学位論文要旨



No 125493
著者(漢字) 徐,婉寧
著者(英字)
著者(カナ) ジョ,エンネイ
標題(和) 業務上のストレス性疾患と労災補償・損害賠償 : 日米台の比較法的考察
標題(洋)
報告番号 125493
報告番号 甲25493
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第238号
研究科 法学政治学研究科
専攻 総合法政専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河上,正二
 東京大学 教授 荒木,尚志
 東京大学 教授 岩村,正彦
 東京大学 教授 中谷,和弘
 東京大学 教授 高原,明生
内容要旨 要旨を表示する

本論文では業務上ストレス性疾患に対する労災補償と損害賠償をテーマとして、事故性損傷と職業病の双方において問題となりうるストレス性疾患の特質に着目して、同疾患が日米台における労災救済制度において、どのように取り扱われているのかを分析することにより、各国の労災補償制度の特色と社会的に関心の高まっているストレス性疾患の労災補償制度における救済のあり方を検討したものである。

論文では、米国(ニューヨーク州、カリフォルニア州)、台湾、日本のストレス性疾患の労災補償制度を、(1)労災の定義とストレス性疾患の特色、(2)行政解釈の位置づけと機能、(3)単一救済主義・併存主義という制度枠組み、そして(4)労災補償制度と労災民訴との相互作用という観点から分析した。

まず(1)について述べると、いずれの制度でもストレス性に対する労災補償の可能性は否定されないが、労働災害の定義から、補償の範囲における相違が生じる。

すなわち、米国ニューヨーク州では、労災補償の対象を「事故性傷病」と「職業病」に限定するという定義上の制約がある。ストレス性疾患は、制定法上の職業病リストに列挙されず、また特定の職業に特有の疾病でないため、一般条項による個別立証も困難であり、通常は事故性傷病として申請がなされる。事故性が認めにくい、身体的損傷が介在しないストレス性疾患に対しては、事故の概念を緩める解釈により救済が認められたが、その後一定の制定法上の制限がなされている。

これに対し、カリフォルニア州、台湾、そして日本では、労働災害の定義において、とくに補償対象を絞る制限がない。カリフォルニア州では、労災補償の対象が「労災補償の対象である損傷には、雇用から生じたすべての疾病」とされており、ストレス性疾患の労災認定事案が増大したが、対処のため、立法により精神障害の事案に対する制定法上のハードルを設け、補償を制限した。台湾と日本では、立法改正による対処は行われておらず、業務起因性の判断に関する解釈により、補償範囲が調節される。台湾では、台湾では、職業病の認定は例示列挙方式が採られる職業病種類表によって行われ、これに該当しない疾病は、個別立証が可能である。急性脳心疾患に関する認定基準等では、発症の時間・場所に関する要件等が存するため、実際に救済される事案は限定的であり、精神疾患については認定診断基準が設けられておらず、個別立証が理論上可能であるが、現実には、救済が否定される傾向にある。そのため、ストレス性疾患は非事故性疾病と分類されるものの、事故の介在を主張して職業傷害として補償を求めるケースが多い。しかし、因果関係の立証が困難であるため、職業傷害として認められるのは困難な状況である。日本では、労災補償の対象を「業務上」の負傷・疾病とし、事故性傷病と非事故性疾病とを分けて、業務上外の認定を行う。制定法上、ストレス性疾患に対する補償の可能性を制限・排除する規定は置かれていない。日本では、事故が介在するストレス性疾患に対しては、業務遂行性と業務起因性により、業務上外の認定を行っている。また、事故が介在しないストレス性疾患については、非事故性疾病として、業務起因性を判断する。非事故性疾病について、職業病リストが採用されるため、リストに列挙される疾病については業務起因性が推定され、リスト外の疾病については、「その他業務に起因することの明らかな疾病」という一般条項によって、個別立証によって業務起因性を判断する。ストレス性疾患は列挙外の疾病であるため、この一般条項により救済対象となるが、業務起因性の判断は、国が策定した認定基準により行われる。

