性を持っている。本論分では引き続きシステムの研究・開発を進め、r2D4搭載用測深機としてLA-IFSシステムを確立させる事を達成した。また海底の音響画像との組み合わせにより熱水鉱床地帯の地形的、地質的な詳細を効果的に捉える事が可能となった。

本論文ではまずr2D4で計測された実海域データを用いてLA-IFSの解析を行い、詳細な海底地形図を作成する事により本測深機が十分にAUV搭載用測深機として有用である事を示した。さらに、得られた測深データから精度評価を行い、熱水鉱床探査機器として十分な精度を持っていることを証明した。また位相差計測手法の改良としてトーンバースト波照射により生じる帯域幅データを利用し精度の向上を図り、加えて受信パワーによる重み付き平均処理と標準偏差を用いたノイズ除去を組み合わせる事により、位相差のアンビギュィティ処理に対する難しさをさらに軽減する事ができた。また、シャドーゾーンや海底からの反射エコーが弱くなる事により生じる位相差情報の劣化領域について音圧と位相差の分散特性を用いて除去し、同時にIFSのフットシフトプリントの問題と送波ファンビームのビームフォーミングによる位相差の反転が複合して生じる位相差飛びの問題についても、これらにより生じるノイズ地形を除去する解析方法を開発した。また受波到来角計測を行うIFSでは大きな誤差の原因となる音速の補正についてスネルの法則を用いた後処理手法を適用し改善した。

次にプラットフォーム搭載用の補正処理としてAUVの航跡データを観測条件に合わせて補正できるようにした。例えば船上からのSSBLを用いたAUVのINSデータの絶対位置補正であり、r2D4のウェイポイント航法に着眼しほぼ自動で航跡補正を行えるようになった。SSBL計測が行えない場合は、AUVの高度値及び深度値を合わせた値と海底のベースマップ深度との差分からINS絶対位置のバイアスを求め、INS航跡の補正値として使用した。各手法ともINSの海底面付近での相対位置精度の高さを利用したものである。

サイドスキャンの音響画像解析についても、起伏の激しい地形上では海中ロボットが海底からの高度を一定に保って航走する必要から±20度の激しいピッチング運動を行い、結果として音響画像に大きな横縞模様の歪を生じていた。音響画像を航跡に沿って貼り合わせていくモザイキング処理の際にピッチ補正を含む動揺補正を加え、定高度潜航下において起伏の激しい地形を観測中にプラットフォームが動揺しても安定したモザイク画像を生成できるようにした。

海中ロボットr2D4を使った主な海底熱水域の海底微細地形調査、解析成果は、2006年の黒島海丘調査、2006年南インド洋中央海嶺地形調査、2008年ベヨネエーズカルデラ地形調査、また、2008年独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)から委託された海底熱水鉱床域の地形調査などがあげられる。これらは、同君が研究開発した複雑で高度な解析技術を駆使して、詳細な海底地形、熱水鉱床の優れた探査成果を上げてきた。このように、実用面での実績も優れている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク