学位論文要旨



No 125495
著者(漢字) 紺野,友彦
著者(英字)
著者(カナ) コンノ,トモヒコ
標題(和) ネットワーク経済学に於ける論文集
標題(洋) Essays on Network Economics
報告番号 125495
報告番号 甲25495
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第276号
研究科 経済学研究科
専攻 経済理論専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉川,洋
 東京大学 教授 神取,道宏
 東京大学 教授 神谷,和也
 東京大学 教授 福田,慎一
 東京大学 准教授 羽田野,直道
内容要旨 要旨を表示する

The dissertation consists of mainly the following four parts.

We study a condition of favoring cooperation in Prisoner's Dilemma game on complex networks. There are two kinds of players: cooperators and defectors. Cooperators pay a benefit b to their neighbors at a cost of c, while defectors only receive benefit. Although it has been believed that b/c > <k> is the condition of favoring cooperation, we find that the condition is b/c > < knn>. We also show that among representative networks: regular, random and scale-free, regular network favors cooperation most, while scale-free network favors it least. On ideal scale-free network, cooperation is unfeasible.

We study Imperfect Competition on Complex Networks.

The result of imperfect competition among firms crucially depends on underlying network structures. On regular networks and random networks, nothing special is observed. However on Scale free networks, market outcomes of output and price are monopoly, regardless of the number of rival firms. Furthermore, in scale free networks, as network size increases, then the average number of rivals also increases, however, average output and average price also increase. We also introduce utility function that has useful property for network Economics, from which inverse demand functions repeatedly used in the resent paper are derived.

We want to show that underlying network structure drastically determine the outcome of the model, in particular scale free networks do. We believe that scale free networks will shed new light on Economics.

Most growth theories have focused on R&D activities. Although R&D has significant importance on economic growth, there is another aspect, that is, spillover effect. In this paper, we study knowledge spillover among agents by representing it as network structures. The purpose of this paper is to supply fundamental framework to treat knowledge spillover by network scheme.

We introduce knowledge spillover equation and solve it to find tractable solution.

It has mainly two following properties;

(1) Growth rate is common for all the agents only if they are linked to the whole network regardless of degrees,

(2) TFP level is proportional to degree. We show that underlying network structure drastically determine the growth rate by comparing among representative networks: regular network, random network, and scale free network.

We apply this framework, knowledge spillover equation, to the problem of firms forming links endogenously and show that how the area affects growth rate and output.

We analyze fundamental characteristics of the inter-firm transaction network through the data of 800,000 Japanese firms. We find that there exists a hierarchical structure and a negative degree correlation in this transaction network. We also find that this undirected network is a scale-free network.

We bring to light these characteristics of the network and discuss why there is an important need to conduct research work on the actual network structure.

審査要旨 要旨を表示する

講評

ネットワーク理論の経済学への応用を主題とする本博士論文は、6つの章から成る。ネットワーク理論は、数学のグラフ理論、社会学のネットワーク分析、物理学の統計物理学、情報学のWeb解析等を源流とする新しい学際的な研究分野であるが、1998年にNatureに掲載されたWatts- Strogatzの " Collective dynamics of 'small-world' networks" と題する論文、それに続く1999年Barabasiらによる論文を機に一つの特定の研究分野としての姿を現し今日に至っている。こうした研究成果を議論するために2001年7月ドイツのキール大学で開かれた国際会議が、ネットワーク理論に関する世界で初めての国際会議と言われることからもわかるように、ネットワーク理論は誕生して10年余りの新しい学問領域である。現時点において経済学への応用はきわめて数が限られている。

第1章では、ネットワーク理論の経済学への応用が有望であり将来性に富んでいる、という宣言がなされている。

第2章では、ネットワーク理論における基本概念、例えば、ネットワークの「次数」、「平均パス長」、「クラスター係数」等につづき、regular network、scale-free network、random networkといったネットワークの基本タイプ、さらに分析に用いられる「平均場」の方法等が説明されている。第3、4章はこうした分析道具をミクロ経済学、第5章はマクロ経済学の問題に応用したものである。

第3、4章は、経済物理学的アプローチをネットワーク上で生ずるゲーム論・ミクロ経済学の問題に適用した研究である。

第3章は、進化ゲーム理論における、ネットワーク上の協調の進化に関する一連の研究にあらたな知見を与えるものである。いま、プレイヤーを頂点とし、対戦するプレイヤー同士を枝で結んだネットワークを考える。プレイヤーの戦略は協調か裏切りのどちらかであり、対戦するすべてのプレイヤーに対して同じ戦略を取る必要がある。協調を取ると、自らにはコストcがかかるが、各対戦相手には便益 b が生ずる(b > c)。裏切った場合にはコストはかからず、また対戦相手には何の便益も与えない。これは、囚人のジレンマの一種であり、協調することが望ましいにもかかわらず、裏切ることが常に最適(支配戦略)となっている。このようなゲームにおいて、つぎのような戦略の進化ダイナミクスを考える。各時点 t=0,1,2,… においてランダムに一人のプレイヤーが死滅し、死滅したプレイヤーの場所には近隣のプレイヤーの子孫が一人入る。子孫には親の戦略が遺伝する。近隣プレイヤーの子孫のうち誰が選ばれるかは、近隣プレイヤーの利得に比例する。これは、ネットワーク上で生活する生物の進化を記述するモデルとして、進化ゲーム理論で活発に研究されている動学系であるが、経済社会問題における模倣のモデルと見ることも出来よう。Nowakらは、このようなモデルでは協調戦略のクラスターが進化を通じて生き残る可能性があることをシミュレーションを通じて明らかにし、その後さまざまな派生研究を生み出した。特に問題になるのは、どのような場合に協調が進化しやすいかということである。問題となる動学系が複雑でアナリティカルな解を求めることが困難なため、先行研究では近似計算とシミュレーションを用いて b/c > <k> という協調進化のための条件を導いた。ここで、<k> は頂点から出る枝の数(次数)の平均である。これに対して第3章はやはり近似計算とシミュレーションを用い、b/c > <knn> という新たな条件を提示する。ここで、<knn> はひとつの頂点に隣接する頂点の次数の平均である。一般に <k> と <knn> は異なり、現実によく観察されるスケール・フリーネットワークにおいては、第3章の条件のほうが既存の条件よりも良く当てはまることが示されている。これは、進化ゲーム理論において興味深い結果であると評価できる。