次に、(2)について述べる。米国では労災認定基準は策定されず、日本ではこれが策定されている。これは、日本では、政府の管掌する独占的な労災保険制度が労災補償の中心であり、労災認定の第一次的判定者が行政であるため、公平・迅速に統一的判断を行う必要があるのに対して、基本的に民間保険類似の性格である米国の労災補償制度では、労災認定の第一次的判断者が使用者ないし保険会社であるためであると思われる。また、台湾では急性脳心疾患に関する認定基準が策定され、一定の救済をもたらしているが、精神障害に対する認定基準は策定されず、これに対する労災認定は非常に困難であり、業務上の精神障害をこうむった労働者の救済が不十分な状態にある。こうした状況に照らすと、労災認定基準は、民間保険では不要であるが、統一した基準を示す必要がある国家管掌保険においてはその策定の必要性があり、また労働者救済の観点からは精神障害等を含めて整備することが望ましいと思われる。また、日本での労災認定の実務上、認定基準は、これに該当するストレス性疾患のみ補償対象とすることによって、労災補償の範囲を画定し、労災保険制度の健全性を保つ機能をも有する。しかし、日本では近年、ストレス性疾患の労災認定の基準が緩和され、労災補償の救済範囲が拡大する傾向があり、これは制度の健全性を脅かすおそれがある。米国では、労災認定に関する認定基準がなく、労災補償の範囲を画定し制度の健全性を保つ役割は、制定法が果たしており、裁判例による補償範囲の拡大に対し、法改正で補償範囲を狭める例がみられる。法改正の端緒である補償範囲の拡大と制度の破綻との関連性が米国でよく意識される理由は、同国の労災保険制度が競争市場的であるところ、労災保険制度が適正に運営されなければ、保険契約の締結強制が課せられる州保険基金の財政が悪化して制度存続が危殆に瀕すること、使用者も保険支給決定への不服申立てが可能なこと等によると推測される。台湾では、精神障害に対する認定基準が未だ策定されず、急性脳心疾患に対する認定基準も、業務遂行性の要件が重視されるためなお厳格である。これは、使用者の責任が保険により完全には代替されず、また労災保険認定が労基法上・民法上の損害賠償責任の認定に事実上の影響を与えるため、認定基準の補償範囲の画定機能が強く意識されるためであろう。台湾では使用者が、労災保険の支給・不支給処分につき利害関係者として取消訴訟を提起可能なことも、この状況を裏づける。

次に(3)(4)について述べる。米国の二州では、単一救済主義が採用されており、労災補償は排他的救済手段であるため、業務に起因する労働災害について、労働者のコモンロー上の訴権は認められない。したがって、救済の道が一つしかなく、労災補償で補償を図るため、ストレス性疾患に対する労災認定を緩やかに行う傾向がみられる。他方で、身体的外傷を欠く精神障害については、両州とも、立法でストレス性疾患の労災認定の拡大を制限している。労災での救済の可能性を否定された精神障害に対して、損害賠償請求を認める動きはみられない。

これに対して、労災補償と損害賠償の並存主義を採る台湾と日本では、労災補償と損害賠償という二つの救済の道があるため、論理的には、労災補償の枠内で、あらゆる労働者の損害に対して救済を図る必要がなく、それぞれの救済の判断は、理論上、異なりうる。しかし、日本では、過失相殺により損害額調整が可能である労災民訴での、因果関係を緩やかに認める判断の影響で、労災認定の取消訴訟での業務起因性の判断も緩和され、これが労災保険における業務起因性の判断に影響し、行政の認定基準が緩やかに業務起因性を認める方向へと修正を迫られ、それがさらに労災民訴での緩やかな判断を促すという相乗効果により、労災と認定されるストレス性疾患の範囲が拡大しつつある。これと対象的に、台湾では、労災認定の結果に、民事損害賠償の判断が事実上の影響を与えることから、行政は労災認定の緩和に対し抑制的であり、民事裁判所もこれを参照して救済を認めるのに消極的である。日台の差異の制度的要因としては、台湾には労災支給決定に対する使用者による取消訴訟が認められているのに対して、日本では現状では認められない運用となっている点が指摘される。米国の二州でみられる単一救済主義では、日台の併存主義と比して、労災補償給付と損害賠償との重畳的取得に伴う複雑な問題や、損害賠償制度における訴訟の時間コストの問題が生じず、確実かつ迅速な補償を得られる等の長所がある。しかし労災補償額を超える損害の填補が不可能となる点が、労働者の保護の見地からは不十分であり、このような長所・短所の把握は今後の立法政策の参考となしうる。

