学位論文要旨



No 125510
著者(漢字) 石塚,量見
著者(英字)
著者(カナ) イシヅカ,タカミ
標題(和) 好熱性シアノバクテリアThermosynechococcus elongatus BP-1のシアノバクテリオクロム TePixJ の研究
標題(洋) Studies on cyanobacteriochrome TePixJ from a thermophilic cyanobacterium Thermosynechococcus elongatus BP-1
報告番号 125510
報告番号 甲25510
学位授与日 2010.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第959号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 池内,昌彦
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 佐藤,直樹
 東京大学 教授 和田,元
 大阪大学 教授 栗栖,源嗣
内容要旨 要旨を表示する

多くの生物にとって光は重要な環境要因であり、このため、生物は多種多様な光受容体を発達させている。特に光合成生物は光の変化によって重大な影響を受けるので、さまざまな感知・応答システムをもっている。しかし、これらのセンサーとして機能する分子や、シグナル伝達について詳しくは分かっていない。このようなセンサータンパク質の1つの大きなグループに植物が持つフィトクロムタンパク質がある。フィトクロムタンパク質は開環テトラピロールのフィトクロモビリン (P・B) を発色団に持ち、赤色光吸収型 (Pr 型) と遠赤色光吸収型 (Pfr 型) の光可逆変換を示す。この光可逆変換は P・B の C、D 環の間の二重結合が異性化することで起こると言われている。またフィトクロムは葉緑体の光定位、種子の光発芽、花芽の分化といった植物の光形態形成を調節していることも分かってきている。近年、フィトクロムと高い相同性を示す光受容体が原核生物にも見つかっており、フィトクロムと同じ吸収を示すこれらの光受容体タンパク質はバクテリオフィトクロムと総称されている。しかしバクテリオフィトクロムの多くはその機能が未知である。近年シアノバクテリアで新奇光受容体が見出されており、これらはシアノバクテリオクロムと総称される。シアノバクテリオクロムは発色団結合ドメイン (GAF ドメイン) を保持しているが、この GAF ドメインはフィトクロムの GAF ドメイン との相同性が低く、またシアノバクテリオクロムの GAF ドメインだけで1つのサブクラスターを形成している。その中のシアノバクテリア Synechocystis sp. PCC 6803 の SypixJ1 (sll0041) はシアノバクテリオクロムの1つで、本研究室の先行研究によって正の走光性に関係する光受容体であることが示されている。 Synechocystis から精製された SyPixJ1 は青色光吸収型 (Pb 型) と緑色光吸収型 (Pg 型) の間で光可逆変換した。このように多くのシアノバクテリアがもつシアノバクテリオクロムはフィトクロムの吸収波長と異なることが分かってきている。本研究では、シアノバクテリオクロムがフィトクロムと異なる光の波長を吸収するメカニズムを明らかにするために、生化学的安定性が期待される好熱性シアノバクテリア Thermosynechococcus elongatus BP-1 のホモログ TePixJ (Tll0569) タンパク質を材料にし、その解析を行った。

TePixJ タンパク質の解析

まず N 末端にポリヒスチジンタグを付加した TePixJ の GAF ドメインのみ (His-TePixJ_GAF) を発現するコンストラクトを作製し、シアノバクテリアに形質転換した。シアノバクテリアからの精製標品である His-TePixJ_GAF は青色光を吸収する Pb 型 (・max = 433 nm) と緑色光を吸収する Pg 型 (・max = 531 nm) の間で光可逆変換を示した。またフィトクロムと同様に開環テトラピロールが発色団として His-TePixJ_GAF に共有結合していることが分かった。質量分析を行い、発色団の分子量が 586 であること、発色団がシアノバクテリオクロムとフィトクロムで保存されたシステイン残基 (Cys522) と結合していることが分かった。次に酸性尿素を用いた変性実験を行い発色団の同定を行った。開環テトラピロールは各種溶媒に固有の吸収スペクトルを示す。従って、酸性尿素で TePixJ を変性して測定した吸収スペクトルを過去の文献と比較して、開環テトラピロール種を同定できる。その結果 TePixJ の発色団は フィコビオロビリン (PVB: 分子量 586) であることが分かった。また His-TePixJ_GAF の FTIR 解析を行った。FTIR 解析からチオール基の伸縮運動を示す波数 2567cm-1 が Pb 型で消失し、Pg 型で出現することが分かった。 PVB は3つの環 (B、C、D 環) で構成される共役二重結合系を持ち、緑色光を吸収するのに適したテトラピロールである。したがって、 PVB がより短波長の青色光を吸収するには自身の共役二重結合系を短くする必要がある。またアミノ酸のアライメント配列から青色光と緑色光で光変換するシアノバクテリオクロムにだけ保存されるシステイン残基 (Cys494) が見出された。以上の結果は Pb 型において Cys494 が PVB 内で最も求電子性の高い炭素原子 C10 位とチオエーテル結合を形成し、その結果 PVB は青色光を吸収するのに適した2つの環 (C、D 環) で構成された共役二重結合系に変わること、また Pg 型でこの結合が解離していることを示唆していた。

