学位論文要旨



No 125494
著者(漢字) 白井,正和
著者(英字)
著者(カナ) シライ,マサカズ
標題(和) 友好的買収の場面における取締役に対する規律
標題(洋)
報告番号 125494
報告番号 甲25494
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第239号
研究科 法学政治学研究科
専攻 総合法政専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩原,紳作
 東京大学 教授 山下,友信
 東京大学 教授 樋口,範雄
 東京大学 教授 白石,忠志
 東京大学 教授 高見澤,磨
内容要旨 要旨を表示する

1.本論文は、わが国ではこれまでほとんど注目されることがなかった支配・従属関係のない当事者間の友好的買収の場面を対象として、買収対象会社の取締役に対するあるべき規律づけの仕組みについて検討するものである。本論文は、友好的買収の場面では、たとえ支配・従属関係のない当事者間で行われたものであっても、買収対象会社の株主と取締役との間には潜在的な利益相反問題が存在することを指摘する。そのうえで、こうした問題に対処し、買収対象会社の取締役の行為を規律するための仕組みとしては、同社の株主による最終的な判断権限の行使を通じた仕組みと、裁判所による事後的な介入を通じた仕組みとが考えられる。そこで、本論文は、その実効性という観点から、これらの規律づけの仕組みの現状と問題点を指摘したうえで、米国の判例法理や学説上の議論から示唆を得ることで、指摘した問題点を克服するための解釈論または立法論に基づく提言を行うことを目的とする。

2.近年ではわが国でも企業買収は大幅に増加する傾向にあり、その大部分は友好的な企業買収である。この友好的買収の場面を買収対象会社における判断権限の分配という観点から捉えれば、同場面では、買収条件をめぐる交渉は取締役に一任されており、株主は取締役によって形成された買収条件を受け入れるか否かの判断しかできないことが分かる。すなわち、買収対象会社の取締役には強力な権限が与えられていると評価できる。こうした強力な権限は、取締役が会社から与えられた権限を最大限活用し、株主の最善の利益に合致するように行動していると評価できるのであれば、問題なく正当化することが可能である。しかしながら、現実には、友好的買収の場面では買収対象会社の株主と取締役との間に潜在的な利益相反問題が存在することが、最近の米国の理論・実証の両面にわたる研究によって明らかにされている。そこでは、株主に代わり買収者と交渉を行う取締役が、買収後の会社における役職の提供や退職金の増額などの私的利益を受ける見返りに、買収条件の交渉において買収者に譲歩したり、低い買収価格を提示する買収者を選択したりする危険性が広く認識され始めているのである。そして、こうした取締役の自己利益の追求は、株主の利益よりも自らの利益を優先したいと考える不忠実な取締役だけが行うわけではなく、自己利益の追求行為が株主の利益になると誤って信じてしまうことで、株主の利益を害する意図はないにもかかわらず、株主の利益を害する行動をとっている可能性もあると指摘されている。ここで視点をわが国に戻すと、以上の米国の研究が指摘する利害状況の分析は、わが国の友好的買収の場面における買収対象会社の株主と取締役との間の関係にも同様に妥当する可能性は高い。むしろ、わが国では、米国の事例以上に、取締役が自らの利益を追求する行為を誤って正当化してしまっている可能性すら存在しうる。

こうした問題を認識したうえで、それでも買収対象会社の取締役に強力な権限を与えるわが国の現状を正当化するためには、友好的買収の場面では、何らかの方法で、買収対象会社の取締役に対する十分な規律づけが確保されていると評価できることが必要である。そこで、次に、わが国の友好的買収の場面における買収対象会社の取締役に対する規律づけは、株主の利益を確保するために十分なものと評価できるかが問題となる。そして、この問題に対する本論文の結論は、わが国の現行の法制度の下では、友好的買収の場面における買収対象会社の取締役に対する規律づけは、きわめて不足しているといわざるをえないというものである。友好的買収の場面において買収対象会社の取締役を規律するための手段として、まずは株主による最終的な判断権限の行使を通じた仕組みが考えられるが、第三者割当増資による買収の場面では権限行使の機会が与えられないこと、強力な取引保護条項を締結することで権限を実質的に制限できること、株主の合理的無関心やただ乗り問題といった集合行為問題が存在することを考慮すれば、株主の権限行使を通じた規律づけは、それだけでは十分とはいえない。また、裁判所の事後的な介入を通じた規律づけの仕組みについても、わが国では、取締役の行為の差止め、友好的買収の無効、損害賠償責任の追及の大きく三つの介入の手段が考えられるが、取締役の行為を規律するための審査基準が確立されておらず、また、以上の手段が買収対象会社の株主にとって非常に利用しにくいものであるために、いずれについても規律づけの仕組みとして十分に機能しているとは評価できない。