以上、本論文では、業務上ストレス性疾患の労災補償・損害賠償という大きなテーマのもとで、使用者の労災補償責任の態様、そして民事損害賠償の可否と労災補償範囲との関係に限定して、比較考察を行った。今後の課題として、労災補償と損害賠償との調整問題、使用者間の労災補償責任の分配の問題、筆者の母国である台湾法の制度設計への本論文の検討結果の反映、そして労働者保護の手段としての、ストレス性疾患への予防策の策定に関連する問題があり、これらの研究を今後の課題としたい。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、伝統的な労働災害の考え方では十分に捕捉できないストレス性疾患(過労死・過労自殺等で注目を集めている脳心疾患やストレスによる精神障害・自殺等)に対する労災補償制度・民事損害賠償のあり方という労働災害(以下、「労災」という)の現代的課題に焦点を当て、それぞれ異なる制度や運用形態を持つアメリカ(ニューヨーク州、カリフォルニア州)、台湾そして日本の状況を比較法的に検討し、労働災害救済制度のあり方について新たな視点を提示しようとするものである。

ストレス性疾患には、事故性災害や職業病という伝統的労災の場合とは異なり、業務内・外のいずれの事由からも起因しうるという特質があることを踏まえて、筆者は、(1)労災の定義とストレス性疾患の特色、(2)行政解釈の位置づけとその機能、(3)単一救済主義(労災に対する救済を原則として労災補償制度に限定する立場)と併存主義(労災補償制度による救済と使用者からの民事損害賠償[労災民訴]による救済の併存を認める立場)という制度枠組みの違いと救済のあり方、そして(4)労災補償制度と労災民訴との相互作用の検討という分析軸を立て、米国(ニューヨーク州、カリフォルニア州)、台湾、日本における業務に起因するストレス性疾患の法的補償を検討する。そして、一方で被災した労働者の保護の必要を、他方で、労災補償制度が持続可能な制度として合理的に存続・運営されるための条件を考察し、これまでの労災補償制度の議論に欠けていた新たな視点を提示しようとしている。

本論文は序論、第1編アメリカ法、第2編台湾法、第3編日本法、第4編総括からなる。

序論は、ストレス性疾患の概念と特徴、本論文の問題関心を簡略に提示し、各国の労災補償と民事損害賠償の関係を二者択一主義、併存主義、単一救済主義に整理する。そして、比較対象国として、日本と同様の併存主義を採るが、ストレス性疾患の労働災害としての救済が極めて限定的な台湾、そして、日本と異なる単一救済主義を採るアメリカの州法の中で、ストレス性疾患の労災申請件数が多く、かつ、対照的な制度を持つニューヨーク州とカリフォルニア州を取り上げている。

