学位論文要旨



No 125485
著者(漢字) 中島,達雄
著者(英字)
著者(カナ) ナカジマ,タツオ
標題(和) 原子力事故報道の内的要因分析
標題(洋)
報告番号 125485
報告番号 甲25485
学位授与日 2010.03.15
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7187号
研究科 工学系研究科
専攻 原子力国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 小佐古,敏荘
 東京大学 教授 古田,一雄
 東京大学 准教授 木村,浩
内容要旨 要旨を表示する

第1章 本研究の目的

日本の電力の約3割を生み出している原子力は、一般市民にすんなりとは受け入れられていない。その原因として、マスメディアが原子力のリスクを実体以上に大きく見せかけて報道しているからだ、との指摘がある。

内閣府による世論調査の結果からも、一般市民が事故そのものへの恐怖感に加えて、マスメディアの原子力事故やトラブルについての報道によって不安を増大させていることがわかる。

このため、原子力事故や不祥事が起きるたびに、原子力関係者の間でマスメディアの報道ぶりが話題になる。2007年7月に発生した新潟県中越沖地震で東京電力の柏崎刈羽原子力発電所が被災した際も、マスメディア各社は連日、この関連のニュースを大々的に報じ続けた。これに対し、原子力関係者らからは過剰報道や誇大報道との批判意見が出た。

そこで本研究では、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日本経済新聞の全国紙4紙の縮刷版を用いて、最近20年間に日本国内で起きた主な原子力事故やトラブルの報道を調べ、マスメディアが原子力をどのようにとらえ、どのように報じてきたかを浮き彫りにする。

特に、マスメディアのニュース価値判断や、特ダネ競争などマスメディア間の相互作用、他の大ニュースとの競合など、マスメディア内部の事情に注目する。そのうえで、原子力関係者とマスメディア双方の課題を抽出する。

マスメディアが原子力事故をどのようにとらえ、どのように報道してきたかを知ることは、原子力関係者とマスメディアの間や、原子力関係者と一般社会の間に存在するリスク認識の溝を埋めるのに役立つ。

マスメディアにとっては、過去の原子力報道を振り返って検証し、科学ジャーナリズムのあり方を問い直すきっかけになる。原子力事業者の広報担当者ら一次情報の送り手には、事故発生時の情報発信の改善に役立つ。報道の受け手である読者や視聴者にとっては、ニュースを受け止める能力、いわゆるメディアリテラシーの向上に役立つ。

第2章 背景と先行研究

これまでの原子力報道についての研究や、過剰誇大報道についての研究、新聞記事とニュース価値についての研究、ニュース価値形成と報道の流れについての研究を調べた。

新聞社は毎日数回開く編集会議で、「最大多数の最大関心事」を一面トップに、以下、記事に序列を付けて一面や社会面などに割り振っている。一面トップ記事は、新聞のその日の「顔」であるという。

また、同じ一面トップでも、横見出しの場合と縦見出しの場合があり、横見出しの方が大ニュースである。その他の記事についても、見出しの大きさでニュース価値を表していることがわかった。

第3章 一面報道回数

2007年の東京電力柏崎刈羽地震被災、2004年の関西電力美浜3号機事故、1999年のJCO臨界事故、1997年の動力炉・核燃料開発事業団再処理工場火災爆発事故など、過去20年間に国内で発生した主な原子力事故やトラブル9件と、比較対象の2005年のJR西日本福知山線脱線事故について、第一報掲載から30回連続発行分の新聞の一面掲載回数や一面トップ掲載回数を調べて比較した。

一面掲載回数は、柏崎刈羽地震被災の時の毎日新聞が4紙9事故中最多で、30回中23回であった。福知山線脱線事故の時の毎日新聞の一面報道回数23回と同数だった。

一面トップ掲載回数は、柏崎刈羽地震被災の時の朝日新聞が4紙9事故中最多で、30回中12回であった。福知山線脱線事故の時の朝日新聞の一面トップ13回や、JCO臨界事故の時の朝日新聞の一面トップ11回と、同レベルだった。

一面トップの中でも大ニュースに用いられる横見出しの一面トップは、各紙ともJCO臨界事故が最多であり、柏崎刈羽地震被災は朝日新聞と毎日新聞が1回ずつだった。

柏崎刈羽地震被災では死者は出ておらず、国際原子力事象評価尺度は最高でも0マイナスである。これに対し、JCO臨界事故は2人が死亡し、INES評価は国内最悪のレベル4である。福知山線脱線事故は乗客乗員計107人が死亡した大事故である。