このように、友好的買収の場面では、買収対象会社の株主と取締役との間に潜在的な利益相反問題が存在するにもかかわらず、わが国では買収対象会社の取締役に対する規律づけがきわめて不足しているというのが、本論文の端的な問題意識である。そして、こうした問題意識に基づき、本論文は、友好的買収の場面における買収対象会社の取締役に対するあるべき規律づけの仕組みを模索することを目的として、企業買収に関する歴史が古く取引事例も豊富な米国において、買収対象会社の取締役に対して実現されている規律づけの仕組みについて考察を試みる。

3.米国法に対する考察の結果として、次の点を指摘することができる。

まず、米国の友好的買収の場面では、取締役に対する規律づけの確保という観点から、買収の是非をめぐる買収対象会社の株主の最終的な判断権限は十分に確保される必要があると考えられている。

また、裁判所による事後的な介入を通じた規律づけの仕組みに関しては、複数の審査基準(完全な公正の基準、レブロン基準、経営判断原則(ただし、取引保護条項に関してはユノカル基準)という大きく三種類の審査基準)が併用されている点で特徴的である。そして、こうした複数の審査基準の併用は、米国の友好的買収の場面では、買収対象会社の株主にもたらされる利益が最大のものとなるように、次の三つの考慮要素に基づいて訴訟において問題となっている事案を類型化し、類型化された事案ごとに、裁判所が買収対象会社の取締役の行為に介入するレベルを選択していることの表れであると理解できる。その考慮要素とは、(1)当該事案における買収対象会社の株主と取締役との間の利益相反性の強弱に基づくもの、(2)当該事案において、情報優位の立場にある買収対象会社の取締役に広い裁量を認めることで、買収対象会社の株主が享受できる利益の大小に基づくもの、(3)訴訟における審査の対象が、株主による最終的な判断権限の行使を通じた取締役に対する規律づけの実効性を損ないうる程度の大小に基づくものである。また、米国では、裁判所による介入の手段としては、買収が完成する前の段階における取締役の行為に対する差止めが主に利用されているが、その理由としては、取締役の信認義務違反を根拠に取引保護条項の法的効力を争うことを可能にする判例法理の存在と、取締役の損害賠償責任を事前に免除することを認める制定法の存在を指摘することができる。

4.最後に、本論文は、以上の米国法からの示唆を踏まえ、株主の最終的な判断権限の確保という観点、および、取締役の行為の差止めを通じた裁判所による事後的な介入の実現という観点を軸として、わが国の友好的買収の場面において、買収対象会社の取締役に対する規律づけを実現するための解釈論・立法論を試みる。

まず、買収対象会社の株主の最終的な判断権限を確保するという観点からは、会社の支配関係の変更を伴う第三者割当増資の場面においても、発行会社の株主に判断機会を与える必要があると評価し、そのための具体的な方法について検討を試みる。

