学位論文要旨



No 125483
著者(漢字) 米津,武則
著者(英字)
著者(カナ) ヨネヅ,タケノリ
標題(和) 超電導磁気エネルギー貯蔵装置を用いた電力系統のダイナミクスのオンライン同定
標題(洋)
報告番号 125483
報告番号 甲25483
学位授与日 2010.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7185号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 馬場,旬平
 東京大学 教授 石井,勝
 東京大学 教授 山地,憲治
 東京大学 教授 日,邦彦
 東京大学 教授 横山,明彦
 明星大学 教授 仁田,旦三
内容要旨 要旨を表示する

電力系統を経済的に安定運用するためには、擾乱に対して、電力系統がどのような応答特性を示すのかを精確に知る必要がある。特にオンラインでの電力系統応答特性の同定は、系統の安定運用に大きく寄与する手段となり、その有効な測定手法の確立が期待されている。本論文では超電導磁気エネルギー貯蔵装置(Superconducting Magnetic Energy Storage; SMES)を用いて、従来困難であった多機系統における微小な電力変動に対する電力系統の応答特性をオンラインで同定し、系統の経済的な安定運用に資する手法を提案する。

現在、電力系統の安定運用は、電力系統を構成する発電機や送電線などをモデル化し、固有値計算やシミュレーション計算を行い、その結果を参考に行われている。計算に用いられる発電機や送電線などの定数は様々な試験や計算等を通して得られるが、機器定数は系統の運転状態によって変化し、精度良く求めることは困難である。さらに、近年、電力自由化や、分散型電源の系統への連系により、定数を精確に得ることはますます困難となってきていると考えられる。そのため、常に安全側にマージンをとった系統運用がなされていると予想される。電力系統をモデル化することなく、運転中の系統の特性をオンラインで直接同定することが可能となれば、確実な系統運用や系統・機器の有効利用につながると期待されている。

電力系統の特性をオンラインで同定する手法は、様々な手法が考えられるが、系統の運転状態への影響、同定精度等の観点から、系統に微小な電力変動を与え、その応答から同定する手法が適していると考えられる。微小な電力変動を与える機器としては、系統に連系してもその運転状態を変えないこと、任意の電力変動を与えられることが必要条件としてあげられる。SMESは、インピーダンスが高く、貯蔵効率が良いことから、前者の条件を満足する。また、応答性が良いことから、後者の条件も満足する。これらの理由から、オンライン同定に用いる機器にはSMESが適していると考えられる。

以上の理由から、本研究室では、SMESを用いて運転中の系統に対し微小な電力変動を与え、その応答を解析することで、電力系統の安定運用にとって重要な動揺モードを決定するパラメータである固有周波数、固有値実部、固有ベクトルを同定する手法の提案と実証を続けてきた。

SMESにより系統に与える微小電力変動には様々なものが考えられるが、先行研究においては、正弦波とチャープ波が用いられてきた。チャープ波状電力変動を用いた手法は、時間とともに電力変動周波数を変化させ、系統の過渡的な応答を用いて、伝達関数のパラメータを直接同定する手法である。一度の測定で系統の応答特性が取得可能であり、一般的な多機系統において、固有周波数、固有値実部を共に同定する手法が提案されている。しかし、チャープ波を用いる手法では、測定において精確な時間同期が求められる、測定データに含まれる雑音による解析結果への影響が大きい、などの問題を有しており、実際の電力系統に適用し運転状態に影響を与えない範囲で精度良くパラメータを同定するには不向きであると考えられる。

正弦波状電力変動を用いる手法では定常的な応答波形より同定を行うことが可能である。応答波形を周波数変換して得られる振幅の情報を用いることにより、雑音など外乱の影響を極力排除することが可能であり、測定の時間同期の問題も大きな障害とならない。そのため実系統への適用が最も容易な手法であると考えられる。現在までに正弦波状電力変動を用いることで、一般的な多機系統においても固有周波数を同定する手法が確立されており、更に、一機無限大母線系統においては固有値実部の同定手法も確立されている。多機系統であっても、系統が一機無限大母線系統に縮約できる場合は固有値実部の同定が可能であることが実証されているが、一般的な多機系統の場合においてはまだ同定手法が確立されておらず、その実現が求められていた。本研究では、正弦波状電力変動を用いて一般的な多機系統における固有値実部の同定を可能とする新たな手法を提案した。また、検証試験を行うことによって、提案手法の妥当性を実証した。