一部の新聞において、柏崎刈羽地震被災の一面掲載回数や一面トップ掲載回数が、JCO臨界事故のそれを上回り、福知山線脱線事故と同レベルに達していることから、少なくとも一部の新聞は、柏崎刈羽地震被災を過剰誇大に報道していたと言える。

報道関係者のコメントを分析した結果、過剰誇大報道になった最大の原因は、原子力発電所の耐震安全性が注目されていた時に新潟県中越沖地震が発生し、柏崎刈羽原子力発電所で国や電力会社の想定を大きく上回る「想定外の揺れ」を観測したことだと考えられる。

第4章 他のニュースとの競合

過去20年間に国内で発生した主な原子力事故9件を対象に、他の大ニュースの競合の有無を分析した。

2004年の関西電力美浜3号機事故はアテネオリンピック、2002年の東京電力トラブル隠しは北朝鮮問題、1991年の関西電力美浜2号機事故は湾岸戦争という他の大ニュースとそれぞれ競合し、原子力事故の報道はその陰に隠れた可能性が高いことがわかった。

読売新聞が毎年末に実施している「読者が選んだ今年の10大ニュース」の結果や、新聞の業界紙が毎年末に発表する「社会部長が選ぶ今年の10大ニュース」の結果を調べたところ、3つの原子力事故よりも、競合した他の大ニュースの方が上位になっていた。

一方で、2007年の柏崎刈羽地震被災は同時期に他の大ニュースがなく、一面トップなどで大きく報じられる余地があった。

第5章 柏崎刈羽地震被災報道

柏崎刈羽地震被災報道について、第一報から30回連続発行分の全国紙4紙の一面トップ記事を1本ずつ検証した。その後の主な記事も検証し、柏崎刈羽地震被災報道の特徴を浮き彫りにした。

各紙とも最初は地震そのものについてのニュースを大きく掲載していたが、地震2日後に朝日新聞が初めて、原子力発電所関係の記事を一面トップに掲載した。この記事は「断層 原発直下まで」という特ダネで、横見出しの一面トップだった。その後、他紙も柏崎刈羽地震被災の記事を一面に掲載するようになった。

東京電力の発表内容や発表のタイミングとの関係、他紙の同種の報道との関係などを調べたところ、東京電力がプレス発表した内容を、数日後に一面トップで報道する「リサイクル記事」が目立ち、それを他紙が後追いする「お付き合い記事」も多数あった。

第6章 マスメディア間の相互作用

一部の新聞だけが早く報道した「特ダネ型」、一部の新聞だけが大きく報じ、その後他紙も追随した「増幅型」、同種の事故にもかかわらず報じられ方に違いが出た「日和見型」、複数の事故で共通して報じられた「共通要素型」などを抽出した。

2001年の中部電力浜岡1号機の配管破断事故は当初、毎日新聞だけが一面トップで報じ、他紙は社会面で地味に報じていたが、その後は他紙も一面に記事を掲載していった。

1999年の日本原子力発電敦賀2号機の冷却水漏れ事故と、2003年の北海道電力泊2号機の冷却水漏れ事故は、漏水量などが異なるものの、ほぼ同じタイプの事故である。ところが、敦賀2号機事故は各紙が一面トップなどで報じ、泊2号機事故は各紙とも社会面に小さな記事を載せただけだった。

共通要素型としては、事故発生の通報遅れや、発表内容の度重なる修正、一見大きそうな数字、事故発生後の遊びや見学会などが目立った。これらは長年のマスメディア間での相互作用の結果、ニュースになりやすいパターンとして認識されている事例と考えられる。

第7章 結論

全国紙4紙の一面報道回数の分析により、少なくとも一部の新聞が、2007年の柏崎刈羽地震被災を過剰誇大に報道していたことがわかった。

その原因としては、原子力発電所の耐震安全性が注目されていた時に地震が発生し、国や電力会社の想定を大きく上回る揺れに見舞われたことや、同時期に他の大ニュースがなかったことなどがあげられる。

2004年の関西電力美浜3号機事故や2002年の東電トラブル隠し、1991年の関西電力美浜2号機事故のニュースは、同時期の他の大ニュースと競合し、その陰に隠れた。