次に、取締役の行為の差止めを通じた裁判所による事後的な介入を実現するという観点からは、友好的買収の場面における買収対象会社の取締役の善管注意義務・忠実義務に関する審査基準について検討するとともに、組織再編、事業譲渡、第三者割当増資といった友好的買収の場面ごとに、買収対象会社の取締役の行為の差止めを通じた規律づけを実現するうえで、現在障害となっている問題を克服するための解釈論または立法論を試みる。まず、審査基準については、わが国の友好的買収の場面における買収対象会社の取締役の善管注意義務・忠実義務違反の有無を判断するにあたり、原則としては、現実の具体的状況の中で、取締役の行為が合理的なものであったと評価できるかどうかを基準としたうえで、米国法からの示唆を踏まえて、米国における審査基準の背後にある上記(1)から(3)までの三つの考慮要素に基づいて、裁判所が取締役の行為に介入するレベルを調整していくことが適切であると考える。また、取締役の善管注意義務・忠実義務違反を理由とした取締役の行為の差止めを可能にするために、合併や株式交換・株式移転による友好的買収の場面では、立法論や解釈論によって株主が被る不利益を要件とした差止請求権を株主に付与すべきであることを、また、会社の支配関係の変更を伴う第三者割当増資の場面では、発行会社の取締役の善管注意義務・忠実義務違反についても、不公正発行を根拠づける事実として評価すべきであることを提案する。さらに、取引保護条項の法的効力についても、当該条項が株主の議決権を侵害するとまで評価できるような場面では強行法規違反等を理由として、そこまでは評価できない場面であっても、当該条項を締結した取締役に善管注意義務・忠実義務違反が認められ、かつ、買収対象会社の株主の利益保護の要請が買収者の契約上の合理的期待の保護の要請よりも優先すると評価できる場合には、信義則などの一般条項に違反することを理由として、当該条項の法的効力を否定・制限することが適切と考える。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、支配・従属関係のない株式会社間の友好的買収の場面における買収対象会社の取締役に対する規律づけのあり方を明らかにしようとするものである。

近年、我が国においても、企業買収は大幅に増加する傾向にあるが、敵対的買収に対する防衛策の実施など取締役と株主との間の利益相反関係を比較的容易に認識できる場面とは異なり、MBO(Management Buy Out. 経営者が株式を取得することによる買収)以外の利益相反関係が顕著であるとまではいえない友好的買収の場面については、買収対象会社の取締役に対する規律づけの議論は、従来十分には行われてこなかった。しかし、例えば、友好的買収の場面において、買収対象会社の取締役は、株主の利益のために行使すべき買収対象会社の交渉力を利用して、買収成立後の会社における役職の確保や、何らかの報酬関連の利益の確保などの形で、本来は株主が享受すべき利益の一部を自らの手中に収めてしまう可能性が存在する。わが国では、取締役が株主の利益を図るという規範が実務上必ずしも確立しているとはいえないことや、社外取締役が少ないという現実を考慮すれば、友好的買収の場面における買収対象会社の株主と取締役との間の潜在的な利益相反問題は深刻である。このような問題意識から、この問題についての議論が先行している米国における判例・学説・実務の展開を詳細に分析し、これにより得られた示唆に基づきわが国における問題解決のあり方を提示している。

本論文の第1章においては、わが国の友好的買収の場面における潜在的な利益相反問題への対処の現状を確認し、問題点を洗い出している。株主総会決議などの株主の最終的な判断権限の行使を通じた規律づけの仕組みと、差止めや損害賠償などの裁判所などの買収対象会社の外部の仕組みを通じた規律づけのいずれについても、十分に機能しているとはいい難く、友好的買収の場面における買収対象会社の取締役に対する規律づけは、全体として著しく不足しているとする。

第2章では、友好的買収の場面における買収対象会社の取締役の潜在的な利益相反問題に対処する米国デラウェア州会社法の枠組みについて論じている。デラウェア州会社法の下においては、潜在的な利益相反問題に対処するための取締役に対する規律づけの仕組みとしては、株主の最終的な判断権限の行使によるものと、裁判所による取締役の信認義務(fiduciary duty)の解釈を通じたものの大きく二つが存在するが、後者による規律づけが有効に機能しているとして、その全貌を明らかにする。