第4章は、寡占問題にあらたな視点を導入する研究である。伝統的に、ゲーム理論・寡占理論では部分均衡分析の立場を取り、一つの市場に存在する少数の生産者のみでプレイされるゲームを考えてきた。しかしながら一般均衡モデルにおいては、ある財の需要はすべての財の価格に依存する。したがって、きわめて一般的に考えると、ある財の生産者は経済に存在するすべての生産者を相手にゲームをプレイすることになる。第4章の研究は、このような両極端の立場の中間を考えるものである。例えば、マグロの生産者は牛肉の生産者と競合し、牛肉の生産者はソーセージの生産者と競合するかもしれないが、マグロとソーセージの間の競合関係は薄いかもしれない。第4章では、各生産者を頂点とし、競合関係にある生産者を結んだネットワークを考え、このようなネットワーク上の数量競争ゲームを考察している。とくに、ネットワークが現実によく観察されるスケールフリー型であると、ほとんどの生産者は独占生産量を生産するというきわめて斬新な結果を導いている。スケールフリー・ネットワークにおいては、多数の生産者と競合する生産者(ハブ)がおり、このような生産者の生産量は競争により小さくなる。一方、それ以外の生産者はハブと対戦することが多いため、ライバルの生産量が少なく、独占に近い生産量が均衡となるのである。企業の競合関係がスケールフリー・ネットワークに近いのはどのような場合であるかを調べるのは今後の課題であるが、(1) 生産者の競合ネットワークというあらたな視点を寡占理論に導入したこと、(2) この視点の導入によってきわめて斬新な結果が生まれる可能性があることを示した点で、第4章はきわめて興味深い研究であると判断できる。

第5章の分析は、ネットワーク理論を経済成長理論における技術進歩(全要素生産性 Total Factor Productivity = TFP)の問題に応用したものである。Solowによる成長会計の分析以来、先進国の経済成長においてはTFPの役割が決定的に重要であることが広く認識されてきた。実際このTFPをいかに説明するかが、Romer、Aghion、Howitt、Grossman、HelpmanらによるいわゆるNew Growth Theory or Endogenous Growth Theoryの掲げた最大の問題であった。New Growth Theoryは、個々の企業の最適化行動すなわち利潤最大化を目ざして行われるR&D投資にもっぱら光りを当てたのであるが、第5章では、企業のネットワーク構造がマクロのTFPにどのような影響を与えるかが分析されている。これは個々の企業の行動に焦点を当てる従来のNew Growth Theoryとは異なり、企業間に存在する「外部性」(著者の言うknowledge spillover)に焦点を当てる新しいアプローチである。Regular networkやrandom networkに比べてscale-free networkの構造の下で、もっとも経済成長率は高くなる、という結論が導き出されている。こうした結論は、従来の成長理論では分析されて来なかった問題にメスを入れたものできわめて興味ぶかい。

なお第5章の複雑ネットワークの解析においては筆者の開発した新しいタイプの「平均場近似」が用いられている。一般に平均場近似では、ネットワーク中の典型的な1つのノードに注目する。従来の平均場近似においては、注目するノードに隣接するノードの影響を平均値で置き換える。それに対して紺野氏が開発した新しい平均場近似においては、注目するノードに隣接するノードは平均値に置き換えずにそのまま残し、隣接するノードに更に隣接するノードの影響を平均値で置き換える。ここで注意すべきなのは、任意のノードが持っている平均のリンク数と、 そのノードに隣接するノードが持っている平均のリンク数は異なるという点である。この違いのため、従来の平均場近似と、紺野氏が開発した平均場近似では結論が質的に異なる。数値計算との比較は、紺野氏の平均場近似が非常に良い近似になっていることを示している。この新しい平均場近似の開発は、経済理論におけるだけでなく、複雑ネットワーク理論においても重要な寄与である。

第6章は、わが国の企業80万社をカバーする大規模デーダを用いて現実の企業間のネットワークがいかなる構造を持つかを分析した実証分析である。ここではわが国の企業構造がScale-free networkであり、階層構造(hierarchical structure)を持つ、という興味ぶかい結論が導かれている。

論文審査の結果

紺野友彦氏の博士論分は、ネットワーク理論という新しい学際的学問分野の分析手法がミクロ経済学、マクロ経済学、いずれにおいても有効であることを示した。経済学に新しいアプローチを導入し経済学的にも意味のある興味ぶかい結論を導き出した本論文は、本研究科が要求する博士論文の基準を十分に満たしている。したがってこの審査委員会は、本論文により博士(経済学)の学位を授与するにふさわしいと全員一致で判断した。

UTokyo Repositoryリンク