本提案手法では、固有周波数付近の正弦波状電力変動をSMESから系統に与え、系統の定常的な応答を用いて同定を行う。その際、電力系統の運転状態に影響を与えないように、SMESから正弦波状電力変動を与えると同時に、SMESを用いて安定化制御を行う。励振周波数(SMESから与える電力変動の周波数)を変え、複数回測定を行うことで、固有周波数付近の周波数特性を得る。周波数特性をもとに、系統の固有値実部を求める。

また、SMESの設置位置およびSMESから与える微小電力変動の大きさ(励振振幅)をどのようにして設定するかは実用化にあたり重要な課題である。そこで、本研究では、適切なSMESの設置位置、適切なSMESの励振振幅等を決めるための指針を定量的に示した。同定にあたって重要なのは、電力系統の運転状態を変化させることなく、電力系統に重要な動揺モードを精度良く同定できることである。SMESの設置位置に関して、同定にとって適切な設置位置を設定する指針を示した。また、SMESの励振振幅が適切な値より大きすぎると系統の運転状態に影響を与え、適切な値より小さすぎると、系統中の初期動揺の影響や、測定波形に含まれる量子化誤差および雑音の影響を受ける可能性がある。これを踏まえ、SMESの励振振幅を適切な値に設定する指針を示した。また、SMESの安定化制御に用いる安定化信号の選択によって、効果的に安定化制御が行われる場合と、安定化制御を行っても効果的に安定化制御が行われない場合がある。系統の運転状態に影響を与えることなく同定を行うためには、安定化信号を適切に選択することが必要である。安定化制御信号を適切に選択する指針を示した。また、SMESの安定化制御に用いる安定化制御ゲインが適切な値より小さすぎると系統の運転状態に影響を与え、適切な値より大きすぎると、励振したい周波数以外の周波数成分の影響等があらわれる可能性がある。これを踏まえ、安定化制御ゲインを適切な値に設定する指針を示した。

上述の提案手法を、アナログ電力系統シミュレータを用いて、検証した。本手法が実際の電力系統に適用可能であるかどうかを検証するためには、測定における時間同期や測定データに含まれる雑音の問題について検証する必要があるほか、デジタル計算機上では現れない現象にも対応できるかどうかを検証する必要があり、アナログ電力系統シミュレータを用いる必要がある。電子回路型アナログ電力系統シミュレータと模擬SMES装置を用いたシミュレーション、および、回転機型アナログ電力系統シミュレータと小型実機SMESを用いた実験によって、検証を行い、提案手法の妥当性を実証した。

以上、本研究では、微小な電力変動に対する電力系統の応答特性をSMESを用いて同定する手法を確立した。正弦波状電力変動をSMESから与え、定常的な応答特性を用いることで、一般的な多機系統において固有値実部を同定できる新たな手法を提案した。アナログ電力系統シミュレータを用いて、提案手法の妥当性を実証した。また、固有周波数、固有値実部、固有ベクトルの同定に必要な要素(SMES設置位置、振幅、安定化制御ゲイン)を設定する指針を提示した。実際に同定する際にとるべき作業過程の指針を示し、アナログ電力系統シミュレータを用いて、検証した。本研究で提示する手法、指針を用いて同定試験を行うことにより、多機系統を含む一般的な実系統において、同定が可能となると考えられる。