第1編アメリカ法では、アメリカの州法を中心とする労災補償制度一般とストレス性疾患に対する労災補償制度の適用を概観し、労災補償の対象を「事故性傷病」と「職業病」に限定するニューヨーク州と、そうした限定を置かず、労災補償の対象を、「雇用から生じたすべての損傷または疾病」と広く定義するカリフォルニア州について検討する。ニューヨーク州では、ストレス性疾患は、制定法上の職業病リストの列挙疾病に該当せず、また「特定の職業に特有の疾病」と解されている職業病リストの一般条項による個別立証も困難であるため、事故性傷病としての救済が志向されている。事故性が認めにくいストレス性疾患に対しては、解釈により事故の概念を緩めて救済の拡大を図ってきたが、結果として労災申請が急増し保険財政を圧迫したため、1990年の法改正により、適法な人事決定の直接の結果によるストレス性疾患は労災補償の対象から外すこととなった。他方、カリフォルニア州では、雇用から生じたすべての疾病を広く労災補償の対象とする法制を採用しているため、ストレス性疾患は、ニューヨーク州と異なり、職業病や事故性疾病に該当することの立証は必要なく、業務との因果関係があれば補償対象となる。その結果、詐病も加わり、1980年代に、外傷が介在しないストレス性疾患についての労災申請が増加することとなった。これは保険契約締結が強制される州基金の財政悪化を招き、1980年末から1990年代にかけて、ストレス性疾患に対する労災補償を制限する法改正(因果関係認定基準の厳格化、事故性以外は勤続6ヶ月以上を補償要件、適法な人事措置による精神疾患の補償除外等)が行われた。

また、アメリカの両州で行政により労災認定基準が策定されていないのは、米国の労災補償制度が、基本的に民間保険類似の性格であり、労災認定の第一次的判断者が使用者ないし保険会社であるためと考えられること、そして、別途使用者に対する民事損害賠償請求を原則として認めない単一救済主義を採用する両州では、ストレス性疾患について、労災補償制度の枠内で救済すべく、緩やかな労災認定を行う傾向がみられたが、これが特に保険契約締結が強制される州基金財政を圧迫し、結果としてストレス性疾患の救済範囲を制限する法改正に繋がったという分析を加え、労災補償制度の健全な運営の視点の重要性を指摘する。

第2編台湾法では、日本と同様、労災補償と民事損害賠償の双方を認める併存主義が採られているが、労災保険制度(労保条例)の給付水準が低いために、これを補完する形で使用者に対する労基法上の労災補償を求める民事訴訟が提起され、同時に、民事損害賠償も請求されるという複雑な状況が見られる。次に、ストレス性疾患については、職業病種類表に記載があるものはそれによるが、記載のない急性脳心疾患等は行政院労工委員会の定める傷病審査準則の職業病みなしに該当するか否かによる。現在の実務は、急性脳心疾患が仕事現場で発生したことを要件としており、その業務起因性を容易には認めない。労災民訴については労災認定とは別個の判断ではあるが、労災の業務起因性が認められにくいことが民事損害賠償の因果関係判断にも影響し、ストレス性疾患についての損害賠償責任も認められにくくなっていると推測している。

第3編日本法では、まず、労基法上の労災補償、労災保険法上の労災補償、民事損害賠償という三つの救済ルートからなる制度を概観する。日本の労災補償制度は事故性を要求しておらず「業務上」の負傷・疾病であれば労災補償の対象となることから、ストレス性疾患も業務起因性により判断されるが、非事故性疾病の場合、職業病リストの一般条項である労基則別表第1の2第9号の「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当するかどうかが問題となる。この業務起因性判断について国は統一的認定基準を策定し、労災保険制度の健全な運営をコントロールしている。しかし、行政の労災給付不支給処分を取り消す司法判断により、認定基準を緩和する見直しが繰り返されてきており、これは制度の健全性確保の観点から慎重に検討すべき点があるとする。また、併存主義を採り、労災補償に加えて労災民訴が可能な日本では、両者が相乗効果を持って被災者の救済を拡げる現象が見られる。すなわち、労災民訴では過失相殺法理により損害額の調整が可能であるため、因果関係については比較的緩やかに認定して損害賠償を認め、そのことが不支給処分の取消訴訟の業務起因性にも事実上影響し、逆に先に労災認定がなされた事案では、労災民訴でも因果関係判断が容易に認められる等の影響が生じている可能性があるとする。