米国の友好的買収の場面における信認義務に基づく司法審査の基準としては、取締役の経済的な利害関係が取締役会の判断の独立性に重大な影響を与えていると評価できる場合に適用される完全な公正の基準(公正さについて厳しい司法審査が行われる)、会社が自らの売却や会社支配権の移転を伴う取引に着手する場面において適用されるレブロン基準(取締役は競売人として買収対価を最大にすることを義務づけられ、この義務の遵守についての司法審査が行われる)、及び以上の審査基準が適用されない場面において適用される経営判断原則(取締役の裁量が尊重される)がある。また、最近では、経営判断原則が適用される場面であっても、取引保護条項(買収者と買収対象会社との間で合意される、買収対象会社が他の者と買収交渉することを禁止・制限する条項)を締結した取締役の信認義務違反の有無が問題となる場合には、ユノカル基準(取締役の行為の相当性について司法審査が行われる)を適用するという新たな判断枠組みが試みられている。これらの審査基準は、類型化された事案ごとに、買収対象会社の株主にもたらされる利益が最大となるように、裁判所による介入のレベルを調整したものと理解することができるが、いずれを適用するかの決定においては、友好的買収の場面では、買収対象会社の株主と取締役との間に潜在的な利益相反関係が認められることから、株主の利益を守るために、広範な裁量を与えられた取締役に対して何らかの規律づけを実現する必要があるという考え方と、会社には株式市場からは十分に認識できない隠れた価値が存在することを前提に、友好的買収の場面では情報優位の立場にある買収対象会社の取締役に広範な裁量を認めることによって、株主へのより多くの利益の帰属が可能になるという考え方が調整されていると評価できるとする。

買収対象会社の取締役に対する規律づけを実現するために、株主が裁判所に対して求めることのできる救済の手段としては、裁判所による取締役の行為に対する差止めを通じた規律づけが重要な役割を担っており、この点が、米国の特徴であるとする。

第3章では、第2章で検討した米国法における取締役に対する規律づけの枠組みから得られた示唆に基づいて、わが国における解釈論または立法論による具体的な解決策を提示する。

問題となっている友好的買収の事案ごとに、(1)当該事案における買収対象会社の株主と取締役との間の利益相反性の強弱、(2)当該事案における株主の最終的な判断権限の行使を通じた取締役に対する規律づけの実効性の強弱、(3)当該事案において、情報優位の立場にある買収対象会社の取締役に広い裁量を認めることで、買収対象会社の株主が享受できる利益の大小といった三つの考慮要素を勘案しながら、取締役の行為の合理性を判断していくことが望ましいとし、この考え方を盛り込んだ具体的な解釈論・立法論を試みる。まず、組織再編の場面のうち、合併や株式交換・株式移転の場面では、基本的には立法によって株主が被る不利益を要件とした差止請求権を株主に付与することが望ましいが、現行法の枠内でも、取締役の行為が会社の利害を通すことなく直接に株主の利害に影響を与えるという場面の特殊性を重視することで、株主の損害をもって会社法360条の違法行為差止請求権における会社の損害を認定することにより、同請求権の行使を解釈上可能と解する余地はあるとする。次に、大規模な第三者割当増資が行われようとしている場面では、会社の損害が問題となる場合には違法行為の差止請求権を、株主の損害が問題となる場合には募集株式の発行等の差止請求権を利用することが考えられるが、後者の場合において株主が募集株式の発行等の差止請求権を現実に利用できるようにするために、主要目的ルールに基づく従来の不公正発行規制とは別の枠組みとして、大規模な第三者割当増資が問題となる場面における取締役の善管注意義務・忠実義務違反についても、不公正発行を根拠づける事実として評価すべきであるとする。さらに、取引保護条項の法的効力についても、取引保護条項が株主の議決権を侵害しているとまで評価できるような場面では強行法規違反等を理由として、また、そこまでは評価できない場面であっても、取引保護条項を締結した買収対象会社の取締役に善管注意義務・忠実義務違反が認められ、かつ、買収対象会社の株主の利益保護の要請が買収者の契約上の合理的期待の保護の要請よりも優先すべきであると評価できる場合には、信義則などの一般条項に違反することを根拠として、取引保護条項の法的効力を否定・制限すべきであるとする。