TePixJ タンパク質の再構成

PVB は一部の糸状性シアノバクテリアの集光装置に使われている発色団で、好熱性糸状性シアノバクテリア Mastigocladus laminosus では PecE と PecF がヘテロダイマーを形成し、シアノバクテリアの主要発色団であるフィコシアノビリン (PCB: 分子量 586) を異性化して PVB に変換することが報告されている。しかし、T. elongatus には PecE, PecF に相当する遺伝子が存在しない。また PCB を産生する大腸菌で TePixJ_GAF アポタンパク質を発現させると、精製標品は PVB が結合した TePixJ_GAF ホロタンパク質になることを確認した。以上より、私は TePixJ_GAF タンパク質自身が PCB を PVB に変換していると考え、これを検証するため PCB と TePixJ_GAF タンパク質の再構成実験を行った。

化学合成した PCB と大腸菌から精製した TePixJ_GAF アポタンパク質を試験管で混ぜると PCB が結合した TePixJ_GAF ホロタンパク質が得られた。この PCB 結合ホロタンパク質は青色光吸収型 (・max = 430 nm) と緑色光吸収型 (・max = 545 nm) で光変換するが、スペクトルが本来の TePixJ の光変換のスペクトルとは異なった。この PCB 結合ホロタンパク質を好熱性シアノバクテリアの至適温度の50℃で保温すると TePixJ 内の PCB が PVB に効率よく変換した。また、それに伴いホロタンパク質の吸収スペクトルはシアノバクテリア精製標品の吸収スペクトルと一致した。つまり TePixJ は中間体である PCB 結合ホロタンパク質から最終産物の PVB 結合ホロタンパク質を自ら生成していることが結論できる。

TePixJ の結晶構造解析・点変異導入実験

まずセレノメチオニンを導入した His-TePixJ_GAF アポタンパク質を大腸菌で発現・精製し、その結晶構造を決めた。次に結晶化に成功した Pg 型の結晶構造をアポタンパク質の構造を用いた分子置換法で決めた。得られた Pg 型の構造は 2.0Å の解像度だった。結晶構造中の PVB は2つの水素結合ネットワークで固定されていた。1つ目のネットワークは PVB の少し下に位置する水分子 (W12) を中心とするものだった。 W12 は PVB の B、 C 環の窒素原子と相互作用しており、また W12 と相互作用している3つのアミノ酸残基 Asp492 は D 環の窒素原子と、 Glu497 は A 環の窒素原子と、 Gln526 は B、 C 環の窒素原子と相互作用していた。2つ目のネットワークは PVB の上に位置する分子が形成するもので、 Arg507、 Gln509、 His523、 Asn535 は PVB のプロピオン酸と相互作用していた。

PVB はアミノ酸残基と疎水性相互作用もしていた。Ile461、 Val473、 Ile490、 Leu530 は PVB の D 環のエチル基と、 Leu527 は D 環のメチル基と相互作用していた。また Val537 は C 環のプロピオン酸の炭素原子と相互作用していた。Trp499 と His523 は PVB を上下から挟み込み安定させていた。D 環の付近に疎水性相互作用が多い結果はバクテリオフィトクロムの場合と同じであり、光変換時に回転する必要がある D 環を緩やかに固定していることが考えられる。

