学位論文要旨



No 125484
著者(漢字) 和田,祐典
著者(英字)
著者(カナ) ワダ,ユウスケ
標題(和) 硝酸アンモニウムの燃焼機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 125484
報告番号 甲25484
学位授与日 2010.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7186号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,充
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 土橋,律
 東京大学 准教授 堀,恵一
 東京大学 准教授 茂木,源人
内容要旨 要旨を表示する

本研究では、硝酸アンモニウム(AN)の自動車用ガス発生剤酸化剤としての応用をめざし、ANを含有するモデルガス発生剤試料を用いた燃焼実験、ならびに熱分析測定を実施することによって、その燃焼機構の解明を目的とした研究を実施した。

第1章では、自動車用エアバッグシステムの開発の歴史、現行のエアバッグインフレータの抱える問題点を解説し、ガス発生剤酸化剤としてのAN利用によって得られる利点とANの抱える固有の問題点について論述し、研究背景を説明した。

第2章では、AN単独、硝酸グアニジン(GN)/AN混合試料、AN/活性炭混合試料のストランド燃焼実験を行い、これらの試料の着火性および燃焼持続性の観察と、凝縮相の様子の観察を行うことにより、AN自体の燃焼性の把握と、代表的なグアニジン類ガス発生剤可燃剤であるGNに対するANの燃焼向上効果の把握を試み、以下の知見を得た。

GN/AN試料の燃焼実験の結果、これらの混合試料は着火性、持続燃焼性を有さないことが確認された。

AN単独試料およびAN/活性炭混合試料は初期に水蒸気と見られる白煙を生成した後、激しい熱分解へと移行し、NO2と考えられる黄白色のスモークを多量に生成する挙動が見られた。

比表面積が2320m2/g-BETと最も大きい活性炭(C-3)を添加したANのみ、輝炎を形成した。これは溶融ANが活性炭の細孔内で発熱分解するため、比表面積が大きい程この分解発熱速度が増加するとした既往の研究結果と矛盾しない結果である。輝炎の形成は、十分に発熱速度が速い場合にのみ見られる現象であると考えられる。しかしながら、輝炎を形成する場合も持続燃焼には至らず、中断燃焼した。

反応途中の試料の凝縮相を中速度カメラによって観察した結果、水蒸気を中間生成するBrowerの低温側機構から、NO2を生成する高温側機構へと遷移する反応経路が示唆された。

反応終了後の試料表面を電子顕微鏡撮影した結果、試料は黄変後に凝縮相内で生成した成分が気相へと拡散する過程が示唆された。これはSinditskiiが報告しているANから分離したアンモニアと硝酸がそのままエアロゾルとして気相へと拡散する機構とは矛盾する結果である。

第3章では、GN/AN/塩基性硝酸銅(BCN)からなるモデルガス発生剤試料についてストランド燃焼試験を行い、ブレイクワイヤ法に線燃焼速度測定と熱電対法による燃焼波内温度分布測定による燃焼挙動の把握と、GN/AN系に対するBCN添加効果の把握、考察を試み、以下の知見を得た。

GN/AN/BCN試料は持続燃焼性を有する。

GN/AN/BCN=20/80/20, 25/75/20, 30/70/20のAN過多の試料については、圧力指数nが0.41から0.45の値を示した。

一方、GN/AN/BCN=40/60/20, 50/50/20のGN含有割合が大きい試料についてはn=0.67, 0.77となり、AN過多系とは異なる燃焼挙動を示した。

両者の境界組成であるGN/AN/BCN=35/65/20試料は、5MPa以下の低圧領域でn=0.41、5MPa以上の高圧領域でn=0.77となり、燃焼圧力によって挙動が異なる特徴的な傾向を示した。