以上が本論文の要旨である。

本論文の長所としては、次の点が挙げられる。

第一に、従来研究が手薄であった友好的買収における取締役に対する規律づけについて、わが国ではじめて包括的に問題を分析するとともに、その解決策を提示したという点が挙げられる。わが国では、企業買収の法的規律に関する研究では、主として敵対的買収に対する買収対象会社における買収防衛策に焦点が当てられてきた。また、友好的買収の方法のうち第三者割当増資については判例も多いことなどから研究の蓄積があるが、問題の性質上新株発行の規律という観点からの検討に偏り、取締役に対する規律づけという観点からの研究は十分とは言い難かった。合併その他の組織再編行為についても、合併の公正さの確保という観点からの研究は行われてきたが、これについても親子会社関係など支配従属関係にある会社間の合併等に焦点が当てられていた。友好的買収における株主と取締役との間の潜在的な利益相反に起因する株主の利益を侵害する取締役の行為の規制についての研究としては、取引保護条項についての米国法の紹介的な議論など断片的なものが見られるにとどまっている。このような状況において、本論文は取締役に対する規律づけのあり方について包括的な理論的枠組みを提示したという点において革新的な成果を示したものということができる。

第二に、本論文の中で大きな割合を占める米国法の分析において、関連する米国の判例・学説・実務を網羅的に調査し、これを課題に即して整理することにより米国法の問題解決の枠組みを明らかにしており、課題に関する米国法の全貌をわが国の学界に提示することに成功しているという点が挙げられる。企業買収に関する米国法の研究はわが国でも枚挙に遑がないが、友好的買収における取締役の利益相反という観点からの米国法研究は、本論文で扱う問題点の一部についての断片的なものを除けばほとんど見られなかった。また、本論文が分析するレブロン基準やユノカル基準など米国の司法審査の基準については、それぞれ多くの紹介や分析は存在するが、友好的買収に即してその基準がもつ機能について詳細に分析したものは従来見られなかった。さらに、判例のみならず、最新の研究者の研究成果も反映されていることにより、米国法の分析の深みを増している。今後わが国でも友好的買収の規律のあり方は学界・実務界で本格的に議論されることになるであろうが、本論文はそのような議論の基礎を提供する必須の参考文献となると考えられる。

第三に、本論文はその記述がきわめて平明であり論旨も明瞭であることがあげられる。本論文の課題について、関連する米国の膨大な文献・資料を課題に即して整理することは至難の作業であるが、本論文ではそれに成功している。また、わが国の判例・学説・実務についても、同様にわかりやすく問題点を整理した上で、自説の展開が試みられており、全体としてきわめて読みやすい論文となっている。

もとより、本論文にも短所がないわけではない。

第一に、きわめて詳細な米国法の分析の部分と比較して、わが国における解釈論及び立法論の考察の部分は、いまだ厚みに欠けるという点が挙げられる。米国法の採っている解決の枠組みを基本的には参考にしつつ、わが国の会社法に即した修正も示唆するが、例えば、上記のレブロン基準が適用されるべきであるのはどのような場合かなどの論述については、なお議論の余地があり、説得力をもつ自説の展開にはなお突っ込んだ考察がされるべきである。

第二に、米国法上の問題解決を参考にわが国における問題解決のあり方を論じようとしているが、米国法上の問題解決をわが国で参考にするに当たって留意すべき点の検討が必ずしも万全とはいえないという点が挙げられる。例えば、わが国でも問題解決のために買収の差止めの方法が活用されるべきであるとするが、日米における差止めの手続法及び実体法上の制度的相違により米国での解決をわが国でも実現することができるかの検証はさらに必要であろう。利益相反に対する取締役の行為の規律づけの手段として取締役の信認義務を介して裁判所が司法審査による介入をするという点についても、信認義務概念の更なる掘り下げや、日米における取締役の義務の概念の相違が及ぼす影響の分析などがさらに必要であろう。

第三に、友好的買収の裁判所による差止めを事後的な介入の一つと言い表していることなど、用語の使い方に疑問のある箇所が散見されるという点が挙げられる。

本論文には、以上のような問題点がないわけではないが、これらは、長所として述べた本論文の価値を大きく損なうものではない。以上から、本論文は、その筆者が自立した研究者としての高度な研究能力を有することを示すものであることはもとより、学界の発展に大きく貢献する特に優秀な論文であり、本論文は博士(法学)の学位を授与するにふさわしいと判定する。

UTokyo Repositoryリンク