私は Asp492、 Cys494、 Glu497、 His523 の4アミノ酸残基に着目し、各々アラニン残基に置換したホロタンパク質を PCB 産生大腸菌で発現、精製し解析した。 Cys494Ala 変異体は赤色光を吸収し (・max = 638 nm) 光変換を示さなくなった。またその発色団は全て PCB だった。 Asp492Ala 変異体は青色光と緑色光で光変換するが、その発色団はほとんど PCB だった。 Glu497Ala 変異体は正常な TePixJ_GAF ホロタンパク質とほとんど性質が変わらなかった。 His523Ala 変異体は青色光と橙/赤色光で光変換するようなり、発色団としての PVB の割合は正常な TePixJ_GAF ホロタンパク質に比べてわずかに低かった。 これらの結果は Cys494 は TePixJ が光変換することと PCB を PVB に異性化すること両方に必須なアミノ酸残基であることを示しており、 Cys494 の C10 への脱着が 光変換を起こすのに重要であることを支持している。また PCB から PVB への異性化は PCB が TePixJ_GAF タンパク質の中に正確に収まっていないと進行しないと考えられる。

以上のように TePixJ の GAF ドメインは PCB を Cys522 に結合する活性、 PCB を PVB に異性化する活性、発色団の C、D 環の間を光異性化する活性、光変換時に Cys494 の脱着を起こす活性、と4つの活性を合わせもった新奇の GAF ドメインと結論できる。またシアノバクテリオクロムは様々な波長の光を吸収するため、植物のフィトクロムと似た機構を保持しながら独自の進化を遂げた新奇光受容体群であることが推測される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文

Studies on cyanobacteriochrome TePixJ from a thermophilic cyanobacterium Thermosynechococcus elongatus BP-1(好熱性シアノバクテリアThermosynechococcus elongatusBP-1のシアノバクテリオクロムTePixJの研究)は、3章構成である。第1章では、シアノバクテリアの光受容体タンパク質TePixJの調製と発色団の同定、第2章では、発色団フィコビオロビリンのタンパク質内部での生成(異性化)の解析、第3章では、立体構造の結晶解析と部位特異変異導入解析を記述しており、新規光受容体TePixJの特性の分子機構を明らかにした。

1章:好熱性シアノバクテリアThermosynechococcus elongatus BP-1の新規光受容体TePixJを、常温性シアノバクテリアSynechocystis sp. PCC 6803のSyPixJ1のホモログとして、その熱安定性を期待して研究対象に選んだ。シアノバクテリアにおける大量発現システムを構築し、これを用いて強力なプロモータによって発現させた。この方法によって、色素を結合したホロタンパク質としてTePixJを大量調製することに成功した。このホロタンパク質は青色光と緑色光照射によって青色光吸収型と緑色光吸収型の間の可逆的な光変換を示した。その吸収ピークは、青色光吸収型が433mm、緑色光吸収型が531nmであった。先行研究のSyPixJ1は純度、収率が充分でなく、光変換の概略しか報告されていないが、今回初めてそれぞれの絶対吸収スペクトルを決定した。また、両者の差スペクトルを厳密に決定し、SyPixJ1とほぼ同じであることを示し、さらに詳しい特性を明らかにした。また、ペプチドに分解して色素結合ペプチドを単離し、質量分析を行い、開環テトラピロールがGAFドメイン内部に保存されたシステイン残基に結合していることを同定した。また、開環テトラピロールは分子量586であり、シアノバクテリアにもっとも普遍的に存在するフィコシアノビリンと一致していた。酸性尿素変性後の光変換差スペクトル解析を行ない、TePixJに結合している発色団は質量分析から予測したフィコシアノビリンではなく、フィコビオロビリンであることを明らかにした。フィコビオロビリンはフィコシアノビリンのひとつの二重結合(C5=C6)がC2=C3へ移動した異性体であり、フィコシアノビリンよりも約90nm短波長の光を吸収する。つまり、フィコビオロビリンを結合することは青/緑色光吸収型のTePixJの分光特性を決定する重要要因であると結論した。