凝縮相厚さは圧力によらずおよそ1.1mmとなった。

気相領域はおよそ900 - 1300℃で推移する「ゾーン1」と、より高温の履歴を示す「ゾーン2」に分けられる。

ゾーン1の厚さは、1MPaでは3.2mmとなるのに対し、7MPaではおよそ0.3mmとなり、圧虜力依存が大きい事が判明した。

1MPa, 7MPa両方の系において、ゾーン1からゾーン2へ移行する手前の約1250℃の領域から一旦吸熱する挙動が観察された。

燃焼残渣は、線燃焼速度解析においてn≒0.4となった系ではCu2Oの赤褐色粉体となった。一方で、n≒0.7の系ではCuの凝集体が残渣として生成した。

また、得られた知見より、GN/AN/BCN燃焼反応モデルに関する以下の定性的考察を行った。

凝縮相において、GN,ANは溶融状態で存在し、ANはアンモニアと硝酸への分離が進行する。

凝縮相において、BCNは固相のまま分散している。

ゾーン1では、凝縮相からのアンモニア、硝酸、BCNの拡散が起こり、これらの内、アンモニアとBCNによる不均質反応が発生する。

アンモニア/BCN不均質反応の結果、BCNはCu2Oへと還元される。

Cu2Oは粉体形状で生成した後、1232℃の融点において融解し、液滴粒子同士の衝突によって凝集体へと成長する。

ゾーン1は拡散律速となるため、n値は小さくなる。

Cu2Oの融解後、1300-1500℃において、硝酸からのOHラジカル脱離反応が進行し、ゾーン2におけるラジカル連鎖反応に至る。

Cu2O液滴凝集体はゾーン2において、還元され、Cu凝集体を生成する。

ゾーン2は反応律速なので、n=1である。

GN/AN/BCN燃焼反応全体のn値は拡散律速段階のゾーン1厚さによって、ゾーン1と反応律速段階であるゾーン2のバランスが変化する事によって変動する。

SummerfieldのGDMモデルによる検証から、GN/AN比が増大すると、拡散速度が低くなる傾向が示された。

NH3は、OHラジカルの消失を促進させる事から、ゾーン2におけるラジカル連鎖反応による燃焼進行の妨げとなる。

故に、AN過多の系ではゾーン1が支配的になり、n値が小さくなる。

GNはに従い、NH3を放出する事無くHNO3を放出する事が考えられることから、GN/AN/BCN系においては、NH3とHNO3のバランスをHNO3過多の側に傾けn値および線燃焼速度を増大させる効果を有する。

BCNはゾーン1におけるNH3との不均質反応によって、NH3とHNO3のバランスをHNO3過多の側に傾ける効果を有する。

第4章では、第3章で提案したモデルが、GN、及びANがHNO3脱離反応以外の反応は凝縮相において発生しないこと、BCNが凝縮相においては化学的変化を起こさない事を前提としている事から、モデルの妥当性の検証を目的として、GN/AN/BCN系の凝縮相における熱分解挙動を詳細に検討することを目的として、高圧DSC測定を実施し、熱分解挙動を観察するとともに、GN/AN混合試料について速度論解析手法によって活性化エネルギー算出を行い、GNがAN分解に与える影響の検討を実施し、凝縮相反応に関する知見の獲得を試みた、以下の知見を得た。

GN/AN/BCN混合物は230℃において発熱分解を示し、この温度はGN単独、AN単独およびGN/AN混合物よりも低温側である事から、BCN添加がGN/AN分解開始点を低下させる効果を有する事が確認された。

AN/BCN混合物は260℃以上で分解し、これはAN単独の分解開始点よりも高温である事から、BCNはANに対する分解開始点の低下効果を有さない事が明らかとなった。

GN/BCN混合物は、BCN単独の分解と思われる吸熱ピークの直後の220℃から発熱に転じるピークを示すことから、BCNの分解生成物がGNの分解開始点を低下させる効果を有する事が示唆された。

以上の結果より、GN/AN/BCN混合系ではGN/BCNの相互作用に因る発熱分解が最初に起り、その前駆反応の生成物によるANの分解促進か、あるいは前駆反応の反応熱によるAN分解の促進が起きているものと考えられる。

GN/AN混合物に関して、昇温速度を変化させることによる分解発熱ピークの分離を試みたが、1K/min.の昇温速度においてもピークは分離されなかったことから、GN/ANの分解反応は250℃におけるAN単独分解の後、その生成物がGN分解に作用する相互反応であると考えられる。

GN/AN混合系の活性化エネルギー算出を、熱分析を用いた微分解析法であるFriedman法によって実施した結果、GN混合割合と活性化エネルギーの間に正の相関が見られたが、GN/AN=20/80(wt.%)混合物の活性化エネルギーのみ、相関関係から外れる結果となった。

活性化エネルギーをGN1mol当たりに換算した結果、GN/AN混合物の活性化エネルギーはAN混合割合が増加する程増大する傾向が示された。これは、酸性環境下において反応性が低下するGNの特性に矛盾しない結果である。

活性化エネルギーをAN1mol当たりに換算した結果、GN/AN混合物は化学量論比での混合物がAN1mol当たりでもっとも小さい活性化エネルギーを示す事が明らかとなった。

以上の結果より、GN/AN/BCNからなるモデルガス発生剤は、自動車エアバッグ用ガス発生剤として、十分に応用可能な燃焼性能を有する事が確認された。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「硝酸アンモニウムの燃焼機構に関する研究」と題し、無残渣生成、低温燃焼などの長所を有する事から自動車エアバッグ用ガス発生剤の次世代酸化剤成分として実用化が強く望まれている硝酸アンモニウムの燃焼反応機構の解明をめざし、硝酸アンモニウムを主要成分とするガス発生剤モデル物質の燃焼挙動解析をもとに燃焼反応モデルの定性的考察を行い、科学的根拠に基づく硝酸アンモニウム系新規ガス発生剤組成を提案する事を目的として行った研究の成果をまとめたもので、5章からなる。