以上の比較法的分析に基づき、第4編総括では、労災の定義と労災認定の関係、労災制度と行政解釈による統一的労災認定基準の存否の関係および労災補償の範囲を画する上での認定基準の存在の意義、特に、認定基準の存しないアメリカで保険契約の締結強制義務が課された州基金がそうではない民間保険会社と競合する中で、保険契約締結強制の受皿となっていき、保険財政悪化問題が集約的に顕在化し、法改正による救済限定に至るメカニズムを分析し、最後に、単一救済主義・併存主義という制度枠組みの長所・短所をまとめている。

以上が本論文の要旨である。

本論文の長所としては次の点が挙げられる。

第一に、事故性災害や職業病という伝統的労災とは異なるストレス性疾患という現代的労災問題を初めて正面から本格的研究対象とした点、業務上からも業務外からも生じるため労災認定に困難が伴うストレス性疾患に着目したことにより、労災補償制度を持続可能な制度とするための基本的視点を提供した点に本論文の特筆すべきオリジナリティが認められる。すなわち、アメリカの二州においても日本においても、ストレス性疾患に罹患した労働者の救済のために労災認定が緩和される傾向が見られたが、アメリカではそれが保険財政の危機を招き、逆に法改正により救済を限定することとなったことを詳細な分析に基づいて明らかにしている。日本では、どちらかといえば被災労働者の救済の充実のみを志向した議論が展開されてきたが、本論文は、労災補償制度を被災労働者救済の視点と同時に、持続可能な制度として維持するために必要な労災認定の適切なコントロールという視点の重要性を、詳細な比較法研究を踏まえて正面から提起した初めての研究であり、今後の労災補償制度の議論に重要な貢献をなしたと言える。

第二に、これまで十分検討されてこなかったニューヨーク州、カリフォルニア州、そして台湾の労災補償と損害賠償問題をストレス性疾患に焦点を当てて検討した詳細な研究自体、労災補償法の比較法研究として学界への重要な寄与を為すものといえる。とりわけ、制度およびその運用実態が文献では必ずしも明らかでなかったアメリカについては、現地に赴いて各州の労災補償委員会の審査官にインタビューを行うなどして、制度の運用実態や雇用システムとの関係を踏まえた検討を行っていること、そして、使用者に州基金、民間保険、自己保険のいずれかを強制するアメリカの保険強制による労災保険制度が、最終的に保険契約締結義務の課された州基金によって担保されており、その財政破綻は労災保険制度の破綻をもたらすこと、これを防止するために法改正により労災補償を制限する方策が採られた等の分析は、これまでに明らかにされてこなかった貴重な研究成果といえる。

第三に、アメリカの二州と台湾、日本という異なる内容を持った労災補償制度を4つの一貫した分析視角((1)労災の定義とストレス性疾患の特色、(2)行政解釈の位置づけと機能、(3)単一救済主義・併存主義という制度枠組み、そして(4)労災補償制度と労災民訴との相互作用)を立て、機能的に比較分析することにより、それぞれの特徴ある労災救済制度の特質そして制度展開の意義を明らかにすることに成功している点も本論文の長所といえる。

もっとも本論文にもさらに改善すべきと思われる点がないではない。

第一に、各国法の検討は詳細で、それ自体資料的価値があるとはいえ、本論文の分析視角との関係では、やや冗長にわたり、さらに整理できたのではないかとの印象を与える部分がある。

第二に、労災補償制度が被災労働者の救済と制度の健全性確保の適切なバランスをとるための方策について、各国の分析の過程でいくつかの言及はあるものの、全体としてどのような制度設計が望ましいのかという具体的な提案は今後の課題として残されている。

以上のように改善すべき点がないわけではないが、これらは本論文の価値を大きく損なうものではない。以上から、本論文は、その筆者が自立した研究者としての高度な研究能力を有することを示すものであることはもとより、学界の発展に大きく貢献する特に優秀な論文であり、本論文は博士(法学)の学位を授与するにふさわしいと判定する。

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