第2章:Thermosynechococcus elongatus BP-1はフィコシアノビリンを合成できるがフィコビオロビリンはもたず、また合成酵素の遺伝子もゲノムに存在しない。しかし、TePixJがフィコビオロビリンを合成する可能性を考慮し、in vivoとin vitroでの再構成を試みた。まず、フィコシアノビリンを合成する遺伝子を発現する大腸菌でTePixJアポタンパク質を共発現し精製した。このタンパク質は色素を結合し本来のTePixJとよく似た分光特性を示したが、酸性尿素変性後の光変換差スペクトルはフィコシアノビリンとフィコビオロビリンの混在を示した。これは、大腸菌内で合成されたフィコシアノビリンがフィコビオロビリンへ異性化されるが充分ではないことを示している。この異性化反応を追跡するため、化学合成したフィコシアノビリンを用い、in vitro再構成を行った。アポタンパク質とフィコシアノビリンを混合すると、1分以内に吸収スペクトルはシフトし、部分的に光変換活性をもった青色光吸収型が形成された。これに青色光を照射すると、緑色光吸収型を形成した。その差スペクトル解析から、青色光吸収型は本体のTePixJの青色光吸収型とよく似ているが、緑色光吸収型の吸収ピークの幅は広く光変換の量子収率も低かった。酸性尿素変性の解析から再構成初期の標品に既にフィコシアノビリンが共有結合しているが、異性化は全く起こっていなかった。この標品を50度で保温すると、緑色光吸収型のスペクトルは本来のものに近くなり、発色団の大半がフィコビオロビリンに異性化していた。このことはフィコシアノビリンがTePixJアポタンパク質に共有結合した後でゆっくりとフィコビオロビリンへ異性化されることを示している。in vitro再構成直後の標品が本来の青色光吸収型とほぼ同じ吸収を示すことは、フィコビオロビリンを結合することの他にも青色光吸収型になる原因があることを示唆している。アミノ酸配列を調べると、色素と共有結合するシステイン残基以外に青/緑色光吸収型シアノバクテリオクロムのみに保存された第2のシステイン残基が存在している。システイン残基の挙動をフーリエ変換赤外分光法によって解析し、緑色光吸収型で存在するSH伸縮振動が青色光吸収型では可逆的に消失することを見いだした。また、保存された第2のシステイン残基に変異を導入すると、フィコシアノビリンを共有結合できるが、光変換もフィコビオロビリンへの異性化も起こらなくなった。これらのことから、発色団と第2のシステイン残基のSH基との可逆的な結合解離が、光変換反応に必須であると結論した。

第3章:TePixJの緑色光吸収型の結晶化に成功し、その立体構造を分解能2.0Aで決定した。このタンパク質は結晶化で生じたと思われる分子間ジスルフィド結合をもっていたが、重要な構造的特徴を見いだした。まず、タンパク質の全体構造はβシートをαヘリックス群が両側から挟んでいて、片側に発色団が埋め込まれており、既知のバクテリオフィトクロムとよく似ていた。次に、発色団の構造を詳細に検討し、確かにフィコビオロビリンであり、ピロールA環が大きくねじれており、ピロールD環はC15=16がE型に回転していた。さらに発色団とアポタンパク質の間には多数の特徴的な水素結合のネットワークがあり、発色団の構造を安定化していた。これらの構造から推測される重要な残基を選定し、変異導入解析を行った。アスパラギン酸残基492はピロール環中央に配位した水分子(ピロール水)とD環に水素結合しており、これをアラニンに置換すると、光変換は起こるがフィコビオロビリンへの異性化が大きく抑制された。グルタミン酸残基497はピロール水とA環に水素結合しており、これをアラニンに置換すると、異性化反応はほぼ正常であったが、光変換で不活性成分を生じた。発色団に近接し、プロピオン酸側鎖と水素結合しているヒスチジン残基523をアラニンに置換すると赤色光吸収型で光活性をもつものを一部生じた。これらの結果は、TePixJの特異な光変換活性にいくつかの残基の特異的な相互作用が必要であることを示しており、その分子機構の一端が明らかになった。また、本研究の成果は今後の機能解析の重要な分子的基盤となることが期待される。

なお、本論文の第1章は、嶋田崇、岡島公司、吉原静恵、落合有里子、片山光徳、成川礼、河内孝之、池内昌彦との共同研究、第2章は神谷歩、猪股勝彦、鈴木博行、野口巧、成川礼、池内昌彦との共同研究、第3章は村木則史、志波智、栗栖源嗣、成川礼、池内昌彦との共同研究である。しかし、どの場合も論文提出者が主体となって研究の立案、遂行を行っており、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定した。

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