第1章は序論であり、自動車エアバッグ用ガス発生において硝酸アンモニウムの実用化が望まれるに至った経緯を解説し、本論文の研究方針を決定する上で重要な知見となる硝酸アンモニウムの熱分解機構と燃焼挙動に関する既往の研究について解説し、これらをもとに構築される本論文の目的と方針について述べている。

第2章では、硝酸アンモニウム単独試料、硝酸アンモニウム/硝酸グアニジン混合試料、硝酸アンモニウム/活性炭混合試料について着火性試験並びに燃焼持続性試験を行い、持続燃焼性を示さないこれらの試料の凝縮相内の様相を詳細に観察し、持続燃焼に至らない原因に関する考察を実施している。

第3章では、硝酸グアニジン/硝酸アンモニウム/塩基性硝酸銅からなるガス発生剤モデル試料を用い、チムニー型ストランド燃焼装置を使用した線燃焼速度解析と燃焼波内温度場測定からなる燃焼挙動解析を実施し、得られた知見をもとにした定性的考察により、硝酸アンモニウムの燃焼反応機構モデルを提案している。

線燃焼速度解析では、試料中の硝酸グアニジン/硝酸アンモニウム組成比が硝酸アンモニウム過多となる系と硝酸グアニジン過多となる系の間に圧力指数の遷移が存在する事、硝酸アンモニウム過多系と硝酸グアニジン過多系の間の試料組成系の燃焼においては圧力指数が燃焼圧力に依存して遷移するきわめて特徴的な挙動を示す事、圧力指数の差異に応じて燃焼生成残渣の様相も異なる事を発見している。

燃焼波内温度場測定では、凝縮相/気相界面から断熱火炎燃焼に至るまでの領域の厚さが線燃焼速度解析より得られる圧力指数の差異と相関を有する事を発見している。

以上二つの燃焼挙動解析より得られた知見をもとに、硝酸グアニジン/硝酸アンモニウム/塩基性硝酸銅系の燃焼機構に関する定性的考察を行い、拡散律速の不均質系燃焼とラジカル連鎖反応律速の断熱火炎燃焼の二段階からなる燃焼反応モデルを提案している。燃焼反応モデルにおいて、拡散律速段階については、凝縮相より拡散するアンモニアガスと塩基性硝酸銅固体粒子との間で不均質反応が進行し、窒素酸化物ガスと水蒸気、並びに酸化銅(I)固体粒子が生成し、さらに酸化銅(I)が融解し凝集する過程について論述している。反応律速段階では凝縮相から拡散し拡散律速段階を通過した硝酸気体がラジカル生成反応を開始する事によりラジカル連鎖反応による断熱火炎燃焼に至る過程を論述し、燃焼残渣として金属銅凝集体が析出する現象を理論的に説明している。

さらに、燃焼時の圧力指数の試料組成依存性と燃焼圧力依存性について、上記の燃焼反応モデルに基づいた理論的考察を実施し、Summerfieldの粒状拡散モデルを用いた検証により考察の妥当性を確認している。

第4章では、第3章で提案された燃焼反応モデルに関して、燃焼挙動解析手法では検証困難な凝縮相反応に関わる領域の妥当性を、示差走査熱量測定を用いた熱分析手法により検証し、論述している。

硝酸グアニジン/硝酸アンモニウム/塩基性硝酸銅混合物の熱分解挙動解析では、熱分解反応における各成分の相互作用を定性的に考察している。

次に、硝酸グアニジン/硝酸アンモニウム混合物の熱安定性について、熱分析手法を用いた速度論微分解析法であるFriedman解析を用いた評価を行い、第3章で実施した燃焼波内温度場測定の結果と合わせて、試料が凝縮相内において分解反応を開始せずに気相へ拡散すること理論的に証明している。

第5章は本論文の総括であり、本論文の検討によって得られた知見をまとめると共に、本研究の工学的な意義について論述している。

以上の通り本論文は、硝酸アンモニウムの燃焼反応モデルの構築を、燃焼挙動解析手法と熱分析手法によって得られた知見をもとに実施した成果をまとめ、硝酸アンモニウム系ガス発生剤の科学的根拠に基づいた用いた燃焼挙動制御が可能であることを提案しているものであり、硝酸アンモニウム系ガス発生剤の実用化を目的とするさらなる工学的応用研究の礎となるものである事から、化学システム工学の発展に寄与するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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