本論文の構成を示す。第1章は本論文の序論であり、研究全体の概要を述べた。第2章では電力系統のダイナミクスを把握するために現在行われている手法と、電力系統のダイナミクスのオンライン同定の必要性を述べ、その中でも、SMESを用いてオンラインで同定を行うことの必要性を述べた。第3章ではSMESを用いたオンライン同定の手法について述べた。ダイナミクスの3つの大きな要素である固有周波数、固有値実部、固有ベクトルの同定手法とその検証試験の結果について述べた。第4章ではSMESを用いてオンライン同定を行う際に必要なパラメータ、つまり、設置位置、励振振幅、安定化信号および安定化制御ゲインを適切に設定する指針について述べた。また、第3章で述べた基本的な場合には考慮しなかった要因を含む場合の影響について述べた。第5章で本論文の結論を述べた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「超電導磁気エネルギー貯蔵装置を用いた電力系統のダイナミクスのオンライン同定」と題し、超電導磁気エネルギー貯蔵(Superconducting Magnetic Energy Storage : SMES)装置を用いたオンラインでの電力系統の状態把握を行う手法について、新たなパラメータ計測手法を提案・実証し、また同時に従来からの手法についても融合し、体系化を行ったものであり、5章から構成される。

第1章は「序論」であり、現状の電力系統が抱える問題点と、その解決手法としてのオンラインダイナミクス同定の役割について概説し、さらに本研究の目的と論文構成について述べている。

第2章では「電力系統のダイナミクスのオンライン同定」について、現在、実施あるいは検討されている手法と、オンラインで電力系統のダイナミクス同定を行う必要性が述べられており、その中でも、SMESを用いてオンラインで同定を行うことの必要性が述べられている。

第3章では「SMESを用いた電力系統のダイナミクスのオンライン同定の手法」について基本的な事項について解説し、ダイナミクスの3つの大きな要因である固有周波数、固有値実部、固有ベクトルの同定手法について述べている。固有周波数については先行研究にて正弦波状電力注入と最大エントロピー法(MEM)を用いた同定手法が提案されていたが、MEM法による解析で重要となるパラメータの決定指針について提案を行っている。また、従来、手がつけられていなかった、一般的な多機系統における固有値実部及び右固有ベクトルの同定についても、正弦波電力注入による手法を提案している。この手法では固有周波数近辺の周波数で変動する有効電力をSMESより注入し、応答として現れる送電線の電力動揺について周波数特性を計測し、固有周波数付近の半値幅を読み取ることにより固有値実部を同定する。固有ベクトルについては固有周波数における位相差より同定する。固有周波数が複数近傍に存在する場合における同定手法についても提案を行っている。本提案手法はチャープ信号状変動電力注入法などの他の手法と比較して、雑音や時間同定に対する制約が小さいという特性を有しており、実用的で優れた手法であると考えられる。また、従来提案されていた固有周波数同定法と提案手法も含め、電子回路方及び回転機型シミュレータを用いて、理想的な場合から徐々に現実に近い状態における実証実験を実施し、その結果を整理し、モデルに基づいた固有値計算結果と比較・検討も行い提案手法の有効性について検討をしている。

第4章では「SMESを用いた電力系統のダイナミクスのオンライン同定における各種パラメータの設定指針および各種要因の影響の検討」を行っている。SMESを用いてオンライン同定を行う際に必要なパラメータについて、一機無限大母線系統においては、SMES設置位置、励振振幅、安定化制御の間の関係が理論的に明らかになっており、試験によって提案理論が実証されていたが、多機系統においては、それらの関係については課題として残されていた。オンライン同定を行う際に必要なパラメータのうち、重要と考えられている、適切な設置位置、適切な励振振幅、適切な安定化信号および安定化制御ゲインを決定する手法について本章では整理をしている。設置位置についてはダイナミクスが生じる原因となる発電機近傍が適切であり、また、どのような発電機を選択すべきか指針が示されている。励振振幅については雑音や計測機器の精度、及び、線形性の成立を考慮して適切な振幅を設定する指針について提案を行っている。安定化ゲインと信号についても十分機能させるために満たすべき条件を明らかにした。これら提案された指針について実験結果を基に検討し、その有効性が確認された。また、第3章で述べた基本的な場合には考慮しなかった要因を含む場合の対処法について述べている。

第5章は「結論」であり、本研究の成果を総括している。

以上これを要するに、本論文は、SMESを用いた正弦波状電力の注入による、多機電力系統における固有値、固有ベクトルをオンラインで計測する手法を提案し、体系化を試みると共に、実験との比較を通してその手法の有効性を検証し、また、実用上の重要なパラメータ決定手法について指針を示しており、電気工学、特に電力系統工学に貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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