マスメディア間の相互作用の分析では、マスメディアと原子力関係者、双方の課題が浮かび上がってきた。

2001年の中部電力浜岡1号機事故は、もし毎日新聞が一面トップで報道していなければ、各紙とも小さな記事で終わっていた可能性がある。1999年の日本原子力発電敦賀2号機事故は、各紙が大きな記事を載せる「正の共振」が起きたが、ほぼ同じタイプの事故である2003年の北海道電力泊2号機事故では、「負の共振」が起き、各紙とも記事が小さかった。これらはいずれも、マスメディアの側に要因がある。

原子力関係者の側は、まずは不正をしないことであり、もし不正が明らかになった場合は、特ダネ記事が出る前に自ら公表することが大事である。

事故発生時は早めに通報し、漏水量などを発表する際はその後の調査の進展により変更があり得ることを強調する必要がある。放射性物質の汚染の程度など一般市民にとってわかりにくい数字は、発表の際に必ず補足説明を付けるといった工夫も必要である。事故発生後の遊びや見学会は、中止した方が無難である。

マスメディア側の課題は、報道を自己検証する仕組みがないことである。マスメディアの報道を外部から評価する機関の組織が必要だとの指摘も出ている。マスメディアはこうした意見に真摯に耳を傾けるべきである。

審査要旨 要旨を表示する

原子力は我が国の電力の約3割を賄っているにも拘らず、社会的受容性は低いとされている。その原因の一つにマスメディアの過剰誇大報道があるという指摘がある。本論文は、原子力事故・トラブルに対するマスメディア報道の状況を調べ、そのような報道に至るマスメディア内部の事情を分析し、原子力関係者とマスメディア双方の課題を抽出したものである。

第1章は研究の目的について述べている。このような研究はマスメディアにとって科学ジャーナリズムのあり方を問い直すきっかけとなり、原子力関係者の広報担当者にとっては情報発信の改善に役立ち、マスメディアの受け手にとってはメディアリテラシー向上に役立つとしている。

第2章は研究の背景と先行研究をまとめている。過去に原子力報道を取り上げた研究は多いが、量的に過剰報道かどうか、質的に誇大報道かどうかの定義・判断基準を明確にしたものはない。ニュース価値の形成においては各メディア間の相互作用が一定の役割を果たしており、それを踏まえた上での基準作りが考えられるとしている。

第3章は事故・トラブルの一面報道回数の調査方法と結果を述べている。原子力9事故と福知山線脱線事故の死者数や国際評価尺度等を踏まえた上で、それぞれの一面、一面トップ、横見出し一面トップ(積極的一面トップ)、2段以下の見出し記事としての掲載回数を全国紙4紙について数えている。その結果、柏崎刈羽地震被災報道については、積極的一面トップは少ないものの、JCO臨界事故や福知山線脱線事故並みの扱いで、過剰誇大報道だと断じている。柏崎刈羽地震被災報道に関する報道関係者のコメントも分析した後、なぜ過剰誇大報道となったのかについて、地震動の事前の想定の甘さの追及、国や電力会社への不信感がその原因だと分析している。

第4章は事故報道が過剰誇大となる一つの理由である他のニュースとの競合状況について検討している。美浜3号機死傷事故は同時期にオリンピックの開催が、東京電力トラブル隠しでは首相訪朝やノーベル賞その他が、美浜2号機伝熱管破断事故では湾岸戦争があり、他のニュースの少なかった柏崎刈羽地震被災との違いを分析している。さらにその年の十大ニュースとも比較照合し、柏崎刈羽地震被災は一面報道回数が多い割には十大ニュース内の順位は低いことを明らかにしている。

第5章は柏崎刈羽地震被災のマスメディア報道の詳しい分析である。その結果から、一紙の報道がニュース価値を増幅させたことや、古い情報をリサイクルした記事、他紙へのお付き合い記事、地元発の記事の優遇があったことを明らかにしている。

第6章は原子力事故報道におけるマスメディア間の相互作用の分析である。特ダネとその追従事例、一紙の大きな扱いから始まる増幅事例、同種事故にも拘らず扱いが変わる事例、共通して大きく報道される事例の4類型に分けて細かく分析し、原子力関係者側の要因、マスメディア側の要因を述べている。

第7章は結論で、以上述べてきたことをまとめるとともに、過剰誇大報道を防ぐために原子力関係者が心がけるべきことを提言し、さらにマスメディア側の問題点すなわち報道を自己検証する仕組みの欠如を指摘している。

以上のように、本論文は原子力報道の問題点についてマスメディアの内側からも含めて要因分析したもので、原子力の社会的受容性の向上、そして工学の進展に